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カムイの森  作者: 墨人
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第23話 呪い士の苦悩

 シシリク達と別れてから、特に重傷だった者達の様子を見て回りながらも、サンシエは穏やかならぬ心持だった。


 カナが森の獣たちに依頼して東征軍に相対するというのだ。あくまでも依頼であり、必ず上手くいくわけでもないのだが、サンシエはカナなら必ず獣たちの協力を取りつけてしまうだろうと考えている。


 一通りの巡回を終えたころにはすっかり夜も更けていた。村の位置を東征軍に報せる危険を避けるため、屋外での火の使用は控えるようにとシシリクが指示している。普段なら焚かれている篝火も今夜は消されている。サンシエは空を見上げた。火は無くても、月明かり星明りで意外と明るい。ある程度夜目も利くので不自由は無かった。


 サンシエの家も負傷者の収容に使っているので、今夜はシシリクの家に泊まることになっている。本来ならこのままシシリクの家に向かうところをそうせず、村の外れまで歩くと木柵にもたれかかった。


「僕達だけで勝つのは確かに難しいけれど……」


 サンシエは再び天を仰ぐ。夜空の星々を見ながら思い出すのは、東征軍の圧倒的な物量の前に倒れていく森の男達の姿だ。まさに圧倒的だった。しかしその圧倒的と思えた戦力でさえも東征軍が組織した侵攻部隊の半分に過ぎなかったのだ。残りの半分は遮る者もなく下の村に到達し、苦もなく占拠してしまった。森の外にある東征軍の陣地には、まだまだ人も物資もあるのだろう。


 森の民の現状はどうだろうか。もともと人数的には話にもならないほど少数だったのに加え、今日の戦いで多くが命を落とし、傷を受けた。戦力として考えるなら既に半減してしまったと言っていいだろう。森の民の力だけでこの劣勢を挽回できると考えるなら、それは余程楽観的にならないと無理だ。そして根拠の無い楽観は破滅に直結する。


 カムイに反感を持ち、カナを溺愛しているシシリクですら、カナの参戦が無ければ先が続かないことは認めていた。認めてしまえば感情的な理由だけで反論できる性格ではない。


「僕達だけでか……いや、僕は参加すら許されていないけれど……」


 サンシエは呪い士としての能力と与えられている役目を、少しだけ疎ましく思った。これらの為にサンシエは東征軍との戦いに直接参加する事ができないでいる。もう少し違った能力を持っていれば、もしくは能力など無ければ普通に戦いに参加できて、こんな疎外感は感じなくても済んだだろう。カナに戦わせて自分はそれを後ろから見ている。そんな構図にはならなかったはずだ。


 そんな事を考えているサンシエには、実のところカナを参戦させなくとも事態を打開できるかもしれない策に心当たりがある。しかも二つあり、しかしどちらもが森の民としての禁忌に抵触してしまうものだった。


 その内の一つが懐の中になる。

 サンシエはそれを取り出し、目の前に持ち上げた。星空を背景にして見るそれは、以前シシリク経由でカムイから預けられた紙束だった。筒状に丸められた上から厳重に革紐で巻かれ、しかも革紐の結び目は樹脂で固めてある。軽々に開いてはいけないと嫌でも分かる。この東征軍との戦いにおいてサンシエが「もうどうしようもない」と判断したなら開いて良いという条件が付けられていた。


 さて、とサンシエは考える。幼いカナまでが参戦を強いられる今の状況は「もうどうしようもない」のではないだろうか、と。

 それを書いた本人であるカムイが同じ村にいるのだから、敢えてこれを開く必要はないのかもしれないが、直接話を聞くのは躊躇われた。


「神喰い、か……」


 呟き、サンシエは物入れから小さな刃物を取り出した。


 *********************************


 しばらくの後。最小限の見張り役を残して皆寝静まっており、村の中はしんとしていた。

 そんな中をサンシエは歩いていく。手には封を解かれた例の紙束があった。


 シシリクの家に向かうと、家の前の階段にカムイが腰掛けていた。夜でも相変わらずの編み笠姿だった。その編み笠が僅かに動く。サンシエの接近に気付き、手にした紙束に視線が動いたとわかる。顔の向きも目の動きも編み笠に隠れているが、サンシエにはカムイの目が何処を見ているのかまで手に取るように分かる。これも呪い士の力だ。


「読んだようだな」


 屋内で休んでいるシシリク達に聞かれたくないのだろう。カムイの声は囁きよりも少し大きい程度に抑えられている。

 サンシエが頷きを返すと、カムイは「どう思う?」とだけ聞いてきた。紙束に書かれていた内容に対して、意見を求められている。


「……筋は通っていると思いますよ」


 書かれていた内容を、自分の呪い士としての知識と経験に照らし合わせたうえで、サンシエはそう答えた。


「カムイが十五年かけて到達した結論なのでしょう? 僕にはそれを否定できる材料は無いです。でも……」

「試すことはできない、だろう?」


 サンシエが濁した言葉尻を、そのままカムイが受けた。


「そうです。禁忌ですから試してみようという人がまずいないでしょうし、仮にこの説に納得してやってみようという人がいたとしても、納得したことによって条件から外れかねない」

「うむ。そこが頭の痛いところだな」

「そして失敗すればまず間違いなく死ぬ。運が良くても……カムイ、あなたのようになってしまう」


 サンシエが言うと、カムイが編み笠の中で「くく」と微かな笑いを漏らした。


「言ってくれるな。私は、私自身を一応の成功例としたうえで考えを進めたというのに」

「……成功例ですか? 僕にはとてもそうは思えない。いえ、十五年前の事を考えればまるきりの失敗とも言えないのは分かりますがね。なにしろカムイが神喰いの禁忌を犯したからこそ森の人を退治できたそうですし……」


 サンシエはカムイを見る。編み笠と布を多く使った衣服で手足の爪先までを隠しているカムイ。だが呪い士のサンシエにはカムイの霊が見えている。


 肉体と同じ形をした、霊の姿が。


「それでも、カムイのような姿になってしまうのを成功とは、僕には言えません」


 サンシエが見るカムイの霊。

 それは人の姿をしていない。


 全身を獣毛に覆われており、頭部は山犬のそれだ。本来四足歩行をする山犬が、無理して二本足で直立している。そんな風に見える霊の姿だった。

 十五年前、カムイは禁忌を犯して先代の森主イヌガミを喰ったのだ。喰って、イヌガミの力を受け継いで、そして森の人を倒したのだ。


 しかしその代償として、カムイは人の姿を失っていた。

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