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狭き門

作者: いのりん
掲載日:2026/09/02

 ミューズガルデ王国は中央大陸西部に位置する『芸術国家』である。


 王侯貴族は政務を行う傍らですべからく芸術を愛しており、家を継がない次男次女以下は芸術家となる者も多い。


 そんな国で大丈夫なのかって?


 大丈夫だ、問題ない。

 というか、そっちの方が良い。


 なぜなら政治や外交というものはロジックのみで最適解を導ける程単純なものではなく、リーダーの『優れた直感』や『美意識』と言うものが非常に大切になってくるからである。


 実際、ミューズガルデでは過去、芸術を愛する貴族が植えさせていた花が後に流行る疫病の特効薬になったり、旅先で王が一目惚れし三顧の礼で国賓に迎えた踊り子が実は精霊で国の守護者になってくれたり、大使がなんか嫌な予感がしたというので探りを入れた隣国が実は戦争の準備をしていたりと、結果的に『直感』からの行動によって莫大な益を得ることが多かった。


 この様に、美的感覚に優れるリーダーがその閃きを以て方向性を決め、文官や武官が現実的なマネジメントをするという役割分担によって、本国は上手く回っている。


 そんなミューズガルデなので、王立学園には当然の様に『芸術科』があり、そこには貴族の子供達が在籍していた。


「アトリ……アトリ……あー、何度見ても名前がない……」


 コンクールの結果通知をみてガックリと肩を落としている、しがない男爵令嬢ことアトリ・ディスペリアもその一人である。


「また入賞できなかった……あんなに頑張って描いたのに、一体何がいけなかったのかしら?」

「そりゃあ、方向性が間違っていたからだよ」

「ジェローム様……」


 彼女に声をかけた男はクラスメイトのジェローム・ルシアン伯爵令息。アトリと同じく宗教画を得意とするコンクール金賞の常連で、学校内外から非常に高い評価を受けている人物だ。


 加えて非常にスマートなことから人気もあり、アトリがほのかな恋心を抱いている相手でもある。


「これでも一応、流行りのテーマや画風を取り入れはしたつもりなのですが……」

「そういった努力を否定はしないが、君の場合、問題点はそこじゃ無いと思うんだ」


 そしてジェロームは、今のアトリの絵には『リアリティがない』のだと続ける。


 首を傾げるアトリ。

 宗教画というファンタジーにリアリティとは?


「別の言い方をすると、『嘘に真実味を持たせる』って事かな」


 ジェローム曰く、優れた画家というのは語りかける様な巧みな技量で鑑賞者を上手く騙したり……もしくは自分の経験や感情を絵のモチーフに乗せて共感を誘う事で、相手の脳を揺らす事ができるとのこと。


 成程、とアトリは思う。


 巧みな技量で鑑賞者を騙すなんて事は、ジェロームのように才能のある者にしかできないだろうが、『自分の経験や感情を絵のモチーフに乗せる』というのには心当たりがあった。


 ただ、問題が二つ程あるのだが……


「君が入学して半年した頃に一度だけ『銀賞』を獲得した『地獄の門』の絵は、そう言う書き方をしていたんじゃないかな?」

「ゔ……そ、その通りです……」


 問題の一つ目は、その絵が、彼女にとっての黒歴史という点だ。


 元々絵が得意で、身内には大いに褒められていた事から『将来立派な画家になるぞ』と希望を持って王立学園の門をくぐり、『芸術科』に入ったアトリ。


 しかし彼女はしがない男爵令嬢。絵だって、殆ど我流でのびのび書いてきた。しかし、他のクラスメイトの大半は幼少期から英才教育を受けている。半年たった頃には周囲との技術レベルの差に絶望していた。


 当然コンクールでも落選が続き、理想と現実のギャップに悶え苦しみ


『学園の門をくーぐったらー、一切希望はあーりませんでしたー……チックショー!』


 と半ばやけっぱちで、コンプレックス塗れのドロドロした感情の発露として殴るように描いたのが、『地獄の門』だったのである。


 当然、入賞出来るなんてこれっぽっちも思っておらず、むしろ『これを最後に筆を折り、中退して別の道に進もうかしら』と殆ど自己満足のマスターベーション的に仕上げた絵だったのだが……


『技量は非常に稚拙だし、何を言いたいのかよく分からんが……とにかくすごい迫力だ!』


 と銀賞を取ってしまい、博物館で大勢の人に見られるハメになってしまったである。今でも時々思い出してはベッドで足をバタつかせる思い出だ。


 出来れば二度とやりたくない。




 そして二つめの問題は……


(そもそも私……同じ様な絵を今は書けないでしょうしね)


 と言う事である。


 一度銀賞を取ったあとは再び鳴かず飛ばずの一発屋となっているアトリだったが、それでも美術大国のコンクールで一発当てたという実績はある。


 故に卒業後、自分一人の食い扶持に困らないくらいの仕事依頼はくるだろうし。


(ジェローム様も、どう言った訳か私の事を気に入ったらしくこうして親身にして下さいますし……)


 つまり彼女は、当時と違って現状に『そこそこ満足』しちゃっているのである。


 勿論、また賞を取りたいし燻っているものはある。

 とはいえ、流石にあの頃の様な、噴火寸前のマグマのような沸々としたものは、今の自分にはない様に思う。


「助言に感謝いたします。……巧みな技量で鑑賞者に上手な嘘をつける、ジェローム様が羨ましいですわ」


 それで思わず、ちょっと卑屈な事を言ってしまうアトリだったが


「……いや、僕も自分の経験を絵のモチーフに乗せているんだよ」


 そう返されてちょっとだけ面食らう。


 彼は自分と違って才能でリアリティを出しているのだと思っていたし……


「でも、ジェローム様が金賞を獲得された『プリマヴェーラ』や『パリスの審判』は艶やかで美しい女神達が主なモチーフでしょう?」


 彼の絵にはちょっぴりエロスというか官能的な雰囲気も漂っており、そこも非常に評価される点だったからだ。

 ちなみに女神達は豊満だが、アトリは清貧である。


 もしそれが経験を反映させた物だとしたら、スマートに見える彼はその実、中々のプレイボーイという事になる。

 そんな訳ないですよね、と疑問形で問うアトリだったが……


「僕の描く女神達にはモデルがいるよ」


 そう告げられて、脳裏で『メキメキメキ……ジュワ』なんて音が聞こえた。


 失恋と脳破壊の音である。


 今なら、スッゲェ作品が描ける気がした。






 そんな事があった次のコンクール、アトリは『狭き門』という作品を提出した。


 神の使徒として、人間的な幸福や欲望を犠牲にして狭き門を一人でくぐり己の使命を果たす、という宗教画である。


 その作品は金賞ではなかった。




 もっと上の、『国王特別賞』であった。



 *****



「と言う訳で父上、アトリとの縁談を進める話を認めて下さい」

「ううむ……まあ、いいだろう」


 そのコンクール結果が出てから三日後、ジェロームは父親とそんな事を話していた。


「なにせ、国王特別賞だものな」


 家格の差をある程度埋める実績としては充分か、一目惚れしたというお前の直感は正しかったわけだ、まだ学生なのに本当に凄い娘だな、なんて感心する父親に、ジェロームは


「ええ、彼女は僕と違って本物の天才なんですよ」


 と、こともなげに答える。


 アトリは『巧みな技量で鑑賞者を騙すなんて事は才能のある者にしかできない』なんて思っていたが、実際は逆だった。


 ジェロームのそれは、幼少期からの英才教育により身につけた、理詰めで説明可能な再現性のあるテクニックにすぎない。

 本当に才能があるのは『自分の経験や感情を絵に乗せ、鑑賞者の脳を揺らす』なんて理屈では説明できず再現性もないことを感覚的にやってのけるアトリの方だった。


 入学当初の未熟な技術で銀賞を取った彼女。

 当時よりずっと精錬された画力で、より強い情動を絵に乗せたのだから、最高の誉である『国王特別賞』も当然の結果だと、ジェロームはそう思っている。


「しかし彼女、お前と結婚して幸せになっちゃうと……その、もう今回みたいな絵は書けなくなるんじゃないか?」


 そう懸念を口にする父親にジェロームは、大丈夫ですよ、と自信満々に答える。


「何せ彼女は狭き門を通り抜けましたから」


 この国の聖書にでてくる『狭き門』は、連れ立って通ることは出来ないと言われている。

 その道程は困難かつ孤独な旅路だが……抜けた先には素敵な楽園が待っているものらしい。


「この先、婚約者となった後からは僕が責任を持って彼女をうんと幸せにして見せましょう。その気持ちを乗せた『楽園』の絵画ができあがれば、きっと彼女の名声は天にまで届く事になると思いますよ」


 そう父に告げつつ


(でもその前に、彼女の誤解を解いて謝らないといけないな……)


 そんな事を脳裏で考えるジェローム。


 当然のことながら彼の絵に描かれている女神にモデルなんていない。いや、目の形くらいはアトリに似せていたか。


 彼は、嘘を本当に見せるのが実に巧みな男であった。

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― 新着の感想 ―
脳破壊のパワーすげえ! アトリの脳を適切に破壊するジェロームもある意味天才なのでは…?これが英才教育の成果ならこの国がまるごとすごいな…。
>失恋と脳破壊の音である。 >今なら、スッゲェ作品が描ける気がした。 本人は真剣にやってるんだろうけど、この単純さと負のエネルギーが凄いw
宗教画に裸の姿が多いのは、清貧な風紀を善しとする時代であっても「信仰のモチーフ」として堂々と官能的描写が可能だったからだとか。 「ダ○ィンチ・コード」だったか「天○と悪魔」だったかでも、過去の「信仰的…
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