第十三章:駄犬の追っ手
俺が運転する車---ポルシェにソフィアは黙って乗り、シートベルトをかけ座席に背中を預けている。
この姿でさえ画になるが、手に持っている銃---モーゼルM712を見れば違う。
しかし、逆に不似合いな物として興味が湧くかもしれないな。
「そいつは仕舞っておけ。ホルスターは渡されただろ?」
俺はソフィアに言った。
モーゼルは自動拳銃が出来た時代---1896年と凡そ100年も前の代物である。
そのため今の拳銃に比べれば大きいし重い。
ホルスターはストック代わりも兼ねている為、木製だ。
木製のストックをグリップに装着すればカービンとして使えるが、拳銃の射程距離など高が知れている。
その上だ。
木製だから、腋の下などには吊るせないし、動き辛いんだよ。
それでも、そのまま持つよりはホルスターに入れて持つべきと思いソフィアに言った。
「私のお婆さんは、これを使っていたんですね」
ホルスターにモーゼルを入れながらソフィアは言う。
「らしいな。バイクに乗っていた、というから良い選択だ」
「どうしてですか?」
「バイクは車と違って狭い道なんかも通れる。しかし、逆に言えば身体を曝け出しているから、狙われ易いんだよ」
「・・・火力で相手を圧倒する為、ですか」
「そうだ。そいつはフルオートも出来る。まぁ、そんな物のフルオートなんて当たらないが、ハッタリにはなる」
「そうですか。あの、ベルトランさん」
「・・・・そいつを撃ちたいのか」
何となくソフィアの言いたい事が判ったので、先を塞ぐ形で言った。
「・・・はい。別に戦いたい、という訳じゃないんです。ただ・・・・・・・・・」
「まぁ、時間があれば教えてやる。だが、決して人に向けるな」
あくまで自分を護る為の銃、と思え。
「・・・・・・」
「そうすれば、ベッドの上で死ねる」
「ベルトランさんは、どうですか?」
「俺は銃を撃って相手を殺すのが仕事だ。そうなると結末は判るだろ?」
「・・・・・・・」
「まぁ、良い。それよりこれから数日間は俺の言う通りに行動しろ。さもないと殺される」
「・・・はい」
「先ず俺から離れるな。トイレに行く時も、だ」
「え?それじゃ・・・・・・」
「流石に中も一緒なのは無理だが、何かしらの手は打つ。それから無駄に目立つな。出来るだけ目立たないように行く」
「他には、あるでしょうか?」
「今の所は無いな。ホテルなどに泊る時は一緒の部屋だ。後は・・・“夫婦”という事でやるか」
え?
女神は驚いた顔を俺に向ける。
「嫌か?こんなブルドッグ顔の男とは」
「い、いいえっ。ただ、ベルトランさんにはアンナさんが・・・・・・・・・・・」
「確かに、そうだ。今でも彼女は好きだ。しかし、お前も好きだ」
え?
これまた女神は面白い反応を示す。
「お前の作ったパンは美味しい。それに気使いもある。大佐が養女にしたいと言わせたんだ。妻とするには申し分ない」
「・・・・・」
「ベッドの中でも綺麗な声で啼いてくれるだろ?」
何処のセクハラ親父だ、と言いたくなる台詞を俺は言い続ける。
まぁ、嫌われて当然の事を言っている訳だが。
「・・・はい」
ソフィアは沈んだ声よりも、嬉しそうな声で返事をする。
「まぁ、生きて帰ったら抱いてやる」
本当は抱きたい、というのが本音だが・・・・・・・・・
「ん?」
俺はバック・ミラーで後ろの車を見て眼を細める。
「ちっ。本当に鼻だけは本当の犬みたいに鋭い奴だ」
「え?」
「後ろを見てみろ」
「・・・銃を持って、ますね」
「シャルル・ペスという自称フランスNO.1の傭兵にして変態だ」
『イエロー・モンキー!!殺してやる!!』
「煩い犬だ。駄犬は駄犬らしくゴミ箱を引っ繰り返してゴミでも漁ってろ」
俺はギアをチェンジし速度を上げた。
こいつのスピードに果たして付いて来れるか?
アクセルを強く踏み、更にスピードは上がる。
今は90を越えたが、もう直ぐ100になる。
「シッカリと掴まってろ。舌を噛むなよ」
そう言ってまたギアをチェンジして、速度を上げる。
『待て!このイエロー・・・・・・・・・』
ペスの声は最後まで聞こえなかった。
ざまぁないな。
しかし、このまま飛ばすか。
「クラリス達は、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫さ。俺の相棒たちが居る。案外、本人たちは映画みたいだ、とか言っているかもしれんぞ」
もしくは果敢にも協力しているか、だ。
「でも、彼女たちは・・・・・・・・・」
「戦う技術は無い。しかしな、自分達の家を滅茶苦茶にした奴等が来るんだ。否応なく憎悪は増幅するし、攻撃したい気持ちもあるぞ」
経験上から言える事だ。
まぁ、大佐達が居るから直接、戦わせる事はないだろうが、弾薬運び、バリケード作りなどはやるだろうし、させるだろうな。
「・・・・・・・・」
ソフィアはモーゼルを見た。
妹と弟がそんな事をやっているなら、自分もと思っているのか?
そういう状況になるのは否定できない。
ならないようにするが、万が一の事を考えると・・・・教えておくべきか。
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私はフェラーリを運転しながらゴロワーズを吸い続けた。
灰皿は満タンで溢れ出ているが、構わず吸い終わった煙草を押し付けて消す。
「・・・ムカつく」
ベルトラン・デュ・ゲクラン。
私の“飼い犬”なのに、奴は飼い主である私の手を噛んだ。
無意識に右手に視線が行く。
右手には傷痕がある。
コルトM1911A1で撃たれた傷痕。
アメリカのコルト社が開発した自動拳銃で、今も軍隊に使われている拳銃。
ヨーロッパでは9mmが主流だけど、45A.C.P弾の方がサプレッサーを取り付けた場合、消音効果が高い。
それもあって今の銃器メーカーは45口径モデルも作っている。
アメリカに売り込む事も視野に入れてはいるが。
でも、私から言わせればスマートじゃないし、無骨すぎて嫌いだ。
そんな銃で右手を撃つあいつは、もっと無骨過ぎて嫌いだ。
それなのに、あいつが他の女と一緒に居ると胸糞悪くなる。
あの顔と性格で、どうして女が寄るのか?
物好きなのか?
それとも下の銃が大きいからか?
「・・・淑女が考える事ではないわね」
別に私は淑女を目指している訳じゃない。
寧ろ嫌悪さえ抱いている。
男の前では猫を被り、裏に回れば友人たちの悪口などを言う。
それが淑女だと言うなら私は断る。
何より、男の数歩後ろを歩くなんて性に合わないし大嫌いだ。
今の時代、男女平等だし、実力が全てだ。
それなのに女、という理由で馬鹿にされたりするのは今もある。
あいつは、それが顕著なまでに出ている気がする。
ソフィア、とかいう小娘に対してはそれが馬鹿らしく思えるほどに、出ている気がしてムカつく。
「何で私が囮役なのよ」
それを改めてあいつに訊けば・・・・・・・・・・
『お前なら腕も立つ。何より社員を使えるだろ?“女王様”』
ふざけた口調であいつは言った。
社長だからって社員を湯水の如く使える訳じゃない。
寧ろ制約に縛られて自由なんて無い。
その点、あいつは非合法だろうと自由の身だし、使える物は人だろうと物だろうと何でも使う。
最低最悪なロクデナシだが・・・・申し分ない。
それなのに私は囮。
それが気に食わない。
私は助手席に置いたシュマイザーMP40を見た。
今、持っている武器はマリーンMR-73、SIG P232、シュマイザーMP40だ。
あいつが見たら、こう言うだろう。
『弾がバラバラで補給が面倒だな』
確かにそうだ。
でも、元々私は要人警護とか護身術は覚えているけど、戦争をする技術は無い。
それを押し付けて来るんだから、文句を言われる筋合いなど無いのよ。
「後でお仕置きね」
誰が飼い主なのか、骨の髄まで教えて上げるんだから・・・・・・・