第十四章:薔薇と寝室
葡萄が入った箱と共にトラックに揺られ続けること1時間。
一体どれくらい掛るんだ?と俺は思いながら皆を見た。
相棒は一言も話さずに黙っていた。
黙って煙草を蒸かしながら何を考えているのか分からない顔をしている。
沈黙しているのは俺達も同じだが相棒と違い・・・一つだけ共通点があった。
相棒の過去が分かる。
これが共通点だった。
出来るなら知りたくないが、知りたいと言う気持ちもあるから人間と言うのは複雑だと改めて思ってしまう。
トラックが停まった。
そして先ほどの男が来ると、俺達に降りるように言った。
俺達はトラックから降りた。
男は俺達を先導して前へと歩き出す。
周りを見ればワイン畑ばかりが眼に入る。
「相変わらず立派なワイン畑だな」
相棒がポツリと漏らした。
「ありがとうございます。旦那様」
男は顔だけ相棒に向けて笑顔で一礼した。
そして歩く事10分。
目の前には中世の時代を残す館があった。
両端には魔女の帽子みたいな三角形の尖った屋根の塔が見える。
黒く巨大な門の前には紋章があった。
鷹と葡萄だった。
余りにも不似合いな紋章だが妙に惹かれる気がした。
その門が自動的に開くと一人の老人が現れた。
ウォルターより年老いているが、キチンと着こなした燕尾服には歳が感じられない。
老人は相棒の前まで近付くと、背筋を伸ばしたまま一礼した。
「お帰りなさいませ。旦那様」
「・・・久しいな。モーガン」
「はい。旦那様もお元気で何よりです。そちらの方は?」
モーガンと呼ばれた老人は俺達に視線を向けてきたが、決して怪しい人物という眼差しでは無かった。
「相棒と依頼人だ。すまないが、泊めてくれないか?」
「何を言います。旦那様はこの館の主人。主人がそのような言葉を言ってはいけません。所で車は何が宜しいですか?」
「4人乗りで馬力がある奴を頼む。明日までにだ」
「かしこまりました。それから別の車は既に使用人が取りに行っております」
手際が良いな・・・そういう所が正しく執事らしいと俺は思った。
相棒は男に軽く謝った。
「すまない」
「いいえ。では、どうぞ中へ・・・・・・」
執事・・・モーガンは俺達を館の中へと入れた。
中は何処も塵一つないまでに綺麗に磨かれていた。
壁に掛けられている絵画などは、素人の俺でさえ分かるほどどれもこれも高そうな物ばかりだった。
ウォルターなどは「素晴らしい」と感嘆する程だ。
絵画の他にはマスケット銃やサーベルなども飾られていたが写真もあった。
伯爵家の写真だろう。
白黒の写真が何枚も飾られており、皆笑顔で写っていた。
その写真の中で一枚だけカラーの写真があった。
相棒と赤みが少し掛った茶色の髪をした娘が写っていた。
娘の年齢はソニア嬢より少し年下だが・・・綺麗な花嫁衣装を着ていた。
相棒の方は黒の燕尾服だった。
美女と野獣・・・と頭に浮かんだが直ぐに消した。
そんな言葉は失礼に値する、と思ったからだ。
「このお嬢さんがお前の奥様か」
俺は相棒に写真を見て訊ねた。
「あぁ・・・カリオストロ伯爵家の令嬢アンナだ」
僅か18歳にしてこの世を去った、と相棒は告げた。
「・・・そうか」
俺は相槌を打つだけで止めた。
後ろの2人は何も言わなかった。
「時にモーガン。アンナの“寝室”は大丈夫か?」
「勿論です。毎日ちゃんと手入れをしております」
「そうか・・・・・・」
相棒は花瓶に入れられていた赤い薔薇を1本だけ抜き取った。
そしてモーガンに俺達を部屋に案内するように言うと自分は別行動を取った。
「失礼だが相棒は何処に?」
俺はモーガンに訊ねた。
「奥様がお眠りになられている寝室に向かったのです」
寝室・・・墓か。
だが、敢えて寝室と言っているのはまだ生きている、と思いたい願望だろうな。
モーガンは俺達に部屋を案内すると去ろうとした。
俺はそれを止めて寝室に案内してくれ、と頼んだ。
「相棒の妻に自己紹介をしたいんだ」
ウォルターとエレーヌも一緒に行くと言った。
モーガンは困りもせずに頷いてくれた。
「かしこまりました。では、こちらへ」
俺はそれに頷いて後を追った。
赤い絨毯が敷かれる廊下を歩きながらモーガンは俺達にアンナという娘の事を話した。
前伯爵と夫人の間に産まれた一人娘だったらしいが、母親はアンナを産むと直ぐに死んだらしい。
それからは伯爵が一人で育てたが、仕事などもあり一人にする事が多かったようだ。
「アンナ様はそれに対して不平不満を一つ言いませんでした」
「立派な令嬢ですね」
ウォルターが世辞ではない口調でモーガンに言った。
「ありがとうございます。ですが、アンナ様は幼い頃から身体が弱くて何時も部屋で本を読んでおりました」
両親は忙しくて構って貰えない上に病弱で外に出れないとは・・・酷過ぎる。
本を読みながら空を飛ぶ鳥などを見ては・・・何時か外に出たいと思い始めたらしい。
よくある話だが、そういう環境で、身体で生きているとなると、強くは言えない。
「ですが、お身体が悪いので出てはいけないと医者から言われました」
だから、ずっと夢だけで見ていたらしい・・・・・・・・
「所が・・・・前旦那様が生きていた時一度だけ外出したんです」
もちろん無断で。
で、右も左も分からないお嬢さんに悪い虫が近づいて来たのは言うまでも無い。
「そこへ現れたのが旦那さまでした」
悪い虫をあっという間に倒した相棒を見て、お嬢さんは白馬に乗った騎士と会ったと思ったらしい。
ここで何時もなら毒舌女ことエレーヌが何かしら言うのだが、何も言わなかった。
・・・少しは気持ちを組む事が出来るんだな、と俺は心の中で感心した。
「その時の旦那様は、外人部隊に所属しておりましたが休暇を取って来たと話しておりました」
ただし、追われていたというから何かしら揉め事を起こしたんだな、と俺は推測した。
「それもあり旦那様は直ぐに立ち去ろうとしたんですが、運悪くその追手が来たんです」
それで手に手を繋いで逃げたらしい。
映画みたいな話だが本当の話だ。
何とか追手を撒いた相棒はアンナの身の上を聞いて外の世界を案内したらしい。
アンナにとっては全てが新鮮だったらしく何時までもその話をし続けたらしいが、そんな時間は長く無かった。
直ぐに迎えが来て館へと戻る事になった。
それから一度は別れたが、アンナの方は諦め切れなかったらしい。
自分を助け外の世界を案内してくれた相棒に淡い恋心を抱いたようだ。
それで父親のコネを使い相棒を見つけて何度か会いに行ったらしい。
相棒も一度は面倒を見た事もあってか会い続けたらしく・・・何時しか二人は愛し合い・・・結婚した。
「よくアンナさんの父君は許しましたね?」
幾ら娘を助けた男とは言え、外人部隊の男と結婚など許せる訳が無い。
「一人娘の・・・最後の我儘でしたから」
モーガンは悲しそうな顔で答えた。
「・・・・・・・」
相棒と結婚した時のアンナは・・・もう余命が幾ばくも無かったらしい。
そんな娘の願いを父親として叶えたかったのだろう。
花嫁衣装に身を包んだアンナと相棒は記念写真を一枚撮った。
暫くは仲良く暮らしたらしいが・・・・やがて深い眠りに落ちたらしい。
その後を追う様に前伯爵も死んでしまった。
「まだ20にもならないのに・・・憐れですね」
ウォルターは心から同情した声で言った。
「いいえ。例え若くして亡くなられても奥様は幸せでしたよ」
父からの深い愛情で育ち、相棒と出会い外の世界を満喫でき結婚も出来た。
不幸などとは思わない。
幸せな人生だった、とモーガンは語った。
僅かに声が震えている・・・・・・・・・
俺達はそれを知らない振りでやり過ごした。
そして相棒の居る奥方が眠る部屋へと向かった。