第16話 槍と透徹
後衛からの矢を心配しなくても良い間合いに入り、銀は鋼の背後から出て追い越した。武者が刀で斬りかかってくるのを避けざまの透徹で打ち倒す。浸透打撃を加える法力は鎧の上からでも一撃で武者を倒していた。
鋼の突入で東征軍前衛がさらに混乱したすきに、奥深くに入り込む。なにしろ百人が相手だ。足を止めて打ち合っていては囲まれてしまう。鋼と示し合わせて連携しつつ、敵中を突破して反対側に抜けるつもりだった。
甲冑姿の武者達は銀達にとっては敵ではない。厄介なのは装備も何もばらばらな甲軍兵だった。銀の法力は鎧の上からでも内部に直接打撃を与える。だから胴部や頭部に拳打を当てれば一撃で相手を倒せるのだが、腕などで防御されてしまえば一撃必倒とはいかない。腕で受けても内側の筋肉や骨に打撃を受けるのだから相当な激痛だろう。しかし鍛え抜かれた甲軍兵はその程度の痛みには耐える。
多少行き足を落としながらも前進を続け、前衛を構成する集団の一つを突破した。前方には前衛の中心に当たる集団がいる。
と、その中に見知った顔があった。
甲冑姿の武者に混じって紅一点と言うべきか、霧嶋の姿を発見した。
霧嶋がいるぞ、と鋼に言おうとしたのだが、それに先んじて鋼が叫んでいた。
「兄貴! 御堂がいるぞ!」
「なに!? それは本当か!?」
「ああ、霧嶋の隣の槍を持ってる奴だ! 交渉の時に見たから間違いない!」
東征軍の軍団長、御堂。松前を攻め落とし、銀達が逃亡者になる原因を作った男。松前では直接相まみえる事は無かったが、この時初めてその顔を目にした。
軍団長自らがこんな場所にいる点は不審であるが、それはひとまず脇に置いておく。
銀が森の民に協力しているのは、言うまでも無く東征軍への意趣返しが目的だ。とはいえ、戦をした事のない森の民と共闘したところで、強大な東征軍にどこまで対抗できるのかは未知数だった。ところが今、目の前に東征軍の軍団長がいる。
これはとんでもない好機だった。
銀は大きく息を吸い、肺いっぱいに溜めた空気を全て吐き出す勢いで叫んだ。
「御堂ー!」
そして走り出す。鋼が追ってくるのがわかるが、すぐに意識の外に消えた。
行く手を遮ろうとする武者達を薙ぎ倒し、御堂に殴りかかろうとしたその時、銀は言いようのない寒気を感じて飛び退いた。さっきまで銀がいた空間を槍の穂先が貫いてゆく。
「貴様が銀か。松前ではよくもやってくれたな」
ぎろりと睨みつける眼光、先ほどの突き。御堂の腕前はそこらにいる武者を遥かに凌ぎ、ともすれば甲軍兵よりも上ではないかと思われた。
「銀……」
霧嶋が間に割って入ろうとする。そこに鋼が飛び込み、大振りな蹴りを放った。霧嶋が蹴りを避けて飛び退く。鋼の蹴りは当てるためではなく、避けられるのを前提で霧嶋を御堂から引き離すためのものだった。
「霧嶋、無粋な事はするなよ。お前の相手は俺だ。ここにはカナはいないぜ。村での続きをやろうじゃないか」
さらに霧嶋を挑発する鋼。
しかしそんな声も銀の意識には上ってこなかった。ただ目の前の御堂だけに意識が集中されている。
それは御堂も同様だった。
空気が張り詰め、二人の放つ殺気が周囲を圧する。周りにいるのは武に長けた武者や甲軍兵だ。なまじ殺気を感じ取れるだけの腕前があるだけに、二人の殺気に当てられて金縛りのようになっていた。これが兵だったなら、こうまで殺気を感じることは無く、気圧されながらも動けたかもしれない。
二人の周囲からは自然と人がいなくなり、戦いに必要な場所が出来上がっていた。
しかし固唾を飲んで見守る者達の前、二人は全く動かなかった。動かないが戦いは始まっている。
御堂の体重が僅かに前にかかる。槍を突き込もうとする初動。
それを察して銀も重心を移動する。突き込みを捌こうとする初動。
さらにそれを察して御堂の腕の筋肉が緊張する。槍筋を変えようというのだ。
またもやそれを察して銀が……。
そんな無言で地味で、しかし緊迫したやりとりが続いている。
槍と素手の勝負だ。お互いが得手にしてる距離が完全に食い違う。槍は長さを利して遠い間合いが得意だが、長さが災いして近い間合いは苦手だ。素手は当然、近間に入らなければ手が届かない。御堂は遠い間合いで勝負をして銀を懐に入らせないようにする。銀はそんな御堂の槍を避けるか捌くかして懐に入ろうとする。
懐に入りさえすれば銀に有利だった。御堂は甲冑を着込んでいるが、透徹の浸透打撃なら鎧越しでも関係ない。
じりじりとした時間が過ぎる。それはとても長いようでいて、実際にはそれほどでもない。周囲の武者達の一時的な金縛りがまだ解けていないのだから、本当に短い時間だったのだろう。
先に動いたのは御堂だった。鋭い呼気とともに突き込み。
銀は後退しながら槍の伸びを見切り、穂先を避けて間合いを詰めた。槍が戻るよりも早く懐に入るつもりだった。
御堂は槍を戻すのではなく回転させた。仰け反った銀の顎先を槍の石突側が下からかすめていく。気づくのが遅れれば顎を砕かれていただろう。
「槍術に杖術を混ぜているのか。簡単には潜らせないということか」
「そういうこと……だ!」
今度は小刻みな突きが連続で放たれる。速い突きだった。銀だからこそ避け続けることができたが、確実に体勢を崩されてしまう。その隙を狙って、御堂が渾身の突きを放った。穂先は真っ直ぐに銀の胸を狙っている。
「くっ!」
銀は崩れた体勢ながら持てる反応速度の限界で身を捻り、致命傷を避けた。が、完全には避けきれず、槍は銀の左の上腕を捉えていた。
このように突きが入った場合、穂先は骨の曲面に沿うように流れて貫通するものなのだが、御堂の突きはそのまま銀の骨を砕き抜いていた。凄まじい貫通力である。
銀は激痛を無視して自ら右前に一歩踏み込んだ。穂先が肉を切り裂きながら左に抜ける。さらに左足をもう一歩進めれば、そこは銀の拳が届く距離だった。
「ばかな!」
御堂が目を見開く。腕を切断するほどの一撃を受けながら、それを全く意に介さず攻撃に移るなど信じられない。そんな驚愕が顔に浮かんでいる。
右腕を引き、拳打を放つ。拳にはもちろん透徹が乗っている。
「うおおおおおお!」
突然御堂が吠えた。渾身の一撃を放ったばかりで動けないはずが、火事場の馬鹿力とでもいうのだろうか、槍を横殴りに振るってきた。
銀が懐にいるため、これは殴るというよりも柄で押し退けるような形になったが、これが御堂の命を救うことになった。
透徹は御堂の鎧を打ったものの、遠ざかりながらの一撃は威力を大幅に減じてしまったのだ。
がくりと御堂が膝を付く。膝を付きながらも槍は真っ直ぐに銀に向けられていた。
これは勝てない。と銀は判断した。左腕は僅かな肉と皮でぶら下がっているような状態で、とめどなく血が流れ落ちている。痛みは無視できても血を流し過ぎれば死んでしまう。
ここらが潮時かと思った時に丁度良く、甲高い笛の音が聞こえた。シシリクからの合図である。
「鋼! ここは退くぞ!」
弟の存在を思い出し、声をかけると「おう!」と返事があり、鋼が駆けてくる。
「うお! 兄貴、その腕は!?」
ぎょっとする鋼。その鋼も両腕に無数の斬り傷を負い、胸からも出血している。
「お前こそそれは……いや、それは後だ! 逃げるぞ!」
ちらりと鋼が来た方向を見やると、霧嶋がふらつきながら立ち上がるところだった。
鋼と一騎打ちを演じ生きている。しかも鋼蓋を使う鋼に手傷まで負わせて。名前までは知らないが、異能の力を無効化するという霧嶋の能力。
「なかなか簡単にはいかんようだな」
銀は小さな声でぼやいていた。




