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カムイの森  作者: 墨人
34/48

第34話 雷撃と幽鬼

 これは洒落にならない奴だ。


 サンシエという森の民の呪い士を、御雷は心中でそう評していた。

 異能力を持つ相手や古い神々を相手にする神狩りという仕事をしていれば、とんでもない能力を目の当たりにする機会には事欠かない。そんな御雷をして、サンシエの力は驚嘆に値した。

 幽鬼の軍勢は戦えば戦うほど、敵の死者を吸収して無限に増殖していく。それだけでなく、その土地に残留する過去の死者の霊までをも加えてくるとなれば、サンシエ一人で東征軍全体、下手をすれば西征軍や京本国の残留部隊全てを合わせた戦力に匹敵し得る。


 増殖を始める前の段階で接敵できたからこそ、こうして足止めできているものの、もしも自分が抜かれることがあれば、残った幽鬼が少数であってもいずれ宿営地全体が席巻されるだろう。幽鬼に対して絶対的な優位に立てる霧嶋が上手く立ち回ってくれればとも思うが、それを期待してこの場を退くわけにもいかない。


 とは言え、状況は御雷にとって厳しくなっている。


 御雷の持つ雷撃の能力は、御雷一族なら誰もが生まれつき持っている身体能力の一つだ。だから使い続ければ疲労するし、それが過ぎれば使えなくなる。一般人が持っている「走る」という能力も、走り続ければいずれ疲労困憊して倒れてしまう。それと同じことだ。

 二百に迫る幽鬼を倒すために雷撃を撃ちまくってきたため、既に御雷の体力は危険な域に達している。体を覆う紫電も薄くなり、絞り出すようにして放ってきた雷撃も当初に比べて威力を減じていた。

 新たに現れた幽鬼と残りの力を比較すれば、どう見積もっても先に尽きるのは御雷の力の方だ。


 どうしたものかと周囲を見回す御雷。都合良く霧嶋でも通りがかってくれればと微かに思いはしても、現実はそんなに甘くない。視界に入るのは遠く離れて様子を窺っている兵達だけだ。前に戻そうとした視線が、倒壊した天幕に紛れている物に止まった。


 その天幕は余っている武器の集積所だったようだ。

 東征軍は京を進発して以来、征服した土地からの新たな兵を募る方式を採っており、京本国への補充兵要請は最小限に抑えていた。農民に最低限の訓練だけを積ませ、武器を渡せば兵の出来上がりとなる。それは同時に自前では武器を用意できない兵が大半であることを示し、そんな彼らに支給するための武器は大量に蓄えられている。

 全て征服した国で徴収したり、戦場で死体から剥ぎ取ってきたりしたものだ。それだけに刀や槍だけでなく、実に雑多な種類の武具が散乱していたのだが、その中に一つ、御雷の注意を引いた代物がある。


 御雷は邪魔になる幽鬼を雷撃で倒して走り、散らばる武器の中から一つを拾い上げた。

 草刈り用らしい鎌の柄に、分銅付きの長い鎖が連結されている。

 俗に言う鎖鎌だった。


 ――こいつでやってみるか……。


 鎖の中ほどを持って分銅を振りまわし、勢いを付けて投じる。そのままでは分銅も幽鬼を擦り抜けてしまうところだが、御雷の手から鎖へ、鎖から分銅へと雷が伝わっていく。雷を纏った分銅は確かな手応えで幽鬼を打ち、打たれた幽鬼は消滅する。鎖を引き戻して今度は長さを一杯に使って周囲を薙ぎ払うと、何体もの幽鬼をまとめて倒すことができた。


「これは正解だったな」


 御雷はにやりと笑みを浮かべる。疲労は激しく立っているのも辛い状況ではあるが、鎖鎌は想像以上の効果をもたらしていた。幽鬼を倒すために使う力が段違いに少なくて済むのだ。

 雷撃は強力な攻撃だ。本来なら弓でも使わなくては届かないような距離から一方的に敵を攻撃できる上に、一撃の威力は矢よりも遥かに強い。閃光と轟音を伴うから威圧効果も大きい。が、見た目が派手な分、消耗する力も大きくなる。「遠くまで飛ばす」という部分で余計な力を使ってしまっていた。

 今、鎖分銅に雷をのせることで、間合いは狭くなっても力の消耗は最小に抑えられている。


「さて、もう一踏ん張りしてみるか」


 鎖鎌を手に、御雷は歩き出した。


 幽鬼達はまっすぐに御雷に向かってくる。

 幽鬼の消耗など意に介さず、とにかく御雷を殺そうという呪い士の意思が見える。御雷さえ倒してしまえば、たとえこの場にいる幽鬼が全滅しても構わない。あの能力なら場所を変えさせすればすぐに幽鬼を補充できるからこそだろう。


 群がる幽鬼を分銅や鎖で薙ぎ倒し、時には雷を宿した拳で直接殴り、御雷は死力を尽くして戦い続けた。


 *********************************


 気付くと幽鬼はあらかた片付いていた。


「……やっぱり人間じゃないですよね?」


 ぜぇぜぇと荒い息を吐き、片膝を着いていた御雷はサンシエの言葉にキッと顔を上げる。

 御雷にとって、否、全ての神狩りにとって「自分は人間か否か」というのは重い意味を持っている。これは京で議論されている『神が生まれた理由』にも関係しており、翻って東征軍がカムイの森の獣神を神と認めない理由にもなっている。


「言っただろう……俺達は人間だと……」


 ほとんど力の入らない膝にどうにか喝を入れ、御雷は立ち上がる。体のいたる所に痛みを感じて御雷は呻いた。幽鬼の攻撃は肉体に傷を付けないせいで判りづらいが、正に満身創痍というべき状態だ。鎖鎌は力の消費を抑えてくれたものの、慣れない武器ではどうしても隙ができる。討ち漏らした幽鬼に接近を許してしまった結果だった。


「さすがに……今度こそ終いだろう……?」


 土地に染みていた昔の霊までを幽鬼として引っ張り出したのだ。この上新しい幽鬼を生み出すのは不可能のはず。

 不可能であってくれ、と半ば願いを込めて御雷は言葉を声を絞り出す。


 果たしてサンシエは困ったように「確かに、もうこの場では限界ですね」と辺りを見回した。呪い士は直に霊を視認できる特別な目を持っているから、もうこの辺りに幽鬼化できる霊はいないのだろう。内心で安堵の息を吐いた御雷だった。


「とは言え、限界というならそちらももう限界でしょう? 正直見るに堪えない有様だ」

「……あれだけの幽鬼をけし掛けておいて良く言う」

「僕が喜んでやった、とは思わないで欲しいですね。そちらがカナを連れて行ったりしなければ……いや、そもそも森に攻めてきたりしなければ、こんな事をしなくて済んだんですから」


 そう言うサンシエは、本当に自らの行いを悔いているような顔をしていた。ほとんどの幽鬼が消えてしまった今でも、彼の目には御雷には見えない何かが見えているようで、時折何も無い空中に視線を彷徨わせている。


 サンシエの言い分に対して御雷から返す言葉は無い。戦を仕掛ける大義名分をここで論じても始まらない。


「あなた一人にいったいどれだけの幽鬼を注ぎ込んだのか……でもここまでです」


 サンシエを守っている二十体ほどの幽鬼が一斉に動き出した。一塊りになって向かってくる幽鬼に分銅を投じる。勢いはまだまだあったが、纏う雷はか細い。先頭の幽鬼に当たった分銅は、その一体を滅ぼすだけの威力さえも持っておらず、ぼとりと地面に落ちてしまった。


 ――こうまで衰えるか。今一歩というところで……む、あれは?


 余りの衰え振りに愕然とした御雷は、進み来る幽鬼の姿に違和感を感じていた。

 進み出た幽鬼が地面に落ちた分銅を踏んだのである。踏んだといっても雷の抜けた分銅は幽鬼の足を擦り抜けている。幽鬼は分銅など無いかのように進んで来ている。


 ――そうか……そういうことか……くくくっ、いつぞやのセンゾーの言も否定できんな……。


 御雷はストンと何かが落ちたような心持になっていた。

 鎖を手繰り寄せ、分銅を振り回す。


「おおおおおお!」


 残り滓のような力を寄せ集め、分銅に流し込む。これが最後の一撃と思い定めた後先考えない力の込め方だった。それを感じ取ったか、サンシエがさらに幽鬼を密集させて防壁を厚くする。


「貫け! おおりゃあっ!」


 蓄えた回転の力をそのまま乗せて分銅を投擲した。


「っ!? ぐはっ!!」


 御雷の宣言に違わず、分銅は一直線に幽鬼の群れを貫き、その後ろにいたサンシエの胸板を直撃していた。重たい鉄の塊が凄まじい勢いで激突し、サンシエの体からバキリと骨の砕ける音がした。


「なんで……」


 胸を押さえてよろよろと後ずさるサンシエ。御雷が投じた追い打ちの一撃が頭部を強打し、サンシエは倒れた。支配力の途切れた幽鬼は空気に溶けるように消えていく。


「ようやく終わったか……」


 御雷は大きく息を吐く。

 サンシエは御雷のけして短くはない戦歴の中でも類を見ないほどの難敵だった。鎖鎌を得た幸運と、咄嗟の思い付きが無かったら負けていただろう。


 その時、倒れているサンシエが激しく咳き込んだ。


「まだ生きてるのか。ひょろい奴かと思ったが意外にしぶといな」


 御雷は重い足を引き摺ってサンシエに歩み寄る。サンシエは分銅に割られた頭から血を流し、折れた胸骨で肺腑が傷ついたのか咳にも血が混じっていた。


 サンシエの手から石刀を蹴り飛ばしておく。能力を使うのに特定の道具を必要とする例はままある。御雷は石刀が呪い士にとってのそれであると考えた。幽鬼を使う際に意味ありげに動かしていたから間違いないだろうとも思っている。


 仰向けに倒れたまま御雷を見上げているサンシエは、苦痛に顔を歪めながらも、訳がわからないという表情だった。


「幽鬼はまだいたのに……どうして……」

「幽鬼に普通の武器は通じないだろう。そういうことだ」

「あ……」


 一瞬、ぽかんとした顔になったサンシエだったが、すぐにまた痛みに表情を変える。


「これはやられましたね……あなたは雷を使う、そう思い込んでいました」

「無理もない。俺だって俺は雷を使うと思いこんでいたんだからな」


 御雷は苦笑する。一族の中でも有数の使い手であるという自負と自信が、いつしか異能力者相手には同じく異能力である雷撃を使うべきだという思い込みを生んでいた。

 以前千蔵に言われたように『異能の力が強いほどそれに頼るように』なっていたのだ。


 確かに雷撃は幽鬼に対して有効だ。雷を宿さなければ分銅や鎖で幽鬼を倒すことはできない。

 だが見方を変えると、雷を宿さない分銅は幽鬼を攻撃できずにそのまま擦り抜ける、ということになる。そしてサンシエに対する攻撃なら、それは別に雷を宿している必要など無かったのだ。


 これ見よがしに最後の力を振り絞って雷を生み、分銅が幽鬼に当たる直前に雷を消す。そうすれば分銅は間にいた幽鬼を全部素通りしてサンシエを直撃する。幽鬼が地面に落ちた分銅を踏まずに、そのまま擦り抜けたのを見ての思い付きだった。


 一方のサンシエも「ミカズチは雷を使う」と思い込んでいて、実際に数百体の幽鬼が倒される間それを目の当たりにしていた。最後の攻撃も当然雷撃で来ると決めつけていたのだった。

 もっとも、仮に御雷の意図に気付けたとしても、戦闘に不慣れなサンシエが避けられたのかと言えばそれも怪しいのだが。


「なんにしろ生きているならお前にも人質になってもらうとするか」


 御雷は遠くにいた兵達に荷箱の蓋を持って来させてサンシエを乗せた。

 昼間は人質など意味の無いような素振りをしていたシシリクだが、こうして夜襲を掛けてきたのだから人質を取り戻したいと考えているはずだ。つまりは人質も全くの無意味ではないということになる。森の民の中でも特殊な位置付けの呪い士が人質に加われば、シシリクの返答も変わるかもしれない。


 御雷は捕らえたサンシエを連れて御堂のいる本営に向かった。

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