第四章:東部前線
『こちら“ホワイト”。標的を捕えました』
「こちらレッド。遠慮は要らん。やれ」
『了解。喰らえ、クラウツ!!』
無線機越しから蔑称が聞こえてきた。
「ホワイト、クラウツはドイツ兵だ。餓鬼共は、餓鬼共でしかない。クラウツとは言うな」
『失礼しまた。喰らえ、糞餓鬼!!』
「ははははは・・・・良い音、だな」
無線機から聞こえるのは金属の音だ。
そして悲鳴だ。
豚のように醜く情けない悲鳴であるが、良い音である。
「大佐。小隊が、ソフィアお嬢様達の店に居た者共を捕えました」
軍曹がバック・ミラー越しに話し掛けてきた。
「ソフィア達は?」
「はっ。居りません。何でもブルドッグなる人物と出掛けたようです。まぁ、そのブルドッグにやられたようですが」
「ほぉう。なるほど・・・では、行こうか。私が直々に訊こう」
「何も大佐自身が手を出す必要は・・・・・・・」
「これは私の勘だが、どうも臭い」
「どういう事です?」
「こんな暴動じみた事を今まで奴等は起こしたか?」
「・・・少なくとも銃火器を使った事は、無いですね」
それなのに今回は起きた。
何故だ?
「命令だ。行け。所詮下っ端だから大した事は聞けないだろうが、やる価値はある」
「了解」
軍曹はハンドルを切り、下っ端が居る場所へと向かった。
そこはモンマルトル地区では誰も使っていない倉庫だった。
ちょうど良い場所だ。
今は昼間だから・・・・ここら辺の人間は余程の事でない限り起きない。
そして私は裏の人間であるから、彼等との接点はある。
金と実力で黙らせる手は幾らもであるのだ。
「・・・・・・」
私は車から降りて倉庫の中に入った。
椅子に縛り付けられて、顔を腫らした餓鬼共が4人ほど居る。
「こいつらか?」
「はっ。所持品はテーブルの上です」
「ふむ・・・財布、身分証明書、車の鍵、ナイフ、か。拳銃の類いは?」
「ありません。理由としてソフィア嬢が、ただのパン屋だからだそうです」
「なるほど。さて、と・・・・洗い浚い吐いてもらうぞ。餓鬼共」
「な、何をだよっ」
4人の中の1人が口を開いたが、唇を切ったのか痛そうに顔を歪める。
「何を?ふざけた事を。何故、貴様等はソフィアの店を見ていた?」
「だ、誰が・・・・・ぐぎゃ!!」
「私は答えろ、と言ったのだ。ふざけた事を抜かすと貴様の息子を抉って、口に詰め込むぞ!!」
餓鬼をぶん殴り、脅しをかけると素直に吐いた。
情けない・・・それ位で直ぐに吐くようでは軍人になどなれない。
如何に軍人といえど拷問されたら何時かは吐く。
しかし、ここまで直ぐに吐くようでは使い物にならない、というのが私の出した結論だった。
「さぁ、吐け。そうすれば命は助けてやるぞ」
「そ、総統が命令したんだ。決起の時だと!そして、その為には・・・・あのパン屋の娘が必要だとな!!」
「総統?誰だ」
「総統閣下は地獄の東部前線を生き抜いた方だ。貴様みたいな男には勝て・・・・・・・・・」
最後まで言う前に殺してやった。
「さぁ・・・お前たちは、死んだこいつよりは素直だろ?」
白い煙を吐くワルサーP38の銃口を向けながら餓鬼どもに話し掛ける。
左から空薬莢は出ており床に転がっていた。
しかし、殺した餓鬼の口から判った事が一つある。
東部前線を経験した者。
あの地獄の東部前線を生き抜いた強者、か。
面白い・・・・こちらもアフリカ戦線とアルジェリアを生き抜いたのだ。
相手にとって不足は無い。
そして餓鬼共から話は聞けたが・・・・・東部前線から生き抜いた男としか分からなかった。
ある程度は予想していたが、これしか分からないとは・・・・・・・・・・・
「や、約束だっ。こ・・・・・・・」
最後まで言わせず引き金を引いた。
「その汚い口を開くな。餓鬼が」
「約束が違うぞ!!」
「約束?約束と言うのは女性と戦友たちで交わすのだよ。貴様等は餓鬼だ。餓鬼との約束など守る訳ないだろ」
そう言って餓鬼共を殺した。
「さて・・・・どうしたものか」
得られた情報が一個だけとは・・・・・・・・
「もう少し得られると思いましたが、ね」
軍曹もまた足りなかった情報に肩を落とす。
「そう言うな。それはそうと戦況は?」
「どうやら敵は敗走したようです」
部下が無線機で連絡を取り戦況を伝えた。
「そうか。まぁ、深追いはしなくて良い。どうせ・・・近い内に出て来るのだ」
「どういう事です?また奴等は出て来る、と?」
「そうだ。一先ず我々も撤退だ。死体の後始末は頼むぞ。臭くてしょうがない」
『了解、大佐』
部下達が敬礼をしてから私も返す。
そして軍曹の運転する車に乗り込んで帰った。
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「ええい、くそったれが!!」
ブレイズが唾を吐きながらハンドルを切る。
「おい、もっと丁寧に運転しろ。それでいて速く、な」
「うるせぇっ。あんの駄犬が・・・しつこいんだよ!!」
「あぁ、まったくだ。お陰で帰る時間が少なくとも1時間は伸びたぞ」
「勘弁してくれよ。それはそうと兄貴達、大丈夫か?」
「心配ないさ。あいつに挑んで勝てる奴なんてザラに居ない」
そう俺は言いながらスターム・ルガー ミニ14で追って来る車を撃った。
「この東洋人が!俺の愛車に傷を付けるな!!」
『だったら愛車で来るなよ。変態が』
口を揃えて言う。
現在、俺とブレイズが乗る車は道路から離れた場所を走っていた。
というのも煩い上に変態の自称フランスNO.1の傭兵シャルル・ペスに追われているからだ。
IRA、駄犬、更にネオ・ナチまで絡んで来ている。
これはどう考えても異常だ。
早く帰って相棒から聞きたいのに、しつこいんだよ。
「ブレイズ、このまま行くとどうなる?」
「このままだと・・・・一般道路に出るぞ」
「なら、ここであいつを追い払う。後は何食わぬ顔で出るぞ」
「あいよ」
「じゃあな。駄犬。お遊びはこれまで、だ」
ミニ14の引き金を連続で引く。
駄犬の愛車はフロントガラスを貫かれて前後が見えない。
後は勝手に自滅した。
経験から防弾ガラスにすれば良い物を。
金が無くても工夫さえすれば出来るのに・・・・・・・・
まぁ、それすら出来ないのだから駄犬でしかない、か。
「はい、こちらブレイズ・・・・兄貴。どうしたんですか?」
ブレイズが携帯で相棒と話し出す。
それを片目で見ながら俺は煙草---ラッキー・ストライクを銜えた。
「えぇ、はい・・・そうですか。了解です」
携帯を仕舞い、ブレイズも煙草を銜える。
「何だって?」
「どうやら敵は退散したようだ。裏ではゴダール大佐も活躍したらしい」
「流石は大佐だ。アルジェリア帰りは伊達じゃない、か」
「いや・・・WWⅡ時代からの戦士だ」
「WWⅡから?アルジェリアじゃないのか?」
「あぁ。自由フランス軍に所属して、北アフリカ戦線でも活躍した。パリ奪還後は、彼の有名なノルマンディーにも参加したらしいぜ」
「・・・そこまでは知らなかった」
「だろうな。アルジェリアでの“戦歴”が凄過ぎるからな」
「かもな。しかし、何で知ってるんだよ」
「エレーヌ・ヴィンフリールド知ってるよな?」
「あぁ」
「その爺様から聞いた。インタビューで、な」
「なるほど」
「ついでに言えば爺様も北アフリカ戦線に出た」
「大した爺様達だな」
北アフリカにまで出ていたとは・・・・酒でも飲んで話し合いたい所だ。
「まったくだ。まぁ、ある意味では東部戦線の方が凄いけど、な」
「・・・地の果て、か」
東部戦線に参加して無事に祖国へ帰れたのは、果たして何人だろうか?
あの戦線を経験した者が、どうなったか・・・・・・・
少なくとも歴史を勉強していれば、知っている筈だ。
まさか、その東部前線を生き抜いた爺さんと戦う事になるとは・・・・・知りもしなかった。