第21話 シシリクとカムイ
カナがはっきりと返事ができないでいるうちに、村の入口あたりから「帰って来たぞ!」という声が聞こえてきた。
広場にいた全員が顧みた入口の方向から、シシリク達を先頭にして東征軍迎撃にあたっていた者達がやって来た。
彼らの様子を見て息を飲む音が連鎖する。幸いなことにシシリク達は怪我も無い様子であるが、続く男達の多くは負傷していた。腕や足に巻き付けた布から血を滲ませている者、一人では歩けずに肩を借りている者、肩を貸している男も無傷ではない。そして下の村を出て行った時よりも明らかに人数が少ない。
「あ……ああ……」
震える声は言葉にはならなかった。
ついさっきカムイが言った「シシリク達がどんなに大きな犠牲を払おうとも」という言葉。その具体的な光景が目の前に広がっていた。
森の民の男達は多くが傷つき、人数も減ってしまっている。死んでしまったのだ。今回はシシリク達は無事だったが、次はどうだろうか。
そう思ってしまえば、カムイの言葉の重みはおのずと変わってくる。
歩いてきたシシリクがカムイに気付いてぴたりと足を止めた。
「カムイ……」
兄が呟く声が聞こえ、カナは身を震わせた。
カナの知らない理由でシシリクはカムイを嫌っている。カムイを父と呼ぶシシリクを見たことは無いし、他者からカムイとの関係を問われれば「血縁だ」と言う。親子なのだからそう言えば良いようなものなのに、シシリクはけしてカムイを親と認めない。
父も兄も大好きなカナとしては、その二人の仲が悪いのは悲しい事だった。
シシリクはカムイを睨みつけるようにしていた視線を外し、村人や背後に従っている者達に指示を出し始めた。怪我人の収容と改めての治療、水や食事の用意など。村長の指示を受けて、不安げに広場にたむろしていた村人達も動き始める。
一通りの指示を出し終えたシシリクが改めてカナやカムイの方へと歩んでくる。何を思っているのか分からない無表情だ。着いてくるコジカやサンシエは居心地が悪そうだ。
「カナ、無事で良かった」
シシリクがカナの頭を優しく撫でる。それはいつも通りの優しい兄の手の感触だった。
しかしその手が離れ、シシリクがカムイに向けて放った声はとても冷たかった。
「カムイ、どうして出てきたんだ。京への対応は俺に任せただろう」
「まあ、そう言うな。状況を見るに、私のみ座しているわけにもいかんだろうと思ったまでのこと。お前は快く思わんだろうが、まあ親としては放っておけぬのだ」
カムイが「親」と言った時に、シシリクが身を強張らせるのがカナにも分かった。きっと「親だなどと言わないでくれ」と言いたかったのだろう。村人たちの目が無ければきっと言っていたと思う。
「なあ、森主と村長がこんな所で立ち話もないだろう。場所を移したらどうだ?」
いつものように無遠慮なようでいて、どこか微妙に遠慮しているようにコジカが言う。シシリクは軽く周囲を見回し、村人達が指示通りに動きながらもちらちらと自分達を見ているのを確認した。村人達は慌てて目を逸らし、なにも見ていませんといった様子で作業を続けている。
「そうだな。俺達の家で話そう」
溜め息交じりにシシリクはそう言った。
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カナとシシリクの家は下の村から避難していた家族が使っていたが、本来の持ち主であるシシリク達や森主の姿を見ると、快く場を譲ってくれた。
囲炉裏を囲んで一方にシシリクとカナ、正面にカムイ、左右にサンシエとコジカという配置で座る。下の村に下りる前夜にカムイを除く四人で集まったのをカナは思い出していた。あれから一月も経っていないのに、状況は大きすぎるほど変わってしまっていた。
囲炉裏には鍋が掛かっていて、湯が沸いている。どうやらさっきまでここを使っていた家族が夕餉の準備をしようとしていたらしい。見回すと食材の蓄えも補充してあった。
「兄様達、今日は何も食べていないのでしょう? 御夕飯作ります」
「おお、有難いな。頼むぜカナ」
答えたのはコジカだった。カムイとシシリクは一方的にシシリクが険悪な雰囲気になっており、サンシエはその雰囲気に中てられて黙り込んでいる。場の雰囲気をある程度無視できる胆力の持ち主であるコジカがいてくれるのは有難かった。
カナが食事の準備をしていると、家の外から羽ばたきの音が聞こえてきた。
「お、コエイだな。いい、俺が出る」
準備の手を止めようとしたカナを制してコジカが入口の布をまくる。鷹のコエイが木床に爪を鳴らしながら入って来た。いつものように入ってきて、カムイに気付くと人間臭い仕草で首を傾げた。
「む、コエイか。お前も久しいな」
カムイが声をかけると、コエイも鳴き声で返事をする。シシリク達には鳴き声にしか聞こえないそれも、カムイやカナにはコエイの意思として聞こえる。意訳している部分もあるのでカムイとカナでは若干異なる言葉を聞いている場合もあるが、大筋では共通しているはずだった。
コエイは「そうだな、久しぶりだな」というような意味の返事をしていた。
そんなコエイを見ていたカムイが「ふむ?」と首を傾げる。
そして、
「こやつ、いつの間にやら獣神になっているぞ」
と言った。




