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第11話「第104層、地図なし縛り」


──────────────────


 今日の縛りは「捕食の地図を使わない」。


 これは単純に聞こえるが、実際には私の戦闘設計の根幹を外す縛りだ。


 捕食の地図——GourmetMapping——は私の最も基本的な能力だ。視認した敵の「最も効率的な攻略法」が解体図として即座に視野に浮かぶ。どこを断てばいいか、どの順序で処理すればいいか、全部出てくる。この情報がある状態での戦いと、ない状態での戦いは、設計の複雑度が桁違いに異なる。


 今日は地図なしで戦う。


 代替手段は準備した。第104層のすべての個体の挙動パターン、骨格構造の類型、崩壊条件の統計——何万回も潜った記録から再構成した代替解体図を、記憶の中に構築した。捕食の地図が浮かばなくても、記憶から引き出せるように準備した。


 縛りの設計意図は「解体図を持たない状態で、解体図と同等の精度を記憶だけで維持できるか」の確認だ。


 記録帳に書いた。


 「第104層。捕食の地図なし縛り。代替として記憶内蔵の解体図を使用。縛り条件:GourmetMappingを一切起動しないこと」


 扉を開けた。


──────────────────


◆第一章「有機と機械が溶け合う」


 第104層に入った瞬間、床が呼吸した。


 床の石畳が胸郭のように持ち上がって、また沈んだ。微細な呼吸だ。1秒に1回。完全に有機的な動きだ。


 同時に、壁は回路基板だった。銅色の線が縦横に走っている。電気信号が走る音が聞こえた——有機物の壁であれば音は吸収されるはずだが、壁が回路基板なので音が反射する。反射した音が空間の中で干渉して、奇妙な共鳴音になった。


 天井は毛細血管だった。太い管が何本も走っていて、赤みがかった液体が流れている。血液に近い何かだ。


 有機と機械が溶け合った世界線の残骸——捕食の地図なしでも、ここが何かはわかる。


 問題は住人だ。


 捕食の地図を起動していない。今日は記憶だけで動く。


 住人が出現した。


◆第二章「解析中」


 巨大だった。


 高さ12メートル。翼のような構造が背面に広がっている。胴体は有機的な筋肉に見えるが、表面が金属質だ。1秒ごとに、有機組織が機械構造に置き換わり、また有機に戻る。繰り返している。


 私は記憶の中の解体図を引き出した。


 第104層の住人——生体機械融合型巨竜の類型。解体図の類型は三つある。


 類型A:「有機優位型」。有機組織が主体で機械が補強している。核は有機組織の中心にある。有機状態の時に剣が有効。機械化中は剣が通らない。


 類型B:「機械優位型」。機械構造が主体で有機が接続している。核は機械構造の中枢にある。機械化中に破壊系魔法が有効。有機状態中は魔法が吸収される。


 類型C:「同時型」。有機と機械が完全に融合している。核が両方の特性を持つ。剣と魔法を同時に当てることが必要。


 どれか。


 私は住人の動きを見た。


 背面の翼が展開した。金属の羽が広がった——次の瞬間、金属が溶けて有機的な膜に変わった。


 「類型C」ではない。明確に1秒ごとに切り替わっている。「A」か「B」だ。


 有機状態の時に剣で切ってみる。確認のための一撃だ。


 踏み込んだ。幻影剣を生成した。右腕の有機組織に当てた。


 剣が通った。


 「有機優位型」——類型Aだ。


 記憶の解体図が確定した。核は有機組織の中心、胸部やや左。有機状態の間に断てばいい。切り替わりのタイミングを計って動けば——


 「もうすぐ終わっちゃうね」


 声がした。


◆第三章「終末の子供」


 声の方向を見た。


 扉の近くに、小さな人物が立っていた。赤髪。赤と緑のオッドアイ。子供の姿だ。


 黄昏だ。


 手に何かを持っている——揚げたてのマックチキンだ。食べながら立っている。こちらを見ている。


 「……いつからいた」と私は住人から目を離さずに聞いた。


 「最初から」とボクは言った。「ここ、ボクの匂いがしたから。終わりそうな匂い」


 「終わりそうとは」


 「この子」と黄昏が住人を顎でしゃくった。「もうすぐ終わっちゃう匂いがする。バーガーになる前の匂い、って言えばいいのかな」


 私は少し考えた。黄昏の存在それ自体は縛りに抵触しない。「一声かけてくれればよかった」とだけ思ったが、今はそれより縛りの進行を優先する。


 住人が動いた。


 有機状態だ。今だ。


 踏み込んだ。胸部左に向けて剣を構えた——核の位置に届く角度を計算した。記憶の解体図では胸部やや左の有機組織内部、深さ約40センチの位置に核がある。


 打ち込んだ。


 手応えがあった。芯に届いた——


◆第四章「0.00001秒前に消えた」


 住人が消えた。


 消えた。


 剣が核に届く0.00001秒前に——住人が消滅した。


 私は剣を止めた。


 住人がいた空間を見た。何もない。素材の残滓すらない。


 「終わっちゃった」と黄昏が言った。マックチキンを一口食べた。「ほら、やっぱり」


 私は黄昏を見た。


 「……お前が終末宣告をしたか」


 「してないよ」と黄昏は言った。「ただ『終わっちゃうね』って言っただけ」


 「それが宣告になった」


 「……そうかも」と黄昏は言った。あまり気にしていない声だった。「よくあることだから」


 私は状況を整理した。


 捕食の地図なし縛りで進行していた。住人を類型A・有機優位型と特定した。核の位置を特定した。有機状態での打撃を決行した。核に届く0.00001秒前に住人が黄昏の終末宣告によって自然消滅した。


 今日の縛りの条件は「捕食の地図を使わずに討伐を完遂すること」だ。


 「討伐」が「自力解体」を意味するなら——今日の結果は「自力解体ではなく黄昏の宣告による消滅」だ。私が解体したわけではない。


 縛りの条件が崩れた。


 私は少し考えた。


◆第五章「上書き」


 「黄昏」と私は言った。


 「なに?」


 「今から潜り直す」


 黄昏が首を傾けた。「また別の子がいるの?」


 「今日の縛りをもう一段厳しくする」


 「どういうこと?」


 私は記録帳を開いた。書いた。


 「縛り上書き:第104層・捕食の地図なし縛り→捕食の地図なし+黄昏の終末宣告が発令された状態での全個体自力解体縛り。条件:黄昏が入室した状態で、黄昏の宣告が住人を消滅させる前に全個体を自力解体すること。黄昏の宣告速度を上回る解体速度を維持すること」


 閉じた。


 「……ボクがいる状態で?」と黄昏が言った。少し目を丸くした。「ボクがいると、終わっちゃうかもしれないよ?」


 「それが今日の縛りになった」と私は言った。「お前が宣告する前に解体する。それを今日の目標にする」


 黄昏がしばらく私を見た。


 「……かっこいいでしょ? って感じじゃないね」と黄昏は言った。「普通に言うんだね、そういうこと」


 「かっこいいかどうかは関係ない。必要なことをする」


 「……ふうん」


 黄昏がマックチキンをもう一口食べた。


 「じゃあボクも見てる」


◆第六章「宣告より速く」


 第104層の奥に進んだ。


 捕食の地図は使わない。記憶の解体図だけで動く。


 第二個体が出現した。


 今度は観察の時間がない。黄昏が「終わっちゃうね」と言う前に解体しなければいけない。


 記憶の解体図を即座に照合した。高さ、体積、表面の金属化率、翼の形状——類型A・有機優位型。前の個体と同類型だ。


 核の位置:胸部やや左、深さ40センチ。


 有機状態のタイミング:1秒に1回、切り替わりの直後に約0.6秒の有機優位期間がある。


 黄昏が「終わっちゃ——」と言いかけた。


 私は既に動いていた。


 切り替わりの瞬間を捉えた。有機優位期間の冒頭0.1秒で踏み込んだ。剣を胸部左へ。深さ40センチ。


 核に届いた。


 住人が崩れた。


 「——ね」と黄昏が言い終わった。0.1秒遅かった。


 住人の素材が床に落ちた。解体完了だ。


 「……早い」と黄昏が言った。


 「次だ」と私は言った。


◆第七章「速度の積み上げ」


 第三個体。第四個体。第五個体。


 黄昏が「終わっちゃうね」と言い終わる前に、全て解体した。


 黄昏の宣告速度は一定ではなかった。個体の「終わりそうな匂い」の濃さに応じて、宣告のタイミングが変わる。匂いが濃いほど早く言う。匂いが薄いほど観察してから言う。


 私はそのパターンを四個体で把握した。


 「匂い」の濃さは、個体の消耗度と相関している。損傷した個体ほど匂いが濃い——つまり、私が一撃目を当てた直後に匂いが急激に濃くなり、黄昏の宣告が早まる。


 解法を組んだ。


 一撃目を当てる直前に核を断つ——「傷をつける前に核を仕留める」設計に変更した。一撃目が傷でなく即決着になるように、最初の踏み込みで核まで届く一撃を設計する。


 計算が倍になった。


 有機切り替わりのタイミングを待ちながら、同時に「一撃で核まで届く角度と深さ」を計算する。代替解体図からの読み出しと即応動作を並列で動かす。


 捕食の地図があれば——この計算は全部、地図が出してくれる。


 地図なしでは、これを全部頭でやる。


 第六個体。


 有機切り替わり、0.07秒後——踏み込んだ。角度31度。深さ41センチ。


 核に届いた。


 黄昏が口を開く前に、住人が崩れた。


 「……今日のはほとんど言えてないね」と黄昏が言った。少し面白そうな声だった。「ボクが負けてる感じがする」


 「負けているとは違う」と私は言った。「お前の宣告はまだ来ていない。来た時に間に合わなければ私の負けだ」


 「…………じゃあ、今度は早めに言ってみる」


 「それで構わない」


◆第八章「黄昏が本気を出した」


 第七個体が出現した。


 黄昏がすぐに言った。「もうすぐ終わっちゃうね」


 早い。個体が出現した0.2秒後だった。


 私は既に計算を始めていた。第七個体の類型——A。核の位置、切り替わりタイミング——


 間に合わない。


 0.2秒は短すぎる。観察と計算と移動を全部0.2秒でやるには、情報が足りない。類型の確認だけで0.1秒かかる。残り0.1秒で踏み込んで核まで届かせるのは——


 やってみた。


 類型確認を省略した。「有機優位型」と仮定して動いた。仮定が外れれば一撃目が通らない。それでも動いた。


 踏み込んだ。


 剣が当たった。


 通った。類型Aだった。仮定が当たった。でも核まで届いていない——深さが足りなかった。30センチ。核まで11センチ足りない。


 住人が——黄昏の宣告の余波で輪郭が揺れた。


 揺れている間に、もう一度踏み込んだ。剣を深部に押し込んだ。追加の11センチ。


 核に届いた。


 住人が崩れた——黄昏の宣告が完全に機能するより0.03秒早かった。


 「……惜しかったね」と黄昏が言った。今度は少し悔しそうな声だった。「二撃になった」


 「そうだ」と私は言った。「一撃で届かなかった。次の課題だ」


 「……次でもやるの?」


 「縛りが達成できたら記録して終わる。まだだ」


◆第九章「解体完了と素材」


 最終個体まで解体した。


 黄昏の宣告に負けたのは一度だけだった。第七個体の二撃目が、宣告の余波を利用する形になった。これを「自力解体」と定義するかどうかは微妙だが——私は「定義する」と判断した。解体の主因は私の二撃であり、黄昏の宣告はその間に効果を発揮しきれなかった。


 素材を回収した。


 捕食の地図なしで解体したため、素材の品質確認が地図なしになる。素材を持ち帰って後から確認する。


 記録帳を開いた。


 「第104層・捕食の地図なし縛り→上書き:黄昏入室下での全個体自力解体縛り。達成。全個体を黄昏の終末宣告完了前に解体。第七個体のみ二撃使用、一撃目が深さ不足。二撃目で核到達。縛り定義上の判断:自力解体として記録。縛り達成」


 書いた。閉じた。


 「終わったよ」と黄昏に言った。


 「……うん」と黄昏が言った。「全部、ボクが宣告する前に終わってた」


 「一度だけ二撃になった」


 「……あれはボクが早く言いすぎたから」と黄昏は言った。「ごめんね」


 私は少し止まった。


 「謝ることではない。縛りの条件を作ったのは私だ。お前の宣告速度も縛りの一部だった」


 黄昏がしばらく黙った。


 「……ねえ」と黄昏は言った。「摩天ちゃんって」


 「なんだ」


 「終わっちゃうことを、怖いと思わないの?」


 少し意外な問いだった。


 「何の話だ」


 「ダンジョンに潜るたびに、終わるかもしれないじゃないの」と黄昏は言った。「ボクにはそれが見える。摩天ちゃんには終わりの匂いが、今日はほとんどしなかった。でも……いつかはする」


 「そうだろう」と私は言った。


 「怖くないの?」


 「……今日は怖くない。今日の縛りに集中していたから」と私は言った。「終わりの話は、終わりが近くなった時に考える」


 「……ふうん」と黄昏は言った。「それでいいのかな」


 「わからない。でも今日はそれでいい」


◆後記


 記録帳への追記。


 「消費魔力:代替解体図を記憶から並列展開した。通常の捕食の地図使用時と比較して、計算コストが3倍以上かかった。にもかかわらず消費魔力は設計値より19%減。9話23%減、10話41%減、今話19%減。縛りの厳しさと減少幅の相関を照合——今日は上書き後の縛り強度が高かったため、本来なら減少幅が増えるはずだが19%にとどまった。上書き前の縛り強度で計算されている可能性がある。あるいは黄昏の存在が変数になっている。不明。記録継続」


 まだわからない。


 でも数値が積み重なっている。


 黄昏が「終わっちゃうね」と言いながら廊下を歩いて行った。マックチキンを食べながら。


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◇クルー視点モノローグ——黄昏

記録:第104層帰還後の廊下。


 ボクの宣告が、全部追いつかなかった。


 一度だけ早めに言ったら、二撃になった。それ以外は全部、ボクが言い終わる前に解体されてた。


 摩天ちゃんはそれを「縛り達成」って言ってた。


 ボクは少し、面白いと思った。


 ボクが「もうすぐ終わっちゃうね」って言う時、普通の人は止まる。諦める。あるいは怖がる。「終わる」って聞いた瞬間に、パフォーマンスが落ちる——「カウントダウン」はそういう効果がある。残り時間を知ることで、余計なことを考えちゃう。


 でも摩天ちゃんは止まらなかった。


 ボクの声が聞こえた瞬間に、むしろ速くなった。


 「終わる前に終わらせる」っていう方向に、全部変換してた。


 ボクの終末宣告が、摩天ちゃんには「タイムリミット」として機能した。タイムリミットがあると速くなる人がいる。摩天ちゃんはそういう人だった。


 ……ボクはずっと、「終わり」を告げてきた。


 でも告げることで早くなる人を、今日初めて見た。


 ねえ、摩天ちゃん。


 終わりの匂いが今日ほとんどしなかったのは、縛りに集中してたからじゃないと思う。


 「まだやることがある」って思ってる人には、終わりの匂いがしない。


 ボクの「終末宣告」が完全には機能しない人が、ぱんでむにいることを——ボクは今日まで知らなかった。


 また来てもいいかな。


 摩天ちゃんが全部解体しちゃうから、ボクの宣告は全部余るけど。


 ……それはそれで、なんか、いいと思った。


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