第七章:天から降りた女神
私は自分の書斎でマルグリットを見つめていたが、部下が入って来た事で止めた。
「ハイル・ヒトラー!!」
見た目は良いが、まったく覇気が感じられない敬礼に私は冷めた眼を向ける。
「あ、あの総統・・・・・・・」
「前にも言ったな?私は総統ではない、と」
「し、失礼しましたっ。大佐!!」
「うむ。それで何用だ?」
「は、はっ。報告します。我が師団は作戦に成功しました」
「ほぉう。という事は品物を得られた訳か?」
「あ、いえ、それは・・・・・・・・」
「では、何が成功したのだ?」
「て、敵を敗走させる事に成功したのであります!!」
なるほど・・・確かに一部の警官を敗走させる事には成功したな。
しかし、大半は逮捕または射殺された。
これで成功と言うのなら、とんだ馬鹿者だな。
「そうか。それでパン屋の方は?」
「そ、それが・・・爆破されました」
「・・・今、何と言った?」
「ば、爆破、されました・・・・・」
「爆破だと?誰に・・・なるほど。あの忌々しい礼儀知らずの狂犬か」
IRAの武闘派に属する狂犬。
あの男ならやりかねない。
「は、はい。ただ今、負傷しております」
「名誉の負傷とでも言うのか?」
「本人は、そう言っております」
「それで勲章を寄こせとでも?」
「い、いえ。ただ、あいつは自分の怨みさえ晴らせれば良いと」
「私怨で動く、か。まぁ、良いだろう」
「は、はっ。あの、それで、少々疑問がありまして」
「疑問?」
「はい。実は、射殺された者も居るのですが、どうも誰かに縛られて拷問された痕がありまして」
「場所は?」
「モンマントルです」
弾は9mm。
ヨーロッパでは当たり前の弾丸だ。
至近距離から頭に一発。
「・・・その件に関しては私が個人的に調べる。貴様は部下達を励まして次の行動に移れ」
「はっ」
そう言って餓鬼は出て行った。
「・・・脳天に至近距離から一発。まさか・・・・・・・・・」
1人だけ心当たりがある。
「・・・私だ。すまないが、ヨーロッパの裏世界で名を馳せている軍人は居るか?」
電話を取り馴染みの者に訊くと直ぐに答えは得られた。
「・・・なるほど。感謝する」
受話器を置いた私は葉巻を取り出して銜えた。
「・・・まさかとは思っていたが、WWⅡ時代を生き抜いた相手とは」
しかも、アルジェリアの戦いにも参加した猛者。
第一外人空挺連隊の長が居たとは、な。
「恐らく彼もマルグリットは会った、だろうな」
マルグリット・・・・・・・
貴方は一体、何人の男を不幸にしたのですか?
その美しい金糸は小麦のように神々しく、流れるような声は女神たちの奏でる楽器のように美しかった。
瞳は何処までも蒼く、澄んでおり見る者を空へと誘う。
彼女は女神だ。
戦場を駆け巡る馬に跨り、私たちのように戦う者たちを影で助けてくれた。
敵である私にも・・・・・・・・
それにしても、と思う。
「狂犬が忌々しい・・・・・・・」
所詮はテロリスト。
やる事が荒々しい。
私も人の事は特に言えない。
しかし、1人を殺すのに10人も殺したりはしない。
法律に従わないでいる事は相違しているが、決して私は女、子供を殺さない。
それなのに狂犬はやった。
餓鬼共は「流石だ」と褒め称えているというが、だから奴等は餓鬼でしかないのだ。
恐らくアルジェリア帰りの大佐も同じように思っている事だろうな。
「・・・・ふむ」
葉巻の煙を吐きながら私は彼の大佐が、どう出るか考えてみた。
少なくともアルジェリア帰りなら手段は問わないだろう。
となれば、餓鬼共の生命も僅かだろうな。
手間が省けて良いかもしれない。
狂犬の方は百合を銜えたブルドッグと猟犬に任せれば良いだろう、と思い私は煙を吐いた。
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「やれやれ。面倒な事になったな?軍曹」
私は後部座席で眠るベルランテとクラリスを見ながら、隣で運転をする軍曹に話し掛けた。
あれから直ぐに私たちは出発した。
ベルトランの車には1人乗り、ミス・エレーヌは自車、ムッシュ・ブレイズはムッシュ・ショウの車に乗っている。
「しかし、驚きましたよ。まさか・・・・ソフィア様が女神の孫娘とは」
「私もだ。もう少し注意して見るべきだったな」
ソフィアの経歴は調べたが、血縁関係は些か手を抜いた。
いや、明らかに故意的に血縁関係などを偽造されていた痕跡がある。
「もう少し早く気付いていれば・・・彼女達の家が壊されずに済んだかもしれんな」
「大佐が悔いる必要はありません」
「私には女神に借りがある。そして・・・彼女を愛していた」
「・・・・・・・」
「私だけではないだろうな。女神に恋をして報われなかったのは」
「失礼な質問ですが、大佐には奥様が・・・・・・・・・・」
「あぁ、そうだな。だが、妻と出会う前の話だ。とは言え、初恋というのは何時までも心に残る物だよ」
「確かに。それで、このまま真っ直ぐ向かう事で宜しいですか?」
「うむ。部下達には君から知らせておいてくれ」
餓鬼共は恐らく・・・・我らの後を追い掛ける。
そこを挟み打ちで潰す。
「はっ。ですが、奴等がこうも大々的に動くとなれば・・・また、小うるさい駄犬が嗅ぎ付けると思います」
「放っておけ。来たら今度こそ息の根を止めれば良いだけの話だ」
「確かに。しかし、屋敷の者には迷惑を掛けますね」
「そうでもないさ。彼だって伊達に我々と同じように亡霊共と戦った訳じゃない」
屋敷に住む者達も調べてある。
レジスタンス、軍隊のどちらかで実戦は積んでいる。
シャルル・ペスとか言う駄犬をいとも容易く追い返せたのは、それが理由だ。
「それでも・・・アンナ様が眠られている所を騒がせるのです。ベルトランを始め良い顔をするとは思えません」
「確かに、妻の寝室を滅茶苦茶にされるかもしれんからな。だが、他ならぬ屋敷の主人が来て助けを求めるのだ。使用人として断りもしないし、亡霊が相手となれば手も抜かんさ」
「・・・・・・」
軍曹は何も言わずに速度を上げた。
しかし、後部座席で眠る2人を気遣っている速度だった。
『・・・・マルグリット。貴方には恩があります。まさか、貴方が子を産み、孫まで居たとは驚きでしたよ。相手は誰なのですか?』
マルグリット・・・・・・・
この名を第二次世界大戦で知らぬ者は居ないだろう。
何せ・・・・ナチス高官達からもその名を知られていたのだからな。
畏怖と好意。
両方の意味で彼女は知られていた。
女の身でありながらバイクに跨り、百発百中の腕前を誇る銃の腕、そして敵味方を問わず優しく触れる慈愛。
正に女神だった。
そんな女神が、どのようにして現れて、歴史の中に消えたのか・・・・・・・・
それを知る者は誰も居ない。
煙のように消えたのだ。
それからの足取りでさえ掴む事は出来なかった。
顔は知られていたから、探そうと思えば探せた筈なのに・・・・見つける事が出来なかった。
噂ではヤンキーの回し者では?
という噂まであった。
だが、それはない。
もし、彼女が本当にヤンキーの回し者ならどうして敵味方を問わず助ける?
ヤンキーは少なくともそんな甘ちゃんではない。
寧ろ自国民を実験台にする節さえあるのだから、ないだろう。
我国を始め・・・似たような物だが。
では、彼女は何者なのか?
「・・・本当に天から降りた女神、かもしれないな」
天から降りて我らを護り抜いてくれたのだ。
そう思えなくもない。
そして事が終わったら消える。
あり得なくはない。
現実的な考えではないだろうが、そう思えてしまうのだ。
まぁ、それも後々になれば判る事だろう。
そう私は思いながら葉巻を灰皿に捨てた。