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カムイの森  作者: 墨人
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第45話 神の生まれた理由

「こちらが出した条件ではあるが……それで良いのか? 神狩りの末裔?」


 何とも釈然としないものを感じ、シシリクは問い掛けた。殊更に『神狩りの末裔』と言う呼称を使ったのは、前回の交渉時と同様の理由だ。


「神狩りの末裔だからこそ、それで良いと言える」


 佐倉の答えはシシリク達を戸惑わせる。

 京は神狩りの末裔であることを昇陽統一の大義名分として掲げている。神を狩り、昇陽の地を神の支配から解き放ったのだと。だからこそ『神』と呼ばれる存在に対して容赦せず、霧嶋や御雷のような現役の神狩りがそれらを狩っている。

 そもそもの東征軍側の見解は「獣神では神ではない」であり、森の民側が獣神を神として扱い続けるのなら「神狩りとして神を狩らなければならない」となっていた。呼び方を変える、それを受け入れると言うだけで解決できる問題では無いと思えるのだ。


 シシリク達としてはここでもう少し揉めて、そこで切り札を出してごり押しして話を纏めるつもりだった。


 切り札とは『狂神喰い』である。

 狂神の厄介さと、狂神喰いをした人間の恐ろしさを東征軍は思い知った筈だ。そしてカムイの森には黒い血晶石はいくつもある。過去に狩った狂神から回収され、浄化が済んでいない血晶石だ。それらを使って狂神喰いをするぞと脅せば、東征軍からの譲歩も引き出せると考えていた。

 カムイの書簡とカナの件がどこかの村の呪い士に伝われば、どうすれば良いのかは判るはずだ。それで禁忌を犯すのかとなれば、それは残された者次第なので何とも言えないのだが、いざとなればそれができるという状況は作った。後は御堂たちに「この交渉を蹴るのは高く付き過ぎる」と想像させるだけだ。


 それくらいの勢いで臨んだだけに、この展開は拍子抜けなのである。拍子抜け過ぎて、かえって御堂たちが何か企んでいるではないかと思えてしまう。


 そんなシシリク達の内心を察し、佐倉は御堂を顧みた。


「どうでしょう。例の件、教えた方が彼らも納得すると思いますが」

「あれをか……逆効果ではないか?」

「いえ、彼らの考え方からすれば、問題は無いと思えます」

「ふむ……まあ、良いだろう」


 少しだけ考えて御堂は許可を出した。


「これは、京ではそう考えられている、という話だ。それが真実なのかを確かめる方法は無いし、信じるかどうかは君達の自由だ。ただ、我々がそれに沿った考えで行動し、今回の交渉も行ったのだと理解してくれ」


 その前置きにシシリク達は居住まいを正さざるを得ない。話すためにわざわざ軍団長の許可を取らなければならないのだから、余程の内容に違いないのだ。


「遠い昔、昇陽は西の大陸の一部だった。我々の祖先は他の民族の略奪に晒され、平和な土地を望んだ。そんな時に現れた『倭割神わかつかみ』によって土地ごと大陸から切り離され、海を隔てた島国となった。京に伝わる建国神話だ。君達も知っているはずだな」


 シシリクとサンシエは頷きを返す。京が昇陽統一を行う大義名分として、建国神話は聞かされていた。

 建国神話はこう続く。

 その後、昇陽は繁栄したが数多くの神が生まれ、溢れかえり、ついには神が支配する国となってしまう。そこで神狩りを中心とする人々が立ち上がり、神を狩り、殺し、封じた。そうして神々の手から人の手へと昇陽を取り戻した。


「その神狩りが起こしたのが京であり、だから京は昇陽を統一するのだと、まあそうなるわけだが、そこはどうでもいい。君達はこの建国神話を聞いてどう思った? 都合が良過ぎるとは思わなかったか?」

「……お前達が、お前達の都合の良いように作ったのではないのか?」


 シシリクの返しに佐倉は一瞬呆気に取られ、御堂から「身内同士で話してるんじゃないんだ。ああいう反応もあるだろうさ」と言われて苦笑する。


「そうではない。京にとってではなく、倭族にとって都合が良過ぎるのではないかということだ」

「だとすれば、それは確かに都合の良過ぎる話ではある。平和な土地を欲しがればそれをしてくれる神がどこからともなく現れ、神の支配を脱したいと思えば神狩などという異能が現れる。まるで望めば何でも叶うようではないか」

「まさにそれだ!」


 我が意を得たりとばかりに佐倉は満足げに頷いた。御堂と千蔵はどこか感心したような顔をしている。霧嶋は顔を俯かせていた。


「結論を言えば、君が言った通りだと我々は考えている」

「……なんだと?」

「望んだから、だ。我々倭族には『望んだ存在を生み出す』という異能力があると考えられている。一人の力は小さくても、その力が束ねられた時、土地を切り取り海を渡らせるほどの神が生み出されたのだ」


 言い切った佐倉から目を逸らし、シシリクとサンシエは顔を見合わせた。


「まあ『望み』は『想い』や『信じる』に置き換えても構わない。とにかく大勢がそうだと思えば、そういう存在が生まれる。大陸から独立した後に生まれた無数の神々は、倭割神によって『神は存在する』と誰もが知ってしまった結果、言ってみれば箍が外れたような状態になったからだ」


 シシリク達は見合わせていた顔を佐倉に戻した。サンシエが幾分遠慮がちに問う。


「あなた方は、本気でそれを信じているのですか?」

「そう考えれば説明できる事柄が多いのは事実だ。否定できる材料も無い」

「その説明できる事柄、というのは?」

「そうだな、君達は屍身中ししんちゅうは知っているのだったな。あれは屍にとり憑き、とり憑いたのと同種の屍を操る神だが、もともとは故郷を遠く離れて命を落とす者達の故郷に骨を埋めたいという想い、また残された者達の帰って来て欲しいという願いから生まれた。屍身中が操る死体の列が村々を巡り、旅先で命を落とした者の死体を送り届けたという記録も実際にある」


 他に例を上げるなら、『森の人』は豊かな恵みをもたらしてくれる森に対する感謝と今後もそれが続くようにとの願いから生まれた。また自然災害に対する怖れから『風神』や『雷神』が生まれ、日々の糧に直接関係するから『竈神』が生まれたり、となる。

 それを踏まえると、森の民が獣神を神であると信じ続ける限り、そこに新たな『獣神』という神が生まれてしまう。獣神という呼び名はあれが神だという認識を聞く者に与えてしまう。だが「昔は獣神と呼ばれていたが、今は老獣と呼ばれている」と聞けば、逆に「ああ、あれは神ではないのだ」と思われるだろう。

 佐倉が狙ったのはそういうことだった。


「それは少し話がおかしくないか? 信じるかどうかは別として、そちらがそう考えているからあの条件になったのだと言われれば、なるほどそうかと納得もできるんだが……」


 佐倉の話を聞き終えたシシリクは、納得しつつも納得しきれない状態だった。それはサンシエも同様だったらしく疑問点を確認するために口を開く。


「そういう考え方をするなら、獣神についてはこう説明するべきじゃないでしょうか。獣神は、長く生きた獣を特別視する僕達の想いによって獣神になっているのだと。血晶石とか、明らかに普通の獣と違いますし、イヌガミやコエイのように異能を持つ獣神もいるんですから…………ああ、異能か……」


 言葉を紡ぎながら、サンシエは気付いてしまった。何故東征軍が獣神を神として認めないのか。

 自然とサンシエの目は俯いたままの霧嶋に向かう。

 その視線によって、御堂達はサンシエが結論に行きついた事を知った。


「……なるほど、これはそちらにとって難しい問題ですね」

「なんだ? どう言う事なんだ?」

「どうにも回りくどいと思っていたんだ。獣神を神と認めた上で狩るか狩らないかで話をした方が早いだろう? なのに獣神を神と認めないなんて最初に言っていた。東征軍は……いや、京は獣が人の想いで神になるとは認められない。認めてしまうとまずいことになる」

「だから、それはどう言う事なんだ?」


 シシリクは焦れたように先を促す。サンシエはもう一度霧嶋を見やった。


「獣が人の想いで神になると認めるなら、人が人の想いで神になるのも認めないといけない。さっきシシリクも言っていただろう? 『神の支配を脱したいと思えば神狩りなどという異能が現れる』ってね」

「……そういうことか」


 シシリクもまた霧嶋に視線を送っていた。

 つまるところ、京が唱えている説は諸刃の剣なのだ。確かに多くの事例を説明できるのだが、それは同時に神狩りについても説明をつけてしまう。


 神狩りとは、神を倒せるだけの力を欲した人々の願いによって、人が神になった存在なのだ、と。


 しかし京はこれを認めるわけにはいかない。

 認めた場合、真っ先に槍玉に上がるのは現役の神狩り(御雷や霧嶋)だが、それだけでは済まない。

 なぜなら、京に住む人々は神狩りの末裔を自称しているからだ。

 その昔、神を狩って昇陽を人の手に取り戻した、だから昇陽を統一するという大義名分。神狩りもまた神の一種なのだとなれば、大義名分は崩壊する。京が神狩りの末裔なのなら、それは神の末裔でもあり、そんな京が昇陽を統一してしまえば、昇陽の支配が再び神の手に戻ることになってしまう。あくまでも神狩りの末裔を名乗るなら、神の末裔である自分達を狩らなければならないのだ。


 だから認められない。

 人の願いで人が神になるとは。

 だから認められない。

 人の想いで獣が神になるとは。


 シシリクは理解した。

 理解したから、こう言うしかなかった。


「難儀な話だ。真偽を確かめる術も無い説のために現実を直視できなくなっている。だが、まあ納得はできた」


 あくまでも「獣神は神でない」という見解を貫く東征軍だが、表向きに認められないだけで、実際には獣神を神の一種として認めているに違いない。そこであの呼び名を変える云々の条件。森の民が世代を重ね、「獣神は神である」という認識が薄れれば、いずれ獣神は生まれなくなる。そういう目論見だろう。


 対してシシリクは佐倉の唱えた説を丸ごと信じた訳ではない。

 森の民は呼び名には余り拘泥しない。『誰がどう呼ぼうと、それはそこにあり、誰がどう呼ぼうと、それはそういうものだ』という考え方だからだ。

 森の名がイヌガミの森からカムイの森に変わったからといって、そこに生える木々や住まう獣が変わるという事はない。ならば獣神と呼ぼうが老獣と呼ぼうが、長く生きた獣はあのようになるはずだ。


 結局のところ、双方の考え方が全く違う。

 全く違うからこそ前回はすれ違い、今回は上手く噛み合った。

 それだけの事なのだとシシリクは思った。

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