第二十章:ホテルへ・・・・・・
スイスへと到着した俺とソフィアは景色などを見る時間も惜しまず・・・・真っ直ぐに銀行へと向かった。
しかし、そのまま行っても駄目だ。
先ずは電話で何時に行くか、を伝えて時間通りに行かなければならないんだよ。
他の客や担当員と接触しない為だ。
エレベーターも担当員が居る階で停まるように設定されているほど徹底している。
そんな世界に名だたる銀行だが、何処の銀行を表している訳ではない。
スイス銀行法に基づいてスイスに拠点を置いている銀行を俗に言う。
「ついに来ました、ね・・・・・・・」
ソフィアはスイスに到着した事を静かに口にした。
「あぁ。先ずモーゼルの紙を見せろ。そうすれば後は向こうがするさ」
「そう、なんですか?」
初めての事で分からないソフィアは俺を見て、疑問を投げ付けた。
「あぁ。まぁ、その時は向こうから言うだろうが、もし、駄目でも良いんだろ?」
向こうが何か“鍵”を持っており、こちらの紙と一緒でないと駄目、と言われるかもしれない。
少なくとも口座番号さ
「・・・はい。ただ、出来るなら寄付したいんです」
「その気持ちは変わらない、か」
「はい・・・それが今の私に出来る最大の事、と思っています」
「・・・・・・・」
俺は無言で聞いてからハンドルを切り、近くの公衆電話で車を停めた。
そして直ぐに電話を掛ける。
『もしもし』
「ベルトラン・デュ・ゲクラン“伯爵”だ」
伯爵まで付けるのには理由がある。
前に一度だけ俺の口座番号を割り出して、金を下ろそうとした奴が居た。
勿論、下ろす所か自分の身体を下ろされる羽目になったが。
それから伯爵と付けるようになったんだよ。
『これはこれは・・・・・・何か御用でしょうか?』
「明日の午後13時に赴く。と言っても俺は付添人だ」
『付添人・・・ああ、ではマルグリット様の血筋を受け継ぐ方、ですか』
「知っているのか?」
『はい。と言っても預かっております。それから伯爵様のご友人と名乗る老人が来ております』
「友人?」
『はい。敵であり味方、と言えば判ると仰っておりました』
「そいつは居るのか?」
『いいえ。ただ、自分はホテルに居る。そう伝えれば判る、とも言っておりました』
「・・・そうか。分かった。では、明日の午後13時に行く」
『時間厳守で願います。では・・・・・・・・・・・・・』
公衆電話を切り、俺はジタンを銜えた。
「・・・ホテルに居る、か」
果たして何の目的があるのか・・・・・・・・・・
普通に考えれば裏がある。
疑い深いかもしれないが、地獄を見て来た老人だ。
万が一の事を考えて手は打っている筈だな。
紫煙を吐いた時だ。
携帯が鳴った。
「俺だ」
『やぁ、伯爵。元気かな?』
「大佐か。何か遭ったのか?」
『いいや。餓鬼共は殲滅したよ。ただ、狂犬はそちらに向かっている』
「・・・そうか」
『あぁ。どうやら向こうもかなり追い詰められているようだよ。旅団と言っていたが、送られて来たのは1個から2個小隊だ。そちらに向かっているが、僅か10名---分隊だ』
「ほぉう。あんた、裏で手でも回したのか?」
『いや、彼が自分で蒔いた種だよ。やっと芽が出たと思ったら・・・・とんでもない雑草だったのさ』
「そいつは傑作だ。それで他に言う事があるんだろ?」
『察しが良いね。東部戦線の老人が分かったよ』
「誰だ?」
『ウィリアム・ハント大佐。元ドイツ国防軍の大ドイツ師団で戦車兵をしていた。北アフリカ戦線、ベルリン攻防戦にも参加した』
GD師団袖章、アフリカ従軍袖章、一級鉄十字賞、戦車突撃記章、東部戦線従軍記章、騎士鉄十字賞と輝かしい勲章を得たらしい。
戦車もⅢ号戦車、Ⅳ号戦車、Ⅵ号戦車とバージョン・アップしている。
大ドイツ師団に所属していた事もあるだろうが、こいつ自身の腕前も相当な物だと言えるだろうな。
『大した戦車兵だよ。彼の渾名もまたそれに似合う』
“髑髏の黒騎士”
「“トーテン・コップ”、か。よほど歴史に詳しくなければ直ぐにSSを連想するだろうな」
『あぁ。しかし、彼は本物さ。骨になろうと祖国の為に戦い抜く。そんな男だよ』
「豪く相手を褒めるな」
『マルグリットにも助けられた。彼女は・・・戦女神だ。勇敢に戦った者で、自分の眼に入った人物しか助けない』
「なるほど。それじゃ、残りは別の戦乙女がヴァルハラに連れて行った訳か」
『そうだね。所でソフィア嬢はどうだい?』
「無事だ。ただ・・・殺しを見たからな。少しばかり不味いかもしれん」
『吐かなかったのかね?』
「あぁ・・・・・・・・」
『出来るだけ話を聞いてやってくれ。女性の話を聞くのは男の役目だ』
「Yes sir。ゴダール大佐」
『宜しい。では、これにて通信を終わる。オーバー』
「オーバー」
携帯を切り車に戻る。
「明日の午後13時に銀行へ行く。この後の事だが・・・・・老人---ハント大佐に会うか?」
「その方が、私の御婆さんに助けられた方、なんですか?」
「あぁ。どうする?場所は分かった」
「・・・行きます」
「分かった」
俺はエンジンを掛けて直ぐに走らせた。
『IRAの狂犬が来ている、か』
となれば類は友を呼ぶ。
駄犬も・・・・来るし、エレーヌも来るだろうな。
発情した牝犬ほど猛りを晒す牡犬に惹かれるからな。
車を走らせながらホテルへ向かうが、途中で煙草を買った。
そしてホテルに到着した。
ボーイが前に出てドアを開ける。
「いらっしゃいませ。当ホテルにお泊まりですか?」
「あぁ。妻も一緒だ。妻の祖父が先に来ているんだが、居るか?」
ソフィアは俺の言葉に少しばかり驚いた。
だが、俺が無言で押し留める。
「ああ、ではベルトラン伯爵様とご夫人ですね?」
「あぁ。どうやら教えられたんだな?」
「はい。どうぞ、こちらへ」
ボーイは別の者に車を頼み、俺と彼女をホテルへ入れる。
それから直ぐに支配人が来た。
「ようこそ、当ホテルへ。ベルトラン・デュ・ゲクラン伯爵様」
支配人はモーガンと同じ位の男で如何にも、と言えた。
「妻の祖父は居るか?」
「はい。当ホテルの中庭で散歩中です。孫夫婦が来るのを楽しみにしておりましたよ」
「そうか。先に荷物を部屋に置きたい。案内してくれ」
「畏まりました」
支配人は俺とソフィアをエレベータに案内した。
3人で乗り込み階へ上がる。
「伯爵様の事は聞いております。孫娘であるソフィア様を大切にしており、とても優秀な軍人だと」
「優秀な軍人かは知らないが、妻は大切にしている」
「日本人は謙虚であり敬虔と聞いておりますが、本当ですね」
「本当の事さ。所で妻の祖父は何時から来ているんだ?突然の事で、少しばかり戸惑っているんだ」
「左様ですか。先日、突然来たのです。幸い予約されたお客様がキャンセルしたので・・・・・・・」
「そうか。それで何か言ってなかったか?」
「そうですね・・・こう言っておられました」
『そろそろ迎えも近い。その前に是非とも孫夫婦と水入らずで旅行をしたいのだ』
俺に殺される事を前提としているな。
「・・・祖父は、身体が悪いんでしょうか?」
ソフィアは俺に合わせる形で訊いてくる。
「何分、私も夫の仕事で祖父に会える機会が無いので・・・・・・・」
「今の所、変わった所はございません。ただ、高齢ですし私共も気を付けておりますよ」
「そうですか・・・祖父は亡くなった父の代わりなので、是非とも子供を見て欲しいです」
「それならば大丈夫ですよ。きっと今に立派な子が宿ります」
支配人は職業的な・・・祖父のように優しく語り掛けた。
この手の仕事は客に接する礼儀から精神まで喧しい。
一流ともなれば並み以上だ。
だが、ソフィアに対する接し方は客との境を越えている。
つまり・・・・それだけ魅力的に写ると同時にソフィアの演技が上手い証拠だ。
女優を目指しているだけあって・・・才能はあるんだな。
失礼な事を思いつつ俺はエレベータを抜けた。