第十七章:老人の正体
俺たちは何とか護り通せた。
まぁ、お話にならない実力だったが、な。
IRAの旅団クラスが来ると狂犬は言っていたが、来たのは良くて1個小隊から2個小隊という所で旅団---1500名から6000名には程遠い。
とは言え、奴等は正面から来るよりゲリラ戦が得意だ。
そこを危惧してブレイズと共に動き回ったんだが、特に見つからなかった。
不気味だったが、ウォルターと大佐の情報網で理由は解明された。
『戦闘本部が余りの様子に待ったを掛けたらしい』
これが理由だった。
狂犬は戦力で言うなら文句ないと思える。
ただし、感情に流され易いし、余りにも過激すぎる。
リアルIRAは過激だが、それでも狂犬に比べれば可愛い物だ。
そして抑えが利かなくなったしなったんだろうな。
となれば、下手に干渉するよりは俺たちの手で始末させよう、と考えるべきだ。
「自業自得だな」
ウォルターが葉巻を吸いながらバリケードで固められた窓の隙間を覗く。
「確かに。しかし、ネオナチの方は未だに健在だ。まぁ、諦めたりもしないだろうが」
大佐の方はワインを優雅に飲みながら言った。
「ネオナチの動きはどうなんだい?」
「今の所、パリから身動きが取れないらしい。警察も今回の事件には頭に来ているようでね。根こそぎ刈る積りだ」
何処か大佐は嬉しそうだった。
まぁ、半世紀前もナチスと戦った以上・・・・今回の事には頭に来ているのだろう。
「ドイツも国境を越えようとするなり、逮捕か射殺だ」
そしてこの言葉にも納得する。
「随分と凄いな。まぁ、どちらもナチスという言葉にはアレルギー反応を示しているからかな?」
ウォルターが紫煙を吐きながら疑問を投げ付けると大佐は頷いた。
「だろうね。特にドイツはネオナチの本拠地に数えられる。奴等のせいで、やっと半世紀も掛けて築き上げて来た物が台無しだ。容赦しないさ」
「それで、君の見方ではどうなると思う?」
「今回の件で絞めつけが強まるだろうね。勿論、ヤンキーも例外ではない。白人至上主義などという愚かな党さえあるが、それも対象だろうな」
アメリカにはネオナチの流れを組んでいる党がある。
それが白人至上主義だ。
読んで字の如く白人が一番上という何世紀も前からある根拠のない理由で、差別を行う糞以下の党だ。
それも対象に入るなら良いだろう。
もっとも・・・・強い者が偉い、という考えは全否定できないが。
「なるほど。私も同じだ。ただ、絞めつけより殲滅するべき、と思うがね。無理な話だが」
「確かに。それを白人自身が許す訳ない。私から言わせれば人種で差別など糞以下だ。根拠が無い」
「私もだ。戦場に出たら人種など関係ない。強い者が勝って弱い者は負ける。しかし、現実にはある。お陰で要らぬ戦いもあったし、血も流れた。下らないの一言だね」
「ですが、今では金が人を殺す時代です。思想も人種も関係ないです」
ここでモーガンが現れて2人にワインと葉巻を差し出した。
流石は執事らしく気が利いている。
「ありがとう。モーガン。まぁ、確かにそうだね。今はどちらかと言えば、そちらが主流だ。完璧に無くなった訳ではないが」
「その通りです。しかし、それが人間ですからね。弱い生き物なのですよ。それはそうと敵の様子は?」
「無い。昼間の攻撃で壊滅状態だ。立て直しを図りたくても人員も弾薬はおろか食料さえ補充も補給も出来ないんだ。時間の問題だね」
「なるほど。それで、貴方様の部下達は?」
「現在、こちらに向かっている。そうなれば終わりだ」
「こちらは、ね」
ウォルターが新しい葉巻を取り出して銜える。
「ああ、そうだったね。ベルトラン達が居たか」
「その通りだよ。エレーヌは・・・・まぁ、囮くらいは出来ただろうね。出来なければ怒る所だが」
「なぁに囮ていどなら出来るさ。それはそうと・・・分かったよ。東部戦線の猛者が」
『・・・・・・・・・』
誰もが大佐の台詞に耳を傾ける。
「先ずは名前だ。名前はハントだ。ウィリアム・ハント。イギリスの血が何世紀か前に流れていたらしい」
「所属は?」
「ナチス・ドイツ第3帝国国防軍の“グロースドイッチュラント師団”に所属していた。戦車猟兵として、ね」
「あの“火消し部隊”の渾名を持つ・・・・・・・」
ブレイズが驚いた顔をして、二の次が言えない。
グラースドイッチュラント師団---大ドイツ師団は殆どを東部戦線で過ごした国防軍のエリート中のエリート師団だ。
エリートだけあって、他の隊よりも優先的に装備を与えられたし、実力もブレイズの言う通り火消し部隊と言われている程に折り紙つきだった。
SS的な性格も持ち合せている・・・・良くも悪くも国防軍最強の師団と言える。
「その通りだよ。しかし、途中で北アフリカ戦線にも参加した。つまり、私とウォルターとも戦っている」
「それはそれは・・・・・・その他は?」
「ベルリン攻防戦にも参加した。そこで戦死扱いされたのか、戦犯の追及はなかった。第3帝国が壊滅した時の階級は大尉。そして西ドイツで戦車兵となり大佐に昇進後、除隊。それからは民間企業で貿易会社として一山当てた」
ここまでが大佐の調べた情報だった。
「そんな猛者がどうしてネオナチのような餓鬼共に?」
「半分はヒトラーに心酔していたから。しかし、大戦後になってから改めたらしい。それから、第3帝国を復活させようとした事、ソフィアの祖母がマルグリットだった事。以上の3つが理由だろう」
「なるほど。彼としては祖国統一されて平和になったのに・・・・半世紀前に戻したくはなかった訳、か」
「その通り。彼の気持ちは理解できるね。少なくとも誰だって、あの時代に戻りたいとは思わないだろう」
「確かにね。しかし、よく調べたね?」
「これでもパイプはあるんだ。君だって諜報機関とあるだろ?」
「あるさ。だけど、何処に行ってもそうだが・・・我々は“老人”だ。今さら係わるな、と言われるよ」
「まったく・・・近頃の若造共は年寄りを労わる気持ちが足りんな。誰のお陰で今の時代があると思っているんだ。まぁ、老いていながら、未だに口を出す事には問題ありとは実感しているよ」
「私もだ。とは言え、利用する時は甘えて、要らなくなったら冷たくなる。その態度は改めて欲しいね」
「あぁ。まぁ、これが片付けば私達も引退だ。後は孫たちの成長を見ながら余生を過ごそうじゃないか」
『言えてる』
モーガンとウォルターが声を揃えて言った。
「そうですね。それはそうと、ベルランテとクラリスですが眠っております」
慣れない事と極度の緊張で疲労がピークに達したようだ。
「ほぉう・・・どれ、可愛い寝顔を拝見しに行くか」
『賛成』
何処ぞの学生みたいな形で3人の老人は部屋を出て行く。
「・・・あれが泣く子も黙るアルジェリア帰りのOASか?」
俺は軍曹に訊いた。
「貴様は大佐の何を知っている?」
相変わらず無愛想な顔と口調で俺は返された。
「WWⅡとアルジェリアを経験した。そして現在は犯罪者位、だな」
「だったら、泣く子も黙るなどと使うな。何かと我々は差別されてきた」
アルジェリア帰り、というだけでだ。
「失礼な事を言いますけど、やっぱり・・・・村人たちの虐殺とかもあったんですよね?ゲリラの拷問とか」
ブレイズが気不味そうに訊ねると、軍曹は頷いた。
「あぁ。やった。だが、それは何処も同じ事だ。それは貴様の国も同じだろ?」
「まぁ・・・・一部ではあった、と噂で聞いています。実際、上層部が捕虜に虐待するな、と言っても下の人間は納得できないもんですからね」
自分の戦友を殺したんだ。
それを虐待するな、と言われても無理な話だ。
「それと同じ事だ。まぁ・・・私たちの場合は故意的にやった。恐怖は最大の武器、と誰かが言った。まさに恐怖は最大の武器だ」
だが、アルジェリアは独立した。
「そして私たちは叩かれた。ド・ゴール大統領に反発したのだから当然だ。しかし、大統領も問題ありだ」
「そちら側の言い分、か」
「そうだ。一方の言い分しか聞かなければ何れは爆発する。それなのに大統領は自分の意思を貫いた」
悪くない。
寧ろ良いだろう。
「しかし、やり方が荒い。そして我々の気持ちを蹂躙したし、納得できる説明が無い。これで反発するな、と言われても無理だ。違うか?」
違わない。
「・・・まぁ、もはや終わった事だ。全ては夢幻の如く、だ」
「・・・・前から思っていたが、やたらと日本にあるような言葉を使うな」
「日本は武士の国だ。憧れているが、悪いか?」
『いいや』
とは言え、目の前の男では武士であるが“野”が付く、と思う。
口が裂けても言えないが・・・・・・・・・・・・