第十二章:スイスへ・・・・・・
「・・・・はぁ」
私は溜め息をした。
せずにはいられなかった・・・・・・・・・・
「気安く呼ぶな、か」
孫娘であるソフィアは私に気安くマルグリットを呼ぶな、と叫んだ。
「・・・怒った声も似ていた、な」
彼女に平手打ちをされた時と声が似ていた。
『この軟弱者が!!』
姉のように引っ叩かれたが、今では良い思い出と言える。
孫娘であるソフィアにはそこまで言われなかったが・・・・・・・・・
「嫌悪感を抱かれたな」
私はただ恩を返したいだけだ。
もっとも・・・第3帝国を復活させようとする愚か者どもを始末する為に利用した面も否定できない。
そのせいで彼女が大切にしていた店を破壊してしまった。
私が直接、手を下した訳でも無い。
命令した訳でも無い。
ただ・・・・狂犬と言う飼い犬とも野良犬とも言えない輩を制御し切れなかった。
その点は批判されても仕方が無い。
「・・・どうするべきか」
マルグリットなら間違いなく私を殺すだろう。
自分の大切な物を汚されたのだ。
彼女にとっては最大級の屈辱だ。
我が国が彼女の国を蹂躙し、恋人と家族を奪った。
だから、彼女は戦いを挑んだのだ。
孫娘であるソフィアもそうだろうか?
否・・・出来ない。
彼女は優しい性格だ。
美徳だが、時には悪徳でもある。
しかし・・・・番犬は違う。
主人である女神に牙を剥く者は何人たりとも容赦しない。
平時では明らかに生き過ぎるだろうが、非常時においては良いのだ。
恐らく彼は私を含めて皆殺しにするだろうな。
全てを壊してしまえば、後腐れが無くなるのだから。
だが・・・・・・・・
『まだ死ねない。この眼で、ソフィアを見るまでは』
マルグリットの生き写しと言える容姿のソフィア。
その姿を見て直接、話さないと死んでも死に切れない。
しかし、電話のやり取りで判る事はある。
彼女の事だ。
金は要らない、と言った。
事実、彼女は受け取りはしないだろう。
私と直接、会って金を受け取るように言った所で拒否するに決まっている。
それでも・・・何かしらの行動を起こす。
マルグリットの孫娘ともなれば、行動は起こすと私は確信していた。
恐らくスイスへ行くだろう。
金は受け取らないが、寄付などする為に行くかもしれない。
いや、彼女を護る番犬が何かを言いスイスへ行くだろう。
そこが私の墓場になるかもしれんな。
ベッドで死ねないが・・・・孫娘である彼女に看取られるのなら良いかもしれない。
「・・・・・・・・」
電話を取り、私は掛けた。
「すまないが車を頼む。場所は後で伝える」
要件だけ言い、私は椅子から立ち上がった。
懐にはワルサーP38がある。
これだけあれば十分だ。
自決用なのだから・・・・・・・・・
部屋を出て廊下を歩く。
ここに屋敷を構えてから、どれ位になるだろうか?
東部戦線を生き抜き、首都ベルリン攻防戦にも参加して数十年・・・・・・・・・
総統が自決し、私もまた死んだと思われたのか戦犯追及の手は来なかった。
お陰で仮の身分を得て、今の生活をしている訳だが。
「まぁ、例え死んでも誰かが何とでもするだろう」
弁護士も居るから、私が死んだと新聞にでも載れば直ぐに手は打つ。
それで終わりだ。
「よぉ、爺さん」
玄関まで出た所で・・・見るも汚らわしい狂犬が居た。
「何の用だ?」
「連れない言葉だな」
「黙れ。小僧」
「だ・・・・」
私は殺気を込めて睨みつけた。
狂犬とは名ばかりの小僧は、怖気づいた。
何と情けない。
所詮はテロリストか・・・独立云々を語る割には情けないにも程がある。
爆弾テロ、旅団指揮官、IRAの狂犬・・・・などと勇ましい異名を持つ割には・・・・・・・・・・・・
「何の用だ?私は忙しい」
「ど、何処へ行くんだよっ」
「貴様に言う義理も義務も無い。そういう貴様はどうだ?銃を一丁奪うだけで、店を一つ壊しおって。お陰で警察が煩い」
「し、仕方ないだろっ。あのブルドッグが・・・・・・・・」
「他人のせいにするな。貴様は言ったな?」
ただの一般人から銃を奪うなど容易い、と。
「それが何だ?手傷を負ったばかりか、やる必要も無い爆発までさせた。己が力を過信した報いだ」
「てめぇ・・・爺だと思って優しくしていれば・・・・・・・・・・」
「爺は確かだが、貴様とでは渡った“戦場”が違う。無論、相手もな」
イギリスの特殊部隊---S.A.Sは確かに強い。
北アフリカ戦線でも、その実力は遺憾なく発揮された。
私は戦った事はないが、こいつが相手なら数分もあれば殺せるだろう。
「ふ、ふんっ。精々、死なないように気を付けるんだな。俺はあいつ等を追うぜ」
「好きにしろ。そっちこそ手痛い授業料を払わないようにするんだな」
互いに売り言葉に買い言葉とも言える、言葉の投げ合いをして私と狂犬は別れた。
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俺たちは、これからの事を話し合っていた。
「スイスへ行くのか」
俺が相棒に問えば、相棒は頷きソフィア嬢の頭を軽く叩いた。
「こいつ自身が決着をつけたいんだとよ」
「なるほど。まぁ、良いだろう。で、誰が行く?」
「本物と偽物の二通りに別けるべきだな」
「では、ベルトランとソフィア嬢。エレーヌが囮で良いな」
「ちょっと、お爺様。なんで私が・・・・・・・・・」
「お前はベルトランに借りがある。それこそ手痛い授業料が“未払い”だ。ここで全額、払いなさい」
「な、何の事です?」
「孫娘のお前がどんな行動を取るか知らないとでも思っていたか?」
流石は元スパイだ。
孫娘の行動から心理まで調べていたようだ。
「・・・・・・・・・」
「お前は囮となれ。どうせ、奴等の事だ。必ず追い掛けて来る」
「言えてるな。では、残った者はここで籠城と行くか」
ゴダール大佐がStg44の銃身を右肩に当てながら、煙草を吸い俺達に言う。
「その銃、様になってるな。何処で手に入れたんだ?」
「何処だったかな・・・忘れた。しかし、未だに現役でも活躍できるさ」
「まぁな。あんたは、トミーガンかい」
ウォルターは何処からともなく“M1トンプソン”を取り出し、銃身の上にあるレシーバーを引いた。
45口径のフルオートが可能な短機関銃だ。
そしてイギリス軍が採用した銃で知られている。
「あぁ。現役時代の渾名はトミーだ。これを使う事からね」
「私はこれです」
モーガンはMP40とモーゼルkar98kを取り出す。
「レジスタンスが使っていた物だね」
大佐が指摘するとモーガンは頷いた。
「はい。最初は弾薬運びでしたが、後にドイツ軍から奪った物を使用しておりました」
なるほど・・・・・・・
「モーガン、クラリスとベルランテを頼むぞ」
相棒がモーガンに頼むと、モーガンは頷いた。
「お任せ下さい。旦那さまが愛した女性とその兄弟です。命を賭しても護り通してみせます」
使用人共々・・・・・・・
「相棒、頼むぜ」
「任せておけ。餓鬼共に戦争を教えてやるよ」
俺は口端を上げて笑う。
「ブレイズ、お前にも悪いな」
「何を言ってるんですか。ちょうどペスに追い掛けされて苛々していたんです。良い憂さ晴らしになりますよ」
「そういうと思った」
相棒は笑ってからソフィア嬢を見る。
「俺と2人で行くが・・・危険だぞ」
「覚悟は出来ています」
「では、ソフィア嬢様、弾をどうぞ」
モーガンがモーゼルの弾---7.63mm×25弾を1箱渡す。
「掃除はしております。後は弾を装填して撃てば良いです。まぁ、旦那様が使うとは思いますが」
「・・・・・・・・」
しかし、ソフィア嬢は無言で箱を受け取る。
そして相棒とソフィア嬢は部屋を出た。