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極楽の憂鬱

「ホッホッホ、あれを見てみい、地獄の亡者どもが僅かな食糧を巡って相争っておるわ」

 そう言いながら自称・サブロー仏が盆に盛りつけられた葡萄を口にした。


「ほんに気の毒なことよのオ。そらそら、そのように騒ぎ立てておると、鬼が出てきよるぞ」

 相槌を打ったのは、これも極楽生活の長い、自称・ヒロシ仏だった。


 ここ極楽浄土・蓮池は底が透き通っていて、地獄界や人間界が見通せるのだ。

 どのような動きも観察する事ができ、カルマから解放された人仏達にとっては最高の娯楽となっていた。


 とはいえ、それはあくまで観察のみであり、どのような悲惨な状況を目撃しても助けに行く事はできなかった。


「ハァ~・・・」

 俺は大きくため息をついた。


「おや、どうしたカツオシ仏? うかない顔をして」

 サブロー仏が心配して声をかけてくれた。


「あそこで、ビルから飛び降りようとしている女子高生がいるんですが、どうにもできないんですよ」

 俺は高層マンションの屋上を指さした。

 だが、長年そういった状況を見慣れているサブロー仏達にとっては、それは日常のささいな出来事に過ぎなかった。


「なんじゃ、ただの自殺ではないか? カツオシ仏はここに来たばかりゆえ、あのような出来事にも関心を持たれるのであろう。じゃが死ぬものは死ぬ。放っておけばよいのですホッホッホ」


「ほんにほんに、いちいち心配しておっては、美味しいものも美味しく食べられませんぞ」

 ヒロシ仏もそう言いつつ、マンゴーを頬張った。


 しかし目撃すれば助けたくなるのが人情ではないですかと反論したかったが、無駄なので止めた。

 おそらく彼らに言わせれば、人を心配するという行為もまたカルマのなせる技なのだろう。

 事実、すぐにサブロー仏の関心は俺から離れ、「おう見てみい、あのへっぽこ猟師を。鹿を倒そうとして逆に角でつかれておるぞ」と、別の事に移っていた。


 俺はふと、そうして人や亡者を観察しているのもまた業なのではないかと尋ねようとしたが止めた。

 だいたい極楽にいる者が、全ての業から解放されていると考える方が愚かだった。

 それはここに来た時、すでに分かっていた事なのだ。



 子供の頃俺は、生前の行いの良い者は極楽に、逆に悪い者は地獄に落ちると教えられてきた。

 しかし実際には死後、それを裁く者などいなかった。


 薄暗く大きな洞に案内人がポツリと立っており、「おまえは極楽に行きたいか? それとも地獄に行きたいか」と尋ねられただけだった。


 人は生前の功罪によって行く世界が振り分けられると思ってきた俺は面食らい、「どうして自分で選べるのか」と案内人に尋ねてみた。

 すると案内人は「猫に生まれれば、鼠を殺す。汝これを罪に問えるや」と言ったのだ。


 つまり、人は生まれ育った環境の中で生きる為、何を罪とするかはその人の考え方次第というわけなのだろう。

 老荘の思想か・・・と思いつつ、俺は「極楽」を選択した。

 自分で選べるならば地獄と答えるものはまずいないだろう。


 だが・・・、

「ではこの道を行け」と指し示した案内人の顔がニヤリと笑っていた。



 今ならばその訳が分かる気がする。


「見て見て、今日はバレンタインデーで大騒ぎのようよ」

 近くではしゃぎ声を上げたのは、数ヶ月前に蓮池に来たばかりのサエコ仏だった。


 サエコ仏といっても女ではない。その顔にはりっぱな髭をたくわえている。

 ここ仏の国はお経にもあるとおり、全員が男なのだ。

 サエコもまた、転生した時に男になっていた。


 ただし男か女かなど、煩悩のないこの世界ではあまり関係がないだろう。

 なぜなら、俺達はヘソから下が蓮の花そのものだからだ。


「見よや、あの地獄の亡者の愚かな事、わずかな食糧を得て、歓喜のあまり踊り回っておるぞ」

「こっちの亡者達は、年増の女をめぐって大喧嘩ぞ」


 サブロー仏とヒロシ仏は蓮池の底に写る地獄の喧騒に大喜びのようだが、


 俺は一人、選択を誤ったったと後悔していた。


       ( おしまい )


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