第十章:女神の正体
俺たちがモーガンの出した茶を飲んで待っていると、相棒とソフィア嬢が戻って来た。
「では、話そうか?」
ゴダール大佐が代表するように口を開いた。
「ソフィア、君にとっては辛い事を知る事になるが・・・良いのだね?」
「・・・はい。教えて下さい」
ソフィア嬢は真っ直ぐに大佐を見る。
「・・・綺麗な瞳だ。マルグリットと似ているよ」
「マルグリット?」
「先ずは、名前から教えるか。ソフィア、君の本当の祖母の名前はマルグリット・ヴェスパだ」
「本当の祖母、ですか?」
「君は、孤児院から亡き両親が引き取ったんだよ」
「・・・・・・」
少なからず衝撃を受けるソフィア嬢だが、相棒が支えているからか問題ないだろう。
「君の本当の両親は、直ぐに交通事故で死んだんだ」
「そう、ですか・・・・私、養女だったんですね」
「辛いかもしれないが現実はそうなのだよ。だが、君の両親は決して君を養女だから、という理由で差別などしなかっただろ?」
「それ所か私が養女だと死ぬまで言いませんでした」
「立派な両親だね。さて、話を戻そう。君の祖母であるマルグリットは、我々第二次世界大戦を経験した者にとっては“伝説”の人物なんだよ」
「伝説、ですか?でも、その割には話を聞きませんが・・・・・・・・」
「余りに有名過ぎてね。それに彼女自身が名前を知られる事を嫌がっていたんだよ」
そしてアメリカ、復興、冷戦などで忘れ去られたようだ。
まぁ、本人が黙して語らずを貫いたのも影響しているだろうが。
「私の祖母は、どんな方だったんですか?」
「その銃---モーゼルM712を片手にサイドカーに跨ってナチスと戦っていたよ」
「これを・・・・・・」
ソフィア嬢はモーゼルを見る。
第二次世界大戦と言う歴史上、類を見ない二度目の大戦。
そんな地獄を生き抜いた拳銃には、銃自身の重さだけでなく“歴史”と言う名の重さもあるように見えた。
「でも、不思議な話ね。その銃って重いし、大きいし、高価だし、命中率も悪いって最悪な銃でしょ?」
エレーヌがゴロワーズを吸いながらモーゼルを指差す。
「確かに、モーゼルは欠点も多い。しかし、一人で持ち歩く事を考えれば別にさほどではない。それにフルオートでの射撃も使える。何より、この銃はレジスタンスにとって“自由の戦い”を意味する誇りなのだよ」
ゴダール大佐は口調こそ柔らかったが、眼は鋭かった。
『高が二十数年しか生きていない小娘が口を出すな』
そう言っている感じだった。
「あの、続きを話してくれませんか?」
ソフィア嬢が気を利かせるように大佐に言う。
「これは失礼したね。では、何処から話そうか?何分、私も2人も彼女の名前くらしか知らなくてね」
「そうなんですか?」
「あぁ。風のように現れては消えて行く女性だったからね」
「確かに。私は諜報部員として長く組んだが、殆ど彼女の事は分からなかったな」
ウォルターが葉巻を吹かしながら頷いた。
「私の方は弾薬運びなどで世話になりましたが、あまり自分の事は話さない方でしたね」
モーガンも話に混ざったが、3人揃って彼女の事は余り知らないらしい。
「あの、IRAの狂犬、という方はこれを狙っていたらしいんですが、何かあるんですか?」
「あの狂犬が?ウォルター、君は知っているかい?」
「いや、まったく。ただ、分かる事は強硬な独立派であり武闘派。そして躊躇い無く裏切り者は殺すし、爆弾で何十人も殺す位だね」
ウォルターは恐ろしい事を言ったが、ソフィア嬢を気にしてか直ぐに謝った。
「すまないね。淑女の前で血生臭い話をして」
「いいえ・・・良いんです。ベルトランさんが傭兵と知ってから、何となく皆さんの姿も分かった気がするので・・・・・・・・・」
『・・・・・・・・』
俺たちは何も言わなかった。
ついに、教えたのか。
それは自分の首を絞める所か、切り落とす事を意味しているのに・・・・・・・・・・
「失礼な事を訊くけど、ベルトランを軽蔑するかい?」
ウォルターが訊ねるとソフィア嬢は首を横に振った。
「いいえ。この方は傭兵ですが、根っからの悪人ではありません。それにこの男を好きになった私も、また軽蔑されるべきです」
「これはこれは・・・・自分の気持ちを口にして言うとは素晴らしいね」
何処かの娘も素直なら、とウォルターはエレーヌを見るが、当の本人は「私、関係ないし」的な顔で煙草を吸っている。
ツンデレ、という奴だろうか?
なんて思うが、直ぐに話題は戻る。
「それで、それを奴は狙っていたらしいが・・・何かあるのかな?」
「狂犬はモーゼルを取って、こう言ったんだよ」
これで大金が手に入る。
「誰かが欲している、のか?」
「どうだろうな。試しに見てくれ」
相棒はソフィア嬢からモーゼルを取り上げて、3人に渡した。
『・・・・・・』
3人はモーゼルを見ながら、どうするか考えている。
「ブレイズ、俺たちは少し様子でも見て来るか」
相棒が俺達に話し掛けてきた。
「そうするか」
俺とブレイズは頷き合い、その場を離れた。
「ベルトランさん、気を付けて・・・・・・」
ソフィア嬢が相棒に言う。
「安心しろ。お前さん方の店を壊した“礼”は必ず返す」
それまでは死なない、と暗に言っている気がする。
それでもソフィア嬢には良かったのか、儚げな笑みを浮かべた。
エレーヌの方は苦々しい顔をしていたのが、印象的であるが、俺にとっては良い事なんて無いから口端を上げて笑ってやった。
屋敷の外に出た俺たちは揃って煙草を銜えて火を点ける。
「で、奴等はどれ位に来ると思う?」
俺は紫煙を吐きながら訊ねると、相棒はコルト・パイソンを取り出して答える。
「もう来ている」
『だよな』
俺とブレイズも同じく銃と言う名の恋人たちを取り出す。
一台の車が現れた。
車種は識別不能だが、乗っている人物は判る。
男だ。
黒髪に眼鏡、口髭と顎髭を生やしている。
眼は・・・狂気が宿っていた。
間違いない・・・・・・・・
『狂犬』
俺たちは口を揃えて恋人を奴に向ける。
しかし、奴は笑みを浮かべたまま車から降りた。
「初めまして。不死身の王、猟犬、篝火」
「狂犬だな」
相棒が訊ねれば奴は頷く。
「あんたとはこれで二度目だな。まだ痛むぜ。あんたに撃たれた手」
ヒラヒラ、と包帯を巻いた手を狂犬は振る。
「二度と爆弾なんて造れない手にしようとしたが、失敗したな」
「ふんっ。高が東洋人の分際でアイルランド人の俺様に喧嘩を売るか?」
「人種は関係ない。それに喧嘩を売って来たのはそちらだ」
「黙れ!てめぇらのせいで20人以上の同志が逮捕、射殺されたんだぞ!!」
「それはあんた等が和平派を殺そうとしているからだろ?」
ブレイズが紫煙を吐きながら言えば、狂犬は眼をギラつかせた。
「あの土地は俺たちの土地だ。それをジョンブル共が奪い取ったんだ。今こそ取り戻すべきだ!それを腰抜け共は和平などふざけた事を言うからいけないんだよ」
今さら独立して何になる?
と問い掛ける事も出来るが、自国が何時までも属国扱いでは嫌にもなる。
だからと言ってテロが許される訳じゃないが・・・・・・・・・・・
「それよりモーゼルは何処だ?大金のモーゼルだ」
「知らないな。それより大金ってのはどういう意味だ?」
「それを教える理由は無い。ただ、これだけは言っておく。素直に渡さないと死ぬぞ」
「渡した所で殺す輩がよく言うぜ」
『言えてる』
相棒の言葉に俺とブレイズは頷いた。
「ふんっ。これだから東洋人は・・・・・・良いぜ。戦争を望んでいるなら相手になってやる。IRAの旅団が相手になってやる」
「ネオナチは数に入ってないのか?」
「あんな戦いを知らない餓鬼共など最初から数に入っていない」
「それじゃ別の質問だ。あんた、東部戦線の老人を知っているか?」
「あぁ。知ってるぜ。あんた等の事も知っている。俺から言わせれば、ただの爺だがな」
「テロリスト風情がよく言うぜ」
「てめぇらだって金で人を殺す殺し屋だろ」
「世間的にはな。しかし、お前みたいに一人殺すのに十人も殺したりしない」
「独立の為だ。まぁ、良い。今日は挨拶代りだ。それから俺を殺そうとしたら、車は爆発する。あんた等くらいは道連れに出来るぜ」
『・・・・・・・』
まぁ、最初からそんな所だろうと予想はしていた。
今回は見逃す。
「じゃあな。今度は、生首と対面だ」
言うだけ言って狂犬は去った。
ドラグノフがあれば、直ぐにでも殺している所だ。
しかし、無い。
胸糞悪いが、今回は見逃すしかないと俺は思いながら紫煙を吐いた。