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カムイの森  作者: 墨人
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第31話 破神と引き裂く力

 霧嶋は気を失ったままのカナを抱いて宿営地を歩いていた。その後ろを数人の兵に囲まれた鋼が続いている。

 馬を操って脱走を図ったカナに対し、兵たちの見る目は明らかに変わっている。

 兄に見捨てられた不憫な娘、という認識はもう無い。暴走した馬が引き起こした混乱で負傷した兵もいるだろうし、火災で失われた物資も少なくない。たった一人の娘によってもたらされた損害はけして小さなものではなかった。


 再びカナを捕らえたのが自分で良かったと霧嶋は思う。もしも自分以外の誰かがあの場に居合わせていたら、きっとカナは殺されていただろう。


 霧嶋はとりあえず自分が使っていた天幕にカナたちを収容することにした。

 今度はより厳重に拘束を施す。鋼は天幕を支える柱にがっちりと縛り付け、カナは腰に縄を巻き付けて柱につなぐ。結び目を腰の後ろ側に作ったから、前で両手を縛られているカナには解けない。


「口を塞いでおいた方が良くはないですか?」


 兵の一人が訊ねるのに、霧嶋は首を横に振った。

 カナの能力は発声の有無に関係しないと判っている。猿轡を噛ませても意味は無いし、第一馬もいなくなった宿営地にはカナの味方をする獣がいない。今こそ本当にカナは無力な娘になってしまったわけだ。この上で猿轡などするのは、単に苦痛を与えるだけになってしまう。


 霧嶋のこの判断は、同じ判断材料を持った者には支持される妥当なものだった。だがさして時を置かず、霧嶋はこの判断を悔やむことになる。


 *********************************


 馬が蹴倒した篝火から発生した火災もほぼ鎮火した。消火用の水など十分ではなかったため、周囲の天幕を解体して燃え移るのを防ぐ方式が主だった。そのため既に燃えている天幕は燃え尽きるに任せていて、宿営地のそこここに黒ずんだ燃え残りを残す空き地が生まれていた。


 再び焚かれた篝火の中、右往左往する兵の姿もある。燃えてしまった天幕や解体された天幕など、多くの天幕が無くなってしまい、今夜寝る場所を失った兵も多い。宿営地の中で野宿などしたくはないだろうから、残った天幕のどこかに潜り込むことになるだろう。

 騒動から消火作業へという動の時間が終わり、静の時間へと移行するどこか弛緩した空気になっていた。

 戦の最中に油断し過ぎと見えるが、東征軍兵の共通認識として、森の民が宿営地を襲うなど有り得ない、というのがある。森の民は森の木々の中に紛れてこそ真価を発揮する。と、言うよりも平地で戦をできる連中ではない。そして何よりも圧倒的に人数が少ない。

 人質を取っているから、助け出すために侵入してくる可能性は否定できず、そのための警備だけはしているというのが現状だ。今も宿営の外縁では交代で見張りが行われている。


 そんな時だった。

 聞く者の心胆を震えさせるような獣の方向が響き渡ったのは。

 一つではなく、一種類でもない。いくつもの咆哮が重なり合って夜の大気を震わせる。


 そして宿営地の外縁に面する一画が俄かに慌ただしくなった。


 霧嶋は慌てて自分の天幕に取って返していた。獣の咆哮を聞いて、やはりカナを思い出したからだ。ところが天幕に帰ってみれば、カナはまだ気を失ったままだった。鋼が「騒がしいが何が起こってるんだ?」と訊ねてくるのは無視して再び天幕を飛び出す。


「森主カムイが出てきた?」


 獣は基本的に臆病だ。沢山の人が集まっている宿営地をわざわざ襲ったりしない。襲うことがあるとすれば、それは人に操られた場合だけだ。

 そしてカナが気を失ったままなのだから、同様の力をもつ者が少なくとももう一人いるということになる。そんな特殊な力が誰それ構わず備わるとは考えにくい。霧嶋一族の破神や御雷一族の雷撃のように血縁で伝わっていると見るのが自然だ。

 そして下の村で話した限りではシシリクにそんな力は無かった。


「厄介な能力を持っているのだろうけど!」


 森の名前にもなっている十五年前の英雄。詳しい事情までは判らないが、昔の神狩りにも滅ぼすことができずに止むなく封じるにとどまっていた『森の人』という神を倒している。

 神を滅ぼしたということは、獣を操る以外にも特異な能力を持っているはずだ。カムイがその能力に依存しているのなら、霧嶋にとっては容易い獲物になるだろう。破神はそうした特異能力者に対してこそ絶対的な力を発揮する。


 騒動の元になっている現場に到着すると、そこは想像した以上の混乱に見舞われていた。

 熊や猪、山犬など見ればどんな種類の獣かは判る。しかしそのどれもが以上に大きい。普通有り得る大きさの倍以上の大きさだ。胴周りが大の大人でも抱えきれないほどに太い大蛇もいる。


「……まさか、獣神!? 二十……いえ、三十はいる?」


 森の中で熊の狂神に襲われた時の恐怖が甦ってくる。狂神と獣神は別物だと聞いているが、だとしても普通の獣とは比較にならない力を持っているのは確かだ。霧嶋の目の前で牙や爪で兵が引き裂かれ、巨体に押し潰されていた。そして一際異彩を放ち、災厄とも呼べるほどの猛威を振るっている存在があった。

 犬頭人身の異形。

 周囲の獣神に指示を出しながら、その異形が手を打ち振るたびに離れた位置にいる兵が血を吹き出して倒れるのだった。


「あれは……カムイか?」


 声に振り向くと、甲軍長の千蔵だった。昼間、鋼に割られた額の傷はまだ塞がっていないのか、頭に巻いた布には血が黒く滲んでいる。

 獣神に指示を出している事、不可思議な力を持つ事。千蔵もまた霧嶋同様の推測で、異形をカムイだと考えていた。人の姿をしていないのは意外過ぎる事実だったが、『森の人』討伐を境に森の名が『イヌガミの森』から『カムイの森』に変わった事との関連が窺える。


「千蔵様、カムイは私が」

「……うむ、他の獣神は任せろ」


 千蔵は叫喚の中でも良く通る低い声で獣神討伐のための指示を飛ばす。指揮慣れした千蔵の声に兵たちが落ち着きを取り戻していく中、霧嶋はカムイに向かって駆けていた。


「カムイ!」


 呼ばわると、相手は首を傾げた。犬頭でもやけに人間臭い。

 敢えて名を呼んだのは、この異形が本当にカムイなのかという最終確認の意味があった。


「私を知っているのか? お前達の前に出るのは初めてなのだが」

「随分簡単に認めるのね」


 霧嶋は呆れを含んだ声で言っていた。

 森主という立場にありながら夜襲の最前線に立っているのは、獣神を指揮する必要があるのだから仕方ない。だとしても自分がカムイであると認めてしまうのは頂けなかった。敵の総大将が目の前にいれば、集中的に狙うのが常道だ。

 対してカムイは自嘲的な笑みを浮かべる。


「嘘が吐けないのでな。無駄な事はしない。それに……私がカムイだと知れたところで何が変わるわけでもない」

「余程自信があるようだけど」


 嘘が吐けない、というのは本当だろう。カナもそうだった。口に出す言葉とは関係なく、直接意思を伝える能力は、言いかえると、口ではどう言おうとも真意が勝手に伝わってしまう能力でもある。そして伝わってきたのは、己の能力に対する絶対の自信だった。

 もちろんカムイが自信を持っているのは、意思疎通の能力ではなく、森の人を討伐したという戦闘向けの特異能力の方だ。


 だが、と霧嶋は思う。

 正体を知られる、という事の危険性をカムイが理解していないのが不思議だった。


 霧嶋がこうして立ち塞がっているのは、相手がカムイだと推測できたからだし、千蔵が霧嶋に一任したのも同じだ。

 霧嶋の破神はどんな異能力も無効化する破格の能力である反面、純粋な肉弾戦になれば全くの無力。逆に異能力を持たない千蔵は肉弾戦に滅法強い。だから相手をカムイと推測できず、単に『獣の身体能力を持つ人間』と判断した場合は千蔵がここに立っていただろう。


 カムイがこうも自信に溢れているのは、霧嶋の持つ能力を知らないからだ。無知故の慢心。これならシシリクの方が思慮深いと思えた。


「通らせてもらうぞ。娘を迎えに行かねばならんのでな」


 カムイが右手を翳す。その手は人と同じに五指に分かれながらも、獣毛に覆われていて鋭い爪も備えている。カムイの異能力、離れた場所から相手を引き裂く力はあの手から放たれる。

 はっきりと攻撃態勢になったカムイを前にして、霧嶋は動きを凍らせていた。

 カムイが放った一言、「娘」という言葉。


 カナとカムイが血縁であるのは知っていた。同じ能力を有しているくらいだから、それなりに近い関係なのだとも思っていた。だが、まさか実の親子だとは思わない。カナにとっての父ならシシリクにとってもそうだろうに、シシリクの言動からはそうと察する事ができなかった。


 カナが大切にしていたコエイを霧嶋は殺している。森に帰ろうとしたのを阻止もした。この上、実の父までも手に掛けてしまったら、それでもカナは楓と呼んでくれるだろうか。


 ――……。


 考えは纏まらないまま、それでも修練を積んだ体は勝手に動き始めた。

 自ら前に出つつ短刀を抜き、破神も発動する。


 カムイが手を振ると、地面に生まれた四本の溝が向かってくる。まるで見えない刃が地面を刻みながら飛んでくるような光景だ。念のために地面の筋を避けながら、筋の上の空中を短刀で斬りつける。すると刻まれる筋はそこで止まった。破神は相手の異能力を消してしまうため、何かを斬ったという手応えは全く無いが、見た目の印象通り見えない刃的な何かが飛んでいたようだった。


「なんだと!?」


 カムイの『引き裂く力』は実体・非実体を問わずに切断する刃だ。短刀で斬り払おうとすれば、その短刀ごと相手を絶命させるはずだった。霧嶋の破神を知らないカムイには、何が起きたのか理解できなかった。

 理解できないまま次の刃を放つ。

 霧嶋はもう防御行動を取らず、真っ直ぐカムイに突っ込んだ。見えない刃は霧嶋に触れれば消えてしまう。それでもなお能力を使い続けるカムイに、霧嶋は「カムイには近接戦の心得が無い」と確信した。もともと弓を得手にする森の民。破神が無ければ相当に厄介なこの能力があれば近接戦などする必要がなかったからだろう。


 霧嶋が振るった短刀は、実にあっさりとカムイの胸に突き立っていた。

カムイが弱く見えますが本当はもっと強いです。千蔵には圧勝、御雷にも問題無く勝てるくらい。鋼にも勝てます。能力依存型のため、霧嶋との相性が最悪でした。

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