第十七章:操り人形
ゴダール大佐と軍曹が去ってから改めて俺達は食事を始めた。
ウォルターはモーガンが注いだ赤ワインを飲みながら相棒に訊ねた。
「ムッシュ・ベルトラン。あの男を知っていたようだが、会ったのかい?」
「いや。噂では聞いていた」
OASの指導者にしてフランスの裏社会で何でもやる男だ、と。
「何でもと言ったが、具体的な例を上げると?」
「麻薬の密売、武器の密売、護衛、運び屋、尾行、暗殺、誘拐・・・何でもやる」
最初はOASと似たような仕事が多かったが、やがて独自の伝手などを作り今では表側にも会社を持つようになったらしい。
「それは凄い。と言う事は政界とも繋がりがあると見て良いね」
OASは元々政治家も一枚噛んでいる。
指導者ともなればそいつらとも未だに繋がりを持っているに違いない。
いや、以前以上に太いパイプを持っている可能性がある。
それを考えると先ほどの一件も何となく納得が行く。
あれだけの事をやったのに警察が来ないしラジオにも出ないのだから。
「それにあいつ自身の腕も良い。面倒見も良いからかつての部下達が来る時もあると聞く」
敵ながら大した大佐だよ。
「で、君はあの男の挑戦を受けるのかい?」
「スイス国境を通ると知っているんだ。何処を通ろうと変わらない。それなら正面突破が一番だ」
「万歳特攻でもする気?」
エレーヌが馬鹿にしたように言ってきた。
「生憎と死ぬつもりは無い。裏切り者が居るんだ。その落とし前は着ける」
「・・・そう。それであの男の実力もとい部下の実力はどれ位か分かる?」
「少なくともペスよりは強い」
あの男と比べたら部下が可哀そうだ、と俺は思うが言わないでおいた。
「奴等は資金もあるから恐らくさっき以上の装備で来るかもな」
となると重機関銃もありえるか。
そうなると俺らの手持ちでは不味いな。
さて、どうするか・・・・・・・・
しかし、俺の心は何処か昂ぶっていた。
戦う者達の宿命?とでも言えば良いかな。
強い奴と戦う。
それだけで嬉しくなる。
これでは戦闘狂と言われても仕方ないかもしれないが、男なら当たり前ともまた思う。
「所で相棒。ワインはどうだ?」
相棒は俺にワインの味を訊ねてきた。
「大佐の言葉を借りる訳じゃないが、流石は数百年の歴史を誇るワインだ」
「それなら良い」
相棒はブルドック顔で笑顔になった。
・・・・合図だな。
「ちょっと一服してくる」
俺は断ってから席を外した。
自分の部屋に戻った俺は電話を取り出して番号を入力した。
さぁて・・・繋がるかな?
待つ事、数十分。
・・・待たされるのは女だけにして欲しい、などと思っている内にやっと繋がった。
『誰だ?』
電話の相手は少し不機嫌そうな声だった。
耳を澄ませば女の喘ぎ声が聞こえてきた。
「よぉ、フリッツ。お楽しみ中に悪いな」
俺は古い友人の名を呼び謝罪もした。
『その声は・・・猟犬か!?』
「あぁ・・・・お楽しみ中に悪いんだが、頼みたい事がある」
『何だ?俺に出来る事なら言ってみろ』
戦場で助けてくれた礼、とフリッツは言ってくれた。
「持つべき者は戦友だな」
『うるせぇ。それで何だ?』
「あぁ。実はある人物を調べて欲しいんだ」
名前、住所、容姿、性格、資格、家族、会社・・・・・・・・全てを。
『分かった。どれ位の時間を貰えるんだ?』
「出来るだけ急いで欲しい」
せいぜい1日って所だ。
『せっかちな男だ。中に出す時もそうなのか?』
「てめぇが言うな。それより頼むぞ」
『任せておけ。直ぐにラブ・コールで送ってやる』
電話の向こうで得意気に笑う奴の顔が見える気がした。
「頼む」
俺は通話を終えた。
これで大丈夫だ。
俺はジタンを取り出して銜えるとライターで火を点けながら煙を吐いた。
OASの指導者・・・ゴダール大佐、か。
厄介な相手だと直感で分かったが・・・腹が満たされる相手でもある、と思う。
そんな事を思いながら部屋を出て食事を再開した。
食事の後は風呂に入り、その後でモーガンが用意してくれた車を見に行った。
「お車です」
モーガンが相棒に鍵を差し出した。
車は闇と同化するような黒一色で黒い獣を連想させる。
“フォルクス・ワーゲン ゴルフ”
新しい車、か。
「ギアはマニュアルでエンジンをフェラーリのエンジンに変えて置きましたし防弾ガラスなどにもしておきました」
モーガンは必要な物は全て用意した上に施してある、と付け加えた。
「相変わらず素晴らしい気配りな。モーガン」
「お褒めの言葉を頂いて恐縮です」
相棒の褒め言葉にモーガンは満面の笑みを浮かべた。
長い間、執事として仕えてきたモーガンだ。
主人である相棒の褒め言葉こそが最高の宝なのだろう、と俺は思いながら相棒と共に車に乗り込み具合を見た。
座り心地も悪くないしガラスも防弾。
エンジンも問題ないしタイヤも大丈夫だ。
しかし、一体どうやって手に入れたんだか・・・・・・・
その時、携帯が鳴った。
「もしもし?」
『俺だ』
電話の主はフリッツだった。
豪く早い事に感心しながら俺は話すように促した。
『あぁ。どうやらとんでもない相手だぞ』
フリッツの説明を聞いて俺は確かにとんでもない、と納得した。
『俺の会社はまだ大丈夫だが・・・気を付けろ』
何か裏がある、とフリッツは真剣な声で俺に告げた。
「あぁ。それじゃな」
俺は電話を切り隣で煙草を吸う相棒に電話の内容を伝えた。
「なるほど・・・・・」
相棒は煙を吐きながらゴルフを背にして俺を見た。
「どうもこいつは臭いな」
「だな。だが、あいつも恐らく踊らされているんだろう」
あいつとは弁護士の事だ。
弁護士は依頼人が不利になるような事は断固として口を割らない。
しかし、これの場合は知らされていないようだ。
つまり信用されていない所か利用されているだけ。
相棒はそれを人形に例えて踊らされていると称した。
踊らされた、か・・・・・・・・
「俺達も操り人形か?」
こんな糞みたいな茶番劇に付き合わされ踊らされる人形なのか?
「今の所はな」
そう・・・今の所は。
「俺らは駒でもなければ狗でもない。自分の意思で戦場を決める兵士だ。それをさも駒みたいにするとは・・・・良い度胸だよな?」
「まったくだ。で、お前の方はどうなんだ?」
俺に合図をしたと同時にこいつもまた弁護士に電話をした。
「向こうも薄々は感づいていたが、依頼人を信用するように努めた」
依頼人を信頼して信頼されてこそ初めて契約が成立するというのがその弁護士の持論らしい。
素晴らしい持論だ。
だが、それを踏み躙られたのだから依頼人だろうと怒り心頭なのは言うまでもない。
頭に9mmを何十発もお見舞いしたい程にな。
「・・・明日は荒れるぞ」
嵐のように、と相棒は告げた。
「それは楽しみだ」
俺はジタンを吸いながら口端を上げて笑った。
「お二人とも良い笑顔ですね」
モーガンが俺と相棒にコーヒーを差し出してきた。
「モーガン。一服どうだ?」
相棒がジタンを差し出した。
「頂戴します」
断ってからモーガンはジタンを受け取り、俺がそれに火を点けてやった。
「奥様も旦那様のその笑顔が素敵だと言っておられました」
まさか、また見られるとはとモーガンは語った。
「そうか。モーガン。ついでと言っては何だが、明日ここに俺の友人が来ると思う」
「友人?」
「あぁ。犬みたいな名前の男だ」
「ああ、お話に出てきた自称フランスNO.1の傭兵ですか」
「あぁ。そいつが来たら“丁重に御持て成し”しろ」
「畏まりました。使用人の総力を上げて御持て成しをしましょう」
「頼む。そうすれば少しはあいつも“良い思い”をするだろう」
泣くほどな、と相棒は言いモーガンは笑顔になった。
その笑顔が・・・子供が見たら泣きそうな笑顔だった。
終わったな。
俺はペスに柄にもなく形だけの祈りを捧げながらコーヒーを熱い内に飲んで冷えた身体を温めた。