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いつか王子様が。

作者: 丹羽坂飛鳥
掲載日:2026/07/23

 私が初めて恋をしたのは、金髪に碧眼の素敵な王子様。

 ちょっとだけ年上で、頼り甲斐があって、国のことを考えられる人だった。


 頭も良いし、今は近衛兵になって体も鍛えている。

 身長も父様たちみたいに高くて、顔だって世界一のシャーちゃんの次くらいには格好いい。


「チュルカ様」


 丁寧に名前を呼んでくれる声の素敵さが、胸を甘く締め付ける。

 婚約者になったとき、お母様の大切な指輪を贈ってくれた愛情深い人。

 私が十八歳になったらすぐに結婚するって約束して、約束通りエルタニアにも戻ってきてくれた、私の王子様。エリクセル殿下こと、えっちゃん。


 今日はね。

 そんなえっちゃんの上に、双子の妹が乗っているわ。


「……ティーちゃん。何してるの?」


「何って調査よ、調査。話を聞きにきたら逃げ出すから、取り押さえたらもつれちゃって。

 そこにチューがきただけ。だから誤解しないであげてね」


 慌てたらドツボだってわかってる名探偵ティーちゃんが、平然と立ち上がる。

 私は双子の妹のシャツを逃がさないように掴んだ。

 顔に大きく『面倒臭い』って書いたティーちゃんは、顔を逸らしてため息吐いてる。


「名探偵ティフォルナに、浮気調査してもらってもいいよね?

 今、まさに事件が起きたんだよ」


「ならよかったわ、解決ね。『何もなかった』が正解。

 お互いに体術掛け合ったら変な方向に力が乗って、私が足を滑らせたのをえっちゃんが受け止めてくれた。

 そこにたまたまチューがきただけよ」


「へえー。ただの体術で、えっちゃんまで転んじゃったんだぁ」


「お互いに必死だったからかしら。気づいたら上に乗ってて、こんなお話みたいな偶然があるのね、って笑って話してたらチュルカがきたわ」


「わーすごーい。……ってそんな偶然あるわけないでしょっ!? ティーちゃんのばかぁっ」


「はぁ? 私が『何もない』って言ってるのに信じられないわけ!?

 チューったらえっちゃんのことになるといっつもそう、妹のことくらい信じなさいよばーかばーかっ」


 掴み合いの激しい姉妹喧嘩が始まって、今度は近衛兵が飛んできて引き剥がされた。

 暴れて泣きじゃくる私と、拗ねて怒ってるティーちゃんが揃って連行されて、今は目の前で仁王立ちする黒髪黒目の近衛兵長に睨まれてる。

 練兵場の端っこで『休め』の姿勢で尋問されてるから、興味津々の弟と、察して掴んで行こうとしてる兄様にまで見られて恥ずかしい。


「双方、喧嘩の原因は? まずはティフォルナ」


「私はえっちゃんを追いかけて転んだだけよ。なのにチューが誤解してひどい目にあったわ」


「……チュルカは?」


「ティーちゃんがえっちゃんの上に乗ってたんだよっ。

 お腹の上かもしれないけど、私の婚約者だってわかってるのに、なんで乗りながらお話しする必要があったの!?

 すぐに離れればいいのにっ本当のこと話してくれないティーちゃんの方が悪いよっ!」


 父様まで顔に『面倒臭い』って書くのやめてほしい。

 膨れた私に、近衛兵長がため息を吐いた。


「重要参考人をここへ」


 えっちゃんまで引き立てられた。

 申し訳なさそうに父様に頭を下げるえっちゃんを見ると悔しくて、こんな時だけど睨んでる。


「えっちゃんまで呼ばなくていいんじゃないの父様っ、これは私とティーちゃんの喧嘩だよ!?」


「……エリクセル。何が真実だ」


「申し訳ございません、アルバ様……ティフォルナ様の調査を受けて、恥のあまり逃げ出しました。

 面白がって追いかけてこられたティフォルナ様ともつれあい、転ぶ寸前で顔を打ってはまずいと思い、俺の上に乗せました」


「ほら、私の言うとおりじゃない。チューの誤解よ」


「しかしその状態で少し話をしたことも事実です。

 俺が軽率な行動をしたばかりに、チュルカ様を傷つけたことも事実……すみません、チュルカ様」


「えっちゃん……っひっく、なんでぇ……っ」


 昔から『ティーちゃんはもしかして、えっちゃんのこと好きなんじゃないかな』って思うことはあった。

 えっちゃんも、明るくて溌剌とした名探偵と一番先に仲良しになった。

 私は話しかけることすら出来なくて、婚約者を選ぶ話の時も『なりたい』ってすぐに言えなくて、泣いてたらティーちゃんに「好きなんでしょ」って話を譲ってもらえた。


 えっちゃんは泣き出した私に、苦しそうな顔をして……うつむいた。


「チュルカ様との、結婚式の花を選んでいたんです」


 え。

 金色の髪をくしゃりと握ったえっちゃんは、苦しそうな吐息をこぼしてる。


「海辺に真っ黒な、しかしガクだけは楚々と白い花があると聞いて、海軍の経験がある軍務大臣殿と少し話をしました」


 この場にいる全員が、調査の依頼主を察した。

 名探偵が諦めた顔してるけど、えっちゃんの声は震えてる。


「チュルカ様は黒髪に黒目が艶やかで、いつもお綺麗で。

 ガクだけが白いなんて、白衣でいつも誰かを癒して救うチュルカ様みたいだと、そう思って……結婚式にも使えないか、何かご存知でないかを尋ねました」


 えっちゃんが、ますます深く頭を下げた。


「そのことを、ティフォルナ様に尋ねられたのです。

 贈るつもりの花であったことから『なんでもない』とお伝えしたことが、このように大きなこととなりました」


 背後で練兵場らしい音だけが響いてる。

 父様も頭が痛そうにこめかみをほぐすと、えっちゃんに目を向けた。


「……その結果、揉み合っただけか」


「はい。ティフォルナ様の『悪いようにはしないから白状した方が早い』という言葉を信じればよかったのです。

 泣かせるつもりでは、なかった。

 しかし俺が意地を張ったせいで、結果としてチュルカ様を傷つけた……すみませんでした」


 深々と頭を下げるえっちゃんを見て、私もティーちゃんに向き合った。

 素直に謝れない私の肩に自分の肩をぶつけて、ティーちゃんは膨れてる。


「ほら、言ったじゃないの。ばかチュー。

 私も雑に聞きに行ったのは悪かったけど……チューがえっちゃんのこと大、大、だーい好きなのは知ってるんだから、私が何かするわけないでしょ?」


「……ごめん、ティーちゃん」


 私もようやく素直に謝ると、父様がえっちゃんの肩を叩いて一歩前に出させた。


「えっちゃんも、誤解してごめんね。

 お花、考えてくれてありがとうっ」


 顔をあげて恥ずかしそうにしたえっちゃんが首を横に振ったから、私も涙を拭って顔を癒した。腫れてて恥ずかしい。


「なら双方、仲直りの握手で終わりだ。いいな」


 父様に声をかけられた私たちは、いつもみたいに向かい合う。

 握手するとティーちゃんが笑ったから、私も拗ねてるはずなのに口元がちょっとだけ緩んじゃった。


「チューのことが大切なんだから、チューのためになることじゃなきゃしないわ。

 薄情な姉は、いつも信じてくれないけどねっ」


「ごめん……でもね、ティーちゃんのことは信じてるんだよ。

 ただ、えっちゃんのことは特別で……ちょっとでも取られちゃうのが嫌なんだもん」


「はいはい、知ってまーすー。耳が同じ言葉を聞きすぎてタコができちゃったわ。

 少しでも悪いと思うのなら、私の助手を見つけるの、チューももっと手伝ってよね。

 メガネをかけてて、背が小さくて、頼りなくてパッとしない、この名探偵ティフォルナを立てるに相応しい、助手らしい助手よ!」


「むー……私のところに来た患者が誰だって言えないよう、医師には守秘義務があるんだよ、ティーちゃん」


「でも事務所を開設した私のところに、行くよう勧めるのはいいんじゃない?」


 名探偵ティーちゃんとは、笑い合ってあっという間に仲直り。

 楽しくお話ししてると、父様に溜め息吐かれちゃった。




 *




 ほんと、あっという間に結婚式になったわ。


 今はチューの披露宴の、真っ最中。

 幸せになった姉を見ながら、私は……名探偵ティフォルナは、パーティドレスを着て壁の花をしていた。


「ここにいたのか、ティフォルナ」


 女王らしい豪奢なドレスを着た母様が近づいてきた。

 タキシード姿の父様とシャーちゃんを連れてるから、お仕事中のはずだし首を傾げてる。


「あら母様、みなさまへのご挨拶はいいの? 今日は外交で忙しいんじゃない?」


「忙しいが、ついにチュルカが結婚したからな。

 どうしてもお前が気になって、来てしまった」


「? 私はいつも通りよ。チューが無事に結婚できてよかったわ。

 事務所を開設しても、寝泊まりは王城でする予定だし。

 結局チューとも毎日顔を合わせるのに、変わることも何もないわ」


「そうか……なら良いが。

 ……実はな、私はお前がいつも言う『名探偵の助手』が、ずっと気になっていたんだ」


「助手? 見つかったの!?」


「いいや。お前は見つけるつもりもないだろう」


 まあ、母様ったら。


「メガネで、背が小さくて、頼りなくてパッとしない助手。

 その対極にいる相手が、今日は結婚したな」


 人の気持ちはわからない、難しい。

 そういつも、ビューおじちゃん相手に膨れてるくせに。

 晴れやかな衣装を身につけた女王は、手袋に包まれた手で……小さい頃みたいに二つに括った、私の白い髪に触れた。


「お前は自分でも『エリクセル殿下は派手すぎて助手に向かない』と言い続けていた。

 しかし、お前は心を隠すのが上手い娘だ。

 姉のために自分のことは隠しているのではないかと、何度否定されようと気になっていた」


 ……そうね。

 私が初めて恋をしたのは、金髪に碧眼の素敵な王子様。

 ちょっとだけ年上で、頼り甲斐があって、国のことを考えられる人だった。


 そう、えっちゃんが私の初恋。

 初めてひとりで訪れた国でも、自分の足でまっすぐ立って、晴れやかなエルタニアの空くらい、心も何もかも綺麗で……話すほど素敵な人だってわかった。


 でもね。

 私には、もっと大切な人がいるのよ。


『ティーちゃん』


 普段は凛とした医者ぶるくせに、帰ってきたら甘えた声で私を呼ぶ姉。

 ずっと一緒にいた、チュルカ。

 喧嘩もするし、双子だから一緒に生まれたはずなのにお姉ちゃんぶる。

 でもいざという時は前に立って私を守ったり、癒しの妖精の力で治してくれる。


 優しい姉が、私だって大好き。


 いつも隣で笑ってた。

 いつも隣で怒ったり、悩んだり、そばにいた。


 二人で泣いて、二人で一緒に楽しんで。

 えっちゃんへの愛を熱弁される時はうんざりだったけど……それもチューが幸せならいいかって思えた。


 母様は、ちゃんとわかってる。

 だから私は、心のままに笑って顔を上げた。


「もう、みんなして何度も言わせないで。

 チューのために隠してごとなんてしていないわ。

 重婚できる国なんだから、私が本気を出せば一発よ? この名探偵ティフォルナ様は、すごいんだからっ」


 これは誰のためでもない。

 私のために決めたこと。


 大好きな姉が、幸せでありますように。

 お互いをただひとりと決めた相手と、いつまでも笑顔でいられますように。


 私は、その隣には行かないわ。


 今もお祝いのために、長い列が出来ている。

 二人で顔を見合って、照れ臭くて笑ってるようなえっちゃんとチューを、少し離れたところで見守りたいの。

 それくらいが面倒くさくなくていいわ。チューったら近づくとうるさいんだもの。


 大好きな人をずっと待って、そばにいたかったお姉ちゃんが、今日は誰より幸せな顔でいる。

 そんな些細なことが、私も何より嬉しい。


「結婚おめでとうの気持ちでここにいるから、心配しなくて大丈夫よ。

 それより母様も。私好みの助手、見つけるの手伝ってよね」


 私には恋よりも、大切で大好きな家族がいる。

 その一人をまっすぐ見つめると、母様が静かに頷いた。


「……そうか」


 たった一言。

 でも、母様は優しく私の手を取った。

 エルタニアの空色の瞳は、明るく笑う。


「お前にとって一番の相手を、私も見つけよう。

 それが私がしてやれる、最善のことだろうからな」


 頼もしい女王陛下に、安心して笑っちゃった。


「ええ、お願いね。

 最高の相棒を待っているわ!」


 だからさようなら、私の初恋。

 きっといつか、私だけの王子様が見つかる日が来るの。


「そろそろお祝いの列も空いてきたから、チューをからかってこようかしら。

 またね、父様、母様、シャーちゃん!」


 大切な人たちが、世界でいちばん幸せになれた日をお祝いするために。

 黒い花に、白が差し色になった綺麗な花が、華を添える会場で。


 私も自分だけの足で、一歩前に踏み出した。

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