第九章:戦女神の銃
俺の予想とは違い、相棒の屋敷には夜に到着した。
特に襲撃された痕は・・・・・・・あった。
巧妙に隠されていたが。
「・・・・・・・」
相棒は黙って焼け焦げた車を見たが、直ぐに屋敷へ車を走らせた。
屋敷の前まで着いた時だ。
「これは旦那さま・・・・・・」
初老の男性---執事長のモーガンが現れた。
「久し振りだな・・・モーガン」
「そうでございますね。おや・・・そちらの方々は」
「すまないが、3人に服と湯を用意してくれ。それから・・・・・・・・・」
「分かっております。温かい食事とベッド、ですね」
「・・・あぁ。色々と遭って、な」
「そうですか。ん・・・・その銃は!?」
モーガンはソフィア嬢の持つモーゼルを見て眼を見開く。
「やはり、君も知っていたか」
ゴダール大佐がモーガンに話し掛けると、モーガンは頷いた。
「・・・えぇ。知っておりますとも。あの時の私はまだ、10代の若造でしたがね」
「そうか。もう直ぐウォルターも来るそうだよ」
「あの、お二人はこの銃を知っているのですか?」
ソフィア嬢がモーゼルを見せて問う。
「初めまして。お嬢様。私はモーガンと言います。ここで執事長をしておりますが、先ずは湯に浸かり衣服を変えましょう。そちらの方も」
そう言ってモーガンはソフィア嬢達を屋敷の中へ連れて行く。
俺たちの方は車を車庫に入れてから屋敷へ入った。
「ここが、兄貴の上さんの生家ですか」
ブレイズは初めて入る屋敷に眼を回している。
「あぁ、エレーヌの件で来てからは一度も来ていないが」
「そうですか」
「旦那様、お待たせしました。どうぞ、こちらへ」
モーガンが何処からともなく現れて俺たちを居間へと通す。
「茶は後で来ます。その前に話しましょうか?」
「・・・いや、ウォルターが来るのを待つ。それからソフィアにも聞かせるべきだ」
「・・・・ご自分の出生を知る羽目になりますが」
「知るべきだろう。あいつも望んでいる筈だ」
「・・・そうですか。しかし、見れば見る程・・・似ておりました」
「あのモーゼルを持つ女に、か」
「はい。パリの街を颯爽と走る彼女の姿は今でも忘れられませんよ」
「私は北アフリカ戦線で見たよ。まさか、女性があんな所に居るとは驚いたがね」
「私はモーガンと同じくパリだったよ」
山高帽を被りフロック式コートを着た英国紳士---ウォルターが現れた。
「やぁ、ベルトラン伯爵、ショウ少佐、ブレイズ君」
『久し振り(だな、です)』
俺たちはウォルターに手を上げる。
「ベルトラン伯爵、孫娘が困らせていないかね?」
「大迷惑だ。今すぐ誰か男をやれ」
「ちょっと私の相手を勝手に決めないでよ!!」
「本当の事だ。それから黙ってろ。レディは慎ましいのが性分だろ?」
「くっ・・・・・・」
エレーヌは今にも撃ち抜かれた右手でMR-73を抜こうとしている。
「ここでの銃撃は後だ。どうせ、後で嫌と言う程やるんだからな」
「どういう事よ」
「あの餓鬼共が来る、という事ですね?」
「そういう事になる。ここを戦場にするのは嫌だが・・・・・・・」
「ご安心ください。屋敷に入れるような真似は致しません」
「そうか・・・・・・!?」
相棒は眼を見開いた。
ソフィア嬢は可愛らしいドレスを着ていた。
「お嬢様の服がありましたので、それにしました」
「・・・・・・・・・」
相棒は何も言わない。
ただ、怒ってはいない気がする。
「これはこれは美しい。伯爵令嬢と言われても信じてしまうな」
ゴダール大佐はソフィア嬢の格好に眼を細めて、世辞ではない褒め言葉を言った。
こんな時に、と思うが大佐なりに場を和ませようとしたのかもしれない。
「ソフィア、ベルランテとクラリスは?」
「夕食を食べています。ただ、私はこれを知りたいので・・・・・・・・」
ソフィア嬢はドレス姿には不釣り合いなモーゼルM712を見せた。
「それは・・・間違いなく“戦女神”が使用していた物だね」
ウォルターの眼が鋭くなる。
「あの、貴方は・・・・・・」
「あ、いや、これは失礼したね。ミス・ソフィア。私の名前はウォルター。イギリス人でゴダールとモーガンの知り合いだ。以後、お見知り置きを」
そう言ってウォルターはソフィア嬢の手を取り、恭しく口付けを落とした。
歳は取っているが、若ければ様になっていただろうな。
今も十分過ぎるほどに様になっているが。
「そうですか。あの、ベルトランさん。お話の前に少し良い、ですか?」
「・・・・分かった」
相棒はソフィア嬢を連れて部屋を出て行った。
「まさか、と思ったよ」
ウォルターは去った2人を見ながら口を開いた。
「ソフィア嬢の姿が似ていたからか?」
ゴダール大佐が訊ねると、彼は頷く。
「君もだろ?モーガンも」
「えぇ。しかし、私の場合はモーゼルを見て驚きましたよ。何せ彼女が女の衣服をした姿など見た事がありませんからね」
「確かに。何時も男物だったな・・・・ドレス姿を一度、見たかったよ」
「私は、それを見たらディナーに誘いたいよ」
3人は若い頃に出会ったソフィア嬢の祖母、だろうか?
人物を思い出して、眼を細めている。
俺ら若造には皆目見当もつかないが。
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「ここだ・・・・・・・」
ベルトランさんは横に移動した。
目の前には墓石がある。
『アンナ・デュ・ゲクラン伯爵夫人。ここに眠る。享年18歳』
私より1歳早く亡くなったんだ。
「そいつは、初めてアンナと踊った時に彼女が着たドレスだ」
「そうですか・・・・・・」
そんなドレスを私が着て良いのか、と思う。
でも、今はそれを考える事じゃない。
「アンナ、さん。私はソニアです。この度はベルトランさんに迷惑を掛けてすいません」
そして・・・・・・・・
「今宵、ここに妹と弟、そして私を泊めて下さい」
本当は別の事を言いたい。
『私は、貴方の夫・・・・・ベルトランさんを愛しています』
その想いをどうか、許して下さい。
口ではなく心の中で言った。
臆病な私・・・・・・
何時もそうだ。
両親が死んだ時、本当は大学に行きたかった。
行けるだけの金はバイトとかをして稼ぐ。
そして劇団の仕事をしたかった。
でも、弟と妹を残して大学になど行けない。
借金もあった。
だから、諦めるしかなかった。
後悔した。
大学に行ったままでも、妹と弟を養えなくはなかったかもしれない。
そう思う。
だけど、私は夢を諦めたんだ。
ベルトランさんの想いだって、そうだ。
初めて会った時から好きだった。
一目惚れ、かもしれない。
だから、毎日パンとかを造って送った。
そうすれば仲良くなれる、と思ったから。
やっと仲良くなれたと思ったら、エレーヌさんと会った。
しかも、ホテルで・・・・・・・・・
見てはいけない所を見たんだ。
反射的に、その場を逃げたが・・・後でエレーヌさんと再会した。
煙草を吸いながらエレーヌさんは私にこう言ったんだ。
『ベルトランは私の男。あんたじゃ無理よ』
それだけで何故か敗北した、と思った。
それが酷く悔しくて、後悔したんだ。
何も言い返せなかった自分に・・・・・・・・
だから、もう後悔はしたくない。
『どうか、ベルトランさんを愛する事、お許しください』
墓石の前に居るアンナさんは何も言わない。
でも、私はそういう事で了承を得たかったのかもしれない。
だけど、私はこの時点では知らなかった。
これからベルトランさんと会う日が数年先になる事を・・・・・・・・・・・
まだ、その時点では知らなかったんだ。
私の・・・私たちの人生が大きく変わる事を・・・・・・・・・・