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第5話「第63層、食材持ち帰り縛り」


──────────────────


 今日の縛りは「その層で最大サイズの個体を食材として持ち帰ること」。

 対象層は第63層。


 持ち帰りに縛りをかけるのは初めてだ。

 今までは「倒す方法」に縛りをかけてきた。

 今日は「何を持ち帰るか」に縛りをかける。


 最大サイズ、という条件はシンプルに見える。でも実際に持ち帰れるかどうかは別の話だ。

 最大サイズが何トンかわからない。

 食材として有効かどうかもわからない。

 マジックバッグに入るかどうかもわからない。


 わからないことが多い縛りだ。だからやる価値がある。


 記録帳に条件を書いた。

 扉を開けた。


──────────────────


◆第一章「惑星の内臓」


 第63層の扉を抜けた瞬間、足が止まった。


 広い、という感覚ではなかった。


 でかい、だった。


 天井が見えない。

 壁が見えない。

 床は存在するが、地平線の概念がない。どこまでも続いている。


 空気がある。においがある。

 生命のにおいだ——草のにおいに近い、でも草ではない。何か有機物の巨大な堆積から来るにおい。古くて、暖かくて、圧倒的な量だ。


 捕食の地図が展開を始めた。


 この層の構造が浮かんだ。


 惑星規模の生態系が丸ごと一つの生き物の内部だ。

 第63層は、生きている惑星の中にある。山脈は脊椎。海は消化液。大陸は細胞壁の一部。

 私が今立っているのは、その惑星生物の体腔内だ。


 免疫細胞が動いている。

 捕食の地図がそれを拾った。直径2キロの球体。無数に湧いている。個体は弱い。でも数が多い。


 最大サイズの個体——捕食の地図を全体に広げた。


 中枢神経核が深部にある。

 惑星全体の神経系統の制御点。直径200キロ。


 200キロ。


 私はしばらく、その数字を見た。


 マジックバッグには入らない。

 でも縛りは「最大サイズを持ち帰れ」だ。


 方法を考えた。


◆第二章「免疫細胞の海を抜ける」


 まず深部へ向かう必要がある。


 免疫細胞が私を感知した。方向を変えた。こちらに向かってくる。


 捕食の地図が免疫細胞の弱点を示した。中心部に密度の薄い部分がある。球体の南極点に相当する位置だ。そこを貫けば無力化できる。ただし一体あたり3秒かかる。


 数が多すぎて3秒×体数をかけていたら終わらない。


 私は術式を組んだ。


 雷霆召喚。


 広域に天雷を落とした。免疫細胞が導電体であることを捕食の地図が示していた——球体の表面が金属質だ。雷が表面を伝って内部に到達し、中心部の薄い密度部分を焼き切る。


 一閃で三十体が無力化した。


 でも次の三十体がすでに来ていた。


 私は走った。免疫細胞の群れを雷霆で散らしながら、深部への方向を捕食の地図で追い続ける。この惑星生物の体腔は複雑だ。大陸が動いている。地形が変わる。地図を更新しながら走った。


 どのくらい走ったか。

 体感で二時間。外部時間でどれだけかはわからない。ここの時間密度は第47層とは違う方向でズレている。


 中枢神経核が近づいてきた。


 においが変わった。草のにおいではなくなった。電気のにおいに近い。神経信号が大量に流れている場所のにおいだ。


◆第三章「神経核の前で」


 中枢神経核を視認した。


 200キロ、というのはスケールとしての話だ。

 実際に目の前にすると——白い。

 表面が白く発光していて、内部で神経信号が走るたびに光の線が走る。

 球体ではなく、複雑な樹状構造をしている。木の根が何百万本も絡まったような形で、中心から放射状に広がっている。


 美しかった。

 食材として評価した場合——神経系の高密度組織。味は想像できない。でも密度と複雑さから、相当に濃い成分が含まれているはずだ。


 悪食を使えば概念ごと食べられる。


 問題は「持ち帰る」縛りだ。

 自分が食べるのではなく、持ち帰って厨房に届ける必要がある。


 200キロの樹状構造をどう持ち帰るか。


 マジックバッグの容量を確認した。現在、第21層から第58層までの食材が格納されている。残余容積を計算した。


 200キロ全体を圧縮格納するには足りない。


 一部でいい、と縛りを解釈するか——いや、「最大サイズを持ち帰れ」という条件は、最大サイズの個体全体を指している。一部では縛り違反だ。


 私は神経核の前に立ち、しばらく考えた。


 その時、音がした。


◆第四章「最悪のタイミング」


 音の方向を見た。


 惑星体腔の遠方、私が通ってきた方向から、緑の残像が走ってきた。


 速い。宇宙マッハ単位で動いている。

 残像がすさまじい衝撃波を引いて、通過した体腔壁に亀裂を入れながら来ている。


 至誠だ。


 10秒後、至誠が私の前で停止した。馬耳が立っている。緑と赤の装い。息が少し乱れている——それだけ速く来たということだ。


 手に風呂敷包みを持っている。


 「お届けにあがりました!」と至誠が言った。「命にかえても!」


 「……何を届けに来た」


 「摩天さんへの補給品です!」と至誠が言った。「秩序さんから、長時間潜入になる可能性があるとのことで、追加のマジックバッグをお届けします! 命にかえても!」


 私は至誠の持っている風呂敷包みを見た。


 「……マジックバッグを届けに来たのか」


 「はい! 容量拡張型のものです! 現在のバッグと連結して使えます! 命に……」


 「かえなくていい」


 「……承知しました。でも今回は本当に危険でした。途中で免疫細胞に五十体同時に突撃されて……」


 「何体倒した」


 「命にかえて百八十体です!」と至誠が言って、少し誇らしそうな顔をした。そして少し傷ついた様子で付け加えた。「なんとか届けました」


 私は至誠を見た。

 装いに損傷がある。免疫細胞との接触痕が何か所かある。


 「……傷を負ったのか」


 「商品は無事です!」と至誠が即座に言った。「私の損傷は問題ありません!」


 問題がある、と思った。でも今は言わない。


 風呂敷包みを受け取った。中から容量拡張型のマジックバッグを取り出した。現在のバッグの連結口に接続した。容量が数十倍に広がった。


 神経核の方を向いた。

 200キロの樹状構造が、今のバッグなら入る。


◆第五章「解体と収納」


 神経核の解体を開始した。


 幻影剣を展開した。神経核の樹状構造は、中心部に収縮できる性質を持っていることを捕食の地図が示していた。外周の根から順番に中心へ向かって折り畳んでいけば、密度は上がるが体積は下がる。


 神秘魔法の空間圧縮術式を補助的にかけた。

 物理的な解体と魔術的な圧縮を同時に進める。


 完全強化モードは今日は使えない縛りではない。

 だが、今日は使わないことにしていた。使わなくてもできると思っているから。


 幻影剣で外周の根を根元から切断していった。

 切断するたびに神経核が少し収縮した。


 100本目。体積が20%減った。

 500本目。体積が半分になった。


 解体に一時間かかった。

 最終的に神経核は直径15キロまで収縮した。


 マジックバッグに押し込もうとした。


 入らなかった。


 体積は十分に小さい。でも重量が問題だ。

 通常、マジックバッグへの格納時には強化魔法の重量操作術式を補助的にかける。収納物の質量を一時的にゼロに近づけることで、空間収納の負荷を下げる。


 今日の縛りは「食材持ち帰り縛り」だが、私はもう一つ縛りを足していた。

 「重量操作術式を使わない」——マジックバッグへの格納を純粋な空間圧縮のみで行う縛りだ。


 神経核の重量を計算した。密度と体積から換算して、約3.2×10の18乗キログラム。惑星質量の数百分の一に相当する。

 空間圧縮だけでは、収納維持にかかる魔力負荷が通常の数億倍になる。


 私は魔力出力を上げた。


 空間圧縮術式を最大出力で展開した。マジックバッグの収納口から放射される圧縮フィールドが、神経核全体を包んだ。重量はそのまま——ただし、バッグの内部空間に「重量を支える構造」を術式で生成して固定する。外部には重量が漏れない。


 リジェネが魔力を回復し続ける。消費と回復が拮抗する限界点で、収納を維持した。


 神経核がバッグの中に入った。


 収納完了。


 捕食の地図が「中枢神経核が切除された」と示した。

 惑星生物が反応し始めた。免疫細胞の増産が始まっている。体腔が収縮し始めた。


 出口を目指した。来た道を引き返す。


◆第六章「帰路」


 至誠がそのままついてきた。


 「案内します! 命にかえても!」


 「来た道を戻るだけだ」


 「でも地形が変わっています! 神経核の切除で体腔の構造が再配置されています! 私は来る時に通った道を全部記憶しています! 命にかえても案内します!」


 私は少し考えた。


 地形が変わっているのは事実だ。捕食の地図も更新が間に合っていない場所がある。


 「……頼む」


 「はい! 命にかえても!」


 至誠が先を走った。

 馬耳が立って、正面を見ている。速い。でも私に合わせて速度を落としている。


 免疫細胞の増産群が来た。


 至誠が突撃した。

 「任務絶対遂行! 進路を開けます! 命にかえても!」


 宇宙マッハで突っ込んだ。衝撃波が前方の免疫細胞を吹き飛ばした。進路が開いた。


 私はその進路を走った。


 これを三度繰り返した。


 扉が見えた。


◆第七章「扉の前で」


 扉を開けた。

 体腔から出た。

 ぱんでむの廊下に戻った。


 至誠が扉のそちら側で立っていた。


 「届けられました! 任務完遂! 命はかかりましたが!」と至誠が言った。

 本当に嬉しそうな顔だった。


 私は至誠の損傷した装いをもう一度見た。


 「……至誠」


 「はい!」


 「傷の処置をしろ。悲醒に頼め」


 至誠が少し止まった。

 「……商品は届けましたので、私の損傷は」


 「任務後の処置も任務のうちだ」


 至誠がまた止まった。今度は少し長く。


 「……承知しました」とゆっくり言った。「命にかえても傷を処置します」


 「それは逆だ」


 「……失礼しました。承知しました」


 至誠が廊下を走って行った。走り方がいつもより少し静かだった。


 私は記録帳を開いた。


 「第63層・最大サイズ持ち帰り縛り・重量操作術式禁止縛り。達成。中枢神経核(直径15キロに収縮)収納完了。重量:惑星質量の数百分の一相当。空間圧縮のみで収納維持。リジェネとの魔力拮抗状態が帰還まで続いた。至誠の補給により容量拡張型バッグを取得。至誠の損傷あり。帰路案内に有用。特記:至誠は自身の損傷を報告しない傾向がある。確認の習慣化が必要」


 書いた。閉じた。


 マジックバッグの重さを確認した。重い。

 でも中身がある。それが、今日の縛りの答えだ。


──────────────────

◇クルー視点モノローグ——至誠

記録:第63層、帰還後。廊下。


 届けられました。


 補給任務、完遂です。


 秩序さんから「長時間になりそうなら持っていくように」と言われた時、正直、間に合わないかもしれないと思いました。

 第63層の体腔が想定より複雑で、免疫細胞が想定より多くて——途中で三回、損傷しました。


 でも届けました。


 摩天さんがバッグを受け取った時の顔——特に何も変わらない顔でした。感謝の言葉もありませんでした。


 でも「傷の処置をしろ」と言ってくれました。


 私は商品を届けることが任務です。

 自分の損傷は、任務の障害になる時だけ気にします。届けた後は関係ない、と思っていました。


 摩天さんは「任務後の処置も任務のうちだ」と言いました。


 ……それは、考えたことがありませんでした。


 任務のために体を整備する。

 任務のためだから、処置する。


 命にかえても、という私の言い方は——たぶん、摩天さんには逆に見えていたんだと思います。


 命をかけるのは、届けるためです。

 届けるためには、命が続く必要があります。


 ……当たり前のことかもしれませんが、今日初めて、そういう順番で考えました。


 悲醒さんに処置してもらいました。

 「また来ましたね」と言われました。「また」の部分が、少し重く聞こえました。


 ——次は、もう少し損傷を減らすよう努力します。


──────────────────


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