第十一章:新たなる刺客
朝の6時に俺達は起きて家を後にした。
相棒は幾らかの金を置き礼の手紙も添えるという気配りをみせた。
それを見てウォルターは褒めて俺も感心した。
さぁ、行こうと車に乗り込んだ途端に・・・・・・
「見た目とは大違いね」
・・・何であんたはこうも場の雰囲気を壊すんだ?
俺は後部座席でゴロワーズを吸う女に是非とも訊きたかった。
「まだまだ若いな。お嬢ちゃん」
相棒は口端を上げて・・・悪役が正義の味方を小馬鹿にする笑みを浮かべた。
「その笑い方、止めてくれない?苛立つんだけど」
「これは失礼」
相棒は言われた先からまた笑った。
「貴方って学習能力が無いの?」
「無ければ生きていない」
「だったら止めて。ムカつくのよ」
「おい、姉ちゃん。あんたは相棒に恨みでもあるのか?」
俺は我慢して来たが限界を感じていた。
「恨みなんて無いわ。ただムカつくのよ」
「餓鬼みたいな理由で何も言えないぜ」
「あんた達・・・この私を誰だと思っているの?」
「ただの護衛だろ?」
「だよな」
相棒の言葉に俺は頷きウォルターも頷いた。
「君は彼等を雇った私に怒っているのか?」
「当たり前です。私一人いれば・・・・・・」
「自惚れるな。小娘が」
ウォルターが地を這うような蛇のように口を開いた。
「君は確かに優秀だ。だが“それだけ”だ。彼等のように我慢強くないし他人との協調性も無い」
我慢強いのは当たりだが、協調性があるのかと問われたらどうかな?
傭兵だけではないがチームワークは何よりも大切だ。
本や映画だと一匹狼が傭兵のイメージだが、実際は違う。
数人の仲間達で仕事をする時もあるし誘われる時もある。
金の切れ目が縁の切れ目なんて薄情な世界ではない。
まぁ、時には「寄せ集め」に等しい時もあるが。
話を戻すと金ばかり執着して更に協調性も無い奴はお断りだ。
居るだけで迷惑だからな。
そんな事を俺は思っている間もウォルターは続けた。
「君は自分に絶対的な自信を持っている。自信を持つのは良いが、過剰な自信は身を滅ぼすし周りにも悪害を放つ。もし、今後また彼等と突っ掛かり合うなら今すぐ止めて消えろ。私が雇ったのは傲慢で我が儘な小娘ではない」
仕事ができる一流のプロだ。
それが出来ないなら要らない。
酷い言葉だが、的を射ている。
しかも、ど真ん中をな。
こうも辛辣に言葉を浴びせられたエレーヌは閉口した。
だが、何も言わずにゴロワーズを取り出すと銜えて相棒に火を求めた。
「運転中の俺に求めるな」
相棒は文句を言いながらも、ちゃんとマッチで火を点けてやった。
何処からともなく出したマッチはマジックみたいだ。
「お前、マジシャンにもなれるのか?」
「詐欺師にはなりたくない」
と相棒は言いながらまだ燃えているマッチを自分の煙草に持って行った。
「失礼したね。二人とも」
「いや、あんたとその娘の問題だ。俺らには関係ない」
俺は首をコキコキと鳴らしながら片手を振った。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。で、ムッシュ・ベルトラン。これからリヒテンシュタイン公国までどれ位かな?」
「ちゃんとした道路を通り何も問題なければ大丈夫だ。だが・・・・お客様はそうじゃないらしい」
サイド・ミラーから見ると数台の車が猛スピードで追い掛けてきた。
・・・どういう事だ?
俺らがここに居る事は分からない筈だ。
誰が教えた?
あの家族は違う、と思う。
あの場所に居ると教えてやれば済む。
だが相棒なら直ぐに気付くし俺も気付く。
誰だ?
裏切り者が居るのか?
しかし、今は目の前の蠅を叩き落とすのが先決だな。
「相棒。盛大にお出迎えしてもOK?」
「OKだ」
「その言葉を待っていたぜ」
俺は窓を開けて右側から顔を僅かに出した。
そして上半身を出してスターム・ルガー ミニ14を構えた。
奴等の方は車の速度を上げてきた。
俺に撃たせない積りか?
だったら、諦めな。
お前等とじゃキャリアが違うんだよ。
俺はスコープ無しで狙いを定めた。
車は避けもせず突っ込んで来る。
狙いは運転手。
風などを観測し、狙いを捕えて・・・・引き金を引いた。
5.56mmは7.62mmに比べて小型だから風などの強さで逸れてしまうから、そこを計算に入れた狙撃だ。
弾は運転手の窓に命中したが、食い込むだけだった。
防弾ガラスか。
しかし・・・甘いぜ。
俺はそこを狙って立て続けに撃ち続けた。
如何に防弾ガラスでも何度も同じ所を撃ち続ければ弾は貫通する。
距離は少しずつ縮まるから、自分から当たりに来るようなもので助かったぜ。
お陰で直ぐに弾は貫通して運転手を撃ち抜いた。
フロントガラスを赤く染めるが、それでも車は走り続ける。
それ所か運転席のドアが開くと血に染まった運転手が転げ落ちた。
一瞬だけ運転が狂ったが直ぐに持ち直してみせた。
やるなぁ・・・面白しれぇ。
どうやら前の奴に比べれば骨があるようだ。
代わりの運転手は狙いを定められないようにジグザグに走り始めた。
馬鹿ではないようだが、所詮は子供だましに過ぎない。
今度はマニューリンMR-73を抜いてガラスの下・・・前方の部分---ボンネットを狙い撃った。
弾は357マグナム弾を使用している。
357マグナム弾は車のドアも撃ち破れる威力がある。
俺の愛銃・・・デザート・イーグルならもっと良いんだが、横で運転をしながら煙草を蒸かす相棒に傷付けられて現在入院中。
ちくしょう・・・やっぱり許せねェ。
マニューリンは決して悪い銃ではない。
ないんだが・・・やっぱり使い慣れた物の方が望ましい。
と俺は思いながらMR-73をホルスターに仕舞い元の位置に戻った。
弾は全て命中し、奴等の車はお釈迦となった。
それでも諦め切れないのか車から降りて拳銃を乱射するが、鳥を狙っているのか?と問いたくなるほど的外れな方角に飛んで行く。
射的ゲームをやれば体の良い鴨として店の親父に笑われるだろうな。
などと俺は笑みを浮かべながら思った。
「お見事だ。ムッシュ・ショウ」
「そうでもないさ」
ウォルターの褒め言葉を俺は肩を竦める事で答えた。
「1本どうだい?」
顔の横から魚雷みたいに先端が丸っこい葉巻が出された。
2本だ。
俺と相棒の分、という事か。
「頂く」
相棒は葉巻を取って俺もそれに倣った。
口の部分を歯で噛み千切ってから互いにライターで火を点けた。
と言っても葉巻は俺らが吸うような紙巻き煙草のように雑ではない。
繊細だ。
だから、吸いながら火を点けるなんてのは駄目。
火を直接、点けずに熱を取り込むようにして45°均等にやる必要がある。
それ以外にも何かと手間が掛る。
大抵の奴等は葉巻を吸わない。
葉巻は煙草を吸っていた者が最終的に行き着く場所とでも言えば良いかな?
まぁ、そういう事で大抵葉巻を吸うのはウォルターみたいに年老いた奴等だ。
中には物好きな奴もいるが、葉巻なんてそこら辺の店には売っていないから手に入れるのも一苦労だ。
だから、俺も相棒も葉巻は吸わない。
金が無いのが一番の理由ではあるが、な。
「まるで“革命家”になった気分だ」
相棒は葉巻の灰を先に溜めながら感想を述べた。
「まぁな」
俺はそれに頷いた。
革命家はよく葉巻を吸うが、それには理由がある。
革命家の象徴が葉巻。
そしてあいつ等が居た場所は大抵が密林だ。
葉巻には除虫効果があるから、それで吸っているのも理由だ。
で、肝心の味はどうか?と言えば・・・・・・・・・・
「何だかパッとしないな」
葉巻は味や香が良いのだが、俺達紙巻き煙草を吸う者には分からない。
「そうか。まぁ、歳を取ってから再び吸えばその味が分かるよ」
ウォルターは残念と言いながらも自分の葉巻を蒸かした。
その一方でエレーヌは黙って相棒を見ていた。
ウォルターに怒られて相棒を逆恨みしているというのならお門違いも良い所だ。
何れそのお門違いで痛い思いをするだろうな、と俺は密かに予感した。