第四章:三ツ星ホテル
俺はショウが運転するBMW・E63の中で煙草を吸いながら相棒なる男の話を聞いていた。
傭兵というやつはかなり神経質とも言えるほど用心深いと聞いているが、どうやら俺は「身内」として懐に入れたらしい。
でなければ助けたらその場で「さようなら」という感じだ。
これも戦場ジャーナリストとしての性かそれとも俺自身の売りなのかは不明だが良いとする。
「なるほど。元陸自&外人部隊とは凄い経歴だな」
傭兵になる奴等は大抵だが何処かの軍隊上がりが多い。
それは当たり前と言えるが、中にはそのままなった奴も居る。
ただし、やはりもし傭兵になるのなら正規軍で基礎知識などを学んでそこからスタートするのがベストだ。
そうじゃないと三流としか言えない組織にしか雇われないし運が悪ければ車に縛り付けられて爆弾背負って突っ込むなんて笑うに笑えない仕事しか任されない。
話を戻す。
ショウの相棒は元陸上自衛隊「第一空挺団」に所属していたが後に除隊しフランス外人部隊「第二落下傘連隊」に所属していたという生粋の空挺軍人だという。
ヘリと飛行機の運転も出来るらしいが、そこはやはり空軍出のショウに軍采が上がる。
「で、そいつはブルドック顔なのか?」
話を聞く限りその相棒という男の顔は美男子とは程遠い顔らしい。
しかし、この車もその相棒に熱を上げる奥様達からプレゼントされたものというから面白い。
「あぁ。態度も最悪だ。しかも、女泣かせで天の邪鬼。おまけに嘘吐きだ」
何でもパリで再会した時に女を泣かせたらしい。
美人だったらしいが、涙を流しながら出て行ったという。
「映画のワン・シーンだな」
BARでそんなシーンは映画くらいと思っていたが・・・現実にもあるとは・・・・・・・
「まぁな。所でお前にはこれが居るのか?」
ショウは小指を立て訊いてきた。
「あぁ。居るぜ。両親からも公認されている」
「それは良かったな。しかし、何でモンマルトルへ?」
「・・・男なら解かるだろ」
「あーあ、なるほど。彼女が許してくれないのか」
如何にも、という顔で笑ってくるショウに俺は煙を吐きながら答えた。
「最近は忙しくて会えないんだよ」
「それでも貞操は守れよ」
「上司から金を貰ったんだ。それを有効に使わないと駄目だろ?」
「彼女に知られないようにしとけよ」
女の勘は神をも凌ぐと言われ俺は頷く。
女って生き物は本能が赴くままに生きてきた、と誰かが言った。
確かにその通りと思える部分はある。
その中に勘があるんだよ。
勘なんてと思うだろうが、女の勘は鋭い。
現に何度も勘が当たった事があるから侮れない。
もし、知られたら・・・・・・・・・・
俺は身体を震わせた。
「尻に敷かれてるな」
「うるせぇ。男は女の尻に敷かれて生きるのが良いんだよ」
と俺は憎まれ口とも言える言葉を吐き窓へ視線を移した。
ここに来てから既に数年は経つが、やはりアメリカより良いと思う。
俺の知り合いもアメリカで暮らしていたが今は北欧に暮らしている。
仕事は良い立場だったのにそれを捨てて北欧に引っ越したという男だ。
名前は“吸血鬼”・・・・・・・
何でこんな名前と思うだろうが、低血圧な奴で夜間に動きが活発になるからだそうだ。
まぁ本人がそうだからそうなのだろう。
話を戻すとあいつ曰く「アメリカの飯は不味い」との事らしい。
俺も食ったが・・・脂があり過ぎんだよな。
パンを始め肉も魚も脂がコッテリとある。
どれだけ高カロリー食だ?と思うが近年「和食」がブームになっている事を考えれば想像は簡単だろ?
食べ物だけでなく飲物も驚くほど甘いし、水もミネラル・ウォーターしか飲めん。
前に一度・・・初めて行った時にホテルの水道で飲んだ事がある。
その日の内に下痢が止まらなかった。
それからはミネラル・ウォーターを飲むようにしているが。
まぁ・・・日本がどれだけ環境的に良いか痛感させられたが、な。
でそんな事もあり吸血鬼は北欧へ引っ越していった。
俺もここに引っ越してから思う事は食べ物などが口に合うという事だ。
人によって差などはあるだろうが、少なくともアメリカ料理より俺はこちらの方が舌に合う。
「そう言えば・・・その相棒の名前は何だ?」
ここで俺は気になった事を口にする。
まだ相棒の名は訊いていないからだ。
「ブルドックと言う渾名で思い付く人物は誰だ?」
「謎かけかよ。そんな奴この国では一人しか居ないだろ」
こんな簡単な謎かけは幼い子でも解ける。
「ベルトラン・デュ・ゲクランだろ。鎧を着た豚なんて酷い渾名もあるが、それでもフランスを救った英雄だ」
この男は百年戦争でイギリスに奪われた領土を半分以上も奪い返した英雄だ。
聖女であるジャンヌ・ダルクよりも、長靴を履いた猫よりもこの男のやり遂げた事の方が上だと俺は思っている。
まぁ・・・最後の事を贔屓眼に捉えてしまうのは日本人独自の性と思えば良い。
「それが相棒のフランス名だ」
「外人部隊だから、か」
その通りだと頷いてショウは煙草---ラッキー・ストライクを銜えた。
外人部隊はかつて犯罪者の隠れ蓑という渾名もあった。
何故かと言えばフランスの国籍とフランス名を与えられる事がある。
手っ取り早く素性を隠せられるし金も掛らず国籍と名前を得られるんだから当たり前だな。
かつてはWWⅡの終戦後にナチス・ドイツの軍人が大勢この外人部隊に入隊しインドシナなどに派遣されて行った。
戦地ではナチスの讃美歌などが歌われていたというから凄い話だろ?
とは言えそれはかなり切羽詰まった話で更に言えば昔だからだ。
今はICPO---国際警察機構と連携して軽犯罪者以外は即逮捕と言う事になっている。
このICPOだが逮捕権は無い。
犯罪者がここに居ればフランス警察が逮捕して改めて引渡条約などで他国へ渡されるのがセオリーだ。
だから、映画や小説みたいにICPOが指揮権を担うって事は万に一つも有り得ない。
話を戻そう。
「で、そのベルトランは何処に居るんだ?」
「パリの三つ星ホテルだ」
「何でそんな所に?」
「簡単だ。外交官の奥方が相棒に熱を上げているのさ」
「羨ましい限りだな」
「そうでもない。相棒の方は“良い歳した女が盛りのついた犬”みたいだと言っていた」
「夫が不能とか?」
「有り得るな。それにせっかく外国へ来たんだ・・・他国の男を味わうのは男女ともに有り得るだろ?」
「言えてるな」
そう言い俺は高笑いを上げた。
そしてショウが運転するBMW・E63でパリの三つ星ホテルに到着したのは午後2時だった。
「ヒュー。流石は三ツ星ホテル・・・玄関からゴージャスだな」
三ツ星ホテルの直ぐ近くに車を停めたショウは煙草を蒸かす。
俺の方はホテルを見ながら口笛を吹いた。
「あぁ。しかし、どうも落ち着かない感じだ」
「まぁな。俺らには高嶺の花だ。とは言ってもああいう所の方が警備的な面では万全だ。反面で音が漏れ難いから誘拐とか暗殺しても簡単には知られないが」
「ああいう所でやるなら22LR弾か毒を持って殺すのが一番か?」
「あぁ。諜報部員にインタビューした時もそう言っていた。ライフルで狙うのも良いが、確実にそれこそちゃんと殺したと確認するなら近距離で殺すのが一番だと言われた」
「それはスナイパーが少ないからだろ」
「その通り。ただ、近距離でやれば用意を何重にもして初めて実行するしかないとも言っていた」
何も考えずに近距離でやるなら使い捨てを使うのが後腐れなくて良い。
金を渡す振りをして殺すのが一番だ。
映画とかではお決まりのパターンと言えるが、それが現実的に言えば効率的には良いんだよ。
正規の奴等を使うのが確実とも言えるが・・・しくじれば面倒だからな。
「ん?」
「どうした?」
「いや・・・あの男か?」
俺が顎で指すとショウは煙草を吸いながら窓ガラス越しに視線を寄こした。
回転ドアから出てきたのは一人の男。
黒髪と黒眼という有り触れた色だが、何処か他よりも暗い感じがした。
服装もまた黒いし古風だ。
黒のトレンチコートに黒のハンチング帽で更にサングラスまで掛けている。
あれでマスクをしてショットガンでも持てば立派な強盗だ。
その男の後を追う様に女が出てきた。
30になったばかりで見るからにゴージャスな層だ。
男はボーイに車を持って来いと命令して立ち止まると煙草を取り出して銜える。
それを女は無視して話し掛けるが男はまったく答えようとしない。
周囲では気にした素振りも見せていないのは日常茶飯事なのかそれともこのホテルはそういう所なのか?と錯覚する。
「相変わらず女に冷たい男だ」
ショウは短くなった煙草を灰皿に捨てながら呟いた。
「あの男が相棒か」
「あぁ。これから行きつけのBARで落ち合うから先に行くか」
「だったら、何でここまで来たんだ?」
「暇つぶしだ」
あまりの理由に俺は溜め息を吐いたが、直ぐに「行こうぜ」と言い車を発進させた。
その間も女は男に話し掛けていたが男は車が来ると直ぐに乗って消えて行くのが見えた。




