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第二章:パン屋の仕事

翌日、俺は朝の5時に目を覚ました。


ソファーを見れば相棒はまだ寝ていた。


「やれやれ。お前はソファーで俺は堅い地面かよ」


居候させてもらった身とは言え、少し理不尽過ぎると思いながら俺は冷蔵庫を開けてみた。


「卵、ベーコン、ジャガイモ・・・・随分と買い揃えているな」


冷蔵庫の中には色々な材料が入れられていた。


どう考えても目の前で惰眠を貪っている相棒が買う訳が無い。


料理は出来ると聞いていたが、こいつの性格だ。


コンビニに売っているような弁当で料理とほざいているに違いない。


となれば女か。


俺はあの女以外にも泣かせたんだろうな、と思いながら朝食の準備を始めた。


先ずベーコンをこんがりと焼き上げて、そこへ卵を掛けた。


半熟でだ。


焼き終えたベーコンと卵を皿に置いて今度はジャガイモを熱くした鍋の中に放り込んで茹でた。


その間に相棒は目を覚ました。


「起きたか。相棒」


俺は皿をテーブルに置きながら相棒に話し掛けた。


「あぁ。ふぁーあ。何を作ったんだ?」


「ベーコンと半熟卵、後は茹でたジャガイモだ」


「そうか。おっと時間だ」


相棒は腕に嵌めた洒落た時計を見てソファーから立ち上がった。


「何の時間だ?」


「注文してるんだよ。パンと牛乳を」


それがこいつの朝飯らしい。


「冷蔵庫にこんだけ食材があるのに買い食いかよ。食材まで泣かせるなよ」


「昼と夜にはそれを使う予定だった」


相棒は欠伸をまたしながら枕の下から恋人を出した。


黒い銃身に武骨な外見が特徴で多分、会ったら挨拶代わりに頬を引っ叩かれそうな女、と思うだろう。


まぁ、強ち間違いではない。


初対面だろうがお構いなしに挨拶として平手打ちを喰らわす女だからな。


しかし、惚れた男にはとことん尽くす、という良い女でもある。


コルトM1911A1軍用拳銃。


団栗みたいなズングリムックリな45A.C.P弾を使用するオートマチック拳銃にしてモーゼルと並び軍用拳銃界の王と謳われる拳銃だ。


それが相棒の恋人だ。


未だに軍隊で使用されているが、今では極僅かだ。


理由として9mmの方がどちらかと言うと普及し始めたからだな。


それでもアメリカでは未だに民間用として高い人気を集めている。


逆にヨーロッパでは45口径は余り好かれていない。


だから、弾の補充が面倒だし足が付き易い。


相棒はショルダー・ホルスターにコルトを収めると左腋に吊るし、その上から黒のジャケットを着込んだ。


それからドアの方に行くとピンポーンと可愛らしいインターホンの音が鳴った。


相棒は壁に背を預けて「誰だ?」と訊ねた。


間違ってもドアの前で立つような真似はしない。


ドア越しにアサルトライフルを撃たれる、なんて事もあるからな。


「おじちゃん。開けてー」


ドア越しからこれまた可愛らしい声が聞こえてきた。


子供が届けに来たのか。


昔ならいざ知らずこんな時代でも子供が朝早く働くとは珍しいな。


そんな事を思いながら俺は茹で上がったジャガイモを鍋から取り出して皿に乗せて、傍らにバターを置いた。


そしてテーブルに乗せると相棒がバスケットを持って入って来た。


「子供が宅配人か?」


「あぁ。ここでパン屋を営む姉妹の弟だ」


「こんな猥雑な町でパン屋を営むとはその姉妹に同情するぜ」


「まぁ、あんな小さな子供の教育的には良くないからな」


幼い頃からこんな所で育っては危ないな、と俺は思いながら相棒が持って来たバスケットの中身を覗いてみた。


“お堅い御婦人”を思わせるフランスパンと、そのパンとは対照的に赤ん坊の手みたいに白い牛乳、それからラップに包まれたサラダが入っていた。


しかも、手紙付きだ。


「誰からだ?」


「パン屋の姉妹からだ」


相棒に断ってから手紙を読んでみた。


『おはようございます。ムッシュ・“ベルトラン”。毎日、私たちのパンを買って下さってありがとうございます』


綺麗な文字で書かれている文字。


書いた相手はきっと爽やかな女性だろうな、と俺は柄にもなく思った。


そしてベルトランという字である人物を思い出した。


“鎧を着た豚”なんていう酷い渾名を持った男だが、俺的にはこちらの方が合っている気がする。


“ブロセリアンドの黒いブルドッグ”


このフランスでは名将と言えば“長靴を履いた猫”を画に描いたような男を浮かべると俺らの故郷では思うだろう。


だが、そうではない。


あんな奴より名将と呼べる男が居る。


ベルトラン・デュ・ゲクラン。


百年戦争でフランス軍として戦った英雄だ。


若い頃は馬上槍試合を好んでいた性格で、その容姿は醜く「レンヌからディナンまでで一番醜い」とも言われていたらしい。


しかし、それでも2回も結婚した。


戦術的には真正面から戦うより夜戦、奇襲、焦土戦など敵が嫌がるような戦いをして劣勢を挽回してみせた。


国王からの信頼も厚く死んでからはフランス王家代々の者のみが眠るサン・ドニ教会の墓所に埋葬されるという待遇を受けたんだ。


話を戻すと、俺の相棒もベルトランみたいに「ブルドック」な顔だ。


そしてフランス外人部隊ではフランス名と国籍を与える事がある。


「お前さんのフランス名って、ベルトランか?」


「あぁ。ベルトランだ」


こいつの上官だった男がこいつを見るなり「ベルトラン」と命名したらしい。


・・・・・・良い趣味してるぜ。その上官は。


などと俺は思いながら手紙を読み続けた。


『何時もパンを買って下さるのは嬉しいですが何時も同じ物では飽きるでしょうし、たまには栄養ある物を食べて下さい』


こういう所を心配する時点で爽やかで尚且つ優しい、と決まったなと俺は思いながら更に手紙を読み続けた。


『だから、今日はサラダをサービスしておきますね』


なるほど・・・サラダはこいつの為か。


「その顔でどうやったら女を物に出来るのか是非とも教えて欲しいな」


「色男がほざくな」


相棒は鼻で嗤いながらマスケットからパンと牛乳、そしてサラダを出した。


俺から手紙を取り上げると引き出しの中に仕舞った。


しかし、一瞬だが何枚も重なっている所を見た。


「ぜんぶ取っているのか?」


「悪いか?」


いや、別に悪いとは思わないが・・・・・・・


随分と・・・・・・可愛らしい所があるんだな、と俺は気色悪い事を思った。


そんな気色悪い事を考えるのを早々に止めて椅子に座った。


「で、これからの事だが今日はどうするんだ?」


まだ6日ある。


運ぶ人間もまだ来ないし武器もまだだ。


これからどうするのか俺は訊ねた。


「今日はこのパン屋の仕事だ」


仕事?


「何をするんだ?」


「パンをトラックで配達する」


相棒はベーコンと卵をナイフとフォークで綺麗に切り口元に運びながらぶっきら棒に答えた。


何でも姉妹の両親は既に死んでおり姉妹とも運転免許は持っていないらしい。


だが、車はあるしパンを買いたくても理由があり直接買えない客も居る。


そんな客たちの為にも配達をしなければならない。


アルバイトを雇う金も無いからどうしようかと困っているらしい。


そこへ天の助けとばかりにこいつが手伝いに行くらしい。


「優しいな」


「別に。いつもサービスしてくれるから借りを返すだけだ」


・・・・・素直に姉妹を助ける為と言えないのか。


天の邪鬼が。


俺は心の中で悪態を吐きながら、フランスパンを食べてみた。


「!!な、何だ、これは・・・・・・・・・!?」


口の中に広まり、頭を支配するのはライ麦畑だ。


そしてその畑の中には美しい女性が居た。


口元まで見える女性は僅かに笑ってみせた。


それから一気に口の中で弾けた。


こ、これは・・・・・・・


「今まで食べて来たパンの中でも一番の味だ!!」


「・・・料理の評論家になれ」


相棒は俺を見ながら嘆息してパンを飲み込んだ。


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