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序章:亡霊紛い

薄暗い部屋の中で大勢の人数が集まっていた。


着ている服は黒一色で、何処かの葬式かと思えてしまう。


しかし、本来その黒服を着るのは・・・・・“亡霊”達である。


その亡霊達は、半世紀も前に消え去って居ない。


それなのに、その亡霊達が着ていた服を着る者たちを、この世界で住む者たちは口を揃えて言う。


“亡霊紛い”


そう・・・半世紀という時代を生き抜いた彼等から言わせれば、現代の彼らなど“紛いの者”でしかない。


半世紀前の彼等は、確かに亡霊だった。


この世の者ではない悪鬼羅刹の如く戦い、瞬く間にヨーロッパ中を地獄の炎に包み込んだのだから。


それなのに、また半世紀が経過した今・・・蘇った。


そう見る者は言うだろう。


「全員、傾注!!」


暗闇の中で厳しい声が木霊する。


ザッ・・・・・・・


全員が言われた通り傾注する音が聞こえた。


「これより我らが総統閣下の言葉がある。全員、心して聞くように!!」


『ヤー!!』


パッ・・・・・・・


一定の個所だけが光る。


そして杖の音を鳴らしながら老人が出て来る。


黒一色の服で、左の胸元には数え切れない程の勲章が飾られていた。


鉤十字の勲章である。


「・・・我が総統閣下が亡くなられてから早半世紀が経過した」


老人は、しゃがれた声で喋り出す。


「我が総統閣下の願いは、叶わず戦友達も散り散りとなり、泥水を啜る毎日だった。しかし・・・・・・・・・」


老人の声が、しゃがれていた声が・・・変わり鋭くなる。


眼もまた鋭くなり、見る者を圧倒する。


「もう、終わりだ。泥水を啜り、地下に隠れる必要も無くなる。何故なら・・・・とうとう見つけたのだ」


総統閣下が残された品物を・・・・・・・・・・・・・・・


『おぉ・・・・・・・・・』


皆が動揺する。


「諸君には、その品物を持って帰って貰いたい。出来るな?我が総統閣下の名を与えられた師団なら」


『ヤー!!』


どよめいていた声が無くなり、揃った声---了解を意味する言葉が返って来る。


「宜しい。では、各自の隊長から自分達の任務を聞き準備をしろ。以上!!」


『ジーク・ハイル!!』


全員が光に照らされた老人に右手を差し出し、祖国万歳を口にした。


そして消えて行った。


「・・・これで良かったかな?」


老人は皆が消えてから葉巻を取り出して銜える。


火が横から出て来て、葉巻に火が点いた。


「結構でございました。総統閣下」


火を差し出した男が老人に労いの言葉をかけるが、老人は無愛想な顔を向ける。


「その名を呼ぶな。総統閣下は、この世で一人だ。断じて私は総統閣下ではない」


「ですが、貴方様は長い間、総統閣下の・・・・・・・・」


「それはそれだ。私はあくまで総統閣下に従っていただけだ。あ奴等のような野蛮人の総統になった覚えは無いっ」


葉巻を握り潰し老人は男を睨む。


「も、申し訳ありません・・・・・」


自分より小柄な老人に男は冷や汗を掻いた。


『・・・流石は地獄の“東部戦線”を生き抜いただけはあるな』


東部戦線とは、1941年6月22日にドイツが不可侵条約を破棄して旧ソ連に侵攻してから起こったとされている戦闘の事である。


そこで戦った者は東部戦線の事を口を揃えて・・・こう言った。


“地の果て”


それだけ旧ソ連---現ロシアは広大な土地だった。


そこに送られて補給なども満足にいかない状況で、この老人は戦ってきたのだ。


相手は泣く子も黙るソ連兵だ。


女は犯すし、捕虜などにも拷問する。


実際、こんな事は何処の国でも同じであるが、中でも旧ソ連の悪行と呼べる所業は眼に余るし、注目を集めたのだ。


そんな地獄のような戦場を老人は体験した。


だから、目の前の男さえ圧倒するのだろう。


「それで・・・こちらの手筈は?」


老人は眼を逸らして男に訊く。


「は、はっ。順調に行っております」


「それで良い。あの餓鬼共には、精々・・・目立って貰わないといけないからな」


「・・・・・・」


男は何も言わず老人を見る。


『恐ろしい方だ。自分の目標達成なら、あれだけの兵士たちさえ捨て駒にするのだから』


「今、私を目標達成の為なら平気で兵士を捨て駒にする、と思ったね?」


「は、あ、その・・・・・・」


「私は、あの餓鬼共を兵士と思っておらん。思想もなければ軍歴さえ無い。つまり、ただのチンピラだ」


「お言葉を返すようですが、彼等は総統閣下の名を受け継いだ優秀な師団の兵達です」


「名前など関係ない。戦場に必要なのは実力だ。階級は、その実力に比例して上がりもすれば下がる。私は東部戦線で、それを学んだ」


「・・・・・・・」


「君にとっては可愛い部下達だろう。だが、私にとってはチンピラ同然だ」


「・・・それは、私もですか?」


「自分でそう思うのかね?少佐」


「・・・いえ。自分はそう、とは思いません」


「ならば、そうであろう。自分で思うのであれば、そうだ。その気持ちこそが・・・兵士にとっては大事なのだよ」


私の戦友は、その思いを途中で捨てた故に死んだ。


「・・・確か、“スターリングラードの戦い”で・・・・・・・・・・」


「そうだ。忌々しい“イワン”共に捕まり凍傷を抱えて収容所まで送られた。そして死んだ。満足に食べさせられず、肉体労働でな!!」


軍人は戦って死ぬべき。


それなのに肉体労働で死ぬなど犯罪者と変わらない。


「私の戦友は誰よりも勇敢だった。それなのに神は、彼を戦場で召してはくれなかった。私の場合も恐らくはそうであろう」


病死、老衰、事故死、殺害。


「出来るならば・・・ベッドの上で死にたいが、な」


ベッドの上でなら女神が召してくれるだろう。


「私の愛しい女神・・・いや、半世紀という長い時代を生き抜いて来た戦友たちの女神---マルグリット」


老人は黙って懐から写真を取り出した。


ボロボロで白黒の写真だが、大事に扱われているのが手付きで判る。


写真には女性が写っていた。


男物のズボンと上着に身を包み、ハンチング帽を被ってバイクに乗っている。


サイドカーで大戦時にドイツが使っていたBMW社のバイク---“BMW R75”だ。


老人が参加した東部前線でも、これは活躍したのだが・・・どうして女性がこのバイクを?


「・・・マルグリット。貴方に救われた命ですが、ついに返せませんでしたね」


そして自分の想いも・・・・・・・・・・


「何故、私の想いを答えてくれなかったのですか?」


老人は写真に写る女性に語り掛けるが、答えなど返って来る訳ない。


「私と貴方は敵対していた。それなのに、貴方は敵軍であった当時少尉だった私を助け出してくれた。何故です?」


貴方の想い人は我が国に殺された、というのに・・・・・・・・・・


「ですが、貴方様に助けられた命・・・恩に思っております」


この身は生涯、貴方様に捧げる積りだった。


それが・・・やっと居場所を見つけたと思ったら、既に墓石に名を刻まれていようとは・・・・・・・・


「しかし、孫娘が居た事で恩を返せそうです」


貴方様の孫娘は私にとっても孫娘です。


「・・・貴方様が、かつて愛用していた“恋人”は無事に届きました」


それに隠された秘密・・・・・・・・・


「その秘密で、きっと幸せになれるでしょう」


人様から奪い取って出来た金だが、本質は変わらない。


「しかし、本当に宜しいのですか?」


「何がだ」


老人は、懐かしい思い出を思いだしていたが、邪魔されて眉を顰める。


「でしたら、どうして彼等を動かすのですか?寧ろ、彼等は動かさないべきでは・・・・・・・・・・」


「逆だ」


「逆?」


「あ奴らは愚かにも“第3帝国”を復活させようとしている。かつて総統が思い描いていた世界を創ろう

と、な」


「・・・・・・」


「総統亡き今、どうして帝国を復活させる意味がある?」


否・・・無い。


「第3帝国は総統が居てこそだった。その総統が居ない今、どうして復活させようか」


否・・・無い。


「だからこそ、彼等は消えるべきなのだよ」


この世から・・・・・・・・・


「で、では、彼等を殺す為に・・・・・・」


「そうだ。冷戦を経て、ドイツは統一された。祖国統一がされた今・・・また国民を地獄の釜に放り込む必要は無い」


あ奴等が居る限り起こらないとは言い切れない。


「だから、消すのだよ」


「しかし、マルグリット・・・・・・!?」


「気安く女神の名を口にするな」


老人の手には使い古された“ワルサーP38”が握られていた。


「少佐、貴様は捨て駒になりたいのか?」


「い、いえっ」


「だったら、口を閉じていろ」


「は、はっ。で、ですが、部下達は武装しております。パン屋の娘1人で相手には・・・・・・・・・」


「誰が彼女が戦う、と言った?」


「で、では、誰が・・・・・・」


「彼女を護る“番犬”だ。黒いブルドッグだよ。“百合の花”を銜えた黒いブルドッグだ」


百合の花とブルドッグ・・・・・・・・・・


何かの暗号か?


少佐と言われる男は、その真意に気付く事が出来なかった。


しかし、老人にとっては良かった。


『・・・英雄の名を持つ日本人よ。どうか、女神を護り抜いて・・・・私の恩返しを受け取ってくれ』


誰に言う訳でもなく老人は切に願った。


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