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第二十四章:戦女神の愛馬

俺、ソフィア、ハント大佐はスイス銀行へ向かった。


時間は正午12時57分。


後3分までに着かなくてはならないが、十分と言える。


「君だけが行っても無理だろうから、私と彼も一緒に行くよ」


ハント大佐はソフィアに銀行の事を説明した。


しかし、それは建て前で・・・孫娘と言える彼女と少しでも親密になりたいのだろうな。


「分かりました。あの、ムッシュ・ハント」


「何だい?」


「・・・祖母の事をどれ位、知っています?」


「マルグリットの事か・・・・・・・・・・・」


「ゴダールお爺様もウォルターさんもモーガンさんも詳しくは知らないんです」


「だろうね。私だって彼女の事を知っているのは僅かだ」


「どうして、と訊いても良いですか?」


「マルグリット本人の口から聞いた訳ではないが、彼女は用心深い性格でね。寝る時も銃は傍に置くし、靴も履いていた。大戦中だから、と思うだろうが・・・・大戦後もそうだったらしい」


「随分と用心深いな。それだけ怨まれていたのか?」


「・・・否定はしない。彼女が行った任務で我が軍の作戦内容が大幅に変更する羽目になったからね。連合軍から言わせれば御の字、と言えるだろ?」


「その口ぶりから察するに・・・・連合軍でも嫌われていたのか」


「あぁ。調べて分かった事だが、彼女から言わせれば自分達の幸せを滅茶苦茶にした・・・・戦争その物を怨んでいたのだよ。それによって利益を得る者などは言語道断、とさえ言っていた」


「なるほど。つまり・・・あくまで一個人の一市民として戦い続けた訳か」


「あぁ。自由フランス軍とは少なからず関係を持っていたが、あくまで間接的に過ぎん。そんな彼女だから両軍の資料にも詳しく載っていないのだよ」


「で、今まで調べた結果は?」


「本名、家族、年齢、嗜好、など細かいが・・・・表面的な事しか分からないのだよ」


「随分と手が込んでいるな。ソフィアの両親はどうだ?」


「それすら不明だ。名前くらいは分かったが、それだけに過ぎん。ただ・・・・まだ生きているのだ。これから調べて行くさ」


女神に与えられた罰は望んでいた罰ではなかった。


それでも罰は甘んじて受け入れる積り、か。


「あんた、生涯をマルグリットに捧げるのか」


「愚問・・・あの女以上に高貴にして激烈で聡明な女性は居ない。歴史に名を残す女より魅力的と映るよ」


何処までも一途な爺だと思わずにはいられない。


「まぁ、これは私のように年老いたから言えるかもしれんな。失礼だが、君は私から見れば若造だ」


「そりゃそうだろうぜ。まだ30代だ」


「年齢が人生に比例する訳ではないが、少なくとも猟犬と君よりは濃い人生を送って来た積りだからね」


言っている事が的を射ており、何も言えない。


相棒も俺も濃い人生を送って来た積りだが、この爺さんを始め・・・・計4人には勝てない。


「まぁ、それはさておき・・・ソフィア。あの金は寄付して良い。だが、私の金は受け取ってもらうよ」


突然、ハント大佐はソフィアに話し掛けた。


「貴方の金、ですか・・・・・・・?」


「そうだ。私が西ドイツだった頃から稼いだ金だ。それで借金も返せるし大学にも行ける。妹と弟も困らない」


「でも、それは・・・・・・・・・・」


「私は君を含めた兄弟に癒える事ない傷痕を残した。金程度で癒せるとは思っていない。しかし、せめて受け取ってくれ。どうせ私が死んだら何処ぞの組織に寄付されるんだ」


それならソフィアに受け取ってもらいたい・・・・・・・・


そう願うのは自然の流れ、と言えるか。


「・・・考えて」


「いや、もう遅い。失礼だが、君の口座に送金したよ」


「随分と強硬手段に出たな」


「そうでもしないと受け取らない。マルグリットも頑固だが、孫娘も頑固だからね」


「言えてるな・・・さて、着いたな」


俺たちの前にスイス銀行がある。


「ここにあるのですね?」


ソフィアがハント大佐に訊ねる。


「あぁ。マルグリットが大戦中ずっと愛し続けていた物だよ。あれは孫娘である君にこそ受け継がれる物だ」


モーゼルと一緒に・・・・・・・・・


「いらっしゃいませ。お久し振りです。ベルトラン・デュ・ゲクラン伯爵様」


銀行に入ると燕尾服に身を包んだ男が出て来た。


俺の口座を受け持つ男で、頼んだ相手でもある。


「あぁ。今回はこちらのレディが客だ」


「はい。ああ、確かに似ておりますね。戦女神ことマルグリット・ヴェスパ様に」


「あの、私、ソフィアと言います。祖母の物とは一体・・・・・・・・・・・・」


「それはエレベータに乗り階に着いてから教えます。ここはどんな些細な事でもこういう場所では言わないのです」


「人が居ない、のにですか?」


そう・・・ここに人は居ない。


まぁ、そういう風に銀行がやっているんだけどな。


「はい。念には念を。我々スイス人は永世中立国。故にどんな者に対しても屈しませんし、疑って掛ります」


だからこそ、ここまで手の込んだ事をするんだ。


「そう、ですか」


「はい。何分、初めてで戸惑うでしょうが私に任せて下さい」


では、どうぞ。


男は俺たちをエレベータに案内しドアを閉じた。


鍵を掛けて何階なのか分からない事を上を見て確認する。


階の番号が黒くされているから分からない。


相変わらずスイス人は用心深い。


だが、それだからこそ今まで永世中立国としてやっていけたのだろう。


何があろうと顧客情報は死守する。


これほど世の中の金持ち及び独裁者などが欲しがり利用する銀行は無いからな。


エレベータは下へと向かった。


何階なのかは知らない。


階に到着したら開く仕組みだからな。


ガコン・・・・・・


エレベータが停まった。


「こちらです」


鍵を使いドアを開けた男は俺たちを案内する。


そこは暗闇で何も見えない。


「直ぐに電気を点けます」


電機は直ぐに点いた。


「ほぉう・・・こいつは」


俺は明かりが点けられた物に眼を細める。


「WWⅡ時代に数多の戦場を駆け抜けた戦女神マルグリット・ヴェスパ様の愛馬---“スレイプニル”です」


スレイプニル・・・・北欧神話に出て来るオーディンの愛馬で8本の脚を持つ馬で、意味は「滑走するもの」だ。


「名前の通り・・・滑走するな」


遠目からでも判る。


恐らくあの時代で最高の技術が込められた物だろう。


「はい。元の素材---“BMW・R75”も良かったのですが、あの方はどうやってか当時の最先端技術で改造したんです」


「なるほど」


BMW・R75はWWⅡ時代にドイツ軍が使っていたサイドカー付きのバイクだ。


最初からサイドカー付きを前提としており、サイドカーの車輪でさえレバーで駆動できる仕組みなんだよ。


当時のバイク中では悪路などの走行性能は非常に高かったらしい。


「速度は?」


ハイギアでは95、ローギアでは65だった筈だ。


「そうですね・・・乗り手の技術などにもよりますがマルグリット様は・・・・・・・・・」


「平均で200、最高で500だ」


ハント大佐がスレイプニルを見て眼を細めながら答えた。


「左様です」


一体どうやってそこまで改造したんだか・・・・・まさか、本当に戦女神だったのか?


そう考えてしまうほど・・・スレイプニルはその品格と気高さを醸し出していた。


「これを私の祖母が乗っていたんですか」


ソフィアが静かにスレイプニルに近付く。


「あぁ、そうだよ。それに乗り数多の戦場を駆け巡り、時に戦死者を“ヴァルハラ”へと連れて行った」


「・・・・・・・」


俺は何も言わずスレイプニルを見る。


磨き上げられた車体は今でも走れる事を意味している。


「ずっと手入れをしていたのか?」


「はい。これを預けたのはハント氏ですが、マルグリット様は死ぬ直前まで・・・手入れを欠かさなかったそうです」


最後まで愛馬と愛剣を大事にしていた、か。


正に戦女神だ。


「運転は伯爵様がやって下さい。ソフィア様では・・・それを乗りこなすには時間が掛りましょう」


「そうだな。そうする」


「・・・私だ」


男が電話に突然、出た。


「何?爆破されただと・・・それで?なるほど、そういう事か。では、奴等に返事をくれてやれ」


鉛で、な・・・・・・・・


「申し訳ございません。少々礼儀知らずの野犬が迷い込んだようです。正面からではなく、裏門から逃げて下さい」


「狂犬か?」


「はい。いやはや・・・礼儀知らずにも程がある。かつてのIRAは何処へ行ったのやら、です」


「時代は変わる。ソフィア、乗れ」


俺はスレイプニルに跨った。


「あの、何処に?」


「後ろだ。爺さん、あんたはサイドカーに乗れ」


「良かろう。いやはや・・・またそれに乗るとは思わなんだよ」


ハント大佐は苦笑しながらも昔を思い出したのか乗った。


鍵を入れてアクセルを踏み、ハンドルを回す。


白煙が筒から出る。


良い子だ・・・さぁ、行こうか?


戦女神の愛馬。


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