いつか王子様が。
私が初めて恋をしたのは、金髪に碧眼の素敵な王子様。
ちょっとだけ年上で、頼り甲斐があって、国のことを考えられる人だった。
頭も良いし、今は近衛兵になって体も鍛えている。
身長も父様たちみたいに高くて、顔だって世界一のシャーちゃんの次くらいには格好いい。
「チュルカ様」
丁寧に名前を呼んでくれる声の素敵さが、胸を甘く締め付ける。
婚約者になったとき、お母様の大切な指輪を贈ってくれた愛情深い人。
私が十八歳になったらすぐに結婚するって約束して、約束通りエルタニアにも戻ってきてくれた、私の王子様。エリクセル殿下こと、えっちゃん。
今日はね。
そんなえっちゃんの上に、双子の妹が乗っているわ。
「……ティーちゃん。何してるの?」
「何って調査よ、調査。話を聞きにきたら逃げ出すから、取り押さえたらもつれちゃって。
そこにチューがきただけ。だから誤解しないであげてね」
慌てたらドツボだってわかってる名探偵ティーちゃんが、平然と立ち上がる。
私は双子の妹のシャツを逃がさないように掴んだ。
顔に大きく『面倒臭い』って書いたティーちゃんは、顔を逸らしてため息吐いてる。
「名探偵ティフォルナに、浮気調査してもらってもいいよね?
今、まさに事件が起きたんだよ」
「ならよかったわ、解決ね。『何もなかった』が正解。
お互いに体術掛け合ったら変な方向に力が乗って、私が足を滑らせたのをえっちゃんが受け止めてくれた。
そこにたまたまチューがきただけよ」
「へえー。ただの体術で、えっちゃんまで転んじゃったんだぁ」
「お互いに必死だったからかしら。気づいたら上に乗ってて、こんなお話みたいな偶然があるのね、って笑って話してたらチュルカがきたわ」
「わーすごーい。……ってそんな偶然あるわけないでしょっ!? ティーちゃんのばかぁっ」
「はぁ? 私が『何もない』って言ってるのに信じられないわけ!?
チューったらえっちゃんのことになるといっつもそう、妹のことくらい信じなさいよばーかばーかっ」
掴み合いの激しい姉妹喧嘩が始まって、今度は近衛兵が飛んできて引き剥がされた。
暴れて泣きじゃくる私と、拗ねて怒ってるティーちゃんが揃って連行されて、今は目の前で仁王立ちする黒髪黒目の近衛兵長に睨まれてる。
練兵場の端っこで『休め』の姿勢で尋問されてるから、興味津々の弟と、察して掴んで行こうとしてる兄様にまで見られて恥ずかしい。
「双方、喧嘩の原因は? まずはティフォルナ」
「私はえっちゃんを追いかけて転んだだけよ。なのにチューが誤解してひどい目にあったわ」
「……チュルカは?」
「ティーちゃんがえっちゃんの上に乗ってたんだよっ。
お腹の上かもしれないけど、私の婚約者だってわかってるのに、なんで乗りながらお話しする必要があったの!?
すぐに離れればいいのにっ本当のこと話してくれないティーちゃんの方が悪いよっ!」
父様まで顔に『面倒臭い』って書くのやめてほしい。
膨れた私に、近衛兵長がため息を吐いた。
「重要参考人をここへ」
えっちゃんまで引き立てられた。
申し訳なさそうに父様に頭を下げるえっちゃんを見ると悔しくて、こんな時だけど睨んでる。
「えっちゃんまで呼ばなくていいんじゃないの父様っ、これは私とティーちゃんの喧嘩だよ!?」
「……エリクセル。何が真実だ」
「申し訳ございません、アルバ様……ティフォルナ様の調査を受けて、恥のあまり逃げ出しました。
面白がって追いかけてこられたティフォルナ様ともつれあい、転ぶ寸前で顔を打ってはまずいと思い、俺の上に乗せました」
「ほら、私の言うとおりじゃない。チューの誤解よ」
「しかしその状態で少し話をしたことも事実です。
俺が軽率な行動をしたばかりに、チュルカ様を傷つけたことも事実……すみません、チュルカ様」
「えっちゃん……っひっく、なんでぇ……っ」
昔から『ティーちゃんはもしかして、えっちゃんのこと好きなんじゃないかな』って思うことはあった。
えっちゃんも、明るくて溌剌とした名探偵と一番先に仲良しになった。
私は話しかけることすら出来なくて、婚約者を選ぶ話の時も『なりたい』ってすぐに言えなくて、泣いてたらティーちゃんに「好きなんでしょ」って話を譲ってもらえた。
えっちゃんは泣き出した私に、苦しそうな顔をして……うつむいた。
「チュルカ様との、結婚式の花を選んでいたんです」
え。
金色の髪をくしゃりと握ったえっちゃんは、苦しそうな吐息をこぼしてる。
「海辺に真っ黒な、しかしガクだけは楚々と白い花があると聞いて、海軍の経験がある軍務大臣殿と少し話をしました」
この場にいる全員が、調査の依頼主を察した。
名探偵が諦めた顔してるけど、えっちゃんの声は震えてる。
「チュルカ様は黒髪に黒目が艶やかで、いつもお綺麗で。
ガクだけが白いなんて、白衣でいつも誰かを癒して救うチュルカ様みたいだと、そう思って……結婚式にも使えないか、何かご存知でないかを尋ねました」
えっちゃんが、ますます深く頭を下げた。
「そのことを、ティフォルナ様に尋ねられたのです。
贈るつもりの花であったことから『なんでもない』とお伝えしたことが、このように大きなこととなりました」
背後で練兵場らしい音だけが響いてる。
父様も頭が痛そうにこめかみをほぐすと、えっちゃんに目を向けた。
「……その結果、揉み合っただけか」
「はい。ティフォルナ様の『悪いようにはしないから白状した方が早い』という言葉を信じればよかったのです。
泣かせるつもりでは、なかった。
しかし俺が意地を張ったせいで、結果としてチュルカ様を傷つけた……すみませんでした」
深々と頭を下げるえっちゃんを見て、私もティーちゃんに向き合った。
素直に謝れない私の肩に自分の肩をぶつけて、ティーちゃんは膨れてる。
「ほら、言ったじゃないの。ばかチュー。
私も雑に聞きに行ったのは悪かったけど……チューがえっちゃんのこと大、大、だーい好きなのは知ってるんだから、私が何かするわけないでしょ?」
「……ごめん、ティーちゃん」
私もようやく素直に謝ると、父様がえっちゃんの肩を叩いて一歩前に出させた。
「えっちゃんも、誤解してごめんね。
お花、考えてくれてありがとうっ」
顔をあげて恥ずかしそうにしたえっちゃんが首を横に振ったから、私も涙を拭って顔を癒した。腫れてて恥ずかしい。
「なら双方、仲直りの握手で終わりだ。いいな」
父様に声をかけられた私たちは、いつもみたいに向かい合う。
握手するとティーちゃんが笑ったから、私も拗ねてるはずなのに口元がちょっとだけ緩んじゃった。
「チューのことが大切なんだから、チューのためになることじゃなきゃしないわ。
薄情な姉は、いつも信じてくれないけどねっ」
「ごめん……でもね、ティーちゃんのことは信じてるんだよ。
ただ、えっちゃんのことは特別で……ちょっとでも取られちゃうのが嫌なんだもん」
「はいはい、知ってまーすー。耳が同じ言葉を聞きすぎてタコができちゃったわ。
少しでも悪いと思うのなら、私の助手を見つけるの、チューももっと手伝ってよね。
メガネをかけてて、背が小さくて、頼りなくてパッとしない、この名探偵ティフォルナを立てるに相応しい、助手らしい助手よ!」
「むー……私のところに来た患者が誰だって言えないよう、医師には守秘義務があるんだよ、ティーちゃん」
「でも事務所を開設した私のところに、行くよう勧めるのはいいんじゃない?」
名探偵ティーちゃんとは、笑い合ってあっという間に仲直り。
楽しくお話ししてると、父様に溜め息吐かれちゃった。
*
ほんと、あっという間に結婚式になったわ。
今はチューの披露宴の、真っ最中。
幸せになった姉を見ながら、私は……名探偵ティフォルナは、パーティドレスを着て壁の花をしていた。
「ここにいたのか、ティフォルナ」
女王らしい豪奢なドレスを着た母様が近づいてきた。
タキシード姿の父様とシャーちゃんを連れてるから、お仕事中のはずだし首を傾げてる。
「あら母様、みなさまへのご挨拶はいいの? 今日は外交で忙しいんじゃない?」
「忙しいが、ついにチュルカが結婚したからな。
どうしてもお前が気になって、来てしまった」
「? 私はいつも通りよ。チューが無事に結婚できてよかったわ。
事務所を開設しても、寝泊まりは王城でする予定だし。
結局チューとも毎日顔を合わせるのに、変わることも何もないわ」
「そうか……なら良いが。
……実はな、私はお前がいつも言う『名探偵の助手』が、ずっと気になっていたんだ」
「助手? 見つかったの!?」
「いいや。お前は見つけるつもりもないだろう」
まあ、母様ったら。
「メガネで、背が小さくて、頼りなくてパッとしない助手。
その対極にいる相手が、今日は結婚したな」
人の気持ちはわからない、難しい。
そういつも、ビューおじちゃん相手に膨れてるくせに。
晴れやかな衣装を身につけた女王は、手袋に包まれた手で……小さい頃みたいに二つに括った、私の白い髪に触れた。
「お前は自分でも『エリクセル殿下は派手すぎて助手に向かない』と言い続けていた。
しかし、お前は心を隠すのが上手い娘だ。
姉のために自分のことは隠しているのではないかと、何度否定されようと気になっていた」
……そうね。
私が初めて恋をしたのは、金髪に碧眼の素敵な王子様。
ちょっとだけ年上で、頼り甲斐があって、国のことを考えられる人だった。
そう、えっちゃんが私の初恋。
初めてひとりで訪れた国でも、自分の足でまっすぐ立って、晴れやかなエルタニアの空くらい、心も何もかも綺麗で……話すほど素敵な人だってわかった。
でもね。
私には、もっと大切な人がいるのよ。
『ティーちゃん』
普段は凛とした医者ぶるくせに、帰ってきたら甘えた声で私を呼ぶ姉。
ずっと一緒にいた、チュルカ。
喧嘩もするし、双子だから一緒に生まれたはずなのにお姉ちゃんぶる。
でもいざという時は前に立って私を守ったり、癒しの妖精の力で治してくれる。
優しい姉が、私だって大好き。
いつも隣で笑ってた。
いつも隣で怒ったり、悩んだり、そばにいた。
二人で泣いて、二人で一緒に楽しんで。
えっちゃんへの愛を熱弁される時はうんざりだったけど……それもチューが幸せならいいかって思えた。
母様は、ちゃんとわかってる。
だから私は、心のままに笑って顔を上げた。
「もう、みんなして何度も言わせないで。
チューのために隠してごとなんてしていないわ。
重婚できる国なんだから、私が本気を出せば一発よ? この名探偵ティフォルナ様は、すごいんだからっ」
これは誰のためでもない。
私のために決めたこと。
大好きな姉が、幸せでありますように。
お互いをただひとりと決めた相手と、いつまでも笑顔でいられますように。
私は、その隣には行かないわ。
今もお祝いのために、長い列が出来ている。
二人で顔を見合って、照れ臭くて笑ってるようなえっちゃんとチューを、少し離れたところで見守りたいの。
それくらいが面倒くさくなくていいわ。チューったら近づくとうるさいんだもの。
大好きな人をずっと待って、そばにいたかったお姉ちゃんが、今日は誰より幸せな顔でいる。
そんな些細なことが、私も何より嬉しい。
「結婚おめでとうの気持ちでここにいるから、心配しなくて大丈夫よ。
それより母様も。私好みの助手、見つけるの手伝ってよね」
私には恋よりも、大切で大好きな家族がいる。
その一人をまっすぐ見つめると、母様が静かに頷いた。
「……そうか」
たった一言。
でも、母様は優しく私の手を取った。
エルタニアの空色の瞳は、明るく笑う。
「お前にとって一番の相手を、私も見つけよう。
それが私がしてやれる、最善のことだろうからな」
頼もしい女王陛下に、安心して笑っちゃった。
「ええ、お願いね。
最高の相棒を待っているわ!」
だからさようなら、私の初恋。
きっといつか、私だけの王子様が見つかる日が来るの。
「そろそろお祝いの列も空いてきたから、チューをからかってこようかしら。
またね、父様、母様、シャーちゃん!」
大切な人たちが、世界でいちばん幸せになれた日をお祝いするために。
黒い花に、白が差し色になった綺麗な花が、華を添える会場で。
私も自分だけの足で、一歩前に踏み出した。




