第一章:運び屋稼業
俺はカウンターの席に腰を降ろし、バーテンに“バカルディー”を注文した。
奴の方はバーボンのストレートからドライ・マティーニにした。
カクテルの王と言われるマティーニは種類が豊富であるが、ドライ・マティーニがベターと言える。
これを頼む時に奴は「モンゴメリーで頼む」と言った。
これを聞いたバーテンダーは少し驚いた顔で居ながらも頷き、慣れた手つきでシェイクして奴に渡してきた。
このモンゴメリーは、アフリカ戦線の連合軍総司令官だった四角頭で知られるモンゴメリー将軍がドイツ軍との戦力比が15対1以上にならないと決して攻勢を開始しなかった事に引っ掛けているんだ。
これを知っている者は数少ないが、どうやらバーテンダーはその知っている者のようだ。
「・・・また女をベッド以外で泣かせたな」
俺は煙草を取り出そうとしたが、生憎と空だった為に相棒にくれと強請った。
「人の恋を見るのはお上品じゃないな」
相棒は俺にジタンを渡しながらぼやいた。
女神の抱擁でない事に若干の驚きを覚えながらも俺はそれを受け取り銜えた。
「誰が好き好んで他人の色恋沙汰を見るか。ただ・・・目に入っただけだ」
俺はジタンを口に銜えてジッポーで火を点けた。
「そうかい」
相棒は短く頷くとマティーニを口にした。
「で、今まで何処に居たんだ?」
俺はジタンを吸いながら相棒に訊ねた。
「あれから国を出た」
もう決着は着いた国に居る必要は無いからだろうな。
それから別の国で一仕事終えてここに来たらしい。
「自分で排泄所と言った所によく来れたな?」
「南風が吹いたからだ。別に来たいとは思わなかった」
俺にとってここは排泄所以外の何でもない。
特に思い入れがある訳ではなく、ただここに向かって風が吹いたから来ただけだと言う。
「なるほど。まぁ、俺も似たような物だが、な」
「だろうな。それでお前はこれからどうするんだ?」
「どうもこうも金が余り無いんだ。適当な日雇い仕事を探して気長に次の仕事を探すさ」
「それなら俺とまた仕事をしないか?」
相棒はジタンを灰皿に押し付けて消しながら俺に提案を申し込んできた。
「あるのか?」
「あぁ。外人部隊に居た頃の友人が、仕事をくれたんだ」
今は弁護士をしているらしく、相棒ともよく連絡をしては仕事をくれるようだ。
「俺に事務職をやれと言うのか?」
「違う。ある人物をリヒテンシュタイン公国まで運ぶ仕事だ」
報酬は現金で10万ユーロ。
「運び屋としては結構な額だな。てことは・・・トラブルがある可能性が高い訳か」
「あぁ。だから、お前みたいな奴が欲しいんだよ」
俺一人では力不足だ、と相棒は言った。
「別に良いぜ。で、支払いは?」
「前金で5万。後払いで残りの5万を貰う」
リヒテンシュタイン公国に着き次第、ベルギーの銀行に金を振り込む手はずだと言う。
スイス銀行と並びベルギーの銀行は秘密主義であり守秘義務で銀行界では通っている。
例え警察が相手だろうと口を割る事は無い。
そしてスイス銀行は預金残高がある程度ある奴でないと講座を作る事は出来ないがベルギーの銀行なら預金残高がある無しに関わらず講座を作れる。
俺も相棒も金には縁が無いからこれは有り難い。
「良いぜ。その話、乗った」
「決まりだな。所で、彼女は居るか?」
「生憎と全員が不倫旅行だ」
お前は?と俺が問えば相棒は「一人だけ」と答えてきた。
「羨ましいぜ」
「そうでもない。ここは9mmの方が愛されている」
相棒の銃は45口径。
アメリカなら大歓迎だが、ヨーロッパでは余り歓迎されない。
まぁ、9mmの産まれはヨーロッパだから強ち無理もない。
だから、弾を補充し辛い。
「どうするんだ?」
「その手の事に関しては知り合いが居るから安心しろ」
「また女か?」
「いいや。男だ」
「で、出発は?」
「4日後。それまでは待機だ」
運ぶ相手がアメリカに居るらしく帰って来るのが4日後だからだ。
「その運ぶ人物はどんな奴だ?」
「株主だ。何でもリヒテンシュタインで会議を行われるんだが、それを妨害しようとたくらんでいる奴が居るらしい」
「なるほど。で、その人物が来るまではどうする?」
「俺は準備があるし家がある。お前さんは何処かの安宿に泊れ」
「そちらは女か?」
「いいや。こっちは俺の伝手で手に入れた家だ」
「何処にあるんだ?」
「モンマルトルの方にある」
「泊めてくれ」
「生憎と女専用だ」
「堅い事を言うなよ。これから一緒に仕事をするんだからよ」
「・・・分かった」
相棒は出来るなら泊めたくない、と顔で言っていたがそれでもOKしてくれた。
やはり持つべき者は友だなと変な事を思いながら俺は久し振りに再会した相棒と乾杯した。
カサブランカを出たのは夜中の午前0時ジャスト。
外に出ると肌を打つような寒い風が俺の頬に当たる。
相棒は黒いトレンチコートにハンチング帽という出で立ちだった。
「ソフト帽じゃねぇのか?」
トレンチコートと言えばソフト帽だと俺は思っていたが、相棒はハンチング帽と言う事に違和感を覚えたので訊ねた。
「生憎と女に持ってかれた」
「そうか」
ソフト帽を持って行くとは・・・・随分と物好きな女だと思いながら俺と相棒は夜のパリを歩き始めた。
歩く事2時間。
相棒の家があるモンマルトルに到着した。
その頃には酔いは冷めちまった。
ここはパリ1卑猥な町として知られている。
何せ到る所にアダルト店が立ち並んでいるんだからな。
映画のワンシーンにも使われた所だが、今では見る影もない。
「よくもまぁ、こんな所に家を構えてられるな」
「こういう所の方が情報を得やすいんだよ」
こういった排泄所の中でも特に薄汚いと思われる場所にこそ情報というのは流れて来る物だと相棒は言った。
ヨーロッパはそれほど詳しい方ではない俺にとっては勉強になる。
相棒の家はレンガ造りの2階建ての家だった。
だが一目で俺は第二次世界大戦で使用された家だと感づいた。
こういう因果な商売をしていると自ずとその手の事に関しては分かるんだよ。
良いかどうかは別の話だがな。
それを相棒に言えば「その通りだ」と返ってきた。
家の中に入ると、思っていた以上に小奇麗だった。
「お前さんって綺麗好きだったか?」
「こう見えて綺麗好きだ」
「その顔で綺麗好きとは・・・世界の七不思議に数えられるぜ」
「うるせぇ」
相棒は軽く怒りながら中へと入って行きコーヒーを淹れ始めた。
「豆は何を使用しているんだ?」
「コロンビア産だ」
「コロンビア?あのハイテクゲリラからの送り物か?」
「違う。黄金の三角地帯に住む住民から送られた物だ」
黄金の三角地帯は黄金の三日月地帯と並ぶ麻薬の産地として知られているが今では三日月地帯の方にお株を奪われている。
その理由として政府が勝っている事と、日本人が麻薬の代わりに梅などを栽培する方法を教えた事にある。
同じ日本人として何処か誇らしいと思ってしまう。
何だか今日は豪く感傷的だな、と思いながら相棒が淹れてくれたコーヒーを口にする。
「ここってどんな仕掛けがあるんだ?」
「地下があり脱出口もある。未だに利用可能だ。それに第二次世界大戦でレジスタンスが地下で使用していた地図もある」
その地図によればパリ中の地下通路が記されていると言う。
「便利だな。それは」
「あぁ。お陰でここ最近は厄介事に巻き込まれずに済んでいる」
「その口ぶりから察するに、また要らぬ世話を焼いたのか?」
「いいや。向こうが勝手に世話を焼いているだけだ」
それはお前にも原因があるだろう、と俺は思いながらコーヒーを飲んだ。
こいつの性格からして要らぬ厄介事を自ら呼ぶ。
しかも、自覚しながら直そうとしないのだから救いが無い。
「相手は分かっているのか?」
「フランス人の傭兵だ。名前はシャルル・ペス」
「ドゴールと犬をくっ付けたような名前だな」
「あぁ。だが、本人は誇りとしている」
フランス人らしいな、と俺は思う。
俺が知る限りフランス人ほど自国に対して誇りを持つ輩は居ないし自分を過大評価もとい過大とも言えるほど売り込める奴は居ない。
傭兵が仕事にありつくには前の戦場で戦った戦友や何かしらの伝手でその組織に紹介してもらったりするのがある。
またはかなり古いが未だに広告で暗号めいた文章で募集なんてのもある。
それ以外だと、要は最初だ。
最初は伝手や戦友も居ないからその国に行き、直談判で自分を売り込むしかない。
その点で優秀なのはフランス人だ。
フランス人は自分を売り込むのに過度とも言えるほど上手い。
逆に日本人は持って生まれた性だろう。
謙虚だ。
美徳ではあるが、こういう所では役に立たない。
だから、よくフランス人に仕事を取られる事も多々ある。
だがな、この過度な誇りが逆に仇にもなる。
俺が知っている奴には「フランスは一度も戦争で負けた事が無い」と豪語している奴が居る。
しかし、歴史の紐を解けばフランスは負け戦が多い。
百年戦争ではイギリスに劣勢だったし、第二次世界大戦ではナチスに負けてパリでお出迎えしただろ?
それなのに奴等はそれすら認めようとしていない。
ここまで来ると驕りだ。
よくもまぁ、そこまで誇りが持てると思えるほどにな。
「で、そのフランス人がお前を怨んでいるのか?」
「あぁ。ここを根城にしてフランス1と公言している奴だ」
「へぇ、実力は高いのか」
「いいや。敵前逃亡ばかりしていた奴だ」
ただ、自分を売り込む事にかけては天才とも言える奴らしいのだが、そんな事をしていれば直ぐに分かる。
だから、今では誰も相手にしていないらしい。
「逆に俺の方にオファーが来る」
組織の仲介人から戦友たちまで。
とにかくそいつと比べたら相棒の方が断然、仕事が舞い込んで来るらしくそいつに逆恨みされているようだ。
「モテ過ぎるのも問題だな」
「まったくだ。しかも、男にモテルなんて反吐が出る」
「確かにな」
俺は笑いながらコーヒーを飲んだ。
それから7日までどう過ごすかについて相棒は説明を始めた。
「俺はこれから個人でも売ってくれる商人と会う」
「武器商人にそんな奴が居るのか?」
武器商人と言えば、数百丁以上の武器や弾薬以外は取引しないと聞いていたが、違うのか?
「昔馴染みの奴だ。そいつが俺の為に調達してくれる」
これも外人部隊の伝手らしい。
「随分と外人部隊の伝手があるんだな」
「傭兵の仲間では外人部隊が多い。俺の仕事も大抵だが、外人部隊の誘いや推薦で受ける」
なるほど・・・それはそれで良いことだ。
「で、手持ちの武器は?」
「そこの本棚を横に動かしてみろ」
俺は背後にある本棚を言われるままに動かしてみた。
本棚はあっさりと横に動いた。
そしてその後ろには大量の銃器が隠されていた。
「シュマイザーMP40じゃねぇか。それに9mmパラベラム弾の箱が3つに“ポテトマッシャー”まであるとは・・・・・・・・・・」
本棚の後ろにはシュマイザーMP40に9mmパラベラム弾の箱が3つにポテトマッシャーという異名を持つM24型柄付手榴弾まであった。
「ナチスから奪い取った奴だろう。ステンガンよりマシだ」
「確かにな。これは使えるのか?」
「あぁ。持ち主が手入れしていたんだろうな。新品同様だ」
大した持ち主だ、と俺は思いながら武器商人とは何時、会うのか訊ねた。
「今日から6日後。前日だ」
「何を注文したんだ?」
「注文はしていない。あいつ等が安く売ってくれるんだ。文句は言えない」
確かに、と俺は思いながら残りのコーヒーを飲み干した。
そして眠る事になるんだが、俺は台所で寝る羽目になった。
相棒の話によれば「ベッドは女と寝る為にある」らしく、俺も相棒もソファーなどで寝る事になった訳だ。
それにしても何で台所何だ?と思うだろうが、俺が料理できるからという納得できて出来ない理由からだ。
まぁ、しかし、それでも戦場で寝るよりはマシだな。
そんな事を思いながら俺は堅い床に身体を伏せて目を閉じた。