第八章:女神の告白
俺たちは相棒---ベルトラン・デュ・ゲクラン伯爵の屋敷へと向かっていた。
パリから離れた場所にあるし、山道などで険しい。
昨夜から走り続けているが・・・着くのは恐らく今日の夜か明日の朝だろうな。
その相棒は俺が運転する車の後ろを走っている。
隣にはソフィア嬢が座っているんだが、相変わらず無愛想な相棒は口を開いていない。
まぁ、敢えて何も言わないのかもしれないな。
「兄貴・・・怒ってるよな?」
ブレイズが俺にラッキー・ストライクを勧めながら訊ねてきた。
「あぁ。しかも、かなり怒っている。本気かどうかは知らないが・・・・半径100メートル以内には近付きたくないな」
今の相棒は歩く爆弾だ。
しかも、導火線に火が点いていて後少しで爆発する。
「・・・大丈夫なのか?ソフィア嬢は」
「大丈夫さ。寧ろ居るから鎮火剤的になっているんだよ」
「鎮火剤、ね・・・憐れと言えば良いのか何と言ったら良いのか」
「本人の気持ち次第さ。それはそうとエレーヌはどうなんだ?」
「兄貴の後ろで見えない。とは言え、問題ないだろ。というか、兄貴にとってはどうでも良い存在だろ?」
家での事を見る限り、どうでも良い存在とブレイズは見たらしい。
「まぁ、当たってはいるな。相棒は抱いた所で、別に愛情を持ったりしない」
「だろうな。しかし、犬は笑ったぜ」
「俺もだ。あの女はプライドが高いからな・・・・相棒を飼い犬としたいんだろ」
「兄貴を家庭に縛り付けるのは無理と思うな。まぁ、子供の面倒とか見てくれそうだけどよ、エプロンをしてフライパンとか持つ姿なんて想像できないぜ」
「そんな格好をされたら・・・・この世の終わりだ」
審判の日が来たみたいで笑い所か寒気さえするぜ。
「言えてるな。それはそうと、兄貴の屋敷って言ったけどよ・・・・兄貴って貴族なのか?」
「・・・結婚した相手が伯爵家の一人娘だったのさ。今は眠っている」
「・・・・そうか。そんな所へ行くとは兄貴としてはどうなんだろうな?」
「余り良い気持ちはしないだろうな。厄介事しか持ち込んでいない、と思うだろ?普通は」
「そりゃ・・・・な」
「しかし、屋敷の者たちから言わせれば、それでも良いのかもな」
「何でだ?」
「厄介事だろうと・・・来るんだぞ?嬉しいだろうぜ」
「・・・年寄りが考える事は分からんな」
「俺もだ。まぁ、何とかなるさ」
そう俺は言いラッキー・ストライクに火を点けた。
車を進める事2時間が経過した。
この前と同じ場所で休憩をする。
「ブレイズ、すまないが買い物をしてくれ。エレーヌ、お前は会社に連絡して情報を手に入れろ」
「あんたに命令される筋合いは無いわ」
「やれ。小娘」
相棒は鋭い眼差しに、有無を言わさない口調で言った。
「・・・ち」
エレーヌは舌打ちをしたが、直ぐに携帯を取り出して電話をした。
「ベルランテ、クラリス。私と少し散歩をしようか」
ゴダール大佐は沈み込んでいる2人に散歩を持ち掛けた。
「・・・うん」
「・・・はい」
2人は落ち込んだままだが、大佐の優しさが解かったのか頷いて離れた。
その後を軍曹が追う。
「俺は煙草を買ってくる」
そう言って俺は相棒とソフィア嬢を残して去った。
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「・・・何か飲むか?」
俺は無言で居るソフィアに話し掛けた。
「いいえ。あの、ベルトランさん」
「何だ」
煙草---ジタンを取り出して銜える。
「何処に行くんですか?」
「屋敷だ」
ジッポーで火を点けるが、風が吹いたので片手で抑える。
「屋敷?誰か知り合いの・・・・・・・」
「・・・俺の上さんの屋敷だ」
「奥さんの・・・・・・・・」
「もう十年も前に死んだ」
「・・・ごめんなさい。失礼な事を訊きました」
「教えなかったのは悪かった。しかし、あそこへ行けば一先ずは安全だ。そして、それの事も判る筈だ」
彼女の膝に置かれたモーゼルを左眼で見て言った。
「これのせいで・・・・お店が」
「・・・店は無くなったが、お前さん方は軽傷で済んだんだ。マシ、と思え」
何でこんな言葉しか出て来ないんだ、と思うが俺は言う。
「生命より大切な物なんて無い。生命があるからこそ、やり直しも出来るんだ。違うか?」
「・・・いいえ。でも、貴方はどうですか?」
「俺?」
言葉の意味が分からずに俺は、訊ね返した。
「貴方は、私たちを護ってくれた。爆発から。だけど、一歩間違えれば、貴方が死んでいた」
生命より大切な物は無い、と言ったのにどうして自分の生命を粗末にするのか。
「・・・・・女を死なせるのは目覚めが悪い。それとも・・・親父さん達の所へ行きたかったのか」
グシャ・・・・・
煙草を素手で揉み消して問い掛ける。
「そんな・・・・でも・・・・・・・」
嗚咽が聞こえてきたから泣いているな。
「・・・前にも言った事だが、あんた等は俺にとっては太陽みたいに眩しいんだよ。だから、近付き過ぎれば融けっちまう。だが、それでも思わず手を伸ばすんだよ」
眩し過ぎても、融けてしまっても・・・・・・・・
「それに、俺にも店を破壊した責任がある。だから、だ」
「どういう事、ですか?」
「・・・あの男はIRAの男だ。渾名は狂犬」
「IRA・・・どうして、そんな人がベルトランさんと・・・・・・・・」
「前の仕事で恥を掻かせたからな」
「恥・・・・・ベルトランさん、貴方は・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・戦争屋だ。戦争が好きで好きで堪らない。最低最悪のろくでなしで人間の屑さ」
「・・・・・・・・・」
言ってしまった。
傭兵だと・・・・・・・
だが、店が壊された時点で、もう彼女達とは会えない、と決めていたから良い。
自暴自棄が多少は混ざっているかもしれないが。
「・・・嘘、です」
「何がだ」
「・・・・貴方は最低最悪のろくでなしで人間の屑、なんかじゃありません」
「何故だ?俺は金を貰って、知りもしない国に行って、知りもしない人間を殺しているんだぞ」
「・・・だったら、何で私たちを助けたんですか?もし、貴方が本当に人間の屑なら、私たちを見殺しにしていた筈です」
「・・・・・・」
「貴方は人間の屑なんかじゃありません。貴方をそんな風に言うのは、貴方を知らないからです」
「・・・・・・」
「それに、貴方が人間の屑、と言うのなら・・・・私もです」
「・・・どうしてだ?」
「私は、貴方が・・・好きだからです」
「・・・・・・・・・」
この言葉に何と言えば良いか・・・・・・・・?
考えても分からない。
いや、突然の告白で戸惑っているのかもしれない。
「貴方を好きな私も・・・立派な屑です。でも、後悔などしていません。人を好きになる気持ちを偽ったら・・・・それこそ人として恥ずべき行為と私は思っているからです」
「・・・・・・・・・」
ある意味では、浮気も辞さないと取れるだろう。
相手に妻子が居ても、好きになった。
それを例に取り、身体の関係を持てば立派な浮気だ。
だが、彼女は自分の気持ちを偽るのは恥、と断じた。
正に浮気も辞さない、と言える。
「・・・馬鹿な女だ」
俺みたいな男を好きになれば、碌な眼に遭わない。
さっきで証明された筈だ。
「・・・後悔したくないんです。もう、絶対に」
「・・・・そんなに後悔した事があるのか?」
酷い言い方で物を訊いたが、ソフィアは頷いた。
「・・・そうか」
詳しい事は訊かない事にした。
「ブルドッグ」
エレーヌが煙草---ゴロワーズを吸いながら俺に近付いた。
「何だ?情報は得たのか?」
「得たわよ。お爺様は直ぐに追い付くわ。でも、お爺様の家が襲撃されたわ」
「・・・・手が早い、な」
「えぇ。幸い私の会社は無事よ。だけど、手が余りに早過ぎるわ。幾らIRAが噛んでいるとは言え、ね」
「・・・急いだ方が良いな」
「それが利口ね」
直ぐに俺たちは車に乗り込んで出発した。