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第四章:パンの配達

俺と相棒は店の奥にある厨房へと通された。


先ず自己紹介をするらしい。


妹と弟は学校で居ないからソニア嬢だけだが。


「改めて自己紹介をします。私はソフィア・クリスチノフです」


年齢は19歳で高校は出ていない。


両親が15の時に・・・天に召されたから高校進学を諦めて働いているらしい。


「本当は演劇の学校に行きたかったんですよ」


幼い頃からオペラ座の舞台に立ちたいという夢があったらしい。


この子の容姿ならオペラ座の舞台に立つのも夢ではないだろうに・・・・・・・・


だが、両親が残したパン屋の為、幼い妹と弟の為に夢を諦めたらしい。


そして借金もあるためパン屋の仕事をする傍らで夜はBARなどの仕事を毎日、身をすり減らしながら金を稼いでいるらしい。


自己犠牲なんて一種の自己満足と思っていたが彼女を見ていると・・・滑稽な程に切なくなる。


・・・・・柄じゃねぇが、思いたくなる。


妹は15歳で弟はまだ10歳だと言う。


「その若さで兄弟を育てるのは大変でしょうね」


俺は彼女を見ながらその苦労を労った。


「いいえ。妹と弟の為なら苦労とは思いません」


ソフィア嬢は泣き言を言わずに笑顔で答えた。


「・・・立派だね」


俺はソフィア嬢の姿を見て、本当に美しい女性とは自分の足で立っている女の事だと思った。


おんぶに抱っこなんて言う我儘な姫様よりこちらの方が断然、美しいと俺は断言できる。


その横で相棒は壁に背を預けて腕を組んでいた。


壁に背を預けるのは一種の癖というか習慣だろうな。


まぁ、俺も人の事は言えないが。


「あの、ベルトランさん・・・・・・」


ソフィア嬢が相棒を上目遣いで見た。


あんな上目遣いで見られたら男は・・・・・ワン・ショット・キルされるな。


相棒はサングラスを外し、格好つけの積りかシャツに挟んでいた。


・・・チョイ悪親父の積りか。


悪いが似合わないぞ。


と俺は思いながら相棒を見た。


「何だ?」


相棒はぶっきら棒な口調でソフィア嬢に訊ねた。


「あの、今日のサラダはどうでしたか?」


「美味かった」


一言だけ述べる相棒。


もっと「味がサッパリしていて美味しかった」とか「塩加減が抜群だ」とか何か為になる感想を言えば良いのに、何でこんなぶっきら棒な感想しか言えないんだよ、と自分の事のように怒りを覚えた。


だが、こんな身も蓋も無い感想だがソフィア嬢は水を貰い生き返った花のように咲き誇った。


・・・・眩しいぜ。


俺は目を逸らした。


そんな俺を尻目に相棒はソフィア嬢に配達予定のパンは何処かと訊ねた。


「もう既に車に入れてあります」


ベルトランさんにはお手数を掛けているので、と彼女は言った。


清楚で美人だけでなく気が利くな、と俺は思った。


「よし、それじゃ行って来る。ルートは何時も通りで良いのか?」


「はい」


「分かった。行くぞ、ショウ」


「あぁ」


俺はソフィア嬢に一礼してル・シャ・ノワールの裏口から出た。


そこには中古品のルノー。カングーがあった。


乗用モデルはカングーだが、商用のモデルはカングー・エクスプレスと呼ぶ。


色は白で真新しい印象を受けるほど手入れがされている。


「随分と手入れがされているね」


俺はカングー・エクスプレスを見まわしてソフィア嬢に言った。


「ベルトランさんが何時も手入れをしてくれているんです」


「・・・意外と器用なんだな」


「うるせぇ」


相棒は些か怒りながら鍵を貰い、助手席に乗り込んだ。


って、おい。俺が運転するのかよ。


「早くしろ」


相棒は俺を急かしてきた。


俺は仕方無く運転席に乗り込む。


「では、いってらっしゃい」


ソニア嬢が俺らに頭を下げた。


「・・・行ってきます」


「あぁ」


相棒は素っ気なく頷くと俺に出せ、と言った。


俺はクラッチを踏んでからキーを回しエンジンを掛けた。


そしてギア1---ロー・ギアに入れてゆっくりと発進させた。


「お前、もう少し愛想良くしたらどうだ?」


あんなに向こうは笑顔で挨拶して気を利かせているのに。


「これでも愛想よくしているんだがな」


「それで愛想よくしてる積りなら、無表情も笑顔に入る」


まぁ、元から感情や表情に波風が無いからあれでもこいつなりに愛想が良かったのかもしれないが。


「で、先ず行く所は?」


「そこを右に曲がれ。そして真っ直ぐ行き信号を3つ渡った所を左に曲がれ」


そこが最初の場所らしい。


「あいよ、お前さん」


俺はハンドルをゆっくりと切り右に曲がった。


しかし、ヨーロッパの道路ってのはこんな狭くて角が沢山あるのか?と俺は思った。


こんな狭くて見通しが悪い所を車で走るなど俺的には怖い。


別に死ぬ可能性があるからではない。


戦場でも無いのに人様の命を奪う可能性があるから怖いんだ。


言われた通り右に曲がり真っ直ぐ進むが、自転車が直ぐ横を通り過ぎて後ろに車があるのに構わず右へと行った。


慌ててブレーキを踏んだ。


お陰で前のめりになった。


それなのに自転車は気にせず走り続ける。


「マナーがなってない」


後ろ姿で判断すればまだ14、5歳の餓鬼だ。


未成年だが、あれで事故でも起こしたら俺らが悪い。


まったく酷い話だ。


「そのまま走れ」


相棒はハンチング帽を被り直して煙草に火を点けて蒸かし始めた。


そして窓ガラスを開けた。


何かやる積りだ、と俺は瞬時に悟った。


車を走らせていると奴は煙草のフィルターを残し、まだ燃えている煙草を器用に外すと餓鬼のシャツに放り投げた。


奴はあぢっ!!と悲鳴を上げて自転車から転げ落ちて壁に頭を打ち付けた。


だが、大した傷じゃない。


「熱めのお灸だ」


相棒はふんっ、と鼻を鳴らして新たな煙草を銜えてみせた。


「流石は人生の先輩。後輩に対して熱いお灸をしましたね?」


俺はふざけた口調で相棒を褒めた。


「マナーを守れない餓鬼は大人になっても最低限のマナーを守れない。だから、やったまでだ」


相棒は口端を上げて笑ってみせた。


完璧に悪役の顔だが、今は正義の味方に見えるぜ。


そして俺は少し速度を上げる為に、クラッチを踏みギアを2---セカンド・ギアに入れ速度を上げてから3---サード・ギアに入れ直した。


『・・・人様に迷惑を掛けると痛い目を見るんだぜ?坊や』


俺は顔も名も知らない餓鬼に人生の厳しさを言ってやった。


そして信号を3つ真っ直ぐ進んでから左に曲がると小さな建物が見えた。


「孤児院?」


名前を見て俺は首を傾げた。


「ソフィアは・・・孤児だった」


天に召された両親は子供が出来ない事を思い悩んでいたが、念願の我が子を授かった。


しかし、難産で産まれた子は・・・息を引き取ったが母親は知らなかった。


それで夫は孤児院から赤子を引き取り、息を引き取った子の代わりに我が子として育てたらしい。


だが、そこから妹、弟が産まれた。


普通なら血の繋がっていない子より血の繋がった子を愛する筈だが、差別なく育てたらしい。


「・・・善人は若死にし、悪人は長生きするというが・・・・・本当だな」


俺らみたいに人を殺して金を貰う奴等が生きて、そんな人間が早死にする。


酷い話だ。


「それが現実だ。さぁ、もう直ぐ着くんだ。小便漏らした餓鬼みたいな顔は止めろ」


あそこは笑顔で接するんだ、と相棒は言った。


「お前が笑顔になったら・・・子供たちは泣くぞ」


こんな男が笑顔で接してきたら遠慮したいし、半径50メートル以内には近づいて欲しくない。


「それだけ毒を吐けるなら十分だな」


相棒は笑いながら煙草を素手で揉み消して灰皿に捨てた。


ルノーを駐車場に停めて降りると、建物から子供たちが駆け寄って来た。


「ブルドック小父さん!!」


一人の子が相棒をブルドック小父さんと呼んだ。


「こら、俺はベルトランという名前があるんだ。ブルドックなんて呼ぶな」


相棒は近づいて来た子を軽く叱り付けたが、子供は怯えもせずに「だって顔がブルドックじゃん」と言った。


「子供は正直だな」


俺はしみじみ思いつつ、相棒に笑った。


「小父ちゃん、この人相が悪そうなおっさん誰?」


子供は俺を指差して相棒に訊いてきた。


人相が悪そうなおっさんって・・・・・・・


「子供は正直だな?相棒よ」


俺がさっき言ったばかりの言葉を相棒は言い返してきた。


「大人気ないぜ?大の男が言い返すなんて」


「青筋立てている奴に言えるのか?」


ぐっ・・・・・・・


俺は言葉に詰まった。


そしてあっという間に子供たちに囲まれてしまった。


わぁわぁ、と声を上げて俺らのズボンを引っ張ったりする子供たち。


「こらこら、貴方達。パン屋さんに迷惑かけちゃ駄目でしょ?」


子供たちを戒めたのは、ここの保母さんだろうと思われる女性だった。


「何時もすいませんね。ベルトランさん」


女性は相棒を見て軽く苦笑しながら頭を下げた。


「気にしてない。さぁ、お前たち今日もパンを持って来たぞ?ちゃんと手を洗って食材に感謝して食べろよ?」


はーい、と子供たちは頷いて相棒と俺はパンを出して一人ずつ手渡しした。


車にあったパンの半分が子供たちに持って行かれた。


「これ、金は取るのか?」


などと無粋な事を俺は訊いてしまった。


「取る訳ないだろ」


だよな。


俺は無粋過ぎて尚且つ訊かなくても解かる事を敢えて訊いてしまった。


そんな自分に悪態を吐きながら、車へと乗り込む。


相棒の方は女性に何度も礼を言われていたが、相変わらずの無愛想な態度で受け答えをして乗り込んできた。


「さぁ、次は別の場所だ」


行け、と言われた俺はエンジンを掛けて走らせた。


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