第十一章:女神の涙
俺たちが屋敷に戻ると、3人は神妙な顔で俺たちを見た。
「狂犬と会ったね?」
ウォルターが訊ねると、俺たちは頷いた。
「それで何と?」
続いてゴダール大佐が問い掛けて来た。
「モーゼルを寄こせ、だと。まぁ、仮に渡した所で殺すだろうな。IRA旅団を繰り出して、な」
「ほぉう。旅団か・・・・・・」
「それからモーゼルの事は訊けなかった。そっちは分かったか?」
「あぁ。奴等が狙っているのはモーゼルと言うより・・・・これだよ」
ゴダール大佐が一枚の紙切れを差し出す。
数字が書かれているが、何だこいつは?
「それはスイス銀行の金庫番号さ」
ウォルターが答える。
「スイス銀行の?どういう事だ」
「君等も知っているだろ?ナチスがユダヤ人などから大量に奪った金銀宝石の類いを隠している、と」
「あぁ。だが、大半は持ち主や南米などに持って行かれたんだろ?」
「その通り。しかし、全てではない。中には利口な奴も居てね。スイス銀行に隠した奴も居る」
スイス銀行は世界の大富豪から犯罪者などからも愛されている“素敵な銀行”だ。
何せ犯罪者だろうが、預かった金は何があろうと護るんだからな。
例え国家が相手だろうと顧客情報は死守する。
もちろん中身も、だ。
俺たちみたいな稼業の奴等も愛用するが、年収が日本円で3000万くらい無いと駄目だから、一般人などは御断りだ。
「つまり、その紙は銀行の金庫番号を記した紙、という事ですか?」
ブレイズが問えば大佐が頷いた。
「その通りだよ。だが、これだけでは駄目だ」
「恐らく奴等は、これを欲しているんだね。後は向こうが何とかする」
その為にも紙が必要という訳か。
「旦那様、お電話です」
ここでモーガンがクラシックな電話を持って現れた。
「誰からだ?」
「それが名乗らないのです。ただ・・・明らかに表の人間ではありません」
「・・・もしもし」
『やぁ、こんばんわ。ムッシュ・ベルトラン・デュ・ゲクラン伯爵。いや、鷹見徹夜と言った方が良いかな?』
随分と楽しそうな口調が電話から聞こえる。
「そういうあんたは誰だ?」
『すまないが、名前は言えない。ただ、君等の敵であり味方とは答えるよ。それから東部戦線に出たのも私だ』
・・・電話の相手が、東部戦線の老人か。
「俺に何の用だ?」
『モーゼルはあるかい?』
「あぁ、ある。しかし、お陰で大事な店は壊された可哀そうな娘も居る」
『・・・・ソフィア、だったかな?その娘の名前は』
「そうだ。何だ、謝りたいのか?」
『・・・ソフィア殿に、代わってくれないか?』
「ソフィア、電話の爺さんが話したいだとよ」
「わ、私に、ですか?」
ソフィア嬢は自分が名指しされた事に戸惑うが、意を決して受話器を取る。
「も、もしもし?」
『・・・・・・・』
「あ、あの・・・・・・・」
『・・・・マルグリット。私の愛しき女神・・・・・・・・』
「私の、お婆さんの名前を、どうして・・・・・・・・・・・」
『君の祖母に助けられたのだよ。東部戦線から撤退する時に、ね。敵である私を』
「それは、どうして・・・・・・?」
『分からないんだよ。ただ、味方と逸れていた私をマルグリットは助けたんだ。それは事実だ』
「貴方が、モーゼルを私に届けたんですか?」
『・・・あぁ。君は借金を抱えている。更に妹と弟も養わなければならない。その為に大学を行く夢を諦めた。違うかい?』
「ど、どうして、そこまで・・・・・・」
『君の事は知っているよ。マルグリットに恩を返したい一心で・・・・・今まで生きて来た。そこで君を見つけたんだ』
「それで、私に何を・・・・・・・・・」
『そのモーゼルにスイス銀行の紙が入っている。それを持って行きなさい。そうすれば、大金が手に入る』
「まさか、それって・・・・・・・・・」
『・・・・人だった者から奪った。しかし、金の・・・・・・・・・』
「い、要りませんっ。貴方みたいな人から貰った金なんて・・・・・」
『ま、待ってくれ。マルグリット、私は・・・・・・・・・・・・・』
「私はソフィアです。マルグリットは、お婆さんの名前です。貴方みたいな人が気安く言わないで!!」
『ま、待ってくれっ。私はただ・・・・・・・・』
ガチャン
最後まで言う前にソフィア嬢は一方的に電話を切った。
そして何も言わずに部屋を出て行く。
『・・・可哀そうな娘だ』
3人の老人が、ただ切なそうに顔を歪ませてソフィア嬢の後ろ姿に語り掛ける。
「おい、行けよ。てめぇが惚れた女だろ?」
俺が相棒に言えば、相棒は意外そうな顔をした。
「良いのか?」
「行くなと言わせたいのか?」
「・・・・・・」
相棒は何も言わずにソフィア嬢を追い掛けた。
「・・・ちっ」
エレーヌが黙って舌打ちをしてゴロワーズを銜える。
やれやれ・・・こちらはこちらで御機嫌斜めだ。
まぁ、関係ないが。
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「ソフィア・・・・・・」
バルコニーまで着いた私に、ベルトランさんが話し掛ける。
「ベルトランさん、あの老人が店を破壊するように命令したんでしょうか?」
「いいや。狂犬の独断だろうぜ」
「・・・あの老人、私のお婆さんに助けられたと言っていました」
「あぁ。何で敵を、東部戦線で、と思うが確認の仕様がない。まぁ、声から察するに・・・店が爆破された事は少なからず怒っていたな」
「・・・・・・・・」
「で、話は戻すがどうする?」
「どう、とは・・・・・・?」
「これからの事だ。俺は奴等を叩き潰す。ゴダール大佐も同じだろうぜ。何せ、養女にしようとしていたんだ。怒るのも無理ない」
「そうですけど・・・・・・・」
「関係ない人間だろうと、死ぬ所は見たくないんだろ?」
「はい・・・・・・」
関係ない人でも、死ぬ所なんて見たくない。
でも、店を壊されて怒りたい気持ちはある。
「お前の気持ちは解からなくはない。だがな、あいつ等はモーゼルを渡そうと殺す気だ。何故か?お前等を生かしておけば面倒だからだ。それは理解できるな?」
「・・・・・はい」
「別に戦えとは言わない。戦うのは俺の仕事だ。原因の半分は俺にもある。それはそうと、モーゼルの中にあった紙をどうする?」
「・・・人から奪った金、ですよね」
「そうだな。ユダヤ人や占領地区から奪い取った物だが、所有者は土の下で冷たくなっているだろうな。それに・・・金の本質は変わらない」
金に綺麗も汚いも無い。
「・・・・・本当は、嬉しかったんです」
「何がだ?」
「お金をくれる・・・・スイス銀行に行けば、大金が手に入る話です」
「・・・・・・」
「大金が手に入れば、借金も返せるし大学にも行ける。ベルランテやクラリスに迷惑も掛けないし楽に出来る。それが頭を過ったんです」
ベルトランさんの言う通り・・・・金の本質は変わらない。
「でも、断ったのは私が弱いからです」
その金に手を出したら最後・・・・自分が自分でいられない気がした。
変わる自分が怖かったんだ。
ベルトランさんに嫌われるかもしれない事に・・・・・・・・・・・・
「で、どうする?紙を破くか?それとも受け取りに行くのか?」
「・・・寄付します」
何処かの団体に寄付する。
「借金が増えるぞ」
「それでも良いです。やっぱり私って駄目ですね」
臆病だ。
「いいや。そういう優しさが俺は羨ましいし、好きだぜ」
「ベルトランさん・・・・・・・・・」
私はベルトランさんを見る。
瞼が熱いから・・・泣いているんだ。
「それじゃスイスに行くか?」
「・・・はい」
「よし、分かった」
そう言ってベルトランさんは私の涙を拭ってくれた。