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カムイの森  作者: 墨人
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第36話 狂神化

 降伏の件について御堂が口を開こうとした時、まるで図ったかのように伝令の兵が駆け込んできた。

 伝令兵は死に物狂いで駆けて来たらしく、ぜいぜいと荒い息を吐いている。


「何事だ!」


 佐倉が厳しい声で問うと、兵は軍団長の前だということを思い出したかのように直立不動の姿勢となった。


「ほ、報告します! 北面で対応中の獣神が……獣神が……」

「獣神がどうした!? はっきりしろ!」


 さらに厳しく先を促すが、兵の報告は要領を得ない。

 千蔵の指揮によって順調に数を減らしていた獣神が、ある時を境にいきなり別な何かに変わったというのだ。


「何か、とはなんなんだ」

「判りません。姿形が変わったというわけではないんです。なんと言うか……なんと言ったら良いのか……とにかく姿はそのまま、全く違うなにかになったようで!」


 まったくもって意味を掴みかねる内容だったが、霧嶋とサンシエがほとんど同時にハッとしたような顔になった。


「まさか狂神くるいがみになった……?」

「そうみたいですね……これはまさか……」


 狂神、という名は霧嶋の報告によって東征軍側にも伝わっている。獣神が何らかの理由によって変化するのが狂神であるということもだ。


「狂神とはそれほどに凄まじい力を持っているものなのか?」


 顔色を変えた霧嶋と、伝令兵の焦りようを見比べて、御堂は訊ねた。

 伝令兵は見て来たばかりの狂神を思い出し、ぶるりと身を震わせる。


「力はそれほど変わりませんが、そういうことではなく、雰囲気というか……たいていの兵は竦んで動けなくなってしまうんです」

「私も最初は竦んでしまいました。実際目にするより前に、気配を感じただけで物凄い恐怖が湧いてきて……」


 兵の報告に霧嶋が言い添える。


「なんと……御堂殿、これは危険だ。霧嶋が竦むほどとなると、普通の兵が動けなくなるのも無理はない」


 霧嶋の発言は強い説得力を持っていた。

 甲軍の厳しい訓練に耐え、さらには神狩りとして生きてきたのだ。若い娘とは言え、そこらの男よりも余程肝が据わっている。そんな霧嶋をさえ恐怖に竦ませたという実例が狂神の危険性を御堂たちにも理解させた。

 近付くだけで恐怖に捕らわれてしまうのでは、どれだけの兵力を用意しても意味がない。竦んで動けなくなったまま人形のように打ち倒されてしまうだろう。

 現在はできるだけ近付かないようにしながら矢を射かけている。縄や杭を使った罠を併用しているので何体かを仕留めることはできるかもしれないが、限界は近い。


「それで千蔵殿が御雷殿を寄こして欲しいと……まさか本営で出会えるとは思いませんでしたが丁度良い。至急、千蔵殿の所へ!」


 本来ならば本営で報告をするとともに、本営付きの兵を動員して御雷を探す心積もりだったのだろう。ここで御雷を発見できたのは伝令兵にとっては僥倖だろうが、当の御雷にしてみれば当惑するしかない。先のサンシエとの戦いで力を使い果たし、今は小さな雷を生むのがやっとの状態なのだ。


「センゾーの所に行きたいのはやまやまだが……」


 御雷は歯噛みする他ない。

 こうして伝令を出してきているのだから、千蔵本人は普通に動けている。さすがは甲軍長というところだろう。増援として御雷を指名したのも当然すぎる人選だ。狂神の威圧に屈せず、なおかつ狂神を倒し得る力の持ち主は御雷をおいて他にいない。

 千蔵自身も相当の実力者であるが、それは「尋常な人間が修行して到達できる範囲」での強さに過ぎない。一人で狂神の群れを相手にするのは無理だ。


「これは俺が行くしかないか」


 御堂が槍を掴んで立ち上がる。


「私もお供します」


 霧嶋もまた決然と申し出る。

 佐倉と御雷は慌てて二人を止めた。

 胆力という点は二人とも問題ない。既に狂神との遭遇経験がある霧嶋はもちろん、御堂もまた「槍の御堂」として京では知らぬ者もいない豪傑だ。狂神と対峙して竦むということは無いだろう。

 だが軍団長が自ら危険を冒すのは論外であるし、なにより二人では狂神を相手にするには少々足りない。破神が効かない狂神相手では霧嶋は実力を発揮できないし、御堂の強さというのも千蔵同様であり、やはり狂神の群れに挑むのは自殺行為である。


「だが、ならばどうする? こうしている間にも兵は死んでいく。千蔵とていずれは」

「……ここは千蔵殿に時を稼いでもらい、御雷殿の力が戻り次第救援に向かって貰うしかないでしょう」


 結論付けるように佐倉が言うと「それしかないか」という雰囲気になる。せめて弓で援護する兵だけでも手配しようと、佐倉は伝令兵を伴って天幕を出て行った。

 残った面々は浮かない顔を見合わせる。


 と、その雰囲気を破ったのはサンシエだった。


「ええと、提案したいのですが良いでしょうかね? この状況、僕ならどうにかできますよ?」

「どうにかだと? そのざまでか?」

「なにも僕が戦おうというのじゃありません。獣神も狂神も強い霊を宿していますから幽鬼では倒せませんし。僕ならミカズチの力を回復できるんじゃないかと」

「ふむ?」


 御堂は思案顔になる。

 治療士としての腕は最前見たばかりであるが、怪我を治すのと消耗した力を回復させるのとでは話が全く異なる。よしんばできるのだとしても、それを言い出す理由が判らない。

 狂神に変わったとは言え、もともと森の民側の戦力なのだ。


「いえ、『変わったとはいえ』で済ませられないのが狂神なんです。そちらとの戦の事を考えれば、狂神にはできるだけ暴れて貰った方が良いのでしょうけどね。狂神が生まれてしまったなら人間同士で争っている場合じゃない、というのが正直なところで」

「本当に正直なのかどうか……しかし、俺の雷が回復するなら願ったりだ」

「では僕の帯に薬草の袋があります。これから僕が言うとおりに調合すれば、力を回復する薬が作れます」


 作業には霧嶋があたった。

 サンシエの腰には沢山の袋が括りつけられている。中には小分けされた薬草が何種類も入っていた。それをサンシエの指示通りに選び、分量を計って混ぜ合わせる。最後に水を加えると、霧嶋には憶えのある匂いの液体が出来上がった。

 他でもない。霧嶋がサンシエの治療を受けていた時に毎日飲まされていた薬湯の匂いだ。

 ただし、同じ種類の匂いではあっても更に強烈であり、どろりと粘る様な感触から味の方も強いのではないかと思われた。


「おい、まさかとは思うが……それを飲めってのか?」

「そうなんですが、初めてこれを見て人はたいてい毒じゃないかと疑うんですよね。なので、二人分の量で作って貰いました。半分は僕が飲みますので、ミカズチはその後で」

「毒見か。手回しの良いことだな。まあ、この匂いでは毒と思うのが普通だが」


 霧嶋は作った薬を半分別の器に分け、首だけ起こしたサンシエの口に宛がう。器を傾けるとどろどろの薬は一息に飲み干されていた。


「うう……不味い……」


 本当に不味そうな顔でサンシエ。


「おいおい、毒じゃないのは判ったが、飲みにくいだろうが。そんなに酷い味なのか」

「味は酷いです。望んで飲みたいものじゃないですが、効き目は僕が保証します」

「ちっ! 効きだけじゃなく味が酷いのも保証しやがった」


 舌打ちしつつも、御雷はサンシエの顔色が劇的に良くなっているのを見逃さない。毒でないだけなく、少なくともある程度の回復効果は確かにある。

 御雷は覚悟を決めてそれを飲んだ。酷いと想像していたよりも、さらに酷い、想像を絶する不味さに苦しみながらも一息で飲んでいた。途中で止めればもう一度口をつけるのが嫌になる様な味だったため、意地でも一息で飲もうと、そう思ってしまうような味だったからだ。


 効果は劇的だった。

 薬が落ちた胃から熱が広がるように全身を包んでいた疲労感が一掃され、たっぷりと休息をとったかのようだった。それだけでなく幽鬼によって霊体が傷つけられ、肉体的には無傷ながら感じていた痛みも無くなっている。


「こいつは凄いな! 力が漲るぞ!」


 御雷は歓喜の声を上げる。これなら狂神の十や二十は簡単に倒せる。そんな気分だった。


「一つ注意しておきますが、その力は偽物です。どだい無くなった力をそうそう都合良く取り戻せる筈がない。無いはずの力を取り戻すには相応の代償が必要です」

「……代償とは何だ?」

「命が削られます。寿命がいくらか縮むでしょうね」

「てめえ! そういうことは飲む前に言え!」

「言ったら飲めなくなるでしょう? とにかく効果が切れてきたら無理はしないことです。取り返しのつかないことになります」


 御雷は忌々しそうに舌打ちしたが、サンシエ自身も同じ薬を飲んでいるのだし、命が削られると言ってもそれほどではないのだろうと自分を納得させていた。それに必要な力が取り戻せたのも確かなのだ。


「御堂殿、俺はセンゾーの所に行く」

「ああ。そちらは頼むぞ」

「御雷様、千蔵様をお願いします」


 御雷は鎖鎌を手に天幕を走り出て行った。

 それを見送った御堂は、胡乱げな目でサンシエを見下ろした。先にサンシエが言った通り、狂神が森の民にとって忌むべき存在だとしても、暴れるだけ暴れさせて東征軍の兵を殺させた方が得だ。にも関わらずの申し出。そこは、そんな損得以上に狂神を忌んでいると説明できるが、それだけで納得できる話しでもない。利のある話しだから受けておいたが、まだサンシエを完全に信用しているわけでもない。


「さて、どういうことなのか説明してもらおうか。先刻、獣神が狂神に変わったと聞いた時、何か知った風な様子だったではないか。攻め込んできた獣神が一斉に狂神に変わるというのも都合が良過ぎる」

「……どうやら僕はカムイに一杯喰わされたようでしてね」

「味方であるカムイに貴様が騙されたのか? どういう意味だ?」

「僕はカムイに言われたんですよ。『呪い士としての役目は忘れて全力を尽くせ』と。思えば、カムイは最初から獣神を狂神に変えるつもりだったのでしょう」


 そう前置きして、サンシエは狂神が何故生まれるのかを掻い摘んで説明した。

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