第三章:猟犬の愛車
俺とショウはモンマルトルから離れて行った。
「何処まで行くんだ?」
今の所体力は問題ないのだが、行き先を教えられていないから訊ねてみた。
「もう少し行った所に駐車場がある」
そこに買った---プレゼントされた車があるらしく試車中だったらしい。
「その割には随分と離れてるな?」
「まぁ・・・用心の為だ」
「そうかい。で、誰にプレゼントされたんだ?」
「相棒だ」
「・・・あんた、まさか」
俺はまさかこいつまでと思ったが即座に否定された。
「馬鹿言うな。相棒に貢いでいる奥様方の金で買ったんだよ」
その相棒という男もまた車をプレゼントされたらしい。
「随分とまぁ・・・女に困らない様子で羨ましいぜ」
「まぁな。大抵の物は全て金にするが車は喜んで貰ったぜ」
酷い言い方かもしれんが、車なら確かに必要だ。
他の物は・・・まぁ、要らないから金にするのが妥当と言えるな。
「で車種は?」
「BMWだ」
「くぅー、羨ましい。俺も欲しいぜ」
生憎と安月給のジャーナリストには高嶺の花とも言える代物だ。
買えなくはないが、他の事も考えるとどうして維持費が・・・・・・・・
「まぁ頑張りな」
まったく感情が込められていない事に多少の怒りを覚えながら俺とショウは走り続けた。
「そう言えば・・・あの犬っころフランスNO.1の傭兵と言っていたが嘘だろ?」
あれでNO.1と言うのなら傭兵その者が否定される。
別の意味ではNO.1と言えるが。
「あぁ。相棒の話だと傭兵であった事は確かだ」
「大かた大口叩いたが実戦では逃げてばかりだろうな」
あの手の輩は大抵だが口だけは達者だ。
だから自分を売り込む事に関してはピカイチの才能を持っているんだ。
しかし、そんな物は何れ知られてしまい信用を無くすのが落ち。
あいつも大かたその手の類いだろうな。
「よく判るな?」
「伊達に戦場ジャーナリストでピューリッツァー賞を取れそうになった訳じゃねぇ」
「ほぉう。随分と大物を取り損ねたんだな」
「3ドルの価値も無い糞に奪われた」
差し詰め鳶に油揚げを奪われた心境だ。
「3ドルねぇ。確か・・・そいつ地雷を踏んだな」
「知ってるのか?」
あいつがあれからどうなったのかは知らなかったから興味が沸いた。
「あぁ。賞を取ったまでは良かったらしいが、そこからは坂道を転げ落ちる形だった」
そしてもう一度賞を物にするため紛争地帯へ行った。
しかし、そこで地雷を踏み負傷したらしい。
そのままお陀仏すれば良いのに生き残るのだから悪運が強い奴だ。
「確か、更に捏造疑惑で干されたらしくそこから・・・“吊るされた”らしいぜ」
吊るされた、か。
「なるほどね。吊るされたか」
「あぁ。まぁ、当然の報いだろうな」
「そんな物だろ?人生なんて」
世の中真面目な人間ほど馬鹿を見るし長生きは出来ない。
と言っても悪人だってそうはいかない。
俺の油揚げを奪った野郎はそこから吊るされた。
悪事千里を走るという例えもあるが、こういう輩は何れ自滅すると言う事をよく物語っている。
そんな事を思っている間にショウの車が見えた。
「BMW・E63とは・・・良い趣味してるな」
ショウの車はBMWの6シリーズE63だった。
色は黒で2代目。
洗練された形は流石BMW社だと頷いてしまう。
「トランスミッションは?」
「セミATの6速だ」
「防弾は?」
「付いている。ついでに武器もある・・・と、どうやら追い掛けてきたぞ」
ショウは俺と同じ銘柄の煙草---ラッキー・ストライクを銜えてドアを開けて乗った。
俺も振り返ると・・・犬っころが走って来た。
しかも、公衆わいせつ罪で訴える事ができる格好で・・・・・・
「居たな!東洋人!!ぶっ殺してやる!!」
そう言いつつ更に銃刀法違反?とでも言えば良いか?
いや、この場合は殺人未遂か。
とにかく更に罪を重くする行動をしてきた犬っころにヘキヘキしながら俺も助手席に飛び乗った。
「掴まってろ」
そう言うや否やエンジンを掛けるなり行き成り急発進した。
しかも、バックに・・・・・・
「ぎゃあ!!」
案の定と言うべきか諸に当てられた犬っころは後ろから追いかけてきた部下に体当たりする形で飛んだ。
「薄汚い犬っころの臭いが付いたな・・・・・」
「後で洗車する」
そう言ってショウはゆっくりと今度はギアを入れ直して発進させる。
後ろでは罵声が聞こえてきたが、んな物は聞く気もないから無視する事にした。
比較的だが安全運転で走るショウを俺は横目で見ながら自分も煙草を銜える事にした。
「戦場ジャーナリストとして活躍したらしいが初陣は?」
ショウは運転しながら俺に初陣の場を訊ねてきた。
「中東だ。先輩から良い記事を書くなら中東がお勧めと言われてな」
「中東ね・・・宗教、人種、民族、色々と混ざり合ってカオスみたいな場所だよな?」
「あぁ。特に女性問題が最近は浮上して更に混乱している」
中東では現在---まぁ、かなり前だが女性問題が多く世界的にも救済の手が伸びている。
女を物扱いは当たり前。
しかも、“名誉の殺人”だとか“女性割礼”とか男の欲丸出しとも言える下らな過ぎる問題が多い。
ここフランスにも最近は中東からアフリカなどの移民が多いと聞いているが、ここでもそんな事を行っていると耳にしている。
まったく耳が痛い。
ここはあんた等の国とは違うと言いたい。
だが、逆にあんな所で育ったのだから何処へ行こうとそんな事をしてしまうのもまた仕方無いとさえ思えてしまう。
この問題はある女性政治家だったかな・・・・の話によれば「男が女を完全に信用していない証拠」と言っている。
まぁ、そうだろうな。
女を信用していないからそんな事をするんだ。
俺はどうか?
バッチリ彼女を信頼している。
しないと怒られそうだしな・・・・・・・
「女性問題か。あそこがここみたいになるのは長い時間が掛りそうだな」
「少なくとも俺らの孫の代では片付かないだろうぜ」
そう言いながら俺は紫煙を吐いた。
「だな。それはそうとお前、銃はあるのか?」
「ある訳ないだろ。俺はジャーナリストだぞ」
「それは失礼。それじゃアタッシュケースを開けろ」
言われるまま開けてみる。
中にはリボルバーが1丁あった。
色は黒で6連発式という典型的なリボルバーだ。
「・・・“S&W M19”か。車と言い銃の趣味も良いな」
こいつは好きな銃だ。
357マグナム弾も撃てるしダブルアクション機構もS&W社だから信頼性はある。
ライバル社のコルト社に比べれば遥かに洗練されているんだよ。
弾倉ラッチを引いてシリンダーを出して弾を見る。
弾はマグナム弾では典型的な357マグナム弾が6発入っていた。
「そいつは非常用だ」
「非常用?というと本命は別か」
「あぁ。今日・・・やっと“退院”した」
退院?
「誰かに泣かされたのか?」
「相棒にな・・・ベッド以外では女を泣かせないとか偉そうに言ってたくせに泣かせやがった」
お陰で半年ほど入院していたというから酷い話だ。
「まぁ、ベッド以外でも女を泣かすのが男だからな」
慰めとも言えるかどうか分からない言葉を投げながら俺は弾倉ラッチを戻した。
「それで銃を持っているか訊いてきたという事は・・・・・・・」
「お出迎えだ」
そう言われて後ろを見ると・・・・・・・・
「・・・しつこいね。あいつ」
フランスの典型的な車---青いルノーに乗り追い掛けてくる犬っころに俺は嘆息する。
「しつこさだけは一人前だからな」
「それ以外は半人前か?」
「落第点物だ」
随分と酷い言い方だが、実際そうだろうなと思いながら俺はドアを開けて後ろ向きにM19を構えた。
「悪いが男に付き纏われるのは迷惑なんだよ。さっさと野郎に尻を掘られてヒィヒィ泣いてろ。犬っころ」
引き金を躊躇いもなくボンネットに向けて引いた。
強力な反動が右手に掛るが慣れた反動だ。
ボンネットに当たりエンジンを破壊したのか・・・あっさりとルノーは停車した。
「良い腕だな」
ショウは溜まった灰を灰皿に捨てながら俺の腕を褒めた。
「まぁな。で、これからどうするんだ?」
「相棒と会う約束なんだが来るか?」
このまま降りてモンマルトルへ行ってもあまり良い気持ちはしない。
それならこの男の相棒と会ってみるのも良いなと思い俺は了承した。
「決まりだな。それじゃ・・・飛ばすぜ!!」
ショウはアクセルを踏みギアをチェンジしてスピードを上げた。
俺はこの後・・・ジェットに乗った気分を車内で味わうと言う稀な体験をした。