表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/70

第二十一章:罰と恩赦

部屋は非常階段に近い場所だった。


ゴダール大佐の話では戦犯追及の手は来なかった、と聞いている。


しかし、戦友たちが捕えられて裁判または私刑に処されるのを噂などで聞き・・・・用心深くなったんだろう。


そうでなければ今まで生き続けられない。


東部戦線に出た兵達は仮にアメリカ軍に投降しても政治的な関係からソ連に引き渡された。


それを考えれば有り得なくはない。


「では、私はこれで」


支配人は丁寧に頭を下げると部屋を出た。


「・・・・・・・・」


俺は直ぐに部屋の中を隈なく探して、盗聴器などが無いか調べた。


それをソフィアは黙って見ていた。


「・・・用心深いんですね」


ソフィアは俺に話し掛ける。


「そうでなければ死んでいる。傭兵ってのは怨みを買う仕事だからな」


「何で、傭兵になったんですか?」


「・・・戦う事でしか自分を見い出せない。それが理由だ」


「・・・・・」


「普通に生きる事も考えたさ。だが、やはり駄目だった」


幾ら頑張っても何処かで躓く。


その躓きが大きく・・・何時も弾き出された。


そんな俺が手に持つのは殺しの技術だ。


「だから、傭兵に?」


「あぁ。我ながら嫌になるが、これも運と諦めている」


らしくない言葉を言うが、何処かで諦めていた。


「まぁ、俺の事は良い。それより演技上手かったぞ」


「・・・・咄嗟に自分へ語り掛けたんです」


これは芝居だ、と・・・・・・・・・・・・


「だから、私は女優でベルトランさんは男優。芝居なら女優らしくやろう、と言ったんです」


「女優の才能があるな。あれだけの演技を見せたんだ。ブロードウェーだって夢じゃない」


「・・・・・その時、ベルトランさんは私の隣に居ますか?」


「・・・・・・・・」


それを言う事は出来ない。


言えば動揺する。


避ける為にも俺はジタンを銜える事で無視した。


あらかた調べ終えたが、何も無い。


「・・・行く、か」


ジタンを素手で揉み消して灰皿に捨てる。


「中庭、ですよね?」


ソフィアは俺の答えを聞いていない為か、声が堅い。


「あぁ。恐らく待っているんだ」


俺たちを、な。


「どうして、でしょうか?」


「それも訊けば判る」


それだけ言って俺とソフィアは中庭へ向かった。


中庭はホテルの中にあるが、立派に手入れをされておりゴルフも出来そうだ。


そこに安楽椅子に座り背を向ける老人が居る。


老人だが、背中を見れば修羅場を潜り抜けて来たと判る筈だ。


「・・・来たね」


背中を向けたまま声を掛ける老人。


「あぁ。大ドイツ師団第3機甲連隊所属ウィリアム・ハント大尉」


敢えて第3帝国に居た時の階級を言う。


「ほぉう。調べたのかい?」


然して驚きもしない声が返ってきた。


いや、出来て当たり前と言える声が返ってきたんだ。


「あんたと同じWWⅡを生き抜いた先輩が調べた」


「モーリス・ゴダール大佐、か。北アフリカ戦線においては“ビル・アケムの戦い”、“カセリーヌ峠の戦い”にも参加。更に“アルジェリア戦争”にも参加しOASの指揮官となった人物だったね?」


「あぁ。もう一人はどうだ?」


「ウォルター・ネモリーズだね。同じく北アフリカ戦線で10機撃墜し、撃墜王となるも諜報部員となり飛行機乗りを引退。最後の撃墜を見たのは皮肉にも敵軍のマルセイユ大尉だったね」


「随分と調べたな」


「情報は大事さ。それは君の軍隊が軽視して痛い眼に遭った事が物語っている」


「痛い所を突くな」


「同盟軍とは言え、私は物事をハッキリ言う。特に戦車兵として言わせてもらうと、当時日本の戦車は酷い。決して劣っていた訳ではないが・・・先見性が上に無い。環境が悪かった事もあるだろうが、現場の意見から言わせれば酷い話だ」


辛口なコメントだが、的を射ている。


「まぁ、世間話はそれ位にしよう・・・・・ソフィア、だったね?」


ソフィアは身体を震わせたが、小さな声で居る事を伝える。


「ああ、似ている・・・マルグリットに似ている」


老人が身体を向けた。


鋭い眼差しは猛禽類か肉食動物を連想させる黒い瞳で、白髪だらけになった金糸の髪は年老いた獅子を連想させる。


しかし、その鋭い眼差しは・・・泣きそうな程に歪んでおり今から涙が出そうな気配さえ感じた。


「貴方が、祖母に助けられた・・・・・・・・」


「あぁ。ウィリアム・ハント。元第3帝国国防軍大ドイツ師団第3機甲連隊に所属していた。その時は大尉だったが、西ドイツでは大佐になった」


「・・・・・・・」


「先ずは謝る。私の不手際で君の大切な店を破壊してしまった。その上、君の心をズタズタに引き裂いてしまったね」


「私だけじゃありません。妹と弟も一緒です」


「・・・すまない。だが、これだけは言わせてくれ」


ソフィアに訂正されて、ハント大佐は顔を俯かせて再び謝罪する。


そして続けた。


私は間違っても店を破壊する気は無かった。


ただ・・・恩を返したかった。


マルグリットと言う名の戦女神に助けられた恩を・・・・・・・・・・・


自分勝手な言い訳と断罪出来るが、それを言えるのはやられた本人と大戦を経験した者だけだ。


俺みたいな第三者が言える事ではない。


「・・・・・・・」


ソフィアは何も言わない。


しかし、バッグに仕舞われているモーゼルを抜けるようにはしている。


「私を憎むかい?いや、憎まれて当然だね」


「・・・・・・・」


何も言わないソフィアに、ハントはまるで断罪を乞う囚人のように喋り続ける。


「私を怨んでくれて良い。それで殺すなら殺して構わない。思えば・・・・・・私は生き過ぎた」


戦友たちは殆ど死んだ。


自分は戦場で死ねなかった。


これ以上、生きているのも辛い。


ならば、自分も戦友たちの傍に行きたい。


「君の手で私を戦友たちの所へ連れて行ってくれ」


さぁ・・・・・・・・


ハント大佐は両手を掲げて胸を突き出す。


ソフィアは何も言わない。


ただ、じっと老人を見つめている。


それが本当に・・・・罪人を前に立つ戦女神に見えたのは俺の錯覚か?


いや・・・違うな。


「・・・嫌です」


ソフィアはハント大佐に言った。


「な、何故だっ。私は、君の・・・・・・・・・」


「・・・建物は直せます。生命は“直せ”ません」


「どうしてだ?私は君の店を壊した挙句に、危険な眼にも遭わせたんだぞっ」


何時の間にかハント大佐は泣き出していた。


幼子のように母親に縋りつく如く泣いた。


そして断罪を求めた。


「私を殺してくれ・・・戦友達も死んだんだ。私だけ、こうも生き残っている訳にはいかないんだ」


「・・・嫌です」


ソフィアはまた首を横に振ると背を向けた。


「ま、待ってくれ!マルグリット!!」


「・・・私はソフィアです。御婆さんじゃありません」


「待ってくれ!ソフィア!!私を・・・・・・・・!!」


ハント大佐は膝を突き、手を伸ばす。


しかし、戦女神は背を向けて去った。


「どうして・・・・どうしてなんだ!どうして私を殺さないんだ!!」


ハント大佐は両手を握り拳にして地面を叩く。


「・・・それが罰、なのかもな」


俺はジタンを銜えて言う。


「罰、だと?」


「あんたの戦女神なら間違いなく殺しただろう。しかし、彼女は豊穣の女神だ。血は好まない。だから・・・・あんたに血を流さない罰を与えたんだろうな」


火を点けたジタンを銜えたまま俺は言った。


「あ・・・・・あぁぁぁぁぁ!!」


ハント大佐は声を上げて泣き出した。


「私は、私は・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・」


俺の前で泣き続ける老人は、かつて世界を敵に回して戦い続けた亡霊の兵士ではない。


ただ、死という罪を与えられず落胆しつつも、その温情に感謝する老人だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ