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カムイの森  作者: 墨人
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第46話 父嫌いの理由

 シシリク達が『神の生まれた理由』を信じないのは佐倉の予想通りだった。

 京では大きな意味を持つ説であるが、これをシシリク達が信じる必要は無い。獣神の呼称変更に関する条件を受け入れた背景として、佐倉達がそう信じていると理解されれば良かったのだ。


 逆に、この説を信じないだろうという確信があったからこそ話せたのだとも言える。


 京で『神の生まれた理由』が研究されているのは、神を殺す方法を探るためでもあった。現在主流になっている説をもとにした神を殺す方法は『不信心による神殺し』だ。倭族の血に宿る異能――信じる心が神を生み出す――によって神々が生み出されるのなら、人々が神を信じなくなれば事情は逆転する。神などいないと信じる心が神を殺し、いずれ昇陽から神はいなくなるだろう。


 もしもこの説を信じていたら、シシリク達はけして呼称の変更を受け入れなかったはずだ。


 東征軍と森の民の間で最大の問題になる獣神の扱いは、互いの思惑が全く食い違ったままで決着した。カムイの森が京の支配下に入るとなれば、定めなければならない細かな事柄は色々とあるにしても、これで終戦の目処は立ったと言える。

 双方でほっと安堵の息が吐かれた。


「これで俺達が戦う必要は無くなったな」


 確認するような口調でシシリクが言うと、御堂は重々しく頷きながら返す。


「そうだな。俺達東征軍と、お前達森の民の戦は終わる」


 ここでシシリクと御堂の視線がぶつかり合った。シシリクが「俺達」と全体を一括りにしたのに対して、御堂は「東征軍と森の民」と範囲を絞り込んできた。この違いは、とある男達に対する処遇に関係していた。


「ハガネを解放してくれ」

「銀を引き渡せ」


 再び二人の視線がぶつかり合う。

 シシリクが「俺達」と言ったのは、銀と鋼を含めていたからだ。

 御堂が「東征軍と森の民」と言ったのは、松前の残党を除外していたからだ。


 視線を合わせたまま、シシリクと御堂は相手の真意を探ろうとする。

 戦を知らない森の民が曲がりなりにも東征軍に対抗し得たのは、その種の知識を齎してくれた銀達のお陰だ。だからシシリクとしては彼らを見捨てるような真似はしたくない。

 一方の御堂達東征軍にとって、銀達は松前で最後まで抵抗し、あまつさえ屍身中を解き放った憎い相手だ。森の民との戦が終わるのだとしても、銀達への追及を止めるわけがない。


 しかしここで揉めるのは得策ではないと、二人ともが承知していた。結局、銀達については保留にしたまま停戦することになった。


 *********************************


 長い夜が明けた。


 宿営地から北に向けて出発した一団がある。

 シシリク達森の民と、千蔵や霧嶋を中心とした東征軍兵だ。


 短時間とはいえ睡眠もとり、しばらく振りにまともな食事もした。普段であれば気力も体力も十分に回復するところだが、シシリク達の表情は優れない。


 そんな彼らの様子を見て、霧嶋は少しばかり安心していた。実は昨夜の彼らを見ていて薄気味悪さを感じていたからだ。

 冷静過ぎるのである。

 捕らえられた当初のサンシエも妙に落ち着いていたものだが、カムイの死やカナの狂神化、そして自らの手でカナを殺さなければならない状況にありながら、シシリク達はさほど取り乱さずに普通に交渉の席に着いていた。狂神の血晶石回収に気が付いたのもそうだ。

 妹が、許嫁が、あんなことになっているというのに、思考も行動も平常だった。

 この一団は狂神と化したカナの討伐隊である。これからカムイの森に向かい、カナを殺す。そんな状況で休息をとり、体力が回復するのはともかくとして気力まで充実していたならばいっそ恐ろしい。

 だからシシリク達の沈んだ様子に、彼らもまたカナのことで気落ちしているのだと確認できた気がするのだった。


 *********************************


 この一団の中で一際目立つのがコジカだった。体が大きいからもともと集団の中でも目立つのだが、今はカムイの死体を背負子に乗せて背負っている。犬頭人身の異様な姿も合わせて注目されていた。


「なあ、本当に必要なのか?」


 コジカは居心地悪そうにサンシエに訊ねた。カムイの死体を運ぶのはサンシエの要請だからだ。

 今さら死体一つに騒ぐほど初心ではなくとも、それが人とは言い難い姿のカムイとなると多少の抵抗はある。しかもカムイの体内にある血晶石は、まず間違いなく黒く染まっているのだ。


「石だけで済むかもしれないけど、どうだか判らないからね。それに仮にも森主の遺体なんだ。森に葬るのが筋だろう?」

「別に捨てて行っても構わないんだがな……」

「どうせならキリシマみたいなのを背負っていきたいところなんだが」


 そんなやりとりが聞こえてきて、霧嶋は眉を顰めた。自然と出来上がっていた東征軍側の集団から離れて、シシリク達森の民の集団に紛れ込む。


「あいにくと私は自分の足で歩けるわよ。それよりもシシリク、あなたはカムイに恨みでもあるの? 実の親に対して随分じゃないの」


 これは前々から気になっていた事だ。カムイの事を「血縁」と称していた事も含めて言動の端々からカムイを嫌っている印象は受けていたのだが、霧嶋がカムイを殺したと知っても、その後実際にカムイの死体を目の当たりにしても、特に目立った反応はしなかった。憤るなり悲しむなり、肉親を失ったならば表すべき感情があるはずなのに、シシリクにはそれがない。

 カナはカムイを慕っていたようだし、カムイは死に際して声の能力を使ってカナに警告を送っている。あの時カムイが発した宿営地全体を揺るがせるほどの咆哮は、声の能力を使ってカナを探していたのだった。鋼から聞いた話を合わせると、命が消えゆく中で神喰いをしないようにという警告をしていたらしく、親としての娘を想う気持ちは強かったはずだ。

 親としてはそれほど酷い男ではなかったのではないか。


 立ち入り過ぎな感もあるが霧嶋はどうにも気になったのだった。

 無表情に霧嶋の話を聞いていたシシリクは、カナに警告の下りでくわっと目を剥いた。いきなりの反応に霧嶋が身を引くと、「またやりやがったのか……」と忌々しそうに吐き出す。


「なんなのよ、いきなり」

「それは警告なんかじゃない。逆だ。カナが神喰いをするように誘導しやがったんだ」

「どうしてそうなるのよ」

「神喰いが禁忌なのは森の民なら物心ついたばかりの子供だって知っている。そもそも神喰いをしようなんて考えない。カムイの警告はカナに神喰いも手段の一つだと気付かせてしまったんだ」

「それは……そういう見方もできるのでしょうけど……」


 霧嶋にはどうにも判らない。カムイは十五年前に『森の人』から森を守った英雄の筈だ。その手段に禁忌が含まれていたとしても、その後森主になったのだから功績は認められているはず。なのにシシリク達からはあまり評価されていない。

 宿営地での獣神の狂神化も、サンシエは即座にそれがカムイの策略だと断じていた。手違いなのではないかという反論も否定している。カナへの警告も結局無駄になってしまったのは確かだとしても、逆の効果を狙っていたと考えるのは穿ち過ぎな気がした。


 シシリクは「カムイは目的を達成するためには手段を選ばない男だ」と言うが、それはもうサンシエから聞いている。釈然としない霧嶋を見て、シシリクは歩く速度を上げた。着いて来いという素振りに霧嶋も足を速める。

 右足の怪我はサンシエの治療に加えて痛みを感じなくさせる薬を塗り込んでいる。痛みとともに感覚も鈍くなっているので違和感はあるものの問題無くシシリクに追いつく。

 他の面々からある程度の距離を置いたところで、歩く速さはもとに戻った。

 シシリクは更に声を小さくして霧嶋に囁く。


「十五年前、森の人を倒した後、カムイは考えたんだ。森の人との戦いで森の民も獣神も大きく数を減らしてしまった。特に異能を持つイヌガミが死んだのが痛かった。異能はカムイが引き継いだとはいえ、人の命は短い。獣神なら殺されない限りはかなり長く生きるが……その寿命までも引き継いだのかは判らないからな。生き残った獣神がイヌガミほどになるには長い年月が必要で、自分の死後に森の人のような古い神が現れたら、それに抗する術を持つ者はいない。これをどうにかできないかと」

「……森主としては立派な考え方ではないの?」

「そこまでならな」


 シシリクの顔が嫌悪に歪んだ。


「カナは今年で十一になる」

「……え?」


 話が突然カナの年齢に及んだため、霧嶋は間の抜けた声を出してしまった。しかし話が逸れたわけではなかった。


「カムイは目的のためには手段を選ばん。そう言っただろう」

「あ……まさか、そういうことなの……?」

「そういうことなんだ!」


 声は小さいままだったが、シシリクの語調は強まっていた。

 十五年前にイヌガミを喰って森主となったカムイ。

 そのカムイを父に持つ十一歳のカナ。


「キリシマ。女としてのお前に訊くが、お前ならどうだ? あれと子を成す行為をできるか?」


 シシリクの言う「あれ」とは、当然ながらコジカの背に負われている犬頭人身の異形であるカムイだ。そのもはや人間ではない姿の男に抱かれる自分を想像して、霧嶋は身を震わせた。


「……無理だわ」

「だろうさ。俺達の母もそうだった」

「それじゃあ、無理矢理に?」

「そうだ。カナを身籠るまで何度もな。身籠った後の母は常に恐れていた。生まれてくる子が果たして人の姿をしているのかと。自分は犬の頭をした異形の子を生むのではないかと。それはもう見ていられないほどだった。生まれてきたカナが人の姿をしていて気が抜けたんだろう。産後ほどなくして母は死んでしまった」


 何故シシリクがカムイを嫌うのか、その理由を霧嶋は理解した。

 母をカムイに殺された。シシリクはそのように考えているのだ。

 霧嶋は余りに扱いの悪いカムイに同情すらしていたのだが、この話を聞いてそんな気分は無くなっていた。女の身としてはシシリクの母にこそ同情する。


 そのようにして生まれたカナは声の能力を受け継いでいたのだから、カムイのやったことも全くの無駄ではなかった。カムイとしては引き裂く力の方を継ぎたかったのだろうが。

 だから異能を持っていたコエイで神喰いをするように仕向けた、というのがシシリクの見解であり、ここまでの話を聞いてしまえば霧嶋にもそれは否定できなかった。


「幸いにしてカナはカムイがあの姿であることも、自分の生まれにまつわる話も知らない。キリシマもこれは他言無用にしてくれ」


 言えるわけが無いと思った霧嶋は素直に頷いていた。

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