第一章:インタビュー
「・・・ここがプリンセス・エリザベスのフランス支社か」
俺は目の前にそびえ立つ立派なビル---プリンセス・エリザベスのフランス支社を見上げた。
プリンセス・エリザベスはイギリスのPMC---民間軍事会社だ。
アメリカのブラック・ウォーターのヨーロッパ版と揶揄される程の資産と人材を誇る。
今の社長は二代目。
前社長は元SASだが交通事故で呆気なく死亡。
その娘が後を継いだ・・・ここまでが事前に知った内容。
後はインタビューでのお楽しみだ。
服装を改めて確認する。
スーツは目立ち過ぎず地味過ぎずな紺色。
ネクタイは濃紺色でYシャツ薄青色だ。
持って行く物は手帳、ボールペン、テープ・レコーダー、カメラ・・・この4つがあればジャーナリストは十分だ。
「さて行くか」
俺は腕時計---ロレックスのサブマリーナを見た。
本来ならデジタルを使っているが、ここの場合はそれなりに見栄えする物の方が良いだろうと判断しロレックスにした。
時間は午前10:00ジャスト。
時間だ。
俺は自動ドアを潜った。
そして真っ直ぐに受付嬢の所へと足を向ける。
頭上から監視カメラがこちらを見ているが問題ない筈だ。
アポは取ってあるしな。
受付嬢の所へ行こうとした俺だが・・・・・・・・・・・
「邪魔だ。東洋人が」
ドンッ、と左肩を押されて俺は横へと移動する羽目になった。
誰だ?と思い見てみる。
フランス人らしい容姿をしているが、それだけと言ってしまえる容姿だ。
服装はそれなりだがあの顔と声を見て聞けば直ぐに中身は判る。
「シャルル・ペスだ。社長のエレーヌ・ヴィンフリードに会いたいんだが」
受付嬢の前に乱暴にも腕を出してナンパでもしに来たのか?と問いたくなるような態度・・・・・・・
ハッキリ言って門前払い確実だ。
「少々お待ち下さい」
受付嬢は顔色一つ変えずに一度席を外してエレベータに乗り込むと上へと向かった。
俺は取り敢えず待つ事にした。
煙草を吸う場所はあるが、今は止めておこう。
「おい、東洋人」
犬みたいな男---シャルル・ペスが俺に話し掛けて来た。
「生憎と東洋人という名前じゃありません」
こんな人種差別を前面に出すような野郎とは口も聞きたくないが、俺は敢えて言ってやった。
「俺から言わせれば東洋人に名前なんて要らねぇ」
「別に貴方の意見は求めていません・・・それより私に何か用ですか?」
ああ、会社の中で無ければ・・・インタビューをしなければ・・・彼女直伝の上段回し蹴りで顔を粉砕しているのに・・・口惜しい。
「ここは俺の会社だ。東洋人はお断りだ」
「俺の会社?冗談を言わないで下さい。ここはエレーヌ・ヴィンフリードさんの会社だ。貴方は社員か何かですか?」
「社員だ。それも上層部の・・・な」
嘘を吐くならもう少しマシな嘘を吐け。
社員なら・・・上層部の人間なら受付嬢に言わなくても直ぐに顔パスで行ける筈だ。
それなのにわざわざ受付嬢に行くのだから社員ではない。
まして上層部の者でもない。
それを自分でバラしているのだからお笑い草だ。
「東洋人はさっさと出て行け。ここは俺の会社だ」
「二度も同じ事を言わないで下さい。それに人種差別なんて人としてどうかと思いますよ?」
「アメリカみたいな国に負けた国民がほざくな」
俺の国は一度も戦争で負けた事が無い、とこいつは偉そうにほざきやがった。
俺が知る限りフランスは負けた事がある。
百年戦争ではイギリスにコテンパンにされ第二次世界大戦ではナチス第三帝国に北アフリカで惨敗を期した。
その上で首都を占領されてあまつさえまともに抵抗できたのはレジスタンスのみで首都解放を連合軍に任せきりだったのは何処の国だ?
フランス人はプライドが高いと言うが・・・こいつの場合はプライドなんて言葉は勿体ない。
ただの傲岸不遜な男だ。
「何を考えているかしらねぇがさっさと出て行け」
ああもう・・・我慢の限界だ。
もうこの糞ったれを路地裏にでも連れて行って叩きのめしてやる。
そう思い歩もうとした時だ。
受付嬢が現れたのは。
受付嬢の左右には・・・屈強な男を2人ほど従えている。
あーあ・・・終わったな。
「ブレイズ様ですね?」
受付嬢は俺の方を見て話し掛けてきた。
「はい。パリ編集社から来ましたブレイズです」
俺は名刺入れから名刺を出して受付嬢に手渡した。
「社長がお会いになるそうです。どうぞ、こちらへ」
「ありがとうございます」
受付嬢に促されて俺はエレベータへと向かう。
その一方で・・・・・・
「おいこら。何すんだよ・・・痛っ!!何で俺を追い払うんだよ?!あっちの東洋人の方を・・・・・・グゲ!!」
犬のように吠え立てるペスを2人は力任せに取り抑えて自動ドアから出て・・・裏へと連れて行った。
「申し訳ございません。お見苦しい所を・・・・・・・」
「いいえ。ああいう輩には見慣れていますから」
後もう少し遅ければ俺自身があいつをああしていたが。
「所で社長は何故ここへ?」
本社はイギリス。
なのに何故フランス支社に居るのだ?
「それは社長から聞かされると思いますが一種の“修行”です」
修行?
「本社は専務たちに任せてありますので問題ありません」
そこまで言い受付嬢は黙った。
後は社長本人にインタビューで訊くしかないな。
エレベータは最上階で停まった。
自動的にドアが開き、重厚なドアが目の前にある。
受付嬢は控え目にドアノブを叩いた。
「ブレイズ様をお連れしました」
『入って』
ドア越しにハスキーな声が返って来る。
重厚なドアを受付嬢が開け俺だけが中に入った。
ガラスが張られた壁を見つめていた女性が振り返る。
年齢は二十代前半。
社長としては若すぎるきらいがある。
まぁ、前社長が若くして死んで後を継いだんだから仕方無いのかもしれない。
金糸の髪は肩の所で綺麗に切られており・・・些か男前な気がする。
「初めまして。ブレイズさん。プリンセス・エリザベス社長のエレーヌ・ヴィンフリードよ」
「初めまして。パリ編集社から参りましたブレイズと言います」
俺は一歩前に出て名乗った。
「先ずは掛けて」
俺はヴィン・フリードに勧められるまま柔らかそうなソファーに腰を下ろした。
彼女もまた座る。
そこへ受付嬢がコーヒーを持って来る。
「コーヒーはブラックで宜しかった?」
「はい」
コトリ、とソーサーごと置かれたコーヒーからは心地よい香りが漂ってくる。
「良い香りですね・・・・・・・」
「ブルーマウンテンだからね」
コーヒー豆の中でも最高級な代物だ。
カフェイン中毒である俺にとっては嬉しい限りだが。
「では、インタビューをしても宜しいですか?」
俺はテープ・レコーダーを出して彼女に訊ねる。
「えぇ」
彼女はコーヒーの香りを楽しみながら頷いた。
「先ずどうして父君の後を継ごうとしたのですか?」
彼女の父は元SAS。
特殊部隊の元祖とも呼ばれ未だに「最強」とも言われるSASに彼女の父は所属し除隊後ここを立ち上げた。
だが、彼女はスイス女学校を主席で卒業したが別に特殊部隊に居た訳ではない。
それなのにどうして会社を継ぐ気になったのか?
「そうね・・・父の形見だからね」
彼女はコーヒーを一口のんでから答えた。
父の形見、か。
「他に形見も無かったし他人に父の会社を取られたくなかったの」
それが理由と彼女は答えた。
「でも、祖父にも言われたわ・・・父の名を汚した、とね」
「父の名を汚した?」
何となく分かってはいた。
しかし、敢えて疑問を投げ付ける。
「父はここを起こす時にこう言ったの」
会社の利益よりも顧客の信頼と従業員の安全を第一に考える。
「良い社長ですね」
民間軍事会社でなくてもそうだが、大抵は会社の利益を第一に考えて動く。
建て前は顧客の信頼だ、従業員の安全だ、と言ってはいるが根底には必ず根を張っている。
特にこんな会社はそれが顕著と言えるほど前面に押し出される。
だが、従業員もそれは理解している。
危険だが高額。
それを覚悟で仕事に就いているんだ。
それをここの前社長は真っ向から否定し、顧客の信頼と従業員の安全を第一に考えるとしている。
そこが違う所だ。
「でも、私の代になってからは利益第一になったと言われたの」
確かに以前はそうだ。
調べた限りこの女社長になってからは利益第一が出ている。
そのため長い付き合いの顧客達も離れて行ったと聞いているが・・・・・・・・
「今は持ち直しているのではないですか?」
今は前社長の時代と同じような働きをしており信頼も回復している筈だ。
「えぇ・・・色々と遭ってね」
そう言って彼女はカップとソーサーを置いた。
その時・・・右手に大きな傷があるのを俺は見た。
「その傷は・・・・・・」
訊いてはいけないのだが、無意識に訊いてしまった。
「これはある男に付けられたの」
「ある男?」
「えぇ。貴方と同じ日本人で傭兵よ」
「日本人の傭兵、ですか?」
戦闘ジャーナリストの俺は傭兵と会った事は何度かある。
よく漫画とかでは平気で裏切り金にガメツイとイメージするが、現実はそうじゃない。
給料は安いし危険な場所へ放り込まれる。
そのうえ拷問に掛けられても文句は言えない。
何一つ取っても最悪だ。
だが、それでも彼等は勇敢に戦うし下手な正規軍より統率が取れている。
例外はあるにしても、だ。
そして日本人の傭兵は何人か居る。
特に外人部隊出身だ。
外人部隊出身の傭兵は多く居るし伝手となり傭兵になる者は多い。
だから日本人の傭兵が居たとしても可笑しくない。
「その日本人の傭兵はなぜ貴方にそんな傷を?」
「決闘を申し込まれたのよ」
革手袋を片方投げ付けられて・・・古風だな。
だが、コインが落ちる前にその男は拳銃を抜き彼女は利き腕を撃たれたという。
そしてこう言ったらしい。
『・・・抜けよ』
古風な奴と思ったが・・・・どこの悪役だよ。
「話が逸れたわね」
彼女は右手を撫でながら話を戻し始める。
「そうですね。では・・・・・・・・」
俺もまた気持ちを切り替えてインタビューを続けた。