第七章:武器調達
その日、俺と相棒は夜9時にソニア嬢の家を後にした。
「たっく。人に教師役を押し付けるなんて」
「そう言うな。俺より歳が近いお前の方が合うと思ったんだよ」
「口が達者だな?」
などと俺は皮肉を込めて言ってやった。
夜9時。
そろそろ街も活気づいてきた。
「ねぇ、ブルドックさん。その子誰?」
一人の商売女が相棒に寄り掛かりながら俺を指さした。
「俺の相棒だ」
ぶっきら棒に相棒は答えると商売女から離れた。
「ねぇ、今夜どう?」
「悪いが朝が早いんだ。また今度な」
商売女は「絶対よ?」と何度言ったか分からない言葉を言い次の客に声を掛けていった。
「やれやれ。こんなんだからパリ一猥雑と言われるんだ」
「まぁ、俺らから言わせれば体の良い隠れ蓑だ」
確かに、と俺は頷きながら家へと向かい続ける。
家まで後もう少しという所で足を止めた。
「・・・そろそろ出て来たらどうだ?」
相棒は暗い路地に声を掛けた。
俺も相棒も誰かに付けられている、という事は知っていた。
知っていたが何もしてこないので放っておいたが、流石に家まで付いて来るなんてのはお断りだ。
出て来たのはキャフェで相棒のエスプレッソに煙草を放り投げて台無しにしたシャルル・ペスだ。
「何の用だ?さっきから俺らの後を付いて来やがって」
「てめぇが俺の弟分を殴ったからだ」
弟分?
こんな犬みたいな名前を持つ男に弟分が居るのか?と俺は疑問に思った。
ペスの後ろから相棒が叩きのめした男達が出て来た。
「お前の弟分だったのか。流石は犬のような名を持つ傭兵だな。何振り構わず下の銃を暴発させるのは」
俺はジタンを口に銜えながら言った。
「餓鬼はすっ込んでろ。俺は、この男と話をしているんだ」
「餓鬼って名前じゃねぇよ。それに相棒に手を出そうとしている奴は俺の敵でもある」
「・・・・そうかい。なら、てめぇもこの男と一緒に叩きのめしてやる」
「穏やかじゃないね。何時からパリの紳士は直ぐに拳銃を抜くようになったんだ?」
「黙れっ。てめぇらみたいな東洋人がこのパリでデカイ面しやがって!!」
ペスは懐から銃を抜こうとした。
そこへ俺は火を点けたばかりのジタンを投げた。
そして二人で突っ込む。
一気に距離を縮めて俺はペスの脇腹に拳を連続で撃ち込んだ。
相棒の方は弟分と言われる野郎どもを片っ端から叩きのめした。
さっきより苛烈に、な。
物の5分ばかりで片付けた俺らは縄で縛りあげてセーヌ川に放り込んだ。
「良い掃除が出来たぜ」
「まったくだ。さぁて寝るか」
「そうだな」
俺らは家へと戻り、落ちて火が消えた煙草を持ち中に入った。
捨て煙草は衛生上、良くないからな?
家の中に戻った俺らは酒を飲んでから寝た。
そして次の朝は昨夜と同じ通りル・シャ・ノワールに行き配達をした。
それからクラリス嬢とベルナンテ坊の教育だ。
クラリス嬢は学校で武道を齧っているだけあって飲み込みが早い。
その上筋が良い。
俺が教える護身術をスポンジのように吸収して行き物にして行くのだから。
その一方でベルナンテ坊は姉に引き摺られる形でやっているから些か覚えが悪い。
それを姉に叱咤されてやっているという感じだ。
まぁ、こればかりはやる気があるかどうかで決まるから何とも言えないな。
要はこの子のやる気を引き出す切っ掛けが必要だ。
そして夕食を共にして帰って酒を飲んで寝る、という事を繰り返した。
一見、何の変哲もない日常と思うが俺らみたいな者達には懐かしく・・・温かみがある物だった。
あっという間にその3日間は過ぎた。
その日の夜、俺は相棒と共に第二次世界大戦で造られた地下通路に来ていた。
第二次世界大戦に造られた地下通路は未だに利用可能だが、鼠がいたりして嫌な場所ではある。
しかし、武器の取り引きには持って来いの場所ではある。
「・・・そろそろだな」
相棒は懐から銀製の懐中時計を取り出した。
「お前の趣味ってクラシックか?」
今時こんな骨董品を使う奴はそういない。
「まぁな」
と相棒は述べた。
コツコツ、と革靴の足音が近づいて来る。
一人だ。
俺はカンテラ型灯油ランプを掲げてみせた。
薄暗い道からビジネス・スーツを着込んだ男が現れた。
相棒と同い年くらいだが、ビジネスマンとしては相棒よりらしく見える。
「よぉ。ベルトラン」
男が相棒の名前を呼んだ。
「久し振りだな。ユーリー」
相棒はジタンを吸いながら懐中時計を見た。
「時間ピッタリ。流石はビジネスマンだな」
「何言ってんだよ。お前だって時間厳守だろ?」
「女に関しては、な」
「相変わらずだな。で、そっちが相棒の猟犬か?」
「あぁ。噂は知っているようだな」
「あぁ。この世界で二つ名を与えられる奴はそう居ない。その点、シャルル・ペスは有名だな」
脱走王、臆病者、口先王など碌な名前が無い。
しかし、ヨーロッパの傭兵界では有名なようだ。
「で、商品は?」
「仕事内容と移動の事を考えて出来るだけ民間人が持っても問題ないような物にしておいた」
ユーリーは後ろに手を回すと台車を出してきた。
木箱の中に銃がぶっきら棒に入っていたがちゃんと埃が入らないように布などを被せてある。
「ショットガン、ハンドガン、セミオート・ライフルか。まぁ、この程度なら何も言われないな」
仮に言われても金を渡せば見逃してもらえる。
「そういう事だ。拳銃はリボルバーにしておいた。狩猟に行くという名目でなら良いだろ?」
「流石だ。今は狩猟期間だからちょうど良い」
そこまで考えて用意した、と言うのなら大した商売人だなと俺は思った。
「触っても良いか?」
俺はユーリーに訊ねた。
「どうぞ。というか触ってみないと確認できないだろ?」
「確かにな」
俺は苦笑しながらセミオート・ライフルを手に取った。
全体的に木を使っており民間人が見ても刺激が少ない。
「“スタームルガー・ミニ14”か」
スタームルガーはアメリカの比較的だが新しい銃器メーカーだ。
元々は工作機械をレンタルして使用していた小規模な会社だったが、今ではS&Wと並ぶ企業に伸し上がった。
安い上に堅牢な銃は民間人から愛されている。
その半面で犯罪者にも使われているという所もあるが、な。
で、俺が持っているミニ14はスプリングフィールドM14に形が似ている。
まぁ、システム的にはM1に近いんだがな。
口径は5.56mmNATO弾を使用する。
弾数は5、10、20、30とあり、7.62mm弾を使用するミニ30もある。
「そいつは良い銃だ。一応、年齢がまだ若いからな。先輩に連れられて初めて狩りに行く好青年を偽りな」
「まぁ、そうしておく」
俺はこいつにする事にした。
ドラグノフの方が俺的にはしっくり来るが、こいつも捨てたもんじゃないからな。
相棒の方はショットガンを持った。
ポンプアクション式の“ウィンチェスターM1300 ディフェンダー”だ。
12ゲージと20ゲージを使用する散弾銃で特にこれと言う特徴は無い。
何処にでもある散弾銃と言えばそれで終わりだが、安いという点は特筆ものだ。
同じ散弾銃のモスバーグは米国で500ドルなのに対してこちらは350ドルという安さだ。
これ位だろうな?
特徴があると言えば。
で、このウィンチェスターM1300 ディフェンダーは警備とか護身用に作られた短銃身で日本でも狩猟用に輸出されている。
「リボルバーはフランス製が良いと思って“MR-73”だ」
MR-73・・・・・・“GIGN”の使うリボルバーじゃねぇか。
フランスのコルト・パイソンと謳われるMR-73。
38スペシャル弾と357マグナム弾を使用するがエレガントな印象は如何にもフランス産らしい。
「これで良いかな?」
「あぁ。これで良い。で、車は?」
「もうお前さんの自宅に停めてある」
鍵は前輪の後ろ、とユーリーは言った。
「ありがとよ。で料金は?」
「締めて15000ユーロだ」
弾代も合わせるともっと高くても良いのに随分と格安だ。
「ほら」
相棒は金をユーリーに渡した。
「ありがとよ。それじゃまた何かあったら呼んでくれ。お前さんになら格安で売ってやるからよ」
「あぁ」
それだけ言うとユーリーは台車を押して消えて行った。
「さぁて、武器も手に入った事だし帰るか」
「そうだな」
俺は頷いて相棒と共に元来た道を戻った。