第27話 甲軍長の実力
「これはちっとばかりまずいか」
村の様子を遠目に見て、鋼は一人ごちた。
カナの依頼を受けた獣による東征軍襲撃も二回目。前回は東征軍がひどく混乱し、まさしく蹂躙と言う様相を呈した一方的な展開だった。だが今回は東征軍に混乱は見られず、秩序だった対応をしていて崩れる気配は無い。
しかも……
「神狩りか。やっかいな奴が出てきやがった」
閃光と轟音。
御雷の雷撃が一撃ごとに数体の獣を屠っている。本来なら神や異能力者を相手取るのが神狩りとは言え、御雷の雷撃は普通に高威力の攻撃として通用する。異能力者以外には意味をなさない霧嶋の破神とは全く違う。
「ま、まずいってどういうこと?」
カナが怯えた声で問いを発する。
獣たちを率いて来たカナは、切り拓かれた森の境目に身を隠している。
鋼の他数人の森の男が護衛に付いており、進行線を挟んだ反対側で残りの森の民が弓戦を仕掛けている。東征軍には霧嶋経由でカナの能力は知れているから、獣の襲撃とカナは容易に結びつく。だからカナの居場所に注意が向かないように、大した効果が無いのと危険を承知で仕掛けているのだ。その中にはカナの兄であるシシリクもいる。誰もがカナを守るために必死だった。
だからこそカナも精一杯の勇気を振り絞って最前線に出て来れている。獣が人を殺し、人が獣を狩る凄惨な光景に顔を青くし、何度も胃の内容物を吐いていたが。
それなのに不安を煽る様な事を言ってしまったと、鋼は内心で後悔した。
だが後悔はしても、言うべきことは言わなければならない。ここは戦場だ。安心させるためだけに不利な要素を隠し立てしても危険が増すだけだ。
「奴ら今回はきっちり備えてきてやがる。兵の練度も高いし、なにより神狩りがいる。はっきり言って分が悪い。このままじゃ負けるな」
「負けるって……どうにかなりませんか」
「一度退いて体勢を立て直そう。俺が突っ込んで掻き回す。その間に獣を呼び戻してくれ」
言い置いて、鋼は単身走り出した。
「あ」
引き留めるように手を伸ばしたカナの手は届かない。
「ここはハガネの言うとおり一旦退いた方が良いだろう」
傍らの森の男に言われ、カナはもう一度村の方向を見た。鋼が指摘した通り、東征軍は次々に獣を倒している。カナはコエイを呼び寄せ、撤収の準備を始めた。
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村までの距離を半分ほどに詰めた段階で、村側からも一人の男が駈け出して来た。
それは鋼も見知った相手、戦に先だつ会談の席にもいた千蔵だった。
「ちぃっ! こっちに気付いてやがったのか!?」
相手の反応の速さに、カナや自分達の居場所が露見していたのかと焦る。だが千蔵以外に突出してくる兵はいない。自分の突入に対応して出てきただけなのかとも思える。
いずれにせよ千蔵一人を足止めすれば、撤収の時間を稼ぎつつカナの安全も確保できる。
そう考えた鋼は進路を微妙に修正して千蔵に駆け寄った。
あと数歩でお互いに攻撃ができる間合いになる距離で、どちらからともなく足を止めて対峙することになった。鋼は千蔵を観察する。肘や膝に余裕を持たせて動きやすく作られた衣服を着ており、見たところでは防具らしきものは無い。腰の後ろに短刀を差している他は武器を持っておらず、しかもその短刀に手をかけてもいない。
装備や立ち姿からして格闘術使いだ。鋼は千蔵をそのように見定めた。
「松前での借りを返させてもらうぞ」
先に口を開いたのは千蔵だった。松前では屍身中解放に際して甲軍兵を数人倒している。甲軍長である千蔵にとっては確かに借りだろうが、戦に負けて逃亡する羽目になった鋼からすれば、自分が東征軍に返すべき借りの方が遥かに大きいと思える。
「それで俺の前に出て来たってことはやるつもりなんだろうが……お前にも霧嶋のような力があるのか?」
鋼の興味はそこに移る。借りを返すと言って出て来たのだから、千蔵には鋼と戦うための術があるはずだ。
だが千蔵は「ふっ」と軽く笑った。
「破神は霧嶋だけの特別な力だ。私には使えん。だがお前の法力など関係ない。そんなものは破らずともやりようはある」
言って千蔵が構えたのは、明らかに格闘の構えだ。しかも霧嶋のように剣術混じりの構えではなく、専門的に徒手格闘術を学んだ者の構えだ。
「素手で、か。それで鋼蓋をどう破る?」
鋼蓋相手に素手でどう戦うつもりなのか。
刀剣類さえ通じない鋼蓋だ。森で出会った熊の狂神のように、単純に鋼蓋の防御力以上の攻撃をしてくるとは考えにくい。霧嶋のように鋼蓋そのものを無効にするか、銀の透徹のように表面的な防御力を無視する攻撃か。
双方からじりじりと間合いを詰め、体の大きい鋼が先に有効な間合いに入る。しかし千蔵の能力を警戒して手を出さない。まずは千蔵がどんな攻撃をしてくるのか見極めるつもりだ。
そうしてさらに間合いが詰まり、千蔵が動いた。するりと入り込むような歩法で懐に潜り込み、放ったのは掌打だ。鋼はこれを腕で受け、重い音がなる。
その一撃だけで千蔵は再び間合いを取り直していた。
「なるほど、さすがに固い」
右手を握ったり開いたりして感触を確かめている千蔵を見やりつつ、鋼もまた打たれた腕の感じを確認していた。
掌打だったのは、拳打で鋼蓋を殴れば拳が壊れると警戒したからだろう。そして千蔵の掌打は五体の力を腕に集約して真っ直ぐに乗せた見事な掌打だった。普通の意味での格闘戦で使うなら一撃必倒も狙える威力だった。
が、その程度では鋼蓋に守られた鋼の体には通用しない。
鋼はちらりと霧嶋のことを思った。
「やはり例外は例外か。そうそう鋼蓋を破れる奴がいるわけもない」
千蔵に鋼蓋を破る力は無いと確信し、鋼は自分から前に出た。
胸板を狙って拳を繰り出すと、千蔵はその拳を狙って掌打を放ってきた。
拳打と掌打が激突する。と、思えた瞬間、千蔵が腕を引いていた。掌で鋼の拳を受け止めたまま、同じ速さで腕を引いて衝撃を受けないようにしている。そして体ごと拳打の軌道の外側に移動、同時に左の掌打を鋼の肘に打ち込んだ。
みしりと、音にならない音が聞こえたような気がした。
「うがっ!」
肘に激痛を感じて、鋼は腕を戻す。
「なんだ……くそっ!」
打たれた肘に外傷は無い。外傷は無いのに、痛みは確かにある。
「言っただろう。法力を破る必要などない。鋼蓋などと大層な名で呼ぼうと、つまるところ頑丈な鎧を着ているようなものだ。そのつもりでいれば対処は難しくない」
「てめえ……」
鋼は千蔵が何をやったのかを理解した。
それは打撃技に見せかけた間接技だった。
体の表面を硬質化する鋼蓋は、千蔵が言うように頑丈な鎧を全身隙間無く着こんでいるようなものだ。だがどんな鎧にも防御力の弱い所がある。それが関節部分だ。着用者本人が動くことを考えれば、関節部分だけは装甲で覆えない。
これと同じことが鋼蓋にも言えた。
関節部分を固めるのも、やればできる。例えば敵を殴る時には拳の形に固定して指関節を含めて固めたりしているし、筋力では支えきれない重量を支える時にも関節を固める。熊の狂神の頭上からの一撃を受け止めた時にもやったことだ。
だが格闘戦の最中に、拳打を放ちながらでは肘関節を固められない。そこに本来なら曲がらない方向へ打撃を受けては堪らなかった。
「へ、へへへ……面白いな、お前」
鋼は自然と笑みを浮かべていた。
千蔵に特別な力はない。霧嶋のような無効化能力も、銀のような透過打撃もなく、ただ格闘者としての技量だけで鋼蓋を持つ鋼に有効な攻撃をしてきたのだ。
思えば鋼蓋を身につけてからというもの、鋼は戦いの中にあっても身の危険をほとんど感じなくなっていた。刀も槍も効かない体なのだから当然だ。唯一自分を殺せるだろう相手は銀で身内だ。だから先日の霧嶋との戦闘で感じた命の危険は、久しく忘れていた生存本能を呼び起こしてくれた。
次に霧嶋のような相手に出会うのはいつのことになるかと思っていたものだが、こうも早くであえるとは。
「面白いだと? 舐めるな!」
鋼の態度に苛立ったのか、千蔵が前に出る。すかさず拳打で迎撃する鋼。
その拳打に掌を添えて、再び千蔵が肘関節に掌打を放とうとする。
「同じ手を喰らうか!」
瞬間、鋼は体ごと前に出ながら肘を畳んだ。鋭角に曲がった肘に外側からの打撃を加えても有効な間接攻めにはならない。咆哮しながら鋼は頭突きを繰り出した。
咄嗟に仰け反った千蔵の額に鋼の額が激突する。
「ぐあっ!」
千蔵の額が割れて鮮血が飛び散った。
「はっはぁ! 良く避けたな!」
「ちぃ!」
頭突きの余韻の残る頭を軽く振った千蔵は、舌打ちしつつ蹴りを出した。踏み出した右足に重心がかかっていると瞬時に見抜き、その膝に踏みつけるような前蹴りを見舞った。地面と鋼自身の体重を支点として、蹴りで膝関節を極めたのだ。
しかし鋼は止まらない。さらなる拳打を、千蔵は蹴ったばかりの鋼の膝を踏み台にして後方に跳躍して避ける。
「逃がさねえぜっ!」
鋼は蹴られたばかりの右足を踏み切りに使って自らも前に跳び、左足で千蔵の腹を蹴り上げた。爪先に意外なほどの固さを感じる。避けられないと悟った千蔵が腹筋を締めて蹴りに耐えたのだ。
蹴りの衝撃に悶絶しそうになりながら、千蔵はすかさず反撃に移っている。蹴り込まれた足の踵に軽く右の掌打を当て、続けて左掌打を思い切り、足の親指の付け根に叩きつける。踵に添えられた右の掌打を支点にして足が外側に捻じられ、普通なら絶対に曲がらない角度まで曲がっている。
「ぬうっ!」
足首を折られた鋼は、とりあえずその事実を無視した。戻した左足で地面を踏みしめて拳打を出す。体重を支えることになった左足から痛みが駆け登ってくるが、これもまた無視。遅滞ない動作で拳打を出す。
「痛みを感じないのか!?」
驚愕の声を上げつつ、千蔵も掌打で迎え撃つ。
と、直前に鋼は拳を開いた。五指を揃えて手刀を作り、指関節も鋼蓋で固定する。その意味に気付いた千蔵は掌打の軌道を変えた。受け止めるのを諦めて回避だけを行う。間一髪、脇腹をかすめた手刀は着物を切り裂いて浅く肉を抉っていた。
受け止めようとしていれば、拳から手刀へという指の長さの変化に対応できず、掌を貫かれていただろう。
そして鋼の手刀を避けたこの体勢は千蔵にとって絶好の好機でもあった。
脇にある鋼の腕を抱え込み、右側に引く。自然、鋼が踏ん張ろうとすれば左足に体重がかかるが、その左足は折れているのだ。痛みは無視できても自由に動かせなければ満足に踏ん張れない。腕を引かれるままに地面に引き倒され、しかも捉えれていた腕を背後に回して極められてしまう。
こうまでがっちりと関節を極められてしまっては、単純な腕力で外せるものではない。
「もう動けまい。勝負あったな」
千蔵は短刀を抜いて、鋼の首筋にあてがった。




