第十八章:女神との出会い
後もう少しで終わります。
24、5話で終わりまして、そこから番外編など書き切れなかった物を暇を見ては書こうと思います。
私は運転手がハンドルを握る車---ベンツSクラスに乗りながら夢を見ていた。
私が初陣---東部戦線に参加した時の夢だ。
1941年6月22日。
その日・・・私はⅢ号戦車に乗って時間が来るのを待っていた。
型は“H型”だ。
この型は5㎝砲を搭載した最初の型で装甲も強化されている。
私が所属していた大ドイツ師団は優先的に新しい兵器などを回されるから、私にも乗れたのだ。
あの時はまだ駆け出しの若造だった。
何故、ソ連を攻撃するのか・・・・・・・
私には理解できなかった。
しかし、総統が命令を下したのだ。
軍人である私は従わなくてはならない。
命じられた任を全うしなければならない。
陸軍一家の出である私にとって、幼い頃から耳に胼胝ができるほど言われた言葉だ。
東部戦線は地獄だ。
イワン共は捕虜などを扱う“ジュネーブ条約”を批准していなかったから・・・・捕虜を殺す事も拷問に掛ける事も躊躇わなかった。
いや、例え条約を批准していても、イワンならやりかねない。
アメリカだって日本兵を捕虜にしたのに、丁重に扱わなかったと聞いている。
イギリスも同じだ。
例え条約を批准していようと、守るのは極めて稀と言える。
あの時代なら尚更だ。
そんな東部戦線が私の初陣だった・・・・・・・・・
最初こそ我らが勝ってモスクワまで後一歩という所まで来た。
だが、総統を始め我々は忘れていた。
彼の国はこれまで何度も侵略者を退けて来た大陸屈指の国家、だと。
そして総統が愚かにも作戦を何度も変えたりした。
高が伍長の分際で・・・・・・・・・・・・・・・
しかし、総統である以上、我々はその命令に従うしかない。
・・・・案の定と言えば良いだろうか?
少しずつ我が軍は押し返されて行き、私が最初に乗っていたⅢ号戦車もT-34にやられた。
北アフリカ戦線において乗り換えた75mm長砲身のⅣ号戦車---F型も、ティーゲルⅠ型も・・・・・やられた。
爆撃機、対戦車砲などで、だ。
奴等は我々が進軍するルートを予め狙いを付けて、対戦車砲と対戦車壕で待ち構えた。
そして来るなり数に物を言わせて狙い撃ちにする。
例えティーゲルだろうと、一機ではどうしようもない。
Ⅲ号戦車は火に包まれた。
車内から急いで脱出して逃げたのは今でも覚えている。
初めて自分の戦車を撃破された。
あの恐怖は未だに覚えている。
そして戦車の中で死んだ戦友---カメラートも忘れていない。
一番仲が良かったフリッツは装弾手だったが、戦車の中で死んだ。
残りはイワン共に撃たれたか、キャタピラで踏み殺された。
そして私だけが生き残ったのだ。
何処をどう走ったのかは知らない。
ただ、必死にあの地獄から逃げ出したい一心で走って、走って、走り続けた。
所が神は私を一度、見捨てた。
運悪く私はイワン共に見つかった。
ロシア語で意味不明な言葉を言いながら、奴等は手に持ったライフルとサブマシンガンで私を撃ち始めた。
立場が逆転した気分だった。
私が戦車に乗っていた時は、彼等を追い回したが今度は彼等の番だ。
『死にたくない・・・・生きていたい!!』
それが私の本心であり願望だったのは否定しない。
軍人が死を恐れて何とする。
祖父、父は私にそう言った。
同時にこうも言った。
『決して無駄死にだけはするな。戦術的な撤退は良い。しかし、必ず任は遂行するのだ』
その心が私を生かす為に力となった。
だが、現状では逃げる事も逆襲する事も不可能に近い。
どうすれば良いのか?
必死に逃げながら考えたが、答えは得られない。
いや、得ようとする前に攻撃されて出せないのだ。
それも永遠に続く訳ではない。
足を撃たれて私は雪が融けて泥と化した地面に倒れる。
そこへイワン共が近付いて殴る蹴るの暴行をする。
それに飽きたら止めを刺す。
私を仰向けにして、残酷な笑みを浮かべて引き金に指を掛ける。
もう駄目だ。
そう思った時だ・・・・・・・・・・・・
戦女神が私の前に現れたのは。
あっと言う間にイワン共を皆殺しにした彼女は跨っていたオートバイ---BMW・R75から降りた。
我が軍も採用しているサイドカー付きのバイクで不整地走破性能は非常に高い。
そのバイクから降りたのは友軍ではない。
かと言って敵でもなかった。
背格好は華奢なイメージがあるも、着ている服装が男物でゴム引きコートを纏いハンチング帽を被っていた。
髪の色は金で瞳の色はサファイアだが、何処か陰が宿っている。
『怪我はない?』
声で女、と私は判断できた。
「あ、貴方は・・・・・・」
『一言で答えると貴方に家族と祖国を滅茶苦茶にされたフランス女よ』
随分と長い一言、と思った。
だが、その一言で彼女が何者なのか分かった気がする。
「で、では、敵っ」
慌てて右腰に吊るしたワルサーを抜こうとする。
しかし、銃を丸ごと覆う形である布が邪魔で取れない。
『敵なら助けないわ。そこの野蛮人に殺されるのを見てれば良いもの。それから、そんなホルスターは止めておきなさい。いざ、という時に抜けないわ』
「だ、だったら、何で・・・・・・・」
手厳しい事を言われた私は慌てて、理由を訊いた。
『眼に入ったから。死にたくない顔をしていたもの。違う?少尉さん』
小馬鹿にした口調で言われたが、図星で私は顔を俯かせる。
『・・・この軟弱者!!』
いきなり平手打ちを私はされた。
泥だらけだった私だが、再び顔を泥に埋める形となった。
『男がそんな顔をするんじゃないの!!』
そして胸倉を掴まれて引き摺られる形でサイドカーに乗せられる。
『この地獄から脱出するわよ』
「な、何で、貴方が・・・・・・・」
『言ったでしょ?眼に入ったの。味方の所までは運ぶわ。そこからは好きにしなさい』
それだけ言うと彼女はエンジンを掛けて走らせた。
サイドカーに乗った私は彼女を見るが、彼女は私に見向きもしない。
運転中なのだから当たり前である。
だが、それがとても悲しく思えたものだ。
「・・・・マルグリット」
あの時、貴方に助けられなかったら今の私は居ない。
味方の所まで連れて行かれた私を残し、マルグリットは何処かへ消えた。
それを逃れた上官に言ったが、上官は何も言わず私の頭を叩いた。
『無事で何よりだ。しかし・・・・まだ始まったばかりだ』
そう・・・地獄の東部戦線は始まったばかりだ。
それから私は地獄を生き抜いた。
同時に・・・多くの戦友と戦車を失った。
祖国さえも、だ。
イワン共の汚らしい赤旗が首都ベルリンに立ったのを、私は悔し涙に見た。
そして誓った。
『生き続けて祖国が統一される日を見る。マルグリットに恩を返す』
この2つが私の生きる目標となったのだ・・・・・・・・
一方は叶ったが、もう片方は叶わない。
マルグリットが死んだ。
それで終わってしまったが、孫娘が居るのなら彼女で返す。
叶ったら・・・死ぬだけだ。
「旦那様・・・・・・・・」
運転手が私をバック・ミラー越しに見る。
「私が死んだら君も仕事を失うが、安心しろ。ちゃんと退職金などは渡す」
「いえ、そうじゃないんです」
「では、何だ?」
「旦那様の思い人であるマルグリット様。その方は何で、旦那様を助けたんですかね?」
「眼に入った・・・それだけ言われた」
「はぁ・・・にしても、何者なんですかね?彼女は」
「さぁな・・・・本当に天から降りた戦女神ではないか、と最近では思っている」
「戦女神、ですか。確かに・・・あの時代では誰もが望んでいた存在、と言えるかもしれませんね」
「あぁ。しかし、今は望まれていない」
「はい。今は豊かに暮らせる・・・・豊穣の女神が望まれていますからね」
「そうだ。何としても・・・・彼女には幸せになってもらう」
金は受け取ってもらえなくても、何かしらの手はちゃんと打つ。
私は改めて決意した。