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カムイの森  作者: 墨人
39/48

第39話 黒い血晶石

お知らせ(2012/12/18):第37話を割り込み投稿しています。

 本営を出た霧嶋が見た光景は、壮絶の一言に尽きた。

 建ち並ぶ天幕の間を抜けるといきなり開けた空間がある。霧嶋の視界を右から左に一直線、そこにあったはずの天幕が無くなっている。地面には根元から折れた支柱の基部が所々に残っている。まるで巨大な何かが天幕を薙ぎ倒しながら通り過ぎた跡のようにも見えるが、それにしては破壊された天幕の残骸が見当たらない。

 脳裏をそんな疑問がかすめた時、狂神が進んだと思しき方向で空に舞い上がる物があった。天幕の一つが支柱ごと空に舞い上げられている。天幕の布は激しくはためき、強い風によって巻き上げられている様子だった。にも関わらず、さして距離を置いているわけでもない霧嶋には微風も感じられない。

 風が極めて局所的に吹き荒れている証拠であり、間違っても自然の風ではないことを示していた。

 獣神の中には神狩りのような特異な能力を持つものもいる。爪に不思議な力を宿していたカムイのように。ここに現れた狂神は風に関する異能力を持っているのだろう。


 この先に、あの禍々しい気配を放っていた狂神がいる。


 そう思った霧嶋だったが、狂神の後を追うのは躊躇われた。何故ならば、無くなった天幕の列を狂神の進行方向とは逆に辿ると、そこには自分の天幕があるはずだと気付いたからだ。そしてそこにはカナがいた。


 走り出した霧嶋の足は、自らの天幕の方向に向いていた。

 まずはカナの安否を確かめなければならない。


 そこここで地面に倒れて動かない兵の姿が散見された。敢えて確認はしなかったが、死んでいる。手足が奇妙な方向に折れ曲がっており、そんな状態で動かないのだから死んでいるに違いない。

 狂神の威圧感の中で一般の兵が自由に動けたとは思えない。彼らは狂神に挑んで敗れたのではなく、竦んで動けなくなったのが偶々狂神の進路上だったために殺されたのだ。今も次々に天幕が吹き飛ばされているのと同じく、単に進行の邪魔だたという理由で。


 狂神が作った道の突き当たりが、目的地である霧嶋の天幕だった。幕布がずたずたに裂けているものの天幕としての原型は保っている。

 安堵しかけた霧嶋だったが、この天幕が残っているのはここが狂神の出現場所になるのだと気付き顔色を変えた。


「カナ!」


 呼ばわりながら天幕に入ると、内部も惨憺たる有様になっていた。

 中にあった荷物は残らず散乱しており、まるで小さな嵐が吹き荒れたかのようだ。

 カナの姿は無い。


「……霧嶋か」


 聞こえた声の方を見ると、支柱に縛り付けられたままの鋼がいた。吹き散らされた着物の類に半ば埋もれてしまっている。


「鋼! ここでなにがあったの!? 狂神が来たのでしょう!? カナはどうしたの!?」


 つかつかと歩み寄り、被さっていた着物をどけると、現れた鋼は体の数カ所に傷を負って血を流していた。その姿に、事態の異常さを更に強く感じる。鋼蓋を持つ鋼を直接傷付けられるのは破神を使う霧嶋だけだった。千蔵は鋼に勝利しているが、鋼蓋を無視して間接を攻めている。

 その鋼が血を流しているのだ。内部の惨状を考え合わせれば、ここで狂神が力を振るったのは間違いない。鋼を傷つけるほどの力に晒されたら、カナの小さな体など簡単に引きちぎられてしまう。


 この場にカナの死体が無い。その一点に霧嶋は望みをつないでいた。


「カナは……森に帰ると言って、行っちまった」


 鋼は悄然としている。霧嶋の知る鋼はもっと剛毅な佇まいだった。千蔵に敗れた後も、兵の助けを借りずに負傷した足で宿営地まで歩きとおした。その毅然とした態度には東征軍の兵からすら讃嘆の声が上がったほどだ。

 その鋼は打ちひしがれている。


「森に帰る……」


 少なくともカナは自分の意思で立ち去ったらしく、無事であることにほっとする。

 霧嶋が思い描いたのは、カムイが連れて来た獣神のうちに一体が狂神化しつつもカナと合流、意思を伝えられるカナは狂神の力で縛めを解き、カムイの森に変えるべく共に行動している、という筋書きだった。


「カナは狂神と一緒にいるのね?」


 だからそう言ったのだが、鋼は首を横に振っていた。


「狂神と一緒にいるんじゃない。カナが狂神になったんだ」

「……なに、を……」


 鋼の言を即座に否定しようとして、しかし霧嶋は言葉を呑み込んでいた。カムイの姿を見る前、サンシエから神喰いの話しを聞く前であれば、そのまま否定の言葉を言い切っていただろう。だが、人間が獣神になり、そして狂神にもなり得ると知ってしまっている現在、明確な否定材料もなく鋼の言葉を一蹴できない。

 細やかな演技などできないだろう鋼が本気で沈んでいるのも、彼は嘘など吐いていないと思わせる。第一、そんな嘘を吐いて意味のある場面でもない。


「まさか……神喰い……? だとしたらここに狂神の死体がないとおかしい……」


 霧嶋は改めて周囲を見回した。カナが神喰いを行ったのだとしたら、それが獣神にしろ狂神にしろ、一体の神が死んだはずなのだが、死体はおろか血の跡すらない。もとが小型の獣だったのだとしても骨も残さずというのは考えにくく、血の一滴もこぼさずにとなると更に難しい。


「っ!? てめえ、知っているのか!?」


 霧嶋が思考を巡らせていると、彼女の呟きを聞きつけた鋼が驚きの声を上げた。神喰いについては森の民の禁忌であり、下の村での滞在も短期間だった霧嶋が知り得る内容ではない。

 霧嶋は鋼の問いを無視した。

 鋼の疑問に答えるよりも、カナについてを確認する方が優先だった。


 死体や血の跡が残っていない点を指摘すると、鋼は何とも言えない嫌そうな顔になった。


「カナが喰ったのはコエイだ。お前が殺した鷹の獣神だよ」

「……でもあの鷹の死体は……」

「死体から出た石があっただろう。あれが獣神の本体……いや、黒く何っていたから狂神の本体なんだ」

「石? あれが?」


 コエイの死体から零れ落ちた石をカナが大切に持っていたのは承知している。兵が取り上げようとしたら泣きながら必死に抵抗していた。カナはコエイを家族同然に思っていたし、いわゆる形見のようなものだと思いそのまま持たせていたのだが。


 ――指先ほどのあの小さな石が獣神の本体?

 ――あの石を喰う……つまり飲み込むと人が獣神になる?


 霧嶋は当惑していた。サンシエから聞いた神喰いの話。『喰う』という言葉から、獣神の血肉を食べる光景を想像していたからだ。


 今すぐ狂神を追い掛けて事の真偽を確かめたい思いもあったが、真偽のどちらであってもそこには恐るべき狂神がいる。無思慮に接触するのは危険だった。

 鋼も神喰いについてを完全に理解しているとは言い難い様子でもあるし、ここで時間を費やすよりはサンシエに問い質した方が良いように思えた。


 霧嶋は周囲にいた兵達を呼び寄せ、本営へと鋼を運ばせる事にした。幸運にも狂神の進行方向にいなかったおかげで死なずに済んだ彼らは、間近に感じた狂神の気配のせいで酷く消耗していた。


 *********************************


「サンシエ、てめえ生きてやがったのか!?」


 本営の天幕に運び込まれるなり、鋼は縛られたまま寝かされているサンシエを見て声を上げた。言葉の内容からすれば、鋼はサンシエが死んだと思っていたようだ。

 しかし口調は死んだと思っていた仲間の生存を素直に喜んでいるように聞こえない。何か複雑な感情を含んでいた。


「生きていたのかとは随分ですね。見てのとおり手酷くやられましたが生きていますよ。それよりもカナは一緒じゃないんですか?」

「くそ、どうなってやがる……」


 鋼は混乱したようにぶつぶつと何事か呟いている。


「ハガネ、カナはどうしたんですか?」

「サンシエ、カナはいなくなっていたわ。鋼は狂神になったと言うのだけど」


 霧嶋は鋼に聞いた内容を繰り返した。

 聞くうちにサンシエはみるみる顔色を悪くしていた。


「そ、それは本当なんですか!?」


 説明途中でサンシエが大声を上げた。縛られいているのも忘れて身を起こそうとしている。


「鋼がそう言ったのは本当よ。でも私には真偽が判らない。だから鋼を連れて来たのよ」

「ハガネ! 今の話は……!」


 今までの落ち着きようが嘘のようにサンシエは取り乱している。鋼は複雑な表情でサンシエを見ながら、確かに頷いた。


「あなたは! それを止めなかったんですか!? なぜカナにそんな事を許したのですか!?」

「……止めたさ。だがカナは止まらなかった。この様じゃなけりゃ腕づくででも止めたんだが……くそ、そんな目で俺を見るな。第一、カナがあんな事をしたのはお前のせいでもあるんだぞ!」

「ど、どうして僕のせいなんです!」

「カナはな、お前達を信じて待っていたんだ。お前やカムイ、シシリクも来たと聞いて、これで森に帰れるとな。だがお前達は負けた。カナはお前が死んだと思って……望みを失ったんだ」


 鋼は天幕の外を通りかかる兵達の声から、カムイやサンシエが次々に敗れたと知った経緯を話した。


「……それでカナは血晶石を飲んだのですか……黒く染まった血晶石を……」


 サンシエは魂が抜けたようにぐったりとしていた。


「二人だけで話していないで! カナは本当に狂神になってしまったの!?」


 堪え切れずに霧嶋は叫んでいた。サンシエの反応を見れば鋼の言っていた内容が事実であるのは判る。それでもはっきりと答えを聞きたかったのだ。霧嶋はサンシエの傍らに膝を着き、胸倉を掴んだ。


「答えなさい!」


 乱暴に揺さぶると、サンシエは絞り出すような声で答えた。


「獣神の体内には血晶石という赤い石があります。この血晶石を飲むのが神喰いなのです」

「赤い石? でもカナは黒い石を……」

「狂神の血晶石は黒いんです! 悪念を吸った血晶石は黒く染まり、獣神を狂神に変えてしまう! でもコエイは狂神じゃなかった!」


 霧嶋は昼間に見た血晶石を思い出す。

 あれは少々黒ずんではいたものの、確かに赤かった。色が変わったのは宿営地に来てからのことになり、そしてここで大量の悪念を生み出したのは他ならないサンシエだ。


「コエイを……コエイの血晶石を黒く染めたのは……僕だ!」


 サンシエの悲痛な叫びが本営に響いていた。

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