第六章:車探し
ディアドラは作戦を俺達に説明しながら紹介してくれた。
俺、兄貴、ショウ、自称SASのトミー君、コンピュータ技師のデジコン、運転手のエンジン。
そしてディアドラ。
この7人がケース強奪のチームだ。
「武器と車は紙に書いて頂戴。一日で用意するわ」
一日で・・・か。
中身がどんな物か気になるぜ。
「ケースの中身は?」
俺は質問した。
「私も知らないわ。ただ・・・一国の主が首を吊る程の品物とは覚えておいて」
「つまり・・・失敗すれば俺達も首を吊ると?」
「私達“だけ”なら良いけどね」
「・・・・・・」
こいつはボスニア以上に厳しいな。
「ケースは一人が鎖で結んでいるから手首を切るか壊す必要があるわ」
「衝撃には強いのか?」
兄貴が訊いた。
「えぇ。だけど中身は出さないように」
「護衛の数と装備は?」
今度はショウが訊いた。
「拳銃、サブマシンガン、ショットガンが確認できたわ」
随分と揃えているな。
この装備から察するに相当な代物だと思いながらディアドラの話を聞き続ける。
「逃走してから落ち合う場所は直前に教えるわ。それから成功報酬は現金で一人頭50万ユーロ。前金で半分の25万を上げるわ」
50万ユーロか。
これならモンマントルで遊べるな。
それこそサービスだって・・・・・・
っていかんいかん。
今は仕事の事に専念しよう。
「それで決行日は?」
トミーが作戦の決行日を訊ねた。
「その前に敵の日常生活などを調べる必要があるな」
兄貴がトミーの言葉に続く形で言った。
「はん。そんな事を調べてどうするんだ?」
「万が一この作戦で失敗した時の保険だ。日常生活などを調べてそいつがどんな生活を送っているのか把握する。若しくは近親者などを誘拐してケースと交換する。それに敵の事を調べて戦う事は戦争では基本だろ?」
それもSASならそれ位は基礎中の基礎として知っているだろうに・・・・・・
「確かにその通りだな」
デジコンが兄貴の言葉に頷いた。
「保険を掛けるのは必要だ。それに標的の事を詳しく調べれば不測の事態にも対応できる」
「それじゃ相手の事を探るのが第一か?」
エンジンが俺らを見て確認するように言った。
「そうね。それじゃ言い出しっぺのベルトランとブレイズにそれは頼むわ」
「了解。良いな?ブレイズ」
「了解です」
「では今日の所は解散。明日から貴方とベルトランは行動を開始して。残りは明日ここに来て」
以上解散。
俺たちは廃棄所を出て車に戻ろうとした。
「おい、待てよ。ブルドック」
トミーが俺達を呼び止めた。
「何だ?」
「てめぇ、俺をよくも虚仮にしたな」
「俺は本当の事を言っただけだ。それからSASならもう少し自尊心を持て。そんなんじゃ・・・偽物だと直ぐに知られるぞ」
「てめぇ・・・・」
トミーが懐に手を伸ばそうとした。
しかし、止めた。
「覚えておけ。作戦が終わったらてめぇをミンチにしてやる」
「やれるもんならやってみろ」
トミーは俺らを睨んでから車に乗り込んで走り去った。
「あれで元SASならとんだ名折れだな」
兄貴の言葉に俺は頷く。
あんな基礎中の基礎も知らないばかりか逆切れするような男が元SASなら名折れだ。
いやSASに対する冒涜と見て良いだろう。
まぁ、それで殺されようと俺の知った事ではないが。
「それはそうとブレイズ。お前、車の運転は出来るか?」
「勿論です。ただ愛車は無いです」
「そうか・・・先ずは車を調達するか」
兄貴はポルシェを見た。
確かにこいつでは目立つ。
ルノーかアウディ辺りの平凡ながら馬力のあるモデルが妥当だ。
ポルシェでは目立つ。
「どうします?」
「まぁ何とかなるさ。相棒。先に帰ってくれ」
俺はブレイズと寄り道してから帰ると兄貴は言った。
「分かった。あまり無茶させるなよ?」
「さぁてどうだかな」
2人は笑い合いながらも別れた。
こういうのを相棒同士と言うんだろうなと思いながら俺は兄貴に付いて行った。
「何処へ行くんです?」
兄貴の左隣を歩きながら訊ねると兄貴は煙草---ジタンを俺に渡して来た。
それを受け取り口に銜える。
「車の調達だ。今の時間ならちょうど良い車が駐車場にはある筈だ」
駐車場・・・調達・・・時間・・・・
「盗むんですか?」
「“借りる”と言え。人聞きが悪い」
いや、借りるも何も人様の車を拝借するんだから盗むと言うしか・・・・・・・
まぁ、盗難車で尾行するのは良い。
ナンバー・プレート、ID、色などを変えてしまえばそう簡単には判らないし使い捨てがし易い。
とは言え盗むのは気が引けるが仕方ないと強引に納得させた。
兄貴とジタンを吸いながら適当な駐車場を探す。
出来るならビルの中が良い。
人目もやはり気になるしビルの方が監視カメラなども誤魔化せる時がある。
歩き始めてから30分。
ビルの駐車場が見つかった。
俺と兄貴は駐車場へと行き監視カメラがあるか無いかを確認してからお目当ての車を探した。
「・・・兄貴、これなんてどうです?」
俺が見つけたのは“アウディ・S8”だ。
こいつは4WDのセダンでステアリングでも操作可能な4速ATの上に馬力もある。
色は黒でそれなりに使い古されているから目立たない。
「こいつにするか」
兄貴はそう言うと懐からスイス製の“アーミー・ナイフ”を取り出した。
こいつは軍などで戦闘以外---日用品などで使用する事を目的として開発された多種多様なナイフだ。
兄貴は錠解き具を起こした。
先端が鉤型だった。
それを鍵穴に入れてシリンダー・ピンを探るが直ぐに開いた。
防犯作動は起きていないから取り付けていないのか?
どちらにせよ良い事だ。
直ぐに俺と兄貴はアウディ・S8に乗り込む。
それから兄貴はステアリングを外し、イグニッションとバッテリーの配線でエンジンを作動させた。
殆ど時間は掛っていない。
煙草を1本ほど灰にするかしないかの時間だ。
「随分と手慣れていますけど、やった事が?」
「餓鬼の頃は手の付けられない悪餓鬼でな。夜間学校を出る為に稼いだ金もこんな仕事で儲けた」
何とも凄い学費の稼ぎ方だな。
とは言え金に汚いも綺麗も無いから貰った方から言えば何でも良いだろう。
兄貴はギアをR---バックにしてからアクセルを踏み駐車場を出た。
「さて、これで明日からの尾行に使う足は出来たな」
「ですね。それで今夜は終わりですか?」
「あぁ。お前はどうする?仕事はあるんだろ」
「ありますけど、家で仕事をやると言えば別に行かなくても内は良いんです」
何より会社で暮らしていた様なものだから向こうから言わせれば家に帰ってくれるという事で嬉しいだろうな。
「そうか。なら俺の家に来るか?」
「良いんですか?」
「あぁ。明日から行動を共にするんだからな」
「ではお言葉に甘えます」
「よし、じゃあ帰るか」
兄貴はライトを点けて夜のパリを走りながら自宅へと向かった。
「そう言えば、兄貴がホテルで会っていた女が今回の依頼人ですよね?」
「あぁ。それがどうした」
「いえ。ただどうやって兄貴と知り合って、何で兄貴の職業を知っていたのかな?と思いまして」
「それなら簡単だ。あの女とは外人部隊の時に知り合ったんだ」
「と言うと?」
「偶々あいつの旦那が俺の居た隊に来たんだ。その時に出会った」
「それで関係を持ったと?」
「旦那が他の女に夢中だから自分も、と思い立ったんだよ」
「まぁ、平等ですね」
旦那が他の女に入れ上げているならこちらもまた他の男と関係を持っても良いだろう。
それを責めるならあんたが言えた身か?と言い返せば良いだけの話だ。
「それからの関係で偶々パリで再会して頼まれたという訳だ」
「そうですか。しかし、どんな秘密なんだか・・・・・・・」
「意外と本人にとっては重大だが、周りから見ればそんな物かと言える代物かもしれないな」
「案外そうかもしれませんね」
俺と兄貴はそんな話をしながら家へと向かい続けた。
時間は既に0時を切り1時になろうとしていた。




