第22話 鷹の獣神
「いや、それは無いだろう?」
真っ先に反応したのはコジカだった。
険悪な雰囲気を醸し出していたシシリクも「なにを言っているんだ?」という胡乱な眼をしてカムイを見ている。
「コエイはまだ獣神になるほど生きていませんよ? それはカムイも知っているでしょう」
気安く話せる話題の出現を喜ぶようにサンシエが続ける。
カナも首を傾げた。カナがもっと幼いころにコエイと初めて会った時、コエイもまた小さな雛だった。それからコエイとは一緒に育ってきた間柄で、だからコエイがまだ五才か六才くらいだと知っている。これは鷹としてもまだまだ若いほうで、間違っても獣神になるほどに長く生きているわけがない。
「それに、コエイは小さいです」
そっとカナも言い添える。獣神はみんな大きいと聞いていたから、普通の大きさのコエイは獣神ではないと思った。
自分以外の全員から否定されても、カムイは動じなかった。
「私にはわかるのだよ。もっとも完全な獣神ではないな。なりかけと言ったら良いのか、これまでに見なかった種類の獣神と言ったら良いのか……」
カムイは判じかねるというように言葉を濁しながら、じっとコエイを見ているようだ。居心地悪そうにコエイが身じろぎする。
「そもそも獣神になる条件は、単に長生きしたからではなく、知性の高まりなのではないかと考えていたのだ。コエイを見るとそれが正しいのではないかと思えるな」
「知性の高まりですか? 長く生きたかどうかは関係ないと?」
興味をそそられたのか、サンシエが身を乗り出していた。
「無関係とは言えまいな。長く生きたからこそ知性も高まるというものだ。体の大きさは、まあ長く生きればそれだけ育つということで、無関係ではないにしても獣神になるための条件ではなかろうな」
「知性が高まるのに長く生きるのが必要なら、やはりコエイはまだ早いだろう」
ぶっきらぼうにシシリクが言う。
「うーん、そうでもないかもしれないね。コエイは毎日カナと会話しているし、僕が憑いている時には感覚を共有しているからね。普通の鷹よりも知性が育つのは早いんじゃないかな」
「言われてみればこいつ賢いよな。俺達の言うことも分かっているように見える時があるぞ」
サンシエとコジカが続けて言えば、シシリクも「む」と唸って反論しない。思い当たる節があるからだろう。
「本当なのコエイ? 獣神になったの?」
カナはコエイの目を覗き込みながら問いかける。コエイは困ったように見つめ返してくるだけだ。
「しかも私の見るところ、なにやら特異な力も使えるようだが?」
重ねてカムイが言う。獣神の中でも特に長生きした者(カムイの言を借りれば、より知性が高まった者はとなるのだろう)は、不思議な力を使えるようになると言われている。先代の森主であるイヌガミのように。
「サンシエ、お前はコエイに体を借りている時に何か気付かなかったか?」
「え、僕ですか? そうですねぇ……そう言えば、何というか妙に飛びやすいと感じることはありますね。以前より小回りが利くようになったし、枝に止まる時にも急制動ができるようになったし」
「見ていて不自然な飛び方をすると思うことはあったな。風の流れに関係なく飛んでいるような……」
何かを思い出すような様子でシシリクが言う。優れた弓使いのシシリクは矢の軌道に影響を与える風の流れに敏感だ。その感覚とコエイの飛び方にずれを感じたとなると、やはり何か不思議な力が働いているのだろうか。
「ふむ、そうなると風を操るような能力だろうな。コエイよ、まずは自分が獣神になったのだと自覚しろ。そして風を操る力が自分にあると信じろ」
無茶を言わないでくれ、と抗議するようにコエイが鳴く。いきなり獣神とか能力があるとか言われて混乱しているようだった。
「まあ騙されたと思ってやってみろ。翼を広げて、そこに風が巻いているように……」
カムイの声に込められた意思にコエイは従った。床に立ったまま、翼を片方だけ大きく広げる。室内の空気がゆっくりと動き出すのが感じられる。
「お?」
コジカもそれに気づいて辺りを見回した。空気の流れの中心は明らかにコエイの翼だった。
「よし、その風を押し出すように翼を振ってみろ」
カムイの指示に従ってコエイが翼を振ると、空気の流れははっきり風と呼べるほどになり、囲炉裏の炎が大きく揺らぐほどの強さだった。
コエイが大きく鳴いた。「これは驚いた。本当に獣神になっていたのか!」というような意味だった。
「コエイも本当に知らなかったみたい。すごく驚いているわ」
カナが言うと、「そんな事もあるんだな」とシシリクが頷いていた。目の前で風を操られては納得するしかなかったのだろう。
コエイの件はひとまず区切りをつけて、食事の時間となった。コエイも干し肉を貰って啄ばんでいるが、カムイだけは編み笠を被ったまま、何も食べようとはしない。
「食べながらでいい。聞いてくれ。カナには既に話したが、京を退けるためには森の民の力だけでは足りない。森の総力を結集する必要があるだろう」
そうしてカムイのする森の獣や獣神にも協力を要請して共に戦って貰うという話が進むにつれ、シシリクの表情が険しくなる。
食べ終わって空になった椀を置くと、シシリクはカムイを睨みつけた。
「カナを戦いに出そうというのか、カムイ」
「そうだが、決めるのはカナだ。まだ返事を聞いていないが、どうだ、カナ?」
問われて思い出したのは、先ほど見た傷ついた森の男達の姿だった。シシリクやサンシエ、コジカもああなってしまうかもしれないと思うと胸が締め付けられるように痛んだ。
痛みはカナの心を決めさせるだけの強さを持っていた。
カナは小さく頷いて、はっきりと言った。
「私、やります」
途端にシシリクとサンシエが「カナ!?」と心配そうな声を上げる。コジカは意外そうな表情はしていたが、何も言わなかった。




