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カムイの森  作者: 墨人
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第03話 戦場の光景

「憑依している間はコエイの体の感覚は全部自分のものとして感じるからね。それが無ければコエイだけでも餌を食べることはできたんだろうけど」


 苦笑するサンシエ。

 サンシエは呪い士の家系の出である。呪い士は森の民の中にあっては祭祀を司る役であり、また薬草毒草の知識も豊富なため怪我人や病人の治療にもあたる。

 加えてサンシエは『霊』に関する特異な能力を持っている。呪い士の家系に連なる者は多かれ少なかれ霊を見る能力を持っているのだが、サンシエはさらに霊を操る能力までを持っている。その一端として自らの生霊を他の生き物に憑依させて操る事が出来た。ついさっきまでは鷹のコエイに憑依していたのだ。

 狂神狩りのときに石の鏃から湧きだした蛇は、サンシエが操った蛇の霊である。


 ところで憑依中はコエイの感覚の全てがサンシエにも伝わるため、例えばコエイが餌を食べた場合、その食感や味なども全てサンシエに伝わってしまう。鷹にとっては美味な物でも、人間のサンシエにとってはそうではない。そのため、憑依中にはコエイに絶食をさせてしまうのである。


「はい、サンシエ。たくさん食べて」


 鍋の中に残っていたものを椀によそって差し出すカナ。


「ありがたい。いただくよ。それからカナ、済まないけどコジカを呼んできてくれないか? 一緒に話を聞いてもらいたいんだ」


 頷き一つで出ていくカナを見送り、椀の中身を勢いよく食べ始めた。シシリクは血晶石を滝に安置して来た件を話す。その時だけは箸を休めて「それは手間を取らせたね」と言ったサンシエは、瞬く間に椀を空にして、もう一杯。それで鍋は空になった。


 食べ終えて大きく息を吐き、軽く腹を撫でる。ついさっきまで感じていた飢餓感からすればまだ物足りないところだが、自身の体が訴えていた空腹感はもう無くなっている。それどころか普段に比べれば明らかに食べ過ぎの量だった。

 そこにカナがコジカを連れて戻ってきた。


「おう、サンシエ。随分と遅い御帰りだったじゃないか」

「うん、その事で話があるんで来てもらったんだ」


 サンシエは「カナ、美味しかったよ」と椀を返し、二人にも座る様に促した。囲炉裏を囲んで余人が車座に座る。

 少年二人に少女が一人、年長のコジカもまだまだ若手に入るのだが、実はこの四人が集まると、それはこの村の重鎮会議となる。


 シシリク達が住む広大な森の中にはいくつもの村が存在しており、それらを束ねる大長おおおさは名をカムイと言う。それをしてこの森をカムイの森とも呼ぶのだが、シシリク達兄妹はカムイの血縁だった。血縁と言うだけでなく、シシリクは森一番の弓使いであるし、思慮深い性格もあって、若いながらも村長むらおさになっている。カナもまた代えがたい能力を持っており、村人から一目置かれていた。

 サンシエは呪い士として傑出しているし、コジカも森の中では珍しく本格的に剣を使える実力者だ。

 四人が話し合って決めた事なら(カナが兄やサンシエの意見に異を唱える事はまず無いから、実質的には三人なのだが)、それは村の方針となるのである。


「このところ南の方から悪念が流れてきてるって言うのは前にも話したよね?」


 おもむろにサンシエが口を開く。彼は高位の呪い士であるため、霊的視力の副産物として悪念もある程度視覚的に捉える事が出来るのだった。


「京から来た軍勢が松前を攻めているってことで、戦場いくさばで生まれた悪念が流れてきてたんだろうけど、それが急に濃くなったんだ。どうにも気になってね、様子を見に行ったんだけど……」


 言葉を濁すサンシエ。こころなし顔色が悪く見えるのは、なにも薄暗い照明のせいばかりでもなさそうだった。


「酷いもんだったよ。戦場を直接見たのは初めてだけど、あれが相当に酷い戦場だっていうのは確かだ。今日が決戦だったんだろうね。僕が着いた時には何百人、もしかすると千人近くが屍になっていた」


 戦場で死に、弔いもされずに野に晒された屍は強い悪念を放つ。それが数百と積み重なれば悪念の総量は膨大な物となる。


「鎧やなんかの様子から京の軍勢が勝ったのは見て取れたんだけどね、その後にあれが出てきたんだ」

「あれ? もったいぶるなよ、はっきり言え」

「はっきり言おうにも、僕にもあれが何だったのかは良く判らないんだ。多分、森の外の神だと思うんだけど、急にそれが現れたと思ったら屍が……そこらじゅうに横たわっていた屍が一斉に動き出したんだ!」


 カナが「ひっ!」と悲鳴のような音を立て、流石のシシリクやコジカも表情を強張らせている。サンシエが見たという光景を想像してしまったのだ。

 刀で斬られ、矢で射られた屍となった者たち。損傷の激しい屍なら腕や足が欠けていたりもするだろう。そんなあり様の屍の群れが動き出したなら。サンシエが言うように相当に無残なあり様だろう。


「それは屍の一つに憑依しているようだった。その屍からは狂神と同じような濃い悪念が放たれていて、それに触れると他の屍も動き出してまだ生きている人達に襲いかかっていた。屍達は松前とか京とかの区別はしていなかったけれど、戦自体はもう終わったようなものだったからね、勝ち残っていた京の軍勢が屍の脅威に晒されることになった」


 サンシエは松前で見てきた出来事を、あまり生々しくならないように掻い摘んで話した。

 それによると当初は大変に混乱した京軍はすみやかに態勢を整え、組織的に対処を始めた。

 個々の屍は弱かった。動きはゆっくりとしており、生きているものに掴みかかって喰らいつくという単純な行動しかしない。だが屍であるがゆえに、刀で斬ろうが槍で突こうが動きを止めないのだ。

 しかも数が多い。

 そもそも二つの軍勢がぶつかり合って、双方に数を減らしながら一方が勝利するまで戦を行ったのだ。その後で残った一方の軍と、それまでの死者全て。数の差は歴然としている。そして屍に殺された兵もまた、悪念に触れると動き出し、今まで肩を並べて戦っていた仲間に襲いかかるのだった。


「これは駄目だと思ったんだけどね、京の軍に凄い奴らがいたんだ。十人くらいかな、他の兵と違ってばらばらの格好をしていたから良く目立ってたな。そいつらは物凄い勢いで屍を殺して……というのは妙な言い方かな。つまりは動けないようにしていったんだ」


 屍は斬っても突いてもそれ以上に死ぬことはないが、四肢を斬り飛ばしてしまえば動けなくなる。その集団は見事な手際でそれをやってのけた。

 それだけだったら単に手練てだれの集団というだけのだが、手練という枠には収まらない者が二人いた。

 一人は男。体から雷を発して屍を打ち倒していた。

 今一人は女。サンシエの霊的視覚には女の体がうすく光っているように見えた。大本の一体から伸びる悪念(のようなもの)は、女の体に触れると消えてしまっていた。悪念の届かなくなった屍は、ただの動かない屍に戻る。


「雷を操る男に、悪念を打ち消す女か。森の外にはおかしな力を使う奴がいるものだ」

「まったくだね。で、彼らならそれを倒せるかもしれないと思ってね、僕は大本になっている屍の場所を教えてやったんだよ」


 悪念を遮る女の背後には動かなくなった屍体が累々と横たわっている。その状況から事態の元凶の方向をある程度絞り込んでいたのだろう。サンシエがそれの位置を教えるために空を舞うと、すぐにそれと察してくれた。屍の海の中を一息に突っ切り、女がそれに触れると、屍に憑依していたそれは消滅してしまった。同時に動いていた屍の全てが崩れ落ちる。


「戦はそれで終わったわけだけど、悪念の量も濃さもとんでもないことになってた」


 ただでさえ戦は大量の悪念を生むというのに、あの森の外の神は自身も濃い悪念を放つと同時に、屍を操る事でさらなる悪念を生みだしてしまった。死後にさえ体を勝手に操られた事で死者の放つ悪念が増したのだ。


「しばらくは注意が必要だね。あの悪念でまた狂神が出るかもしれない」


 そう言ってサンシエは話を締めくくった。


 *********************************


 しばらく、重い沈黙が場を支配していた。

 カナがいる事にも配慮して、サンシエはできるだけ凄惨な描写を避けて話をしたのだが、それでも多少の想像力があれば松前で起こった出来事の悲惨さは容易に想像できる。


「……京は、この森にも攻めてくるんだろうか?」


 やがてシシリクは誰にともなく言った。言いながら答えは自分自身で既に持っている。

 狩りや採集を生業とする森の民だが、全てを自給しているわけではない。鉄製品など森の外との交易で入手している物品もあり、森から出る事も、外の住人が森に入る事もある。そんな折の噂話として、京の軍勢が各地に攻め入り支配下に置いている件は聞いていた。その支配欲が松前を落としたところでいきなり消えると考えるのは楽観的すぎるだろう。

 当然、京は松前以北にも手を伸ばそうとする。そうなればカムイの森だけを避けて通るとは思えない。


「とにかくできるだけ外の様子を探らないといけないな。下の村に下りて……場合によっては森の外にも人をやるか」

「そうだな。だがシシリク、お前はまずカムイの所へ行って話を付けて来い。事はこの村だけじゃなく、森全体に関わる。いざとなれば他の村とも協働することになるだろうからな、カムイの指示を仰いでおくべきだ」

「そうだな。俺は明日カムイに会いに行こう。コジカ達は先に下の村に行っていてくれ」

「ああ、分かった」

「みんなには僕から説明しておくよ」

「兄様? 私はどうすれば……」


 恐る恐るという様子でカナが尋ねる。


「もちろんカナにも行って貰う。コエイもだ」

「分かりました。コエイ、私達も明日下の村まで下りるわよ」


 カナはコエイに語りかける。コエイは首を上下に振りながら小さく鳴いた。


「分かった、って」


 コエイの鳴き声をカナが通訳する。

 これがカナの持っている「代えがたい力」だった。

 カナは鳥獣と意思の疎通ができる。カナの話す言葉には不思議な力があり、本人は普通に話していてもその内容を人語を解さないはずの鳥獣に伝える事ができ、また鳥獣の鳴き声から意味を感じ取れる。はっきりと言葉になっているわけではないから、カナの感性で意訳している部分も大きいのだが。


「さて、話はここまでだな。明日下に下りるとなれば準備もある。俺は帰るぞ」


 言いながら腰を上げるコジカ。持っていくのが剣だけというコジカは準備と言うほどの準備も無いのだが、彼は妻帯者だ。しばらく村を離れるとなればいろいろとあるのだろう。


「そうだね。僕も持っていくものを整理しないと」


 一方のサンシエは本当に準備が必要だ。術に使うさまざまな物や、薬草や毒草、それらを調合した薬など。

 二人が帰り、この家の住人である兄妹だけが残った。


「兄様……」


 カナが不安そうな表情になる。幼いカナにとってはこれまでの話の全てが不安で恐ろしいのだろう。

 ぽんとカナの頭に手を置いて、シシリクは妹と自分自身に言い聞かせるように言った。


「この森は俺達の森だ。守ってみせるさ、何が来ようとな」

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