第19話 陥落
谷沿いに下流方向に歩いてゆくと、「こっちだ、こっちだ」と見知った顔の森の男が手招きしているのに行きあった。
案内された先では東征軍の誘導にあたっていたシシリク達、負傷者の治療の為に別行動していたサンシエ達が集まっていた。
「こいつは……」
普段は飄々としているコジカも、そこで見た光景には息を呑んだ。怪我人だらけ、なのは良いとしても(本当に良いわけではもちろんないのだが)、人数がずいぶん減っている。
下の村を出る時には百人以上だったのが、今この場にいるのは六十人程度。木の幹に背中を預けて座り込んでいる者、地面に身を横たえている者、様々だが皆疲れ切った様子で、停滞した空気が漂っている。
「ここにいない奴らは、やられちまったのか?」
近くにいた男に尋ねると、
「矢を受けて動けなくなってるだけの奴もいるかも知れない。まあ、望みは薄いと思うが……」
男は言葉尻を濁した。
東征軍を罠に誘導する最中に矢を受けて動けなくなった者達がいる。その時には生きていたとしても、誘導されている東征軍はそんな彼らのいる場所を確実に通るのである。怪我で動けなくなっている森の民を東征軍は見逃すだろうか? 男が言った望みは薄い、はそういう意味だった。
シシリクの居場所を教えてもらって向かうと、他に銀や鋼もいた。サンシエは怪我人の治療で動きまわっているらしい。
ここでもコジカは息を呑んだ。
銀の左腕が無くなっている。上腕の半ばから腕が無くなっており、裂いた着物できつく縛っている。
コジカの視線を受けて、銀が苦く笑う。顔色は紙のように白い。かなりの血を失っているようだった。
「御堂とやりあってな。少々不覚をとった」
腕一本失くしておいて「少々」で済ませてしまう銀はどうかとも思うが、喋る調子からして見た目ほどに酷い状態でもなさそうで、コジカは内心で胸を撫で下ろした。
「まあ、まずは罠が成功して良かった」
そう言って、シシリクがコジカを労う。シシリクは怪我をしていないのだが、周りの怪我人以上に険しい顔をしていた。
「どうしたシシリク。悪いものでも食ったような顔をしているぞ」
敢えておどけた口調でいってやると、シシリクが不愉快そうな顔になる。それで良いとコジカは思った。不愉快だろうがなんだろうが、そういった反応ができるうちはまだ大丈夫だと思えたのだ。
「俺は東征軍を甘くみていたみたいだ。数が多いだけで、森の中なら俺達が負けるはずがないと」
絞り出すようにシシリクが言う。
「だが、数が多いというそのことが、これだけの……!」
コジカはシシリクの頭に手を乗せた。シシリクが途中で言葉を呑み込む。頭に載せた手は撫ぜるのではなく、上から抑えるように力を入れた。
何をするんだ? という視線をシシリクが上げてくる。
「おまえがそういうことを言うな。上に立つお前が弱音を吐いたら、他の奴らはどうしたらいいのか分からなくなるだろ」
諭すように言うと、シシリクの視線は自然と下がっていき、「そうだな」と小さな声で言った。
「わかりゃ良いんだ」
今度は少し乱暴に撫ぜる。うるさそうに手を払われた。
「子供扱いしないでくれ」
「ははは」
明るく笑う。コジカの笑い声は良く通り、傷つき俯いていた男達に顔を上げさせた。
「みんなどうした? この先どうなるか分からないが、今回は俺達の勝ちだぞ? 今回勝ったことを喜べないなら、次に勝つ意味が無くなるだろうが」
周囲を見回しながら言うと、鋼と視線が合った。鋼は頷いて立ち上がる。
「ふん、道理だ。勝って落ち込んでちゃあ、次も勝とうって意欲は湧いてこないな」
大きな声で鋼は言った。豪放な性格の鋼は森の男達にも人気があり、コジカに続いて鋼にまでそう言われれば「なるほどそうだな」という空気が広がっていった。
「さすがだね、コジカ」
いつの間にかサンシエが近くに来ていた。重傷者の処置を一通り終えてきたようだ。
「僕やシシリクじゃこうはいかない。コジカや鋼がいてくれて助かったよ」
素直な賛辞にコジカと鋼は頬を掻いた。期せずして同じ動作をしてしまい、顔を見合わせて苦笑する。
「まあな、だが、お前はどうするんだ? これじゃあ死体を探して弔いってわけにもいかないだろ」
「そうだねぇ……」
その点はサンシエも考えていたようだった。
敵味方双方の遺体を探して弔いを行うには相当な労力が要る。特に今回は水の罠を使ったので広範囲に散ってしまっているはずだ。
「今これから、っていうのは無理だろうね。今日村に残った人たちに探しに行ってもらって、略式でいいからやっといてもらうくらいかな。これからの東征軍の動き次第だけどね」
「そうなるか。狂神が出なきゃいいんだがな……」
「略式でもかなり抑えられるから、そう酷いことにはならないと思うよ」
遺体を整えて落ち葉を被せるまでが略式の弔い。さらに呪い士が霊と語って安んじれば言うことは無いのだが、呪い士は数が少ない。怪我人の治療にもあたらねばならず、そこまで手が回らないのが現状だ。
シシリクが勢い良く立ち上がった。
「村に帰るぞ!」
短いその一言に、「おう!」といくつもの声が返る。先ほどまでと一転して活力に満ちた声だった。
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だが下の村の近くまで来て、コジカ達は愕然と立ち尽くすことになった。
下の村は東征軍の兵で溢れかえっていた。木柵や家屋には大量の矢が突き刺さっている。
「な、なんだ? どうしてこんなことになってる?」
誰の声かもわからないが、そんな言葉が重なっていく。大きな犠牲を払いながらも罠にはめて東征軍を追い返したはずなのに、今回は勝ったはずなのに、返るべき村は東征軍に占領されている。
しばし呆然と立ち尽くしてしまっていた。つい先ほど失意から高揚へと盛り上げたばかりなのに、目の前の現実は僅かな高揚感など微塵に打ち砕いてしまう。
虚脱したように膝を付く者が続出した。
「おい! おい! 良かった間に合った!」
小声で叫ぶという器用なことをしながら走って来たのは、村の守備の為に残っていた男達の一人だった。
「このまま村まで行っちまったら奴らに見つかると思ってあんたらの帰りを待ってたんだ」
「……いったい、なにがあったんだ?」
シシリクが感情を無くしたような平坦な声で尋ねると、男はたじろいだように身を引きつつ答えた。
「あんたらが出て行ってからしばらくして、カナが別の奴らが来ると言い出したんだ。ああ、カナは無事だぜ。今頃はシシリクの村にいるはずだ」
カナの名が出たところで、びくりと反応したシシリクを安心させるように男は慌てて付け足す。
「カナは森の獣と仲が良い。獣が報せたのか?」
「そうだ。俺達もカナの不思議な力は知っていたからな。足の速い奴に見に行かせたら……」
男はこの日起こった事の経緯を掻い摘んで話した。
シシリク達が向かったのとは全然違う方向からも東征軍の大部隊が森に侵入しており、真っ直ぐに下の村を目指していたこと。村に残った人数だけでこれを撃退するのは不可能であり、下の村は捨ててカナを含めた非戦闘員をシシリクの村へ送り出したこと。その時間を稼ぐために二十人ほどが村に立て篭もって抵抗したが、恐らく全滅したであろうこと。
「ここにいるのは危険だな。みんな俺の村に行くぞ」
シシリクの号令に膝を付いていた者達がのろのろと立ち上がった。
さすがにこの状況では、コジカも何と言って良いのか分からなかった。
そしてシシリクの村に帰りつき、そこでコジカはこの日で最大の驚きに見舞われた。
村に入った瞬間からなにやら雰囲気がおかしいとは感じていたのだが、下の村が占領されているのだから雰囲気も変わるだろうと思っていた。
だが、村の中央まできて、そこに誰がいるのかを知って、「ああ、そういうことなのか」と悟った。
ぴたりと足を止めたシシリクが、彼には珍しく嫌悪感を露わにして呟いた。
「カムイ……」
と。
そこにいたのは他でもない。
森主カムイその人だった。




