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第二十五章:滑走する物

スレイプニルを運転するベルトランさんの背中に乗る私は・・・・何故か変な光景を見た。


誰か・・・男の背中が私の前にある。


ベルトランさんじゃない。


その男は顔を僅かに見せる。


温和な顔で私・・・ではない別の誰かを見ている。


『どうだい?風の心地は?』


『素敵よ。でも、それは貴方の運転する愛馬に乗っているからよ』


誰かの声がした。


この光景は誰の?


私の・・・・お婆さんの見ていた光景?


何で、今・・・こんな大事な時に見えるの?


今は逃げる途中なのに・・・・・・・・・・・


「ソフィア、どうしたね?」


ハント氏が私の様子を訝しみ話し掛けてくる。


「何か・・・お婆さんの見ていた光景が・・・・・・・・」


「ああ、そいつはあれだな。物に残っている“残像”だ」


ベルトランさんは逃げているというのに何処までも余裕ある声だった。


「残像?」


「俺の国では物に魂が宿る、と言われてきた。持ち主が大切に扱えばそれは強い。そして・・・偶に見るんだよ。かつて使っていた者の光景が、な」


「じゃあ、私が見た光景は・・・・・・・・」


「お前さんの祖母が見た光景だろうぜ。何で、かは知らないが・・・お前がこれから運転するんだ。覚えておいて損は無い」


そう言ってベルトランさんは「曲がる」と言った。


「ヤ・ボール!!」


ハント氏がドイツ語で「了解」という意味の言葉を言いレバーを握り回す。


車輪が曲がる音がして、バイクが曲がった。


私は落ちないようにベルトランさんの背中に手を回す。


大きな背中は、何処までも硬くてコンクリートみたいな感じだった。


そして冷たい・・・・・


まるで本当にコンクリートのように冷たい背中だった。


でも・・・・とても冷たい背中が酷く悲しそうに見えてしまう。


親は居ない、とベルトランさんは言っていた。


つまり天涯孤独の身。


私は孤児だけど、養父だった両親からは実の子として愛された。


ベルトランさんはそうじゃない。


ずっと今まで生きて来たんだ。


他人を頼らず自分の力だけで・・・・・・・・


それを背中は語っている。


コンクリートのように冷たくて夜みたいに暗い背中が・・・・悲しい背中が・・・・・・・・・


そんな方を私は助けて上げたい。


初めて会った時にそう思った。


何故かは知らない。


だけど、何て悲しそうな瞳をしているんだろう・・・・・・・・


それが第一印象で今も変わらない。


ベッドの中でも・・・・この人は何処か悲しそうであった。


だけど、何処かで張り詰めている雰囲気もあった。


傭兵という職業柄、とは思うけど・・・・・・・・・


「ソフィア、もう直ぐ出口だ。シッカリと掴まっていろ」


「は、はいっ」


私はギュッ、とベルトランさんの胸板に回した両手を強くした。


一気にスレイプニルは加速されて光が照り輝いている出口を通り抜ける。


『居たぞ!!』


後ろを振り返ると武器を持った男達が居た。


銃口が向けられてオレンジ色の光が見える。


シュンっ・・・・・・・・


肩を掠める銃弾。


ああ、私・・・殺される。


怖い、と思った。


殺される、と・・・・・・・・・・


「餓鬼共が。狙いが雑だ」


ハント氏が舌打ちをすると、懐から拳銃を取り出した。


あれは、確か・・・・・・・


「“ワルサーP38”、ですか」


銃に疎い私でも映画とかは見るから、あれ位は判る。


「あぁ。我が国が開発した拳銃。マルグリットも褒めていた、さ!!」


上半身を僅かに動かして引き金を引くハント氏。


それでいて片手でレバーを動かし、車輪を回すから凄い。


「はっ。流石は大ドイツ師団だな。やり方が凄いぜ!!」


ベルトランさんは楽しそうにハント氏へ喋り掛ける。


生き生きとしているように見えたのは気のせいじゃない。


「若造どもには負けんさ。何より・・・マルグリットの孫娘に汚らしい手で触らせるか」


「言えてるな。こんな美人に糞塗れの手で触らせられる訳ない」


美人と言われて私は場違いにも赤面する。


『くそっ。あのバイクに何で追い付けないんだよ!!』


後ろから怒鳴り声が聞こえてきたが、段々と遠くなる。


「スレイプニルに追い付ける奴なんて居やしない。何せ軍神の愛馬なんだぜ?」


「言えてるな。で、何処へ行く?」


「このまま帰る・・・と言いたい所だが、落とし前をつける」


「狂犬か。奴なら自ら君と戦うさ。二度も赤恥を掻かされたんだ。奴の面目は丸潰れだからな」


「そんなに面目ってのは大事かね?」


「組織に属していれば大事さ。しかし、奴は自分の面目だ。組織の面目じゃない」


「それって組織で生きるには、どうなんですか?」


「余り知るべき事じゃない。だが、敢えて言うなら・・・個人の気持ちは抑えるべきだ」


「それは・・・大を生かす為には小を見捨てる、という意味ですか?」


「あぁ。戦争がそれを顕著な程に表しているよ」


「安心しろ。お前はそんな血生臭い世界には入れないし、無縁に生きる」


「あの、それって・・・・・・・・・・」


最後まで言う前にベルトランさんはハンドルを切った。


その瞬間に爆発する。


え?


な、何で・・・・・・・?


「・・・来たか。狂犬」


「ど、何処ですか?!」


「姿を見せていない。さっきのはリモコン式だ。恐らく俺たちが来るルートを想定していたんだ」


「つまり・・・・・・・」


「私たちは奴等の罠に落ちた、という意味さ」


ハント氏は冷静に告げた。


「そ、それじゃ・・・・・・・・」


「なぁに罠に落ちた、と言っても死ぬ訳じゃない」


「確かに。罠に落ちたから死ぬのだったら私など当に死んでいる」


「その通りだ。怖いか?」


「え、えぇ・・・・・・」


当たり前の事を訊かれた私は頷く。


「俺もだ」


「ベルトランさんも怖い、ですか?」


「あぁ。怖いさ。同時に・・・奴の罠を上手く擦り抜けて奴を仕留める事に楽しさを感じる。だから、イカレタ男なんて言われるんだよな」


口端を上げて笑うベルトランさんに私は何と言えば良いか分からない。


「自分の気持ちに嘘を吐くのは賢明とは言えないね」


ハント氏が空になったマガジンを捨てながら言った。


「何の事だ?」


「君は自分をイカレタ男と言うが、本心では・・・イカレテなどいない、と思っているだろ?」


「・・・・さぁな」


「そうやってソフィアから嫌われるようにするのは・・・・・3時方向に敵!!」


「ちっ・・・・・」


直ぐに車輪が曲がりスレイプニルは蹄の音を鳴らしながら曲がった。


『ちっ。好い加減に死ね!この野郎!!』


あの声は・・・・・・・・・


「生憎だが、お前を殺して女を帰すまで死なないんだよ」


ベルトランさんは髭を生やした男---狂犬を見つけると・・・・パイソンというリボルバーを抜いて引き金を引いた。


躊躇いも無く弾丸は飛んで・・・狂犬の身体を貫いた。


それが二度も・・・・・・・・


『・・・・・・・!?』


狂犬は驚愕の顔をしている。


「357マグナムだ。防弾チョッキでも・・・同じ個所を撃たれたら無理だぜ」


「これは私からの“オマケ”だ。小僧」


ハント氏が狂犬の額にワルサーP38の弾丸を撃ち込む。


9mmパラベラム弾。


ヨーロッパでは一般的な拳銃弾、とベルトランさんから教えられた。


意味は「汝、平和を欲するなら戦争に備えよ」というラテン語。


平和を欲するなら戦争に備えよ・・・・・・・


この意味を私は今日、初めて味わった気がする。


平和を欲するなら戦争---戦う事に備えて日々、精進しろ。


そう捉えた私にとっては大きな意味だった。


これから・・・ベルトランさんとなる事を考えれば、今の内に自分の身を護れるようにしたい。


怖いと思う時もあるけど、嫌いにはならない。


私は・・・生涯を賭けてベルトランさんの隣に立つ。


・・・・エレーヌさんには負けない為にも頑張って銃の撃ち方とかを覚えないと・・・・・・・・・・


そう思いながらベルトランさんの背中に強くしがみ付いた時だ。


「え?」


ハント氏が胸を抑えている。


しかも、血が口から僅かに出ていた・・・・どうして?


まさか・・・・・・・・


「・・・撃たれたのか」


「どうやらそうらしい。まぁ、ベッドの上で死に積りはなかった」


これで私も漸く戦友たちの所へ行けそうだ。


そうハント氏は言って笑ったが・・・・・・・・・・・


「死なせたりしない。あんたにはソフィアの婆さんの事を話してもらうんだ」


それだけ言うとベルトランさんはスレイプニルの速度を上げた。


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