第十五章:長いお別れ
執事のモーガンに案内されて着いた場所は館の庭だった。
ちょうど夕焼けが葡萄畑に落ちる時だったが・・・綺麗だった。
そしてその庭には小さな墓石があった。
『アンナ・デゥ・ゲクラン伯爵夫人。ここに眠る』
と墓石には書かれていた。
相棒は婿養子と言っていたが、墓石には相棒の姓が書かれている。
嫁いだんだな・・・・・・・・
相棒は墓石の前に黙って立っていたが俺たちの気配に気づいたのか声を放った。
「何の用だ?」
「お前の奥様に挨拶をしたい、と思ってな」
俺は当たり障りのない言葉で返した。
モーガンは一礼して既に去って居ない。
「そこが・・・お前さんが愛した女が眠っている所か」
俺はジタンを燻らせながら改めて片手に1本の赤い薔薇を握り佇む相棒の背に話し掛けた。
「あぁ。ここから見える景色が好きだ、と言っていた」
相棒は薔薇を墓前に添えて答えた。
モーガンからも聞かされたが・・・・憐れだな。
まだ20にも満ちていないのにその人生に幕が閉じたんだ。
世の中、それ以下の歳で死ぬ奴等も大勢いるが・・・やるせないんだよな。
『何で若い奴等が死んで年老いた者達が生きるのか?』
なんて昔、道端の老人が言っていたがその通りだ。
あれから数年は経ったが、未だに頭から離れないのも現実が・・・・老人の言う通りだからだろう。
どうして若い奴等が・・・それこそ真面目に生きて来た奴等が早死にして俺らみたいに人を殺して金を貰う奴や悪行を重ねて私利私欲を貪る奴等が生きるのか・・・・・・・・・
しかし、それでも目の前で眠る彼女は幸せだったのだろうな。
生前・・・最後に撮った記念撮影を見れば分かる。
自分の人生はもう直ぐ終わる。
だが、精一杯生きて来た。
後悔などしていない。
そう笑顔で答えていた・・・・俺らみたいな男には似合わないし眩し過ぎるが・・・羨ましく思う。
俺らの人生は後悔の繰り返しだ。
あの時、ああしていればこうしていれば・・・・・・・・・そんな後悔の繰り返し。
俺ら以外の・・・大抵の奴等もそんな人生だろう。
だが、目の前の彼女はその大半から抜け出した稀有な人物。
もし、神が居たとするなら・・・最後の最後で願いでも叶えたのか?と問いたくなる。
「アンナ。今日は俺の相棒が居る。自己紹介をするから聞いてくれ」
相棒の言葉に俺は一歩前に出て恭しく頭を下げた。
「初めまして。マダム・アンナ。私はショウ・ローランドと言います。貴方の夫であるベルトランの相棒です。この度は貴方様の館に一夜ですが泊らせて頂きます」
眠る彼女は何も言わないが俺は言い続けた。
「アンナ。明日にはまたここを出て行く。次は何時帰って来るか分からない。お前には迷惑ばかり掛けてすまない」
相棒は墓石に語り続ける。
その背中は・・・・とても小さな背中に見えた。
・・・やっぱり傭兵の過去なんて見ない方が良いな。
こんな過去・・・誰にだって見られたくないし見たくもない。
俺は少し後悔に襲われた。
「旦那様。夕食の準備ができました・・・・・・・」
モーガンが再び現れると俺達に声を掛けてきた。
「直ぐに行く」
「かしこまりました」
モーガンは一礼して去ろうとしたが、相棒が呼び止めた。
「彼女は・・・アンナは幸せだったと思うか?」
相棒の質問にモーガンは驚いた顔をしたが直ぐに笑顔になった。
「勿論です。この上ない程に幸せでしたとも。貴方様と言う伴侶と出会った時から短い人生でしたが・・・その薔薇のように幸福な時間でしたよ」
だが、貴方様はどうですか?とモーガンは訊ねた。
「貴方様はアンナ様と結婚しました。しかし、アンナ様に縛られる必要は無いです」
生前アンナはモーガンにこう語ったらしい。
『あの人には私以上に幸せになって下さい、と伝えて』
・・・・・・・きっと相棒の性格を考えて言ったんだろうな。
自分の事を想い続けるのは良いが、自分ではない別の女性と結婚して生きてくれ、と言いたかったのだろう。
「・・・・・・・」
相棒は無言でそれを受け止めた。
「私ごとき老執事が言うのもおこがましいですが、貴方様には幸せになってもらいたいのです」
その薔薇のように・・・・・・・・・
モーガンは墓石に添えられた薔薇を見ながら言った。
「・・・・・・・・」
それに相棒は無言で答えたが、モーガンは答えを聞かずに今度こそ立ち去った。
俺達もまた立ち去った。
相棒はまだ移動しないが、放っておく。
暫くは・・・夫婦二人切りで居させようじゃねぇか。
じゃないと・・・久し振りの再会で碌な話も出来ないだろうからな。
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俺はかつての妻が眠る墓石の前に居た。
相棒達は気を遣ってか誰も居ない。
館の庭に彼女は眠っている。
そこは一番景色が良い・・・特に夕焼けが葡萄畑に沈む姿が好きだと彼女は語った。
『私・・・ここから見える夕焼けが好きなんです。夕焼けって昼と夜の中間でしか輝く事を許されない・・・・僅かな時間でも必死に自分を見せている・・・そこが好きなんです』
それを言う彼女は、死期が近い自分と夕焼けを重ねているような口調だったのを今でも覚えている。
そんな昔話を俺は思い出した。
ここに来る気は無かった。
彼女が眠ってから一度もここに足を運んだ事は無い。
来た所で何を言えば良いのか・・・分からないし、ここに来ると嫌でも彼女との思い出が閉じ込めていた箱から出て来るから嫌だった。
今まで何度も女とは寝て来たし別れを繰り返した。
だが、あいつ等は生きている。
しかし、彼女は違う。
まだ本の・・・18歳でこの世を去ってしまった。
俗に言う不治の病で・・・・・・・・・
『私、もう直ぐ死ぬんです』
初めて会った時、彼女は俺にそう告げた。
俺はそれを聞いて煙草を落としそうになったが、彼女は笑顔だった。
もう直ぐ死ぬというのに、どうして笑顔になれるのか分からなかった。
『死ぬ前に一度だけ外の世界を見てみたかったんです。貴方はそれを叶えてくれた。もう思い残す事はありません』
世の中は理不尽と不平等で出来あがっている、と知ってはいるが・・・やるせないもんだ。
それでもそれに負けず生きようとする彼女は・・・綺麗だった。
誰が見ても美しいと言うだろう。
そんな彼女を僅かな時間だったが妻に娶れた・・・男として光栄と思うし温かい家庭という物が体験できた。
彼女は俺に沢山くれた。
俺はそんな彼女に恩返しができたのか?と思う時もある。
だから、あいつに・・・モーガンに訊ねた。
あいつは笑顔でこう答えた。
『幸せでしたとも。貴方様と言う伴侶を得て人生を全うしたんです。幸せで無かった筈がありません』
本当にそうなのか?と自問自答したくなる。
「・・・なぁ、アンナ。俺は君を幸せに出来たか?」
俺は質問した。
だが、答えなど返って来ない。
それでも訊ねたかった。
俺は・・・君を幸せに出来たのか?
夕日が葡萄畑に落ち夜になった。
そろそろ行こうと思い背を向けた時だ。
『幸せでしたよ。貴方・・・・・・』
風に乗り声が聞こえてきた。
振り返ったが誰も居ない。
また風に乗り声が聞こえた。
『私は幸せでしたよ。貴方という男性と結婚した。貴方は私に多くの物を与えてくれた・・・自慢の夫です』
「・・・そうか。君も自慢の妻だよ」
俺は頷いてからアンナに言った。
そして歩き出した。
あの言葉は・・・・きっとアンナが言ったんだと思う。
錯覚かもしれないが・・・思いたかった。
アンナ・・・今度、産まれて来たらもう一度君に会いたい。
今度は長い時間を掛けて過ごそう。
それまでは・・・“長いお別れ”・・・・・・・
ロング・グッドバイだ。