第十九章:ケース奪取
俺とオリビアは兄貴達と合流して数キロ先の港へ向かった。
兄貴の話によれば自称S.A.Sのトミーは、何と驚くべき事に正真正銘のS.A.Sの隊員“だった”らしい。
階級は1等軍曹。
何であいつがS.A.Sで、しかも軍曹なんだよ。
どう考えても2等兵が良い所だ。
S.A.Sなら、もう少しマシな奴だと思っていたが、そうではないらしい。
強制除隊させられたと言うが、何となく理由は想像できる。
あの性格と差別主義な言葉だ。
イギリス人ではない隊員と揉めるのも無理は無い。
そして敵に対してもそうだっただろう。
S.A.Sは特殊部隊の元祖だ。
だから、様々な戦場を経験したし、同時に怨みも買った。
そこへあのトミーみたいな野郎が隊員と来れば、いらぬ怨みも買ったに違いない。
普通は、そういう時点で落とされる筈だ。
それなのに入隊できたのだから甘い。
「まったく天下のS.A.Sも落ちたもんだ」
俺は呆れ果てて物が言えなかった。
「でも、腕は確かな筈よ。仮にもS.A.Sの試験をパスしたんだから」
「確かに・・・しかし、問題なのは君だろ?」
「・・・元仲間からは追われる、でしょうね」
IRAはアイルランド人で構成された組織だ。
アイルランド人の性格を表すような言葉がある。
“アイルランド人の怨みだけは買うな”
イギリスに300年間支配されて来た彼の民族は、未だに怨みを忘れていない。
宗教的な関係もあるが、とにかく彼の民族を怒らせたり、裏切れば・・・想像を絶するような報復を受ける。
そして蛇みたいに追い掛けて来るんだよ。
全員がそうではない。
しかし、こんな言葉がある事で、彼の民族を表している。
オリビアの組織---IRAは絶対に彼女を許さない筈だ。
何処までも追い掛けて凄惨な報復手段を取るのは間違いない。
それなのにオリビアは落ち着いている。
「何で、そんなに落ち着いているのか・・・・知りたい?」
俺の心を読んだようにオリビアは運転をしながら訊く。
「あぁ・・・・・」
「組織の事は大体、知っているわ。それに和平派ともパイプがあるの。だから、そう簡単にはやられないわ」
「自信はあるのか?」
「あるわ。心配しているの?」
「・・・知り合った女が死ぬ所なんて見たくない」
「紳士な人ね。でも、その紳士さが時に仇となるわよ」
「・・・・・・」
「人間なんて所詮、最後は1人になるのよ。恋人もそう。特に金絡みとなればシビアになるでしょ?」
吸血鬼から聞いた話だと、夫婦でも金は別。
オリビアの言葉はその通りだった。
「・・・覚えておく」
「そうしなさい。私が何時までも貴方の傍に居られる訳じゃないんだから」
「・・・・・・・・」
彼女が居る手前、偉そうな事は言えない。
しかし、だ。
傍に居てくれ・・・そう言いたい。
まぁ、あくまで願望で、彼女が答えてくれる訳ない。
「・・・着いたわ」
彼女が静かに車を停める。
「・・・・・・・」
俺は闇夜に慣れた眼で窓ガラス越しに見る・・・・・・・・居た。
S.A.S強制除隊者のトミーが。
ケースがある。
手錠に繋がれている。
あれか。
距離的に言えば凡そ300m位、か。
狙撃銃があれば何とかなるだろうが、生憎と無い。
何より狙撃が出来ない。
確実に相手を仕留める腕が無いんだよ。
兄貴達は?
と思っていたら・・・・・・・・・・・
「もう動いているじゃねぇか」
兄貴とショウは車から降りて進んでいる。
俺達も行かないといけない。
俺とオリビアは車から降りた。
オリビアがAR-18、俺がワルサーMPLである。
兄貴は・・・・何時の間にかショットガンを持っていた。
ウィンチェスターM1300の固定式ストック。
ショウは・・・見えないがライフルだ。
何時の間に用意したんだよ。
なんて突っ込みをしている間に2人は配置に着く。
俺とオリビアも少しずつ近付いて行くが・・・会話が聞こえてきた。
『それが品物か?』
『あぁ。これで俺の復帰も叶うんだろ?』
男の声とトミーの声がする。
なるほど・・・・復帰を条件にやった訳か。
『あぁ。階級も2階級特進で准尉だ』
随分と中途半端な2階級特進だな。
『おいおい、戦死した訳じゃないぞ?』
『そうだな。しかし、戦死して特進する位・・・この品さえあれば、和平などブチ壊せるのだよ』
『和平か・・・冗談じゃねぇよ。あの土地は俺たちの土地だぞ。それを未だに独立するなんて馬鹿な行動だ』
『その通りだ。だが、奴等にとっても私達にとっても・・・好都合な事だよ』
『そうだな。それじゃ・・・・・・・・・・』
『居たぞ!奴らだ!!』
誰かの声がした。
ふとオリビアを見ると舌打ちをしている。
「・・・仲間、か?」
「元が付くわ。不味いわね・・・これじゃ三つ巴じゃない」
「ボスニアもそうだったからな・・・・・まぁ、途中で同盟を結んだが」
「そうなの?それで、この場合は同盟を組むべきかしら?」
「・・・・いいや。邪魔する者は」
“ぶっ殺せ”
俺たちの声が揃う。
そして火花が散る。
誰が敵で味方なのか、皆目見当もつかない。
ただ、火花が散るだけだ。
花火のように一瞬だけの光が・・・・何度も見える。
俺とオリビアは走りながら銃を撃った。
走ったまま撃った所で、当たる弾などマグレだ。
しかし、敵の注意を逸らして怯ませる効果はあるんだよ。
『ちっ・・・イエロー・モンキー共が!!』
「くたばれ!トミー!!」
俺はワルサーMPLの引き金を引き続けてトミーに狙いを定める。
あいつからケースを奪えば後は知らん。
逃げるだけだ。
『な、何だ?奴等は?!』
『オリビアが居るぞ!あの女、裏切ったぞ!!』
「もう貴方達の行動には付いていけないわ」
静かにオリビアは言うと、AR-18で元仲間を撃つ。
正確に無駄の無い動きで・・・・・・・・・・
元仲間達は最初に足を撃たれる。
次に膝を突いた所を胸に数発、撃たれて絶命する。
足を撃つ事で動きを一時的に停止させて、撃つ芸当は見事だった。
正しく“災いを呼ぶ女”と言われてもおかしくない。
しかし、そんなオリビアが頼もしい。
それと同時に・・・・切ない程に美しくもあった。
『このままじゃやられるな。おい、逃げるぞ』
トミーが取引相手と一緒に車へ乗り込もうとする。
だが・・・・・・
パシュッ
小さな音---サプレッサーを取り付けた銃声が静かに港に木霊する。
その音だけが何故か、俺の心に響いた。
パシュッ
またした。
一発目でケースと繋いでいた手錠を撃ち抜き、次にケースを持っていた手を撃った。
「ぎゃあっ!!」
トミーが情けない声を出す。
「元特殊部隊が情けない声を出すなよ!!」
一気に距離を詰めて俺はトミーの顔に蹴りを・・・お見舞いした。
彼女直伝の上段回し蹴りだ。
しかし・・・・・・・・・
「甘いんだよ!!」
トミーはそれを受け止めて、俺に反撃する。
ちっ・・・やっぱり元特殊部隊だけあって駄目か。
だが・・・・・・・・・
「おら!!」
俺はジャンプして、別の足でトミーの右顔を蹴った。
「ぐぼら!!」
トミーは予想もしなかった方角からの攻撃を諸に喰らい、地面を擦るようにして倒れた。
「ブレイズ、ケースを持って走って!!」
オリビアがAR-18を撃ちながら俺を援護する。
「了解!!」
急いでケースを持ち車に向かって走る。
「あの東洋人を殺・・・・ぐあ!!」
「東洋人と言うな。糞が」
兄貴がショットガンでIRAのメンバーを蜂の巣にして言う。
そしてショウは・・・サプレッサーが最初から取り付けられたライフル---“VSS”で狙撃していた。
あれでケースを狙ったのかよ。
VSSとは旧ソ連が開発した近・中距離専門とも言える狙撃銃だ。
専用の弾丸を使ったVSSは400m以内なら防弾チョッキも貫く、と言われている。
しかも、フルオートが可能と言うから恐ろしい。
だが・・・味方に撃ってもらえると有り難い物だ。
そう思いながら俺は車に乗り込む。
直ぐにオリビアも乗り込んだ。
そして兄貴達も引き上げて無事にケースは奪還出来た。