第二十章:IRAの狂犬
ケースを無事に奪取できた俺たちは、取り敢えず港から逃げた。
まだ生き残りは居るから・・・何処まで逃げたら良い物か?
なんて考えていたら不意に兄貴から電話が入り出る。
『このまま北へ進むぞ』
「北、ですか?」
「そうだ。北に行け。そこで知り合いに会う」
その知り合いにケースを渡すと言うが・・・・・・・・
「誰なんです?」
『俺の先輩だ』
先輩?
「という外人部隊の方で・・・・・・・・・」
『そうだ。そいつにケースを渡せば問題ない。後は解散だ』
「あの、オリビアは・・・・・・・」
『自分の事だ。自分で何とかするだろう』
何より自分達は金を貰って仕事をする関係。
深入りは禁物、と言われた。
「ブルドッグの言う通りよ。私たちは所詮、金で繋がっている者同士。金の切れ目が縁の切れ目よ」
「・・・・・・」
俺は何も言わずに携帯を切った。
オリビアの言う事は正しい。
しかし・・・他人以上恋人未満である彼女を、放っておく訳にはいかない。
かと言って俺に出来る事など高が知れているが・・・・・・・・・・・
「そう落ち込まないの。貴方には彼女さんが居るんでしょ?」
「あぁ・・・・・・・」
「だったら、慰めてもらいなさい。私には無理だから」
それは自分の両手は血みどろだからか?
そう問いたかった。
しかし、オリビアの雰囲気で、それを話す事は出来なかった。
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「ケースは奪取できたな」
俺は後ろを走る車を見ながら相棒に話し掛けた。
「あぁ。後はケースを渡して終了だ」
「俺たちは、な」
そう・・・俺たちの仕事は、そこで終わりだ。
ただし、オリビアにとっては・・・ここからが正面場である。
何せ元仲間達を撃ったんだ。
俺たち程ではないにしろ・・・怨みは買っている。
しかも、今回で元仲間からも買った訳だ。
こうなると、もう逃げ続けるしかない。
もしくは何処かの組織に保護されるか、だ。
まぁ、彼女もその辺は自力で何とかするだろう。
問題なのはブレイズだ。
俺達と違って普通の人間でしかない。
戦場ジャーナリストではあるが、俺らみたいに金の為に戦争をするような人間じゃないから問題だ。
IRAはブレイズの正体を直ぐに掴むだろう。
そうなれば報復の眼は向けられる。
金を受け取ったら、その時点で他人だが・・・放ってもおけない。
どうする?
「ブレイズをどうする?」
俺は相棒に訊ねたが、相棒はふざけた口調でこう言った。
「大佐に助けでも求めるか?」
「・・・とんでもなく大きな貸しで返せと言われそうだな」
電話の話を聞く限り、とんでもない貸しになりそうだ。
「大丈夫だろうぜ。民間人には極力だが、手は出さないんだ」
「そうか。しかし・・・食えない爺だぜ」
先ほどの電話でも分かると思うが、大佐は軍人でありつつ犯罪者でもある。
そういう輩ほど狡猾で世の中を上手く泳げるんだよな。
こんな頼みだって、果たしてどうなるか分かったもんじゃない。
だが、相棒が言うのだから何とかなるだろう。
そう思いながら俺は、追っ手が来ないかサイド・ミラーを覗いた。
今の所は居ない、な・・・・・・・・
何時もならワンワン、と口煩い駄犬のシャルル・ペス辺りが映画みたいに運悪く来るんだが。
「ペスの事が気になるのか?」
「まぁな。何時もなら来るだろ?見計らったように」
正直、あそこまでタイミング良く来られると驚くよりも先にイラつく。
何でそこまでタイミング良く来れるんだよ。
そう怒鳴りたくなるんだよな。
「ブレイズが追っ払ったんじゃないか?」
「そうかもしれんが・・・しつこさだけは犬並みだろ」
駄犬でしか無いあいつだが、しつこさだけは本物の犬並みだから褒めてやりたい。
「部下に尻でも掘られてるんじゃねぇのか?」
「本当に変態だな。変態過ぎて泣きたくなるぜ」
あいつと一緒に居る所を見られたら、俺たちまで変態の仲間入りだ。
それだけは勘弁してもらいた故に心底、嫌そうな顔をする。
「それはそうと、問題なのは駄犬じゃない」
「?どういう事だ」
「IRAは分裂してるだろ?」
「あぁ。あくまで独立を掲げる派とイギリスと講和する和平派だろ?」
「その中に“狂犬”の渾名を持つ奴が居るんだよ」
狂犬・・・・・・・
「そいつがどうしたんだ?」
「居なかった。ああいう所には必ず出るのに、だ」
「・・・何か裏がある、と」
「そう考えるのが妥当だ。ただ、大佐とは係わっていないだろう」
「その根拠は?」
「大佐が嫌う人種だからだ」
テロリスト・・・・・・・・
「なるほど。犯罪者同士でありながら、あくまでテロリストは別格、という訳か。大佐にとっては」
「そうだ。まぁ、同族嫌悪という見方もあるだろう。何せ互いに似たような事をして来たんだ」
「確かに。それでも向こうは、時間を置いて自分の仕出かした事を見た。それに気付いた、所が違う訳か」
大佐もまたテロリストと言われている組織に居た。
しかし、組織は壊滅して・・・改めて自分の仕出かした事を見たんだろうな。
客観的な眼で。
それが酷く嫌になったに違いない。
だからこそ、狂犬という異名を持つ野郎が嫌いなのかもしれない。
となれば・・・何かあるな。
オリビアは係わっていないだろうが・・・何かある。
その何か、とは俺等には見当もつかない。
しかし・・・嫌な予感がする。
それだけは長年の勘で断言できた。
「・・・念には念を入れておく、か?」
「もう、した」
相棒は俺の言葉を予想したように答える。
「何時?」
「この仕事をやる前に」
「だったら、そう言えっ。要らぬ世話を焼きそうになっただろ!!」
「お前さんが他人に要らぬ世話を焼かない日があったか?」
女房みたいな口調で相棒は言うが・・・・否定できなかった。
今にして思えば、クラリス嬢やベルランテの相手をした。
頼まれてもいないのに、だ。
これを人は要らぬ世話と言うに違いない。
「・・・・・・・」
「お前さん、もう直ぐ着くぞ」
「・・・うるせぇ」
何だか相棒の掌で踊らされた気がして、俺は気分が悪くなった。
とは言え・・・・・既に手が打たれているのなら安心でもある、と俺は思わずにはいられなかった。
そして待ち合せの場所に到着した。
既に車が1台停まっている。
黒塗りのベンツSクラスだ。
誰が乗っているかは分かっている。
「やぁ、ムッシュ・ベルトラン伯爵」
後部座席のドアが開いて初老の男---モーリス・ゴダール大佐が出て来た。
傍らには軍曹が控えている。
相変わらず2人で1組---基本的な相棒同士であった。
「よぉ、ゴダール大佐。元気か?」
「あぁ。元気さ。それにしても驚いたよ。まさか、2人の麗しい淑女と1人の坊やを私に子守りさせるとは」
「嫌だったか?」
「いいや。孫のように良かったよ。ソフィア嬢など気立ても良くて美人だし、クラリス嬢も将来は美人確定だ」
「ベルランテはどうだ?」
「気弱な所はあるが、優しい子だ。何より人を慈しむ。私が物を落とした時など、直ぐに拾ってくれたし、椅子なども引いてくれたよ。そうだろ?軍曹」
「はっ。気配り上手で感心します。これもソフィア嬢が一心に2人を育てた賜物でしょう」
無愛想な仏頂面だったが、その時を話す顔は・・・祖父のように優しい顔だった。
まぁ・・・犯罪者と言えど人の子だからな。
それすら無くなれば・・・皆、冷酷な殺人機械になる。
相棒も同じ事だ。
「3人揃って部下達に可愛がられたよ。特にソフィア嬢などは、部下達が頻りに口説いていたよ」
プレゼントは序の口でディナーの誘いなどだったらしい。
「・・・・そうか」
「男の嫉妬は醜いぜ?相棒」
俺は、ここぞとばかりに不機嫌なオーラを出す相棒を笑った。
「お前も人の事が言えるのか?そのように人の傷口に塩を塗り込んで」
軍曹が、俺を仕留められなかった怒りをぶつけるように言ってくる。
「言えるさ。なにせ相棒なんでね」
「・・・何時か殺してやる」
“何処ぞの誰か”さんが常に言う言葉を軍曹は言った。
階級も下士官だから同じだ。
「やれるものならどうぞ」
それに対して俺は笑みを浮かべた。
それから遅れてブレイズ達が来て、ケースを無事に大佐へ渡して仕事は終わった。
その後、オリビアは音も無く俺たちの前から消えたのは、大佐たちが去ってから数分後の事だった。