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カムイの森  作者: 墨人
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第13話 初戦と軍議

 森の中では大規模な陣形を組んで行軍するのは不可能だ。そこで御堂は佐倉に命じ、四十名ほどの小部隊をいくつも編制させた。これを横方向に散会させて森に侵入し、一隊が接敵したら隣接する他の隊が連携して敵に当たる。そういった段取りだった。

 八隊でおよそ三百二十名が第一波として森に侵入した。森の民側からは散発的な弓での攻撃が行われた。


 森の外縁近くに見張りとして少数の森の民が潜んでいるのは予想されていたし、森の民が基本的に弓しか使わないことは霧嶋の報告でも知れていた。東征軍は事前に木製の盾を用意しており、さしたる被害は出なかった。しかし森に入ってみると、濃い枝葉に隠れて相手がどこにいるのか見当もつかない。攻撃を防ぐことはできても反撃がままならない。東征軍が進めば敵も後退し、散発的ではあっても攻撃され続ければ進行は遅らされ、そうこうしているうちに報せを受けたのだろう敵の本隊が到着してしまった。


 そこからの森の民の戦い方は単純だが効果的だった。

 まず弓の攻撃が全体的に厚くなる。こうなると東征軍は盾での防御に専念せざるを得ない。そうして足の止まった部隊の一つに、コジカ、しろがねはがねの三名が襲いかかった。盾を構えて弓に備えているところに、横合いから近接戦闘を挑まれては堪らない。コジカの巨大な剣が縦横無尽に振るわれ、銀や鋼の拳打が唸りを上げるたびに部隊の兵はばたばたと倒れていく。盾での防御が疎かになれば、今度は恐ろしいまでの正確さで矢が射込まれ、さらに被害が増えていく。

 そして急を知った別の部隊が救援に駆け付ければ、コジカ達はさっさと後退して身を隠し、また別の部隊を急襲するのだ。


 この間、遠くに見えた森の民の射手に対して、弓での反撃を試みた兵もいたのだが、木々が邪魔して矢が届くことはなかった。

 こうして僅か半日にも満たない戦闘で五十名近い死者を出した。それほどの犠牲を出しながらも、森の民にはさしたる損害を与える事もできず、兵を退かざるを得なかった。

 交渉の席でシシリクが明言し、また御堂が苦々しく認めたように、これは戦と呼べるものではなかった。

 森に入ったら追い返された。その日にあった出来事は、それだけの事だったのだ。


 *********************************


「侮っていたつもりは俺にも無いがな。しかし……」


 先の佐倉の言葉を繰り返すように御堂が言う。御堂を始めとして、確かに森の民を侮っていた者は誰もいない。

 森林に暮らす者が平地に暮らす者に比べて高い身体能力を持っているだろうことや、狩猟を生業としているのだから弓の扱いには長けているだろうとか、考慮すべき点は考慮していたのだ。森の民の村に滞在していた霧嶋からもそれを裏付ける報告が上がっている。それを踏まえたとしても、「戦をした事がない」という森の民がこうまで戦えるとは思えなかったのだ。


 戦は個々人の身体能力や技量で行うものではない。それが集団対集団で行われる以上、適した人員を適した位置に配し、また状況によって移動させるという運用がより強く影響する。

 交渉の席で見たシシリクという少年は利発そうではあったが、初めての戦でここまでできるはずが無い。これは侮っているのではなく、「知らない事はできない」という当たり前の事だ。


「やはり銀や鋼が入れ知恵したのだろうな」


 松前からの逃亡者、法力使いの二人を思い、御堂は吐き捨てるように言う。法力使いとして個人の武力が注目されがちだが、松前の戦では抵抗勢力の有力者として部隊の指揮なども経験しているはずだ。森の民の妙にこなれた戦い方も、銀達の影響が大きいだろうことに疑いは無い。

 屍身中ししんちゅう解放の件といい、あの二人にはいつまでも祟られる。誰もがそう思っていた。


「しかし思ったほどの被害は出ていません。思い切り良く撤退を決めたのが功を奏しましたね」


 佐倉の言には御堂に対する称賛が込められていた。これは軍団長としての力量に対する称賛だ。

 京を進発して以降の東征軍は常勝無敗、一度も引き返すことなく東進を続けてきた。が、これは常に東征軍が敵よりも圧倒的多数の兵力を揃えてきたからでもあり、純粋に軍団長の御堂が優れていたからとは言えない。もちろん軍団が大きくなれば、それを円滑に運営すること自体が難しくなるし、事前工作で敵兵力を削ったからこその戦力差でもある。ところがそのどちらも実際には佐倉が仕切っているのだ。東征軍の快進撃は御堂の指揮能力よりも、佐倉の管理能力に支えられている。という評価をされても御堂自身に反論する気は無いだろうとも思われた。

 しかしこの初戦で状況の不利を見て取るや撤退を即断したのは、御堂の軍団指揮能力の一端を示している。


 数の上では東征軍は圧倒的優位に立っている。それは変わらない。御堂が凡庸な軍団長であれば、数の優位を妄信して部隊の追加投入や強硬な突入を計って被害を拡大してただろう。いわゆる格下の相手に撤退を選択する屈辱もあるだろう。御堂はそのどちらでもなく、森の民の強さを素直に受け止めて撤退を決めたのだ。


 唐突に御堂が両手を打ち合わせた。ぱんっ! と高い音が響き渡る。


「だめだだめだ、気分を入れ替えよう。さあ、森の民は予想以上に手ごわいと分かった。それでどうする? 俺達はこのままやられっぱなしか?」


 声の調子さえ変えて御堂が言う。つい先刻まで銀などの事で愚痴を言っていた雰囲気はきれいに無くなっていた。手を打ち合わせる音一つできれいに気分を切り替えていた。


「ふむ、俺が戦術について意見をするのはおこがましいが……」


 遠慮がちに御雷みかずちが言った。実のところこういった軍議の席で御雷が発言するのは大変珍しいことだった。

 神狩かみかりは基本的に尋常な人間同士の戦には関与しない。神狩は神やそれに類する者が現れた時にこそ真価を発揮する。松前でも屍身中が現れるまでは戦に参加する事がなかった。だから御雷としては東征軍の動向について、「どう動くのか」程度を大雑把に知っていれば事が足りるのだ。だから軍議で積極的に発言する必要はなかった。


「かまわんぞ、言いたい事はどんどん言え」


 面白そうに御堂が言う。


「様子を聞くに厄介なのは敵の弓だろう。銀や鋼がどれほど手強わかろうと、弓を気にせず迎え撃てる態勢を作れれば対処はできるのではないか? どうだ、センゾー」


 いつもどおりに姓を読み変えて「センゾー」と呼ばれた千蔵ちくらは「ふむ」と言って即答を避けた。

 少し考え、


「私が、ということであれば鋼はどうにかできるだろう。銀は少々厄介かもしれんな。私以外の甲軍の者であれば、二人がかり三人がかりであればしばらく足止めできる、といったところだろうな」


 と応じる。それを聞いて御堂は身を乗り出した。


「ほう? それは絶対と言い切れるのか?」


 御堂の問いは、あるいは千蔵や甲軍に対する侮蔑と取られかねないものだった。しかし御堂にそのつもりは全くなく、単なる事実確認である。千蔵もそれは承知している。


「言い切れはしませんが、まあまずはやれるでしょう」


 千蔵の答えを聞いて、御堂は満足そうに身を戻す。断言を避けた答えではあるが、ここは軍議の席である。前向きなだけで裏付けの無い発言は大言壮語と変わらない。そして大言壮語とは無縁な千蔵がこう言うからには、少なくとも短時間なら銀達を抑える事はできるのだろう。


「ふん、そうとなれば敵の弓兵をどうにかする手を考えれば道は開けそうだな」

「そういうことならば、私からも」


 次に発言したのは佐倉だった。普段は軍団運営など裏方的な役割に徹している佐倉も、このように積極的に軍議で発言するのは珍しかった。


「我々東征軍が森の民に対して有利である点は、言うまでも無く圧倒的な人員と物量です」


 それを揃えるために苦労してる佐倉の口から出ると重みの違う意見だった。


「森の民が一本の矢を射たら、こちらは百本を射ましょう……いえ、二百でも、三百でも。数を射れば居場所が定かならずとも一本や二本は当たるでしょう。この際は数を頼むのも戦術のうちと考えます」

「ほう? つまりどういうことだ?」

「森の民が弓の扱いに長けているとはいえ、使っている弓は狩猟用の物です。こちらの戦用の弓に比べて射程は短い。後衛として弓兵を配置しても十分に敵の弓兵を狙えます。前衛を囮として後衛に弓兵を大きく展開するのはありではないでしょうか」

「なるほどな」


 御堂は頷く。佐倉の提案は御堂自身の考えとも合致する。「数を射れば当たるだろう」では戦術もなにもあったものではないが、現状に照らし合わせれば堅実で確実な方法である。少なくとも東征軍の兵に森の民と同等の弓の腕前を求めるよりは現実的だった。


「ではそこは早急に編成を変えてくれ。他にはどうだ?」


 促され、霧嶋も手を上げる。


「見当違いの事でしたら聞き流して欲しいのですが……」

「かまわんぞ、なんでも言ってみてくれ」

「では、私が森の民の村にいた時の事ですが……」


 このようにいつになく活発な議論が交わされ、カムイの森攻略の為の戦術が練られていった。

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