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カムイの森  作者: 墨人
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第14話 物量作戦

 二日後、東征軍は再びカムイの森に進軍した。

 百名ほどが凸形陣を組んで前衛となり、その後ろには四百名からなる後衛が横に広く散会して続いている。木々を避けながらの行軍では陣形を維持するのは難しい。前後衛とも小さな集団の集合体となっており、集団同士が息を合わせるようにして陣形の乱れを最小限に抑えていた。


 前衛に兵はいない。森の民の攻撃を一手に引き受ける役を担う前衛は武者と甲軍のみで編成し、兵は後衛に集めてあった。


 そんな前衛凸形陣の中央には御堂と霧嶋の姿もある。

 囮となる前衛部隊を軍団長が自ら指揮するというのは、一見非常識のように思える。御堂は後方の安全な場所から細々と指示を出すよりも、自ら戦場に立ってその場の雰囲気を肌で感じ取り直接指揮するやり方を好んでいる。実際にそれをやっても生還できるだけの個人的な武力も「槍の御堂」には備わっていた。


 軍団長が前線に出る効果は、周囲の武者たちにも及んでいた。前衛が囮になるというのは前もって周知されている。となれば捨て駒的な扱いもあり得るのではと考える者も出てくるところだが、軍団長自らが前衛にいるのだからそれはあり得ないだろうと思えるのだ。前衛に属する武者たちの士気は上がっている。


「しかし、本当に濃い森だな」

「まったくですね」


 御堂の独り言に、傍らの霧嶋が律儀に応じる。返事などは期待していない独り言だったので御堂は苦笑するが、霧嶋も同じように感じているのだと分かった。


 一口に森と言っても様々だ。御堂も別の場所で別の森に入ったことは何度もある。しかしこれまでに見たどんな森よりも、カムイの森は濃かった。外から見ている分にはさして意識もされなかったのに、中に入ってみるとまるで違うのだ。木々の生える密度そのものは他に比べて特に高いわけでもないのだが、一本一本の木の生命力が段違いなのだろうか、枝は太く長く、葉は濃く茂っている。


「団長、そろそろです」


 武者の一人が声をかけてきて、御堂は森の濃さに対する物思いから我に返った。前回森の民の襲撃があった地点が近付いていた。


「わかった。用心していけよ」


 御堂の指示に武者たちは木盾を構え直して前進する。

 進みながら、御堂は奇妙な違和感を感じ始めていた。周囲の雰囲気が微妙に変わってくる。同様の違和感を多くの者が感じているようだ。

 違和感の原因は何だろうと、注意深く周囲を見回す。しかし目に入るのは先ほどから変わらない、他よりは濃いだろうけれども当たり前な森の風景だ。


「当たり前な……だと?」


 御堂は違和感の正体に思い至った。当たり前の光景であるという、それこそが原因だったのだ。


「おかしいぞ。死体が無い」


 それを聞いて武者達も慌ただしく周囲を見回した。視界に入る限り、死体は一つも無い。前回の襲撃では撤退に余裕が無く、大半の死体は放置されていた。その現場に戻ってきたら、死体が一つも無い事の異常性。


「ま、まさか……また松前の時のように!?」


 誰かが怯えたような声をあげ、それはざわざわと伝染していった。

 松前で死体の群れに襲われた記憶は生々しく残っている。剛胆な武者達でさえ、その後しばらくは悪夢に悩まされたほどだ。

 あるはずの死体が無いという状況は、どうしても屍身中ししんちゅうを思い出させる。


「落ち着いてください!」


 凛とした声が響き、武者達のざわめきが止む。


「屍身中は私が殺しました。遺体が無いのは別の理由があるはずです」


 手を下した本人の言葉には説得力があり、怯えの気配は急速に薄れていった。

 その時、前衛の前列付近を固める甲軍兵から「死体があったぞ」と声が上がった。


 それは落ち葉に埋もれた東征軍の兵の死体だった。落ち葉を除けると死体はきちんと両眼を閉じられ、両手は体の脇に添わせられており、腹の上には赤い染料で文字だか記号だかが描かれた平たい石が乗せられていた。

 続いて発見された二つの死体も同様だった。

 そうと知って見回せば、森の風景の所々に落ち葉が妙に盛り上がっている個所が散見される。


「弔いか?」


 御堂は呟く。目を閉じられ、姿勢を正された死体。腹の上の石にも森の民なりの弔いの意味があるのだろうか。


「森の民がやったのか? しかし、なぜ……」


 自軍の死者が弔われているのだから、御堂としては有難いことである。しかし森の民にとっては相当な負担のはずだ。姿勢を正して落ち葉を被せるだけの簡易な弔いとしても、その数は数十人分だ。戦の最中に安易に割いて良い労力ではないだろう。


「これは悪念を抑えるためですね」


 霧嶋が答える。


「悪念……狂神くるいがみを生むというあれか」


 森の民の村で霧嶋が聞き知って来た、獣神と悪念と狂神の関係を思い出し、御堂はこの弔いの意味を知った。しかしそれについてをそれ以上話す余裕は無かった。

 前列の甲軍兵から「来たぞ!」と声が上がる。


「盾を構えろ!」


 御堂の号令で武者達は木盾を構える。その盾に乾いた音を立てて矢が突き刺さった。

 そんな中、御堂や霧嶋、甲軍兵は盾を持っていない。彼らの技量であれば飛んでくる矢を目視して手持ちの武器で打ち払うくらいは容易い。そうして矢の飛んでくる方向を見定めた御堂は槍を高く掲げた。


 後衛の兵が前進し、一斉に弓に矢を番える。そして御堂が槍で示した方向へと一斉に矢を放った。矢が風を切る小さな音も、数が集まれば凄まじい。驟雨のような音を立て、まさに雨のように矢が射込まれる。戦用に作られた長弓から放たれた矢は前衛の頭上越しであっても十分な勢いを持っている。

 一拍遅れて、前方から落ち葉の上に重い物が落ちるような音が聞こえた。


「一人、殺ったな」


 御堂は笑みを浮かべる。

 森の中で、見えない相手への一斉射撃だからほとんどの矢は無駄に木々を傷つけただけだろう。しかし数百本を放ったからこそ、見えない敵に偶々当たる一本というものが出てくる。

 たった一人の敵を倒すために数百本の矢を使うのではとんでもない浪費のように思えるが、東征軍の物量を考えればどうということはない。兵たちの矢筒にはまだぎっしりと矢が詰まっているし、それが尽きても宿営地に戻ればすぐに補充できるのだ。


「よし、この調子で行くぞ! 気を抜くなっ!」


 御堂の号令に各所から威勢の良い声が上がった。

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