第十三章:ワイン畑と伯爵
刺客から何とか逃げ切った俺達だが、ここからが問題だった。
犬の名前を持つ自称フランスNO.1の傭兵シャルル・ペスが持つM16スポッター・モデルの撃った5.56mm弾が偶然にも給油する所に命中した。
お陰でガソリンが漏れ出している。
狭くて凸凹した道は車にとってガソリンを食い易い道だ。
しかも、ガソリンが漏れているというのだから・・・停車するのは時間の問題。
だが、どうにか道を抜けて一般道路に抜け出せたから御の字にしておこう。
と言っても一般道路なんだが一台も車が走っていない。
まだ時間としては早いから一台くらいは走っていても良い筈なんだが・・・・・・
神に見捨てられたのか?などとらしくない事を考える。
だが・・・何処からともなく葡萄の匂いがする事に気付いた。
ここからは確認できないが近くに葡萄畑でもあるのか?
「さぁて、車を探すか」
相棒は匂いに気付いていないのか、または敢えて無視しているのかは不明だが俺達に車から降りるように言った。
エレーヌは嫌そうな顔をしながらも降りた。
まったくどうしてそう一々人の癇に障るような言動を取るんだ?
ウォルターの方は平気な顔なのに・・・・・・・
「ムッシュ・ベルトラン。ここは何処だろうか?」
ウォルターは葉巻を蒸かしながら右手にウィンチェスターM1300を持った相棒に訊ねた。
「・・・スイス国境にほど近い場所にある“ワイン畑”だ」
相棒は僅かに間をおいてから答えた。
ワイン畑という言葉には何処か思い入れがあるような感じに聞こえた。
「その言葉には思い入れがあるようだね?それにその口ぶりから察するに知っているのかい?」
「まぁな。恐らく今の時間なら・・・帰って来る途中だ」
ワインの元である葡萄を持って、と相棒は言うとジタンを銜えて火を点けると黙った。
相棒のジタンの火が目印とばかりに一台のトラックが来た。
しかもこちらを目指しているかのように走って来る。
俺は反射的にミニ14を構えエレーヌはウォルターを護るようにして立つと懐に手を伸ばした。
だが、相棒の方は黙って見ていた。
どういう事だ?
俺は首を傾げるしかなかった。
トラックは年代物だが、まだ足腰はしっかりしている老人の印象を受ける。
そのトラックを運転していた中年の男が慌てて降りてきた。
「だ、旦那様じゃないですかっ」
相棒を見るなり男は旦那様っ、と叫んだ。
旦那様?
「久し振りだな」
対して相棒はジタンを吸いながら近づいて来た男に気さくな態度で話し掛けた。
「何時お戻りになられたのですか?」
男は俺達が眼には入ってないのか相棒だけを見て訊ねてきた。
「いや、違う。少し厄介な眼に遭って・・・ここに来てしまった」
相棒は出来るなら通りたくない道だった、と暗に答えたが男はそれを無視したのか別の事を口にした。
「厄介な眼?というと“最初”のように追われているのですか?」
「あぁ。・・・・お前等に迷惑を掛けたいとは思っていない。だが、車が必要なんだ。用意してくれないか?」
心からすまなそうに謝りながら相棒は車を頼んだ。
「何を言います。貴方様はここ一帯のワイン畑を所有するカリオストロ伯爵家のご主人様ではないですかっ。私どもに迷惑を掛けたくないなど言わないで下さい」
男は声を荒げて相棒を叱り付ける口調で言い返した。
カリオストロ伯爵家の主人だ?
「おい、相棒。お前は一体何をしたんだ?」
俺は話に付いて行けず相棒に訊ねた。
「そいつは・・・・・・」
「この方は数百年の歴史を誇るカリオストロ伯爵家の婿養子です」
相棒の言葉を遮り男が答えた。
婿養子だと?
数百年の歴史を誇る伯爵家の?
この男が?
「相棒・・・お前、結婚していたのか?」
相棒である俺もこれは知らなかったから唖然とするしかなかった。
「・・・一度だけした事はある」
相棒はこれまた少しの間をおいてから答えた。
した事はある・・・・・・・・
「その口ぶりから察するに奥さんに振られたの?まぁ、その顔と性格じゃ振られても仕方ないけどね」
エレーヌが相棒の弱みを見つけたとばかりに詰って来た。
この牝犬が・・・・・・・
俺は一発この女に拳を打ち込もうと思い拳を握り締めた。
綺麗な顔をボコボコにしてやろうと思い振り返ろうとした。
だが、それは不発に終わった。
「おい。そこの阿婆擦れ女っ。あんたは旦那様の何を知っているんだ?!奥様は旦那様を愛していたし旦那様も奥様を愛しておられた。それを振られたなどとはどういう事だ!!」
男は唾を吐きながら女に掴み掛ろうとした。
まるで自分を馬鹿にされて怒ったかのような態度だ。
エレーヌは男の態度に驚き身構えたがそれをウォルターが止めた。
「私の秘書が大変失礼な真似を致しました事を深くお詫びします。ムッシュ。尽きましては、貴方様のご主人であるベルトラン殿は、宿を探しているのです。出来るなら今夜の宿などを与えて下さると有り難いのですが・・・・・・・・」
「おい」
相棒がウォルターを止めようとしたが男の方はさも当然とばかりにこう言った。
「何を言うんだ。旦那様が帰って来られたのだ。館にお連れするのが当たり前だ!!」
「おい。俺は別に・・・・・・」
「お言葉ですが旦那様」
男は激怒した顔から一転して平常な・・・些か冷たい印象を受ける顔つきになった。
「私どもは貴方様の使用人でもあります。ですが、その前に私共は貴方様の亡き奥方様であられたアンナ様の使用人です」
アンナというのか・・・・相棒の亡くなった上さんは。
「奥様は死ぬ間際に私共にこう言いました」
もし、あの人が訊ねて来たら・・・全力で助けなさい。
「私どもはそれを守る義務があります。それが私どもの忠誠です。それとも旦那様は奥様のお気持ちを、私共の忠誠を踏み躙る積りですか?」
「・・・分かった。その前に執事長のモーガンに連絡しておけ」
俺が帰って来たと伝えて置いてくれ、と相棒は頼んだ。
それから車は後で回収してくれとも頼んだ。
「かしこまりました。旦那様。それではむさくるしいとは思いますが荷台の方へ乗って下さい」
「分かった」
そう言って男は運転席に乗り俺達は荷台へと飛び乗った。
中には相棒の言う通りワインの元である葡萄が箱に入っていたから気を付ける。
俺達が乗ったのを認したかのようにトラックが走り出した。
「あんたみたいな男が伯爵とは・・・世の中って不思議ね」
エレーヌは男が居ない事もあってか、また人の神経を逆撫でするような言葉を吐いた。
何時もなら相棒は大人の態度で済ませたが今回は違っていた。
「・・・その綺麗な顔を粘土細工にされたくないなら口を閉じていろ」
相棒は珍しく怒気を露わにした口調でエレーヌを叱り付けた。
この態度にエレーヌは言い知れぬ恐怖でも感じたのか押し黙った。
「ムッシュ・ベルトラン。あまり良い気持ちではなさそうだね?」
「・・・まぁな」
相棒は新しいジタンを吸いながら答えた。
「私に対してかい?」
ウォルターは相棒の了承を得ずに勝手に宿を決めた。
怒りたくもなるだろうが、相棒は首を横に振った。
「・・・・・自分の情けない姿に苛立っているだけだ」
それだけ言うと相棒は黙り込んだ。
俺達も何を言えば良いか分からずに沈黙した。
・・・・過去には触れないのが傭兵の世界では暗黙の了解。
だが・・・どうやら、その過去に触れそうだ。
俺としては嫌だが・・・仕事となると仕方無いな、と割り切るしかない。
相棒の方もそんな所だろうな・・・・・・・・・
などと思いながら俺はジタンをまた口に銜えた。
何時まで経っても慣れない味だが。